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1.婚約

以前と違う書式になってからの初投稿です……。

おかしければ変更します。



 カツン、カツンと靴音が鳴り響く。


 はぁ、はぁ、と荒い息遣いが聞こえる。


 急いでいるのにドレスが重く足が進まない。こんな時だから落ち着かなくてはいけないのに、焦りばかり先に立ち、足がもつれそうになる。既に息が上がってしまっているが、足を止めるわけにはいかなかった。追いつかれてはお終いだ。全てが終わってしまう。


 街へ買い物にきた時には、可愛らしく結ってあった艶やかな髪も今は振り乱れていた。


「バーバラー、どこにいるんだぁい?」


 ひっと叫びそうになった口を抑え、悲鳴を押し殺す。


 泣き叫びたいくらい辛く、全てを諦めたいくらい辛かった。早く楽になりたかった。


 でも彼女は、辛くともあの婚約者に捕まるよりはましだと考えていた。ただ、足が動かなくなってきており、気持ちも折れかけていた。


 逃げなければ心身ともに殺されてしまうとバーバラは考えていた。だから止まりそうな足を叱咤し動かし、萎えそうな気持ちに蓋をして、助けを求めて彷徨い続けるのだった。



***



 そもそも、バーバラは五大侯爵家の一角を占める守りのオルティース家の五女だった。


 ただ、守りの力を受け継いでいないということ、そして二度、婚約を破棄されている、いわゆる傷者として社交界には知れ渡っていた。


 一度目の婚約者は幼馴染、二度目の婚約者は諸事情があり、仮初の婚約者を必要としていた王太子殿下と。


 バーバラは、小さい頃から大層な人見知りと繊細な性格から、初めての人と会えば泣き、親戚でも触れられるとまた泣き、思い通りにいかなければまた泣くような子どもであった。


 そんな繊細なバーバラは、両親や兄姉達から『そんなところも可愛い』と滅法可愛がられていた。しかし躾はしっかりとされ、学園に入る頃にはやや繊細で泣き虫なところはあるが、それを悟られない仮面を被り、さらには強気に振る舞える性格を手に入れることができた。


 そんな性格と両親、兄姉の厳しい目もあり、婚約者の選定は難航した。そもそもが王族の次に栄えある、五大侯爵家の一角、オルティース家である。我こそはオルティースの小さな姫君の夫として名乗りあげる者多数、婚約者なんて要らないと泣き出すバーバラ、それならずっと家にいなさいと両親、幸せにしてくれそうな相手を探し出そうとする兄姉達。


 バーバラの婚約者を決めるにあたって、非常に難航し、そして混沌とした。


 だが、女性の社会的地位がそこまで確立していないので、庶民ならまだしも貴族女性が結婚せずに家にいることは後ろ指を刺されることでもあった。そのため昔からの馴染みでもあり、父、二人の兄の次くらいに慣れていると思われている、同じ侯爵家のディアス家の長兄との婚約が決まった。家同士の結びつきとバーバラの慣れで決められた婚約は、ときめくラブロマンスやじれったい駆け引きとは無縁であった。


 それでも二人は、少しずつ距離を詰めていくことができた。バーバラにしてはよく頑張っているのではないのかと家族は思っており、二人の仲を応援していた。そんな矢先、事が起きた。


 この国の貴族の子女は、ある年齢になると学園へ通うことになる。そこでバーバラの婚約者は聖女と密やかに噂される彼女に一目惚れしてしまった。


 そこからは早かった。


 婚約者から次第に冷たくあしらわれて、口差がない者達からは、面白おかしく噂され、表面上取り繕っていたバーバラはそれでもと頑張っていた。しかし、とうとうその婚約者から公衆の面前で婚約破棄を言い渡され、さらにはあることないことを言われ蔑まれて、遂には心が折れてしまった。その後、バーバラは学園を自主退学し領地へと引っ込んでしまった。


 そして2回目の婚約破棄は、王太子殿下からの破棄を含めた契約上の婚約であった。


 その頃の王太子殿下は、何かと婚約や結婚を避けており、我こそは!と適齢期の淑女やお姉様達から付け狙われていた。その中でも特に獣人の系譜でもあるホワイト家のご令嬢は、その特性もあり苛烈で熱烈に王太子殿下に愛を身体で伝えていた。それに命の危険を感じた王太子殿下は、仮初の婚約者をたて何とか彼女を躱そうとしていたのだった。

