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3.本性②

よろしくお願いします。

うまく分けられず、字数多めです。

 バーバラは、騎士団の観覧席の近くの手洗い場で用を済ませ、ニコラとヨハンの待つ席へ戻ろうとしていた時、聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「………か?あの!?」

「ああ…………………、後はおとして…………」

「相変わらずげ………なぁ!?」

「お前達だって……、同じ……………」


 あまり聞き慣れない調子の声ではあったが、バーバラが先だって婚約したイーデン・フォスターの声であった。


 その声は、普段のような優しく労わるようや声音ではなく、蔑むような冷たくて下品な声音であったので、少し聞いただけでは判断がつかなかった。


「レディ・バーバラ?」


 足の止まったバーバラにオリアナが気付き、バーバラの元へと駆け寄る。


「…………そこにいて頂戴……」


 声は徐々に近づいており、その会話の内容も少しずつ聞こえてきた。

 

「あのきつい顔は萎えるけど、体はうまそうだよなぁ」

「性格も面白くなさそうだしなぁ」


 何となくだが、イーデンを含めた彼らは恐らく自分のことを言ってるのではないのかとバーバラは察してしまった。そして、イーデンに声をかけるよりも彼の本心を知りたくて、バーバラは身を潜めることを選んだ。


 バーバラは彼らに見つからないように、まずオリアナを柱の影に寄せ、自分も近くの柱の影に身を潜めようとしたが、間に合わなかった。


「……………バーバラ……!」

「………っお久しぶりでございます、イーデン様」

 

 イーデンは四人連れで、イーデン他三人は明らかにしまった!という表情を顔に貼り付けていた。


 バーバラはそんな三人には目もくれずに、イーデンと挨拶を交わした。


「ああ、久しぶりだね。君との婚約が無事に済んで良かったよ」

「はい、私も家族も喜んでおります」


 日々の積み重ねのおかげか、バーバラはイーデンに対してそこまで緊張せずに会話することができた。イーデンは後ろの三人に「先に行っててくれ」と言い、三人は二人から離れていった。


「イーデン、早く来いよ!瑕疵付きの女なんて妾でいいだろう!?」

「確かに!」

「あっはははは、その通りだな」


 好き勝手に言い放ち、去っていく彼らにバーバラは、侮辱された怒りよりもイーデンの『妾』と言われたことに、悲しみを覚えた。


「すまない。友人達が君のことを………」

「……いいのです。………事実ですから」


 酷く傷ついたのは事実だが、そのことをイーデンには知られたくなかった。


「良かった。彼らは大切な友人だからね」

「…………………っ!」

「バーバラだって分かっているよね?自分の汚さとどれだけ周りの人から嫌われているか」


 そんなことは他人の口から言われなくともわかってはいるが、バーバラの中では一番親しくしている婚約者の口からそんな言葉がでてくるとは思わなかった。


「バーバラ、僕は友人達を大切にしたいんだ。だから……君も彼らのことを悪く思わないでほしい。ただ口が悪いだけなんだ」


 そういうとイーデンは、バーバラのほうに一歩足を進める。


 バーバラは、思わずと言った感じで一歩後ずさってしまう。今まであんなに優しかった自分の婚約者が、何故か怖くてたまらなくなってしまった。今まで大切にしてきた何かが、脆く崩れ去ってしまった気がしていた。


 イーデンはそれが面白くなかったようで、大きく足を踏み出し、バーバラとの距離を詰めてきた。


「………ねえ、バーバラ。まさか二度も婚約破棄をされた君が、周りの人に慕われてるなんて思ってないよね?」


 耳元で囁かれる声は甘く優しい声で、まるで幼子に言い含めるような声色であった。だからバーバラは、何を言われたのかわからなかった。


「え……、どういう………」

「だから、二度の婚約破棄をされた瑕疵付きのお嬢様って、使用人達の目から見たらどう写映るだろうね?」


 イーデンの手が頬を撫でるように触れてきた。ここまでの距離感を許していなかったバーバラは、嫌悪感を感じる心の赴くままにイーデンの手を振り払おうと手を上げた途端、その行動を読まれていたようで、その手を掴まれてしまった。


