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7.囚われのお姫様

よろしくお願いします。

「うっ……ここは……」


 バーバラが目を覚ましたところは、どこかの屋敷の一室だった。転移魔法による酔いがあり、足元がふらついてしまう。


「…………もう、終わり……………」

「だから、…………あの女……………」

「どう…………….むり………」


 どこからか聞こえてくる声は、イーデンとその取り巻きのように感じる。徐々に近づいてくる声に気づき、バーバラは逃げようと辺りを確認すると、ドアがほんの少し空いているのが見えた。バーバラは足音を立てないために靴は脱ぎ、そっと逃げ出した。


 しばらく走っているが、どうも様子がおかしかった。


 窓から外を見る限り、恐らく郊外にある屋敷の一つではないかと思うが、いくら走っても一階に降りれず、外につながる開けられる窓も見当たらない。


「お、おかしいわ。これ、『迷いの森』?」


 『迷いの森』はトラップダンジョンでよくエルフの里の周辺に自然発生するダンジョンである。それを人為的に開発した魔法の名称でもある。


 人を惑わし迷わすことを目的とし、優秀な結界代わりになることもあり、罠をしかけることで相手にもダメージを与えることもできる代物だった。ただ、設置型のため積極的な攻撃という点では劣るが、相手から身に隠したり逆に隠れたり、捕えることにかけては優秀な魔法だった。


(『迷いの森』なんて……、こんな大掛かりなもの……、二、三日の内になんて用意できないでしょう!?)


 バーバラの考えの通り、ここはイーデン達のお楽しみのために誂えた場所だった。設置型の陣に『迷いの森』の魔法陣を仕込み、密かに獲物を連れ込み遊んでいた。


 そして今回その獲物がバーバラ。


「……オリアナか護衛達の誰かがお兄様達に知らせて、この『迷いの森』を突破してどの程度かかるのかしら……」

  

 早くても数時間、攻略に時間がかかればそれ以上、バーバラは無理だと悟った。


(運が良ければ数時間ならいけるかしら。でも多分無理でしょうね)


 とりあえずバーバラの方針は決まった。一先ずは隠れながら逃げる。バーバラは、残念なことに五大侯爵家にありながら才がなく、秀才、才媛が揃う中にありながら異質な存在ではあった。それでも皆から可愛がられたバーバラは、擦れることなく本人なりに素直に期待に応えようと頑張ったのだった。それでも泣かず飛ばずの毎日。凡人であることは自覚できているバーバラとしては、まずは逃げて隠れることしか選択肢としては無かった。


(腹を括れ、バーバラ。オルティース家一員として恥じない行動をしなさい。泣いてはだめよ。泣くのは家族に会ってから!……お母様、お父様、お兄様方、お姉様方、そして私を助けてくれた騎士様。力を貸して下さい)


 得意ではない魔法を使い、気配を消して隠れながら逃げ続ける。バーバラが逃げようとした矢先、近くで声がした。


「ッチ。あいつら怖気付きやがって」


 足音と声がした。そしてほんのりとした鉄の匂い。バーバラはすでに姿隠しの呪文を唱え、姿が見えなくなっているはず。ただ相手の迷いなく近づく足音に不安が募っていく。


「捕まるなら捕まるで相手を徹底的に追い詰めて潰さないとなぁ」


 コツコツと響く足音。一人分だけだが、その声はよく知る婚約者の声だった。ひどく冷静で落ち着いていた。イーデンはバーバラの護衛に姿を見られているはず。焦りもせず淡々としていた。それが隠れているバーバラの恐怖を煽った。


「五大侯爵家の一角を崩せるってのはわくわくするな。それも出来損ないの末子の醜聞」


 バーバラは耐えきれず、そっと動く。だが、聞こえてくる足音もバーバラが動いたほうに近づいていく。


「あー、どうなるんだろうかなぁ。見てみたいけど無理だなぁ。もうこのゲームも終わりだしなぁ。あいつら殺っちゃったしな」


 イーデンが何を言っているのかバーバラにはわからなかった。怖くて頭に入ってこないのだ。逃げたいのに逃げられない。姿隠しの魔法を使っているのに何故か見えているように追いつめられる。


