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その後の訓練は二回ほど女装訓練は止めて普通の姿でのダンス訓練(僕は女性パートで踊る)を行い、並行して他の訓練も行う。
その訓練とは……裁縫。
からかっているわけでは無く、学園の淑女科でいくつか学べる教養科目がある。
演奏、声楽、詩作、書評、絵画、花卉園芸……。
その中で騎士科の知識をかなり利用できるものとして選んだのが裁縫。
騎士科では破けた服は自力で縫い合わせるのが基本。
また、傷でも浅い場合は針と糸で傷を縫う。
他の音楽系科目や絵画などの良し悪しの判断はできないし、男性としての判断が入ってしまう。
それはバレる可能性を上げるだけだ。
それに刺繍なら他と違って自室で訓練可能だし、騎士科の奴に見られても変にみられない。
実際に縫い方を訓練している奴らもいるしね。
女性的な――花や紋章等好きな相手に送るための――刺繍をするために都合の良いネタを考えなくてはならないが、よくありそうなパターンは少しずつ覚えていけば何とか誤魔化せるだろう。
実際パァン先生からお褒めのお言葉を頂いた――微妙な表情をされながらなのでこちらも困惑しているが。
「ニフェール君……この刺繍の技量はどこから?」
「騎士科の縫物の訓練からですね」
「こちらの縫い方は?」
「傷を縫い合わせるときに使う縫い方ですね」
呆れ、溜息を付きつつ先生は教えてくれた。
「君の場合は裁縫としての縫い方と糸の種類をいくつか覚えれば十分でしょう。
ただし、騎士科の方ではデザインや美しさとは無縁のはず。
そこを学べば騎士を辞めてもやっていけますよ?」
「……デザインを学ぶのに良い書籍とかありますかね?」
「そりゃありますけど……何を狙ってます?」
先生、その面白そうなネタを嗅ぎつけたような表情はなんですか?
いや、確かに先生からしてみれば面白いのかもしれませんけど。
「狙うというか、ラーミルさんに何か作ってあげようかなって……(照)」
( じ ゅ る り )
先生、ちょっと待って!
あなたもそっちに行っちゃうの?
ただでさえそっち側は人数過多なんだから、別方向に行って欲しいんですけど?
「よいのではないでしょうか?
花とかデザインしてお互いにプレゼントし合うというのもいいですね」
ふむ。
ふむふむ。
ア リ で す な !
ちょっと本気で検討してみましょうか。
ただ、その前にいくつか作ってみるのと、ラーミルさんにどんなデザインにするか相談してみるかな。
そんな感じで女装訓練を続けていると、とある日の夜にカリムたちから連絡が入った。
連絡内容は……暗殺者ギルドのジーピン家殲滅情報。
実施日は……アゼル兄とカールラ姉様の結婚式の日。
この話を聞いてちょっと殺気が漏れたがそこはまぁやむなしと思ってもらおう。
ちょうどその場にいたカリムたちは半泣きだったが、慣れて欲しいな。
今後もよくあると思うし。
さて、そんな面倒な話が入ったら女装訓練は正直お休みするしかない。
詳細は内緒のままだけどパァン先生と相談してみる。
「……お兄さんの結婚式については理解しました。
ご実家の領地でも領主一家として参加必要というのも分かります。
それを踏まえて一つ提案なんですが、明後日、再度淑女科校舎で訓練しませんか?
そしてそれを持って一旦訓練を止めるということで」
「化粧+音楽付きでダンスするってことです?」
「えぇ、フェーリオ君も反省したことでしょうし、真面目な訓練になると思うのですが?」
あぁ、やっぱりフェーリオの暴走に気づいてたんですね。
ジル嬢が気づいていたのなら先生なら確実に気づいているだろうと思ったのですが、想像通りですか。
「……もしかしてダンス中に気づかなかったのは僕だけ?」
「フェーリオ君もバレないと思ったんじゃないですか?
ちなみに、ニフェール君はいつ気づきました?」
「あの日、寮に戻ってダンスのステップを再確認していたら自分のミス以外にもフェーリオとぶつかっていたのに気づきまして……」
正直に報告すると先生は少し驚いた後優しく微笑んでくれた。
「ちゃんと復習しているんですね。
そこまで頑張ってくれると教える方としても嬉しいですよ」
そこまで褒めて頂けると、その、照れます♡。
「それと、領地での宴会が終わって戻ってきても、訓練をすぐに再開するのは止めましょう。
戻ってきたら秋季試験まですぐですよね?
