ヤバイもん落とした……。
……ヤバイものを落としてしまった。
ふと思いついた、小説のネタが書かれた、メモ。
走り書きで、物騒なことが書いてある。
……いつ、落としたんだろう。
ウォーキングの途中…?
買物の途中……?
郵便局に行った時……?
焼き立てパンを買った時……?
庭のキュウリに水をやりに行った時は…手ぶらだったはず。
燃えないゴミを出した時も…確かゴミ袋以外は持たなかった。
メモは玄関に置いてある外出用ウエストポーチに入れたから、家の中にはないと思われる。
はっきりとした内容を覚えていないのが、痛い。
必ずいい作品に仕上がるはずだという予感があった。
起承転結の流れも完ぺきだった。
シャレの利いた謎解きも斬新だった。
ぼんやりとした内容は覚えているが、散歩途中でひらめいた…研ぎ澄まされた言葉選びが思い出せない。
歩きながら、血を巡らせながら、ネタだけに集中して…文字に残した。
瞬く間に揮発してしまうアイデアを、消してなるものかと必死で…記した。
このメモを見れば物語の全容は思い出せる…、そう安心して、ウエストポーチのポケットに入れたはずなのに。
ネット界を騒がすこと間違いなしの、大ヒット作が消えた。
短編小説界の常識がひっくり返る、時代革新作品が失われた。
ああ……、残念で、ならない。
私の中に浮かんだ、金字塔と成りうる物語の…欠片。
また、再び私の脳内に…思い浮かべば、いいのだけれど。
………次の日。
SNSでトレンド入りしていた【#謎のメモ】に胸騒ぎを覚えた私は、人差し指で…その文字列を、タップし。
―――ヤバイメモひろった…誰か解析よろ
―――何このきたねー字www
―――ハイハイ、自作自演乙
―――謎解き、キタ――(゜∀゜)――!!
―――ちょっと待て、これ…まじでヤバいやつじゃね?
―――らくがきに見えるけど、書いてあることは…
―――これ、もしかして計画書の下書きみたいなやつ?
―――どこで拾ったんだよ、証拠出せ
―――場所は言えん、公園の植木のとこに引っかかってた
―――この遊具、今はあんまり見ないやつだな
―――特定班、動くのは今!!
―――こんな片田舎で犯罪が…
―――勇気あるやつ、現場凸ヨロ!!
―――解析してみたけど、聞く?
―――はよ
―――ここ、縦読みになってる
―――お前だろこの紙仕込んだのwww
―――この数字は恐らく干支を表している…西だ!!!
―――こんな機密情報をボールペン書きで…
―――この文字の書き方は50代のおっさんだな
―――鍵が隠されてるのは○○駅のローソソの横のロッカーとみた
―――通報したけどダメだった
―――だから弱小地方警察はダメなんだよ
―――違う、これは…予言だ!!!
―――うわ、マジなやつだ
―――ヤバイ、この世の…真実が明かされる時!!!
―――ほら、ここのこの部分…芸人の炎上事件のことじゃん!!
―――ダブの予測…
―――ニータ…
―――猛暑続きの理由…
―――運命…
めちゃめちゃ…炎上しとるがな!!!
画像のメモは……、どう見ても、どう考えても、私の落としたもの。
見覚えがあり過ぎる、見覚えしかないやつ。
確かに書いた、書きました!!!
ストーリーのあらすじに事件のトリック、起承転結に匂わせエピソード、謎解きめいたただの偶然、主人公の斜め上を行く見解と持論、トンデモ展開にオチの肩透かし感―――!!!
なんてこった………。
私の、私のネタがああアアアアアアア!!!
………こうなったら、大幅に修正をくわえねばなるまい。
ショートショートにするつもりだったけど、長編にしてごまかそう……。
二度と会えないと思っていたメモと画面越しに対面を果たした私は、その内容をパソコンのメモ帳に入力し直し。
新規エピソード作成のページを開いて、作品の執筆をはじめたのだった。