「逃げ惑う女達を追いかけるのも楽しかった。家潰しは割に合わない労力だったが、まぁ、こうしてオルティース家の末子を追いかけられる楽しみがあるからなぁ」


 最後のしめにはよかったな、と覗き込む。


「ん、居ない?」


 そしてあたりを見渡して何かを見つけて近づく。バーバラは悲鳴を出さないだけで精一杯になってしまった。もう気持ちが逃げるよりも、この緊張感から逃れたい一心になってしまっていた。そう、バーバラは負けてしまったのだった。数時間も保たずに、イーデンとの追いかけっこに。


「みーつけた♪」


 バーバラは捕まる恐怖と見つかってしまう緊張感から解放されたという、非常に複雑な心境で気を失ってしまった。


 

*** 



「え?オルティース嬢が?」


 クリフは通常勤務中に、その話をオルティース家の次女ニコラから聞いた。


「今はいってきた情報だ。私はここで情報を集め、家と連携をとるため指揮を取る。貴様はすぐに隊を組み迎え。すでにオルティース家の私兵も向かっている」

「はい、人員はこちらで決めても良いでしょうか?」

「任せる」


 オルティース家の末子バーバラが、日中、婚約者のイーデンに攫われたと連絡が入った。騎士団での勤務中にその連絡を受けたニコラは、すぐ家と連絡をとり情報の真偽を確認した。それが事実と分かると、すぐに自ら探しに行きたい気持ちに蓋をし、クリフを呼び出し探索に任じた。


 ニコラに捜索隊の任命を受けたクリフは、騎士達に声をかけ、それを複数の隊にわけて、目的地へとむかった。


 ニコラからおおよその目的地を聞いており、それを皆に伝えて、さらに念の為、別々の道からそこへ向かった。


 その場所は街の外れにある、イーデンのとりまきの一人が所有する別邸だった。


「クリフ、『迷いの森』だと」


 クリフと一緒に来ていたフレッドは、先に着いていたオルティース家の私兵達から、情報をもらいそれを伝達していく。その別邸の周囲には、『迷いの森』の魔法陣が張り巡らされ、別邸に到着できないようになっているという。


「今オルティース家で何とかするって」

「………それだと遅い」


 クリフはフレッドの報告を聞くも、『迷いの森』へと向かう。


 支給された剣を抜く。『迷いの森』が発動されている陣へ剣を突き立てる。一度発動した陣を破壊するのは、相応の魔力やスキルが必要になってくる。クリフには魔力がほとんどない。それなのに何故か竜殺しとなり、相応の魔物達を退治している。それは相手の魔力を無効化できる能力があるからだった。魔法陣であれば触れることで簡単に無効化できる。魔物の魔力も追えるし、討伐も苦労しない。ただ、魔法の類が一切効かない。回復魔法や魔力によって作られた薬も効かないし、彼が装備するものもエンチャントができない。

 

 魔法陣に剣を突き立てたことで『迷いの森』は、消失する。いきなり消えた『迷いの森』にオルティース家は、何が起きたか把握しきれず慌てているが、こちらは落ち着いて攻略を始める。


「一人、オルティース家へ情報共有してから合流、残りは邸宅の制圧にかかる」


 貴族の一別邸の攻略はたかがしれていた。



***



 バーバラが気がついた時には、ドレスは脱がされシュミーズ一枚になっていた。


「女性のドレスって大変だよね。まぁ、いつも破くから別にいいんだけどさ」


 イーデンはナイフ片手に近くに座り込んでいた。


「こんな地べたに座るなんて終わってるよな。あー、オルティース家での私刑かな。どう思う?」

「……うぅっ………あぅ」

「あー、痛い?仕方ない、ただでは死にたくないし。もう侵入してきたか。やっぱ五大侯爵家の一角だな。俺一人では荷が重い」


 バーバラは背中が焼けるように熱くて喋ることもままならなかった。


「ドレス着るつもりが背中も切っちゃったよ。寝てる間にヤっちゃいたかったけど、傷見たら萎えちゃった」


 良かったな、と言われたものの、バーバラは全くイーデンの言葉が入ってこなかった。背中から血が滴る感覚が鮮明で、このまま死んでしまうのではないかという恐怖に囚われていたからだ。