 

 領地に引きこもっていたバーバラは、『其方しかいないのだ!!』という王太子殿下の口説き文句と謝礼に頷くしかなかった。


 バーバラはすでに、一度も二度も同じである、という心境から家に良い謝礼をもらい、家族の心配も一笑に付して、その命令というお願いに従うことにした。


 結果としてはホワイト家のご令嬢は、王太子殿下から手を引き、殿下から涙を流すような勢いで礼を言われ、個人的な礼として何かあれば力になるという言葉まで貰うことができた。


 しかしながら当事者以外はそうはいかなかった。


 一度目は兎も角、二度目の婚約破棄に関しては王家から大々的にバーバラに瑕疵はないと公表された。それでも噂好きの紳士淑女は面白おかしく噂する。バーバラの見た目が派手なことと男好きのする身体つきということもあり、とんでもない男好きであまりの素行の悪さに婚約破棄をせざるを得なかった、王太子殿下の弱みを握り好き放題、贅沢三昧、実は行きずりの男との隠し子がいる等。枚挙にいとまが無いほどだった。


 バーバラはそれでも頑張った。


 今度は領地に引っ込むことはなかった。しかし、社交はすべて欠席し、王都のタウンハウスに引きこもることにはした。


 そんな時に父親が三度目の婚約話を持ち込んできた。



***



「お嬢様、マイ・ロードがお呼びでございます」

「ありがとう、オリアナ。今行くわ」


 バーバラは五人兄姉(きょうだい)の末っ子で、両親や兄姉達に大層可愛がられ、時に厳しく育てられた。そのため世間知らずで少しずれているところもあるが、見た目はオレンジ色の髪色と少し釣り上がったダークブラウンの瞳がきつい印象を与える、優しい女性になっていた。


「オリアナ、お父様のご用件は何か聞いてるかしら?」

「申し訳ございません。私は何も聞いておらず……。ただ、お客様がいらしているようですが……」

「………嫌な予感がするわ。オリアナ、部屋に戻るわよ」


 父親の執務室前に来たが、慌てて(きびす)を返そうと振り返ると、見たことのない男性が後ろにいたのだった。


「おっと、大丈夫かい?」


 その男性は、慌てていたバーバラが危うくぶつかりそうになったところを片手で抱き止めてくれた。


「も、申し訳ございません。失礼を……」

「いやいや、いいんだよ。怪我がなくて良かった」


 にっこりと微笑んだ顔は甘く、女性なら見惚れてしまうほど柔らかい印象を与える見目の良い男性であった。しかし、繊細で人見知りのバーバラには顔の美醜は関係ない。知っているか知らないか、慣れているか慣れていないか、それだけである。だから、抱き止められ、現在も手を握られている状況に顔を赤くしたりはしない。手を振り解き、走り出したいのを堪えて、そこに微動だにせずにいることだけで精一杯だった。


 そしてバーバラのレディースメイドであるオリアナは、そんな成長したバーバラに感動していた。


「あ、あの、手、手をいつまで握っているのかしら」

「ああ、これはこれは失礼しました。あまりにも美しいお嬢様でしたので思わず……」


 挨拶がわりにと、手の甲へ落とされる口づけ。心の中で悲鳴をあげたバーバラは、決して表情には出さないように努めていた。しかし、口元が引き攣り眉が僅かに寄ってしまうのは止められなかった。


「……お嫌でしたか?」

「……初対面で馴れ馴れしいのは好ましくありませんわ」

「ふふ、お厳しいですね。……噂には違わないようだ」

「?」


 後半は小声でいわれてしまい、バーバラには聞き取れなかった。

 

 そこへちょうど執務室の扉が開き、家令が出てきた。


「ロード・フォスター、マイ・レディ。マイ・ロードがお待ちです」


 バーバラは捕まったような気持ちになり落ち込むが、気を取り直した。ロード・フォスターと呼ばれた男性がエスコートのように手を差し出してくれるので、その手を嫌々ながらとり、執務室の中へと入る。