「は、離して下さい……」

「おいたはいけないよ、バーバラ」

「い、いたっ」


 イーデンはバーバラの手を強く握りしめた。痛みに顔を歪めるバーバラを見つめ、恍惚とした表情を浮かべた。いつもとりすました表情しか見せないバーバラが見せた苦悶の表情に、イーデンは喜びを感じていた。


「ふふ、バーバラ。君は二度の婚約破棄を受けてもまだ使用人達からの信頼を得られているとでも思っているの?」

「え……?」

「だいたい、いつも君の側についているレディースメイドはどこにいるんだい?いつも鬱陶しいくらい側にいるあのメイドだよ」


 バーバラが出てこないように言い含めてはいたが、確かにこのような状況下にあってオリアナ(レディースメイド)がでてこないのもおかしい。バーバラに害が及びそうな時には必ず、オリアナが出てきてくれて何かと庇ってくれたり守ってくれているのだった。


「……貴族同士(わたしたち)の諍いに彼女を巻き込むわけにはいきません。……もういい加減手をお離しになって」

「………君の兄姉達だって君には失望しているんじゃない?それにこれ以上の婚約破棄は避けたいだろう?君自身のためにもさ」


 耳元で囁かれるイーデンの声に鳥肌がたち、その声に(あらが)いたいのに、それは水のようにバーバラに染み渡ってくる。


 優しく慰めてくれるオリアナ、いつも優しく労わってくれる兄姉達、気落ちしているとバーバラの好きな物で慰めようとしてくれる使用人達。


 バーバラはそんな彼らが大好きで、彼らのために尽くしたいと思う、高位貴族からしたら異端の考えであった。


 そんなバーバラの心に、汚泥が染み渡るようにイーデンの言葉が滲む。


 元からそのように考えていたかのように。


 自分の考えのように。


 そうするのが当たり前のように。


「わ、私……、私は……」

「…………ッチ。効きが悪いな」


 イーデンが呟き、バーバラの目から自分の目を外し、額に手を当てた。その隙にバーバラは逃げようとするが逃げられず、イーデンは無理矢理、バーバラの顎をつかみ、イーデンのほうへ顔を振り向かせようとした。


「そこまでだ!!」


 突然、大きな声が辺りに響き渡った。帯剣し金属鎧を身につけた騎士がやってきた。そして、バーバラとイーデンを見て顔を顰める。イーデンがバーバラの手を思い切り握り、反対の手はバーバラの顎先を掴んでおり、どう見てもお互い同意の上での行いには見えなかった。


「レディ、失礼します」

「ぐぅっ」


 バーバラに声をかけると、騎士はイーデンの手を軽く捻って、バーバラの手と顎からその手を離し、バーバラの腰を掴み自分の背後へと隠すようにイーデンの前で立ちはだかった。


「っいたた。騎士ってやつは乱暴だな。生まれのせいかな?」

「王城では魔法の使用は禁止されている。すぐに立ち去るが良い」


 後ろからもう一人騎士が駆けてきており、イーデンは自分が不利だと悟った。


「今日はもういいよ。バーバラ、君は僕の婚約者だということを忘れないで。……君には後がないし、僕は決して君とは婚約破棄はしないからね?また連絡するからデートしよう?」


 うっそりとバーバラに微笑み、片手をあげてその場を去っていった。


「レディ、大丈夫ですか?」


 イーデンから助けてくれた騎士は、ブロンズ色の髪と青い瞳の背の高い男性であった。腰を抱かれているが、イーデンにされたこと、言われたことで、混乱しているのか、バーバラはそこまで嫌な気持ちにはなってはいなかった。