「オルティース家潰せなかったけど、傷位負わせたかな。あー、まー多少は楽しかったからいいか」

「……た、たのし?」

「人生一度切りだからね!楽しまないと。バーバラもさ……んー、もう結婚は無理だろうけど、そんな傷物でも勃っちゃう危篤な御仁でも見つけて自分を高く売りつけないと」


 バーバラはイーデンの言うことがさっぱり理解できなかったが、ただ一つ、彼は楽しいからバーバラを傷つけたということだけはわかった。


「あ、貴方が………、うぅっあ、いっ……」

「そうやって苦しんでる姿はクるんだけどな」


 傷物はダメだ、といいナイフを逆手に持ち替えた。


「と言うわけで、俺が逃げるために死んでくれる?」


 そのセリフが言い終わらないうちにナイフが上から振り下ろされる。バーバラは刺されると思うものの、身体が思うように動かないことと背中が焼けるように痛い。目も閉じることが億劫だった。そのままナイフが振り下ろされるのを見つめるばかりだった。


「バ…………、オルティース嬢!!」


キィンッ


 バーバラが少し視界を上にあげると、そこには騎士の正装を纏ったクリフがいた。イーデンのナイフを剣で落とし、他の仲間が捕縛をしようとしていた。


「ちっ竜殺しかよ。面倒だな」


 イーデンはそう言うと、すぐに逃げ出した。


「みんな!後は任せた!!」

「おうよ!任された!!」


 フレッド達が逃げたイーデンの後を追いかける。


 バーバラは背中はまだずきずき痛むが、クリフが来てくれたこととイーデンが逃げたことに安心したのか、涙が止まらなくなっていた。


「………っう、ぐ。………み、み、みみ、見ないで」

「………オルティース嬢。背中が………」


 クリフが傷を見ると、浅い傷ではあるがうなじから腰の手前まで綺麗に切れていた。


「申し訳ありません。今は急ぎますから身体に触ります」

「………お、おおおおやめになって!!わ、わた、私まだ未婚でしてよ。…………夫になる人以外には触れられたくないわ……」


 クリフは貴族令嬢であれば、それはもっともな意見だと思ったが、今は傷の手当てが先だった。命には影響は無さそうだが、失った血の量がそれなりにあるのと精神面での疲労が大きくみえた。クリフは騎士として、バーバラの意見に頷きはするが、従うことはなかった。


「では、失礼します」

「!!!??あ、あ、あ、あああ貴方!!な、な、なー!?」

 

 バーバラは生まれて初めて横抱きをされて、気が遠くなりそうだった。家族以外の男性にこんなに触れることはなかったし、触れさせてもこなかった。


「走りますから、喋らないように。舌を噛みます」

「!!!?あ、ああ!?も、もう!ばか!!!」


 バーバラが恥ずかしさのあまり、最後には悪口しか出なかったことをクリフは内心微笑ましく思いながら、オルティース家の護衛達が集まっている場所へと急ぐ。恐らくそこにいけば、オルティース家お抱えの衛生兵か軍医、薬師がきているかもしれなかった。傷は早めに手当てしないと、例え魔法で治ったとしても薄らと傷痕が残るだろう。そんなことになれば、この臆病なご令嬢はもう2度と日の当たる場所へは出てこないだろう。


 クリフはそれならそれでも良いと思った。安心できる居場所と彼女一人くらい食い扶持が増えたところで、彼はやっていける自信があるから。弟と妹達も喜ぶだろう。


 せめてこの手に抱かれている間は、嫌なことを忘れて欲しいとクリフは願うばかりだった。


読んでいただきありがとうございます。

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