試験終わらせてから再開しましょう。
その時に各科目の点数報告もお願いしますね」
うわぁ、報告まで求めますか?
まぁ、その位はやりますけど。
「とりあえず了解です。
ちなみに、フェーリオたちには……」
「こちらで伝えておきますよ。
淑女科校舎への許可も取っておきます」
なら、後は当日を待つのみですね。
そんなことを考えていると、パァン先生が真面目な顔をして注意してくる。
「それと、一つだけ。
命を大切になさい」
……もしかして、アゼル兄の結婚式で何が起こるか感づいた?
どうやって?
「驚いているようですが、あなたのご両親やお兄さんたちに似ていますよ。
あの子たちも暴れる必要が出て来たときに、今のような表情を浮かべていました。
覚悟を決めた顔とでもいうのでしょうか?」
……変なところで親兄弟が分かってしまうのですね。
とはいえ、悪くない気分ではありますね。
「大丈夫ですよ、先生」
先生に気がかりな思いをさせるのは嫌なので、安心できるように笑顔を見せて説明をする。
「怪我するのも死ぬのも相手だけです。
だって、【岩砕】【緊縛】【死神】【狂犬】【女教皇】【才媛】が集まって【魔王】と【女帝】の結婚式を祝うのですよ?
このメンバーが勢揃いしている状態で、敵が僅かなりとも生きて帰れるなんて思う方がおかしいのです」
……なぜでしょう?
安心させようとしたのですが、引き攣られてしまいました。
適切な発言をしたつもりなのですが。
さて、それから二日後。
改めて淑女科校舎に集合しダンスの訓練を行う。
ちなみに、ドレスや化粧道具などは放課後すぐに寮に戻り荷物を持って管理人さんに報告までして持ってきた。
当然女装訓練とは伝えず、兄の結婚とダンスの訓練の必要性を話し、もしかすると戻るのが遅くなるかもと説明すると快くOKを出してくれた。
勉強に邁進しているように聞こえるような説明にしたから、学園に勤める者として否定はできないだろうと思ってはいたけれど、かなり簡単だったな。
淑女科の前で合流、前回と同じダンスホールに移動する。
「さて、各自前回と同じミスをしないようカーテンを閉じてください」
確かに、恋に溺れて淑女科に潜入しようとする男どもが出たばかり。
ちゃんと見えないようにしないとまた覗く可能性があるからなぁ。
「よし、大丈夫そうですね。
前回と同じで化粧と着替えも確認します。
では、開始!」
前回と同様に化粧を施していく。
指摘された目の部分の化粧は前回よりも微細な描き方に変更し、少しづつ描き足してくのではなく一気に滑らかに。
口紅も同様、怖がりながら描くのではなく滑らかさを優先。
怯懦の心は不要!
勇気をもって一息に!
◇◇◇◇
「ほぅ……」
私、ジルのそばでパァン先生がわずかに感嘆の声を上げる。
正直、学園の授業で先生がそんな反応をするのはほとんど見たことがない。
過去に見たときは礼儀作法がとても苦手な娘がかなりの努力によりコツをつかんだ時。
自分の殻を破り一歩を踏み出した時。
……私は一度もそんな反応をされたことがない。
よく言えば現時点で既に完成した存在。
悪く言えば成長が期待できない存在。
見た限り、ニフェール様が化粧のコツをつかんだのだろう。
アイラインの描き方が前回のオドオドした動きから、果断と言ってもいいくらいに迷いが無くなった。
これはフェーリオ様がまた堕ちるかもしれませんね。
最悪、完堕ちもあり得るかも。
婚約者としては腹立たしいのですが、フェーリオ×ニフェールを見続けていた者としてはこの後も見てみたい気もします。
まぁニフェール様は絶対嫌がるでしょうけど。
多分、今のままだとニフェール様は私を差し置いて同学年で最高のレディとか言われそうですわね。
本来、男性である方を気にするなんてありえないでしょう。
ですがあまりにも、あまりにも美しすぎるのです。
ただの美しさなら負ける気はありません。
ですけれども、貪欲に自分を磨くその姿勢。
向上心の塊と言ってもいいほどの学び方。
性別。
立場。
必要な物を得るためにはそんなもの知ったこっちゃないとばかりに無茶を乗り越えていく。
この感情はなんでしょう?
私の傲慢? 強欲? それとも……嫉妬?