「き、騎士様、ありがとうございます」


 バーバラは一先ず礼を言い、騎士の手を離そうとするがなかなか離れなかった。


「騎士様、あの、私もう大丈夫ですわ。離してくださらない?」

「レディ、ニコラ様が来るまではここでお待ちを」


 ブロンズの髪の騎士は、バーバラの腰から手を離そうとはしなかった。


「わ、わわわわ私は大丈夫ですのよ!騎士様!て、て!手を離してくださいませ!!」

「また、斯様な不埒な輩が来ないとは言い切れません。今暫くの辛抱を」

「あ、あ、貴方……、貴方がふ、不埒ですわ!女性の腰にいつまでも触れて……。だ、だだだだだいたい貴方、貴族ではないでしょう!?………っあああんな、貴族同士の諍い、男女の争いに口を出すべきではないわ!何を言われるか、……………だ、黙って見てるべきなのよ。大体、騎士様の力はそんなことに使うべきではなくてよ。おおおぉおわかり!?」


 異性がバーバラの身体に触れた状態でいることは殆どなかったので、すでに心の中は恐慌状態であった。だがそれは、イーデンに抱いていた嫌悪感ではなく、異性に触れられて恥ずかしい、という初心なバーバラの乙女心が成せる技であった。


 だから顔といわず、全身が真っ赤に茹っており、湯気がでているような気持ちにバーバラはなっていた。


「レディが私の身を心配して、貴族の諍いには口を出すな、という話は承知しました」

「な、ななななー!?そ、そそそんなこと一言も言ってにゃくてよ!?」

「ニコラ様が心配されますので、側を離れずにいて下さい」

 

 バーバラはこの騎士が貴族ではなく、庶民であることは騎士服の装いでわかった。そのためイーデンもこの騎士が、庶民であることがわかったのだろう。


 庶民が貴族に逆らうことは基本的に認められておらず、最悪なケースでは私刑もありえるため、貴族に逆らう庶民はほぼいなかった。また貴族同士の諍いに巻き込まれて、ひどいとばっちりを受けることもあるため、貴族の諍いには庶民は関わらないのが、生きるための知恵でもあった。


 それを良いことに高位貴族が下位貴族や庶民に無理難題を言ったり、女性に無体を働く輩も多い。


 バーバラは、そんな話を兄姉達からよく聞いていた。だから自分付きのメイド達には、決して庇うことはせずに助けを求めに走れ、もしくは姿を隠せと教えていた。


「バーバラ!バーバラ、大丈夫!?」

「バーバラ、怪我はないか?」


 ニコラとヨハンは走ってきてくれたようだった。少し離れたところには、黒髪の騎士も立っていたことに、遅ればせながら気が付いた。黒髪の騎士は辺りを警戒するように周りを見ており、ニコラとヨハンが来たことで、頭を下げて跪いていた。


 ブロンズの髪の騎士もバーバラの側から離れ跪き、代わりにヨハンが側に来た。


 バーバラはニコラとヨハンが来てくれて、とても頼もしい気持ちになったものの、ブロンズの髪の騎士が離れたことが少し寂しいと感じたのだった。普段であれば、バーバラは慣れない異性に対して、怯えることはあっても寂しいと感じることはなかった。


 ブロンズの髪の騎士は落ち着いた様子で浮ついたところはなく、真面目な様子で表情も殆ど変えることがなかった。先程イーデンから助け出された時には、身体が触れたが、鍛えられた身体は固く頼もしさを感じていた。


 バーバラは許されるのならば、彼のような誠実で落ち着いた騎士のような男性に嫁ぎたかったが、すでに婚約破棄を二度も受けている身では、そんな我儘を言える立場にはなかった。


「レディ・ニコラ、ロード・ヨハン、私達の到着が遅く防ぎきれませんでした。申し訳ございません」

「いや、よくやってくれた。クリフ」

「メイド殿が走って助けを求められましたので……。ですが間に合わず……」

 