 執務室には部屋の窓際に背を向けて、一人の男性が皮張りの椅子に座っていた。白髪混じりのオレンジ色の髪は柔らかくうねり後ろで一本に縛られている。そしてきつい眼光は人を怯えさせるのに十分な迫力があった。


 オルティース家当主ジョンであった。


 バーバラは母親よりも当主である父親によく似ており、そして五人兄姉の中で一番父親に愛されていた。ただその愛情は非常にわかりづらく、バーバラにはあまり伝わってはいなかった。だからバーバラは父親に甘えることができず、いつも褒めてもらおうときちんと学んできたマナーを披露するが、父親からの反応は薄かった。父親はバーバラに甘えて欲しいが、その方法もわからず、側から見ると互いに無表情でいることが多かった。


 そんなジョンのことをよくわかっているのが、今はタウンハウスを離れている妻のアメリアであった。結婚前から表情の乏しかったジョンのことを、僅かな表情の動きを察して接してくれる妻のアメリアは、彼にとって救いであり、神にも等しい愛すべき妻であった。今はタウンハウスを離れられないジョンに代わり、領地の視察を買ってでてくれており、戻るのは当分先ではあった。


 ジョンは自分によく似た可愛い末の娘のバーバラを結婚させる気はなかった。ただ、長兄を筆頭とした子ども達から『バーバラを社会的に抹殺するつもりか』と言われて、仕方なく消極的に婚約者探しをすることにした。形だけでも婚約者探しをして、結果見つけられなくても体裁が整っていれば言い訳もしやすい。ただ、ジョンの思惑は外れてしまい古い友人の息子が名乗り出てしまった。


 それがマーレイ侯爵家の嫡男、イーデン・フォスターであった。見た目も良く人当たりも悪くなく同じ家格でもあり、探している建前断ることができなかった。さらには、普段であれば家族に一言相談して決めることではあったが、普段からあまり交流のない可愛いバーバラの将来のことを、自分自身で決めたいという思いが強く出た結果であった。


「よく来たな。バーバラ、ロード・フォスター」

「閣下、本日はお招きあがり大変恐縮にございます」

「ロード・フォスター。父上の容態はいかがか?」

「はい。芳しくはございませんが、以前よりは悪くはありません」

「そうか、彼とは昔馴染みだから早く良くなることを祈っている」

「はい、ありがとうございます。閣下」


 イーデン・フォスターの父とバーバラの父は顔馴染みであった。その病床にいる古い友人に、息子の結婚を頼まれては断ることはできなかった。


「本来ならば君の父上にも同席願いたがったが、それは難しいから、すでに手紙のやり取りで話は終えている。……バーバラ、お前には事前に話をしていなかったのは悪かったが、お前は断ると思ったからね」

「……お父様、私は、私は……」


 バーバラが何の話か察して、マナー違反ではあるが断ろうとするが、父親であるジョンに手で遮られてしまう。


「バーバラ。今日お呼びしたロード・フォスター殿はお前との婚約を了承してくれた。すぐに婚約といかなくても、少し前向きに考えてみてくれないだろうか」


 バーバラは驚いて目を丸くした。自分はすでに二度も婚約破棄をされており、イーデンにとってはこの婚約、結婚には何もメリットはないと思っていた。


 戸惑いの眼差しを父親と不躾ではあるが、隣のイーデンを見る。目を合わせたイーデンは、バーバラの前で片膝を突き(こいねが)った。


「オルティース嬢の話は聞いています。しかし、レディ・バーバラ本人を目にしてその噂は全て真実ではないのだと思いました。だからお願いです。………貴女様はとても清く美しい心をお持ちです。その心を私に預けて欲しいのです。そして私の手を取って頂きたい」


 バーバラにとっては心がくすぐられるような言葉ではあったが、すぐに沈んでしまうのは避けられなかった。


 二度の婚約破棄はバーバラの心を充分に傷つけていた。婚約に前向きになれないくらいに。また同じようなことがあればもう立ち直れないと思っていた。ただ、果たしてまた同じようなことが起こるのだろうかとも思うところではあった。