チアゼム侯爵家令嬢として生きてきてますが、こんな感情は初めてですわ。
同年に互する者が……ライバルと言える存在がいなかった私には。
学力ならフェーリオ様がおりましたが、淑女科の面々となると、現在の二位の人物とは差が付き過ぎてライバルと考えることができませんでした。
多分、二位の方も一年目の頃はともかく今は諦めているようです。
地位と金が私を作ったと思われているのか、人と思われていないのか。
実力は努力によって作られたものであるというのに。
ですが、男爵家で武において知る人ぞ知るジーピン家の三男。
誰も、ジーピン家でも想像できなかった武以外で名を挙げる異端児。
フェーリオ様と私を守るために無茶をやらかす忠犬。
ジャーヴィン家とチアゼム家が扱いに困りつつも手放せない鬼札。
陛下や王妃様まで掌中に収めようとしていると聞きます。
そんなニフェール様がわざわざ女装して私のテリトリーに殴りこんできました。
いえ、当人としては潜入捜査のために女装方法を知りたがったのは事実なのでしょう。
そして私ども淑女科に喧嘩売っているつもりは一切ないのでしょう。
とはいえ、私のテリトリーに入ってきた以上優劣を競いたいと思うのはおかしなことでしょうか?
自分より上の存在に挑みたいと思うのはいけないことでしょうか?
ただの私の我儘とおっしゃる方もおられるでしょう。
ですが、実力が互するこの方との比べ合い。
これまで、そしてこれからの人生においてこれだけの人物と競うチャンスは無いかと思います。
可能性が高そうな人物は皆味方ですし、目標としていた【才媛】は実は自分の家で働いてますなんて誰も想像できませんでしたしねぇ。
ねぇ、ニフェール様?
私のこの熱き心、あなたにぶつけていいですか?
あなたに勝利したいというこの猛る心、受け止めていただけませんか?
◇◇◇◇
ゾ ク ッ !
な、何だ、このヤバそうな雰囲気は?!
まさか禿が近くに?
「ニフェール君、どうしたのですか?」
「先生、ちょっと動かないで!」
少しキツ目に指示を出し、気配を探る。
……殺気は感じられないが、何だあの気配は?
ブチ切れた母上レベルの危険度だぞ?
「すいません、先生。
突然とてつもなく危険な気配がしたもので探っていたのですが、何も見つからず……」
「危険な気配?」
「一言で言うと、暗殺者がすぐ横にいたかのような……もしくはうちの家族レベルの戦闘能力がある人物が戦闘準備始めたとか……」
「ちょっ!
そんな危険な?」
「ただ先ほど探っても感じないので、別の気配かも知れません。
正直なんであんな気配がしたのが推測できません。
一応このままダンスの準備を進めますが、最悪避難という選択も出て来るかも」
……ん?
先生とフェーリオは慌て、張り詰めたような状態だけど……ジル嬢はなぜか視線を逸らしている?
普通、フェーリオの影に隠れるとか、安全を確保するとか考えるんじゃね?
「……ジル嬢、あんた何やった?」
「……あらニフェール様、私が何をできると?♡」
「ならなぜ視線逸らしてんだよ?
僕でも分からない位の事態なのにあまりにも余裕過ぎてな。
改めて聞く、僕に何か気配をぶつけたか?」
睨み、問い詰めると観念したかのように両手を上げた。
「確かに、ちょっと考え事をしていたのがニフェール様に感づかれたようですわね。
ただ、そこまで危険を感じられました?」
「うちの母上がブチ切れたレベルですが何か?」
ジル嬢、頬をヒクつかせてどうする?
事実を言ったまでだぞ?
「……冗談ですよね?」
「ガチです」
先生とフェーリオからも追加の視線を受け、降参とばかりに一通り説明し始めた。
いや、ライバルいないからって僕をご指名?
ちょっとそれは無茶じゃない?
「色々思う所はありますが、今はニフェール君の訓練時間です。
一旦その想いは置いておきなさい」
「はい……」
「とはいえ、面白そうですから後でゆっくり考えましょうか♡」
「まぁ♡」
「おぉい!」
パァン先生、面倒増やさないでくださいよ!
ただでさえ色々あり過ぎなのに!
「はいはい、ニフェール君は化粧の続き!」
そう言ってジル嬢と打ち合わせを始めてしまった。
……ウソでしょ?
「ニフェール、諦めろ。
あれはどう考えても面倒な提案がくる。
今騒いでももう遅い」
「フェーリオ、僕何か悪いことしたっけ?」
「善悪無関係にライバル扱いされただけだろ?
無駄に悩むより化粧したら?」
「む~……」
正直納得いかないが、元々僕の依頼による訓練なんだからここで止めるわけにもいかないか。
モヤモヤしつつも化粧を続ける。