 ニコラは二人の騎士に礼とともに跪く必要はないと騎士達を立たせた。


 ヨハンはバーバラの側に来て、イーデンに強く握られた手を優しく撫でていた。


「あぁ、バーバラ……。こんなことになって……。何があったか言えるかい?」

「…………言うも何も………。何も……何でもないんです……」


 バーバラは視線を落として誰とも目を合わさないように手を堅く握った。そうでもしなければ、父が紹介してくれた折角の相手をこき下ろし、婚約破棄をしたい、という我儘をいってしまいそうになった。


「ヨハン、バーバラの口は堅そうだ。……クリフ、済まないがバーバラを我が家まで送り届けてはくれないか?」

「レディ・ニコラ、承知しました。妹君をご自宅までお送りします」

「頼むよ」


 黒髪の騎士は、ニコラとヨハンに随伴し、ブロンズの髪をした、クリフと呼ばれた騎士は恭しくバーバラに手を差し出した。


「レディ、ご自宅までお送り致します」

「…………、し、し、しし仕方ありませんわね。ど、どうしても、というのでしたらよろしくってよ」

「では、どうしてもレディをお送りしたいんです」

「…………ぐ、ぐぐ、……」


 婚約者であるイーデンに酷い扱いをさえて、少なからず心が傷ついたバーバラは、できれば一人で帰りたかった。ニコラに言われブロンズ色の髪色をした、クリフと呼ばれていた騎士は、恐らくバーバラを送るのが嫌だろうと思い、不遜な態度で挑めば相手が諦めると顔を真っ赤に吃りながらも頑張っていってみたが、どうしても送りたいと言われ、バーバラは呻きながらもクリフの差し出した手を取った。クリフはバーバラの手を優しく握り、そのまま馬車乗り場へエスコートして行った。二人の姿が見えなくなると、ヨハンとニコラは顔を見合わせながら呟いていた。


「………バーバラが、バーバラが初見の男の手を取った……」

「……顔真っ赤にして可愛い。一先ずはジョセフお兄様にイーデンのことを報告、相談かな」


 バーバラは臆病で神経質な性格であるため、初めて会うような異性とは絶対に手を触れる事を許さなかった。どうしても外せない時には、嫌々ながらも頑張ることはあった。


「……それはそうとイーデンはやっぱり黒かー」

「わかってはいたがな。一応クリフに話を聞いて何があったか確認しないと……。フレッドは何か見たか?」


 ニコラは黒髪の騎士へ問いかける。


「……私は遠くから見ていましたので、声は聞き取れませんでしたが、揉めているようでした。詳しい話はメイド殿とクリフに聞いた方が良いかと……」

「そうだな」


 そしてニコラは、フレッドがそこそこモテて、顔も広く男女問わず慕われていることを知っていた。そこで別の方向から話を振って見た。


「……フレッドが女ならイーデンと付き合うか?」

「………ここだけの話ですか?」

「……ここだけだ」

「あんなクソ野郎はごめんです。家族との交際も許しません」

「ふふ、なるほど」


 ニコラはフレッドの正直な感想に笑いを誘われたが、ヨハンは深いため息を一つついた。


「……三回目かー。バーバラが可哀想だな。…………母上に連絡しとこうかな」

「ああ、急ぎ帰って来てもらおう」


 フレッドからの話を聞く限り、イーデンは自分より家格や経済的に下の者達に無体を働いていると言う。騎士団の特に庶民出身や下位の貴族では有名な話のため、それとなく目を光らせているとは言う。

 

「うまい立ち回り方だよ。フレッドありがとう。後で詳しい話を聞くから」

「はい、被害者家族も騎士団には何人かいますので、話せるか聞いてみます」

「助かるよ」

 

 ニコラとヨハンは、緊張と走って来た疲れで休ませている、バーバラのレディースメイドを回収しそのまま帰途へ着いたのだった。


読んでいただきありがとうございます。

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