 返答をどうしようか迷っているところに、イーデンから提案の声がかかる。


「レディ・バーバラのこれまでの状況もわかっているつもりです。だからどうでしょうか。婚約の前に少しお付き合いして、お互いを知るのはいかがでしょうか?それでだめでしたらお断りしてもいいですし、良ければそのまま婚約となればレディ・バーバラも安心ではありませんか?」

「………良いのですか?」

「貴女のためなら」


 にっこりと微笑む姿は女性なら見惚れてしまうが、あいにくバーバラにそんな余裕はなく、曖昧に微笑むしかなかった。


「ロード・フォスター。バーバラの父親としてはその提案はとても嬉しいが、フォスター家はそれで良いのか?父上からは早い結婚を望んでいると聞いてはいたのだが……」

「父の容体が芳しくはないので早く身を固めたいところではありますが、二、三ヶ月遅れても恐らくは問題はないでしょう。まずはレディ・バーバラの気持ちが大事かと……」


 バーバラは二人の話を聞いても、俯かずにドレスを握りしめてなんてことのない顔をした。そうするしかなかった。こんな話を聞き、自分にどうしろというのか、何をしたら良いのか、わからなかったしどうすることもできなかった。こんな時、バーバラは自己嫌悪に陥ってしまう。自分がこんな状況だから、家族皆に迷惑をかけてしまうし、これまでに紹介された男性からは馬鹿にしたような顔と二人になった時に投げかけられる下卑た言葉に矜持が傷つき、次第に心が削られていった。


 今のバーバラにはどんなに優しい言葉をかけられても、信用できないほど傷ついており、それを上手く取り繕ってしまうので、親交の薄い父親ではそれに気づくことができなかった。


 バーバラ自身は、傷が癒えるまでそっとしておいて欲しかった。だが、父の期待には娘として応えたかった。


「…………わかりましたわ。そこまでいうのでしたら、お付き合い致します。ですが、私に釣り合わないようでしたらお断りさせて頂きますわ」

「望外の喜びです。レディ」


 そう言うとイーデンはバーバラの指先に口付けを落とす。バーバラは、慣れないその行為に不安になってしまう。


「………無闇な触れ合いはおやめ下さい」

「これはお手厳しい」


 甘く笑うとイーデンはバーバラの手を離した。


「ミスター・ウッド。ロード・フォスターがお帰りだ」


 そう言うと、家令がイーデンの案内の為先に立つ。イーデンはバーバラに笑いかけて約束を取り付ける。


「そうだ、レディ・バーバラ。今王城の薔薇が見頃なんだ。手紙を出すから今度一緒に行きましょう」

「……はい、承知しました」


 気乗りはしなかったが、父の前でもあるので、一先ずは了承の返事をイーデンへ返す。


「良かった。じゃあまた」


 そう言い、執務室の扉の向こうへ消えていった。イーデンが退室してしばらくして、バーバラは大きく息を吐いた。そして父親の机を思い切り両手で叩きつけた。


「お父様!聞いていませんわ!何故いつも勝手に決めるのです!?」

「バーバラ。悪かった。家にいてもいいんだが……。だが、まあ、結婚は良いぞ。父さんも母さんと出会った時はな、「もうその話はいいのです!聞き飽きましたわ」

「な、な、なな聞き飽き………?」

「何十回と聞いてます!一先ず、お母様にお伝えしますわ」


 今バーバラの母親は領地で発生した懸念事項があり、タウンハウスを離れられないジョンの名代として領地へ向かっている。しばらくは戻れない予定である。


「……婚約してもしなくても良いが、良い方向で考えてくれ。悪くはない相手だ」

「………わかってますわ。……でも確約はできませんわ、お父様……」


 すでにいる娘二人が婚約している為、ジョンとしてはバーバラにはずっと家にいても良いと考えている。ただ、バーバラの兄姉達がそれを許していない状況だった。特に長兄は、身分が違ってもいいから家族以外と幸せになる道を見つけてほしいと願っていた。


  そしてバーバラは、家のために自分が何を為せるのか考えてはいるが、すでに地に落ちたような評判である自分が、家のための結婚は望めないと思っていた。


(どうしていいのかわからない。……結婚なんて考えたくないし疲れるわ……)


 父親の執務室を後にしながら、今後の事を考えるのはとりあえず後回しにし、自室で疲れた頭と心を休ませることにした。


 

読んで頂きありがとうございます。

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