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「なぜそんな困惑しておられるのでしょう?
普通に政治の書物に出ていれば流石に分かりますよ?
でも一切乗っておりませんでしたから……」
「それ以前に、貴様まさか領主科か?」
「いえ、所属という意味であれば騎士科ですが?」
「なら、政治なんぞ関係ないだろう!」
「僕は現在全ての教育内容を学んでおります。
文官科、領主科&淑女科、騎士科の全てです。
それ故、領主科や文官科で学ぶ政治も独学ではありますが学んでおります」
まぁ以前聞いた夏の成績だと、領主でギリ四割、文官で二割だそうなので、点数を言われると回答できませんけどね。
とはいえ、この場でそこまで知る者はいないのだから勢いに任せて発言しているのでしょうか?
「そ、そんなことできるわけがないだろう!」
「失礼、割り込ませていただきたく」
「誰だっ!」
皆が一斉にどなたが割り込んだか確認しようとする。
あちゃー、あれは……。
「学園長を務めておりますスリン・ディアビティスと申します。
宮廷では伯爵位を頂いております」
私が学んだ学園のトップ、学園長その人が謁見の間にいたことに驚く。
昔【才媛】と呼ばれたときに少し話をしたが、学問については真面目なのだが、「頭の中にクルミが入っているような輩は大っ嫌いだ!」と広言していた記憶がある。
それなのにこの会話に割り込むということは――
「ニフェール君の発言はおかしなことではございません。
昔から自分の所属している科以外の学問を学ぶことは認められております」
「そんな筈は無い!」
ラング伯爵に全否定されてムッとするスリン学園長。
というか、ラング伯爵は何の根拠があってそんな自信満々に否定するのかしら?
「と言われましても、今二年の者たちの中にニフェール君を含めて三名が全科分の試験を受けておりますし、その前にも同様の試験を受けたものがございます。
ねぇ、【才媛】嬢?」
こ の ク ソ が っ !
……あら、汚い言葉を使ってしまいましたわ。
一応自衛のために淑女の礼を取っておきましょう。
「それにもっと前……数代前の学園長の頃にもおられたと聞きますよ。
ねぇ、王妃様?」
嫣然とした微笑みを見せる王妃様。
……え、私の前に王妃様も条件クリアしたことあるの?
となると、実は私は二代目【才媛】だった?
「という訳で、学園で複数の科の学問を学ぶことは認められており、実績もございます。
ラング伯爵、まさかとは思いますが王妃様がご卒業されたことを否定されるおつもりか?」
「い、いや、そんなつもりは無い!」
「ならふざけたことを言わんで貰いたい。
それとさっさと答えたらいかがかな?
戦士二人を今日中に用意するという件の事ですよ?」
皆が注目する中、ラング伯爵は悩み、結論を出す。
「……先ほどの発言を撤回する」
チ ッ !
ヘ タ レ が !
……あら、また汚い言葉を使ってしまったわね。
気を付けないと。
ニフェールさんとアムルさんなら確実に爵位に財産確保できたでしょうから惜しい事でしたが、それはあぶく銭のようなもの。
執着するより別の収入を考えましょうか。
「ふむ、であれば先ほどの説明通りの報酬とする。
これにて爵位授与を終了とする」
陛下の宣言と共に全員が最敬礼をし、それを見て陛下、王妃様が退席。
宰相殿からの終了連絡を受け、各自自由となった。
カールラ義姉様やロッティと一緒にジーピン家の皆さんの所に向かいます。
先ほどのラング伯爵は舌打ちしながら消えて行ったが、これ以上近づいてはこないでしょう。
また来たら……今度こそ爵位、財産丸ごといただきましょうか。
◇◇◇◇
さて、皆様お久しぶり(長男の結婚式-23話以来)、ニフェールです。
今僕は新たな敵を追い払うために家族総出て奮闘しております。
その新たな敵とは……。
「ジドロ男爵殿、うちの娘を婚約者にいかがかな?
今淑女科三年だが、必要とあれば自主退学してでも……」
「いやいや、ジドロ男爵殿、我が娘の方がよいですぞ!
確かそなた今年十八くらいではなかったか?
我が娘と同年なら話も弾むでしょう」
マーニ兄は新男爵として都合の良いオスが見つかったと親父共から狙われている。
一応女性もいるのだが、娘を売り込む親父共の方が多いのが現状だ。
……念の為言っておくが、マーニ兄に”自分を”売り込む親父はまだ出ていない。
というか、マーニ兄、慌ててないで断れよ!
「ジーピン子爵、うちの妹は如何かな?
先の夫が無くなって寡婦となったのですが、まだ子は孕めますぞ!」
「いやいや、そんな他の男の使用後の女なぞ……それよりうちの姉はいかがかな?
まだ誰にも使われておぬから、一から教え込んでみればよろしい!」
アゼル兄も子爵に陞爵したと言うことで有望な貴族と見られたようだ。
でも回ってくるのは寡婦となった方や貴族の姉……?
特に後者、お前の姉ってことはうちの両親並の年じゃねぇのか?
というか、アゼル兄、無言になっても家族にはテンパってんのバレてるからな?
「アムル殿、うちの孫娘とお友達になってはくれんかな?」
「あ、その、ごめんなさい!」
「ではうちの娘は」
「その、あの、ごめんなさい!」
アムルには十歳前後の子を宛がおうと群がっている。
流石にアゼル兄のように親並の年齢の相手を用意する輩は今の所いないようだ。
アムル、気づいているか?
アゼル兄やマーニ兄よりお前の方がまともな対応しているぞ?
ちゃんと断れるのはフィブリラ嬢から見ればポイント高いはずだ。
とはいえ、引き攣った表情しているからそろそろヤバいか?
そして……僕には誰も来ない。
まぁ、そうだろうけどね。
先ほどのラング伯爵とのやり取り聞いて危険人物と判断されたのだろう。
未来の伯爵位が確定していてもヤバすぎて関わりたくないというのが本音か?
いいんだ、僕にはラーミルさんさえいれば……。
さて、兄弟だけでなく、その妻、婚約者、親密な友人たちはどうかというと……。
カールラ姉様とロッティ姉様はブチ切れてました♡
これ、「オラ知らね!」とか言えない?
無理?
フィブリラ嬢はアムルが頑張って断っているのを見てハラハラしている。
アムルはこういう所でのやり取り慣れてないからなぁ。
我らがラーミルさんは……余裕ですね。
まぁ、僕には誰も来なかったからでしょうけど。
僕のそばで腕を絡ませてニコニコしている。
「あ~、ラーミルさん、ちょっと腕を離して。
アムル助けるためにフィブリラ嬢連れて行く。
一緒に来るのは僕も嬉しいけど、腕掴まれていると動けない」
「む~……仕方ないですね」
「兄弟助けたら改めて腕絡ませてくれていいから、今は面倒を解決したい。
このままだと、またカールラ姉様たちが暴走する……」
「あ……確かに……」
理解が早くて何よりです。
フィブリラ嬢と合流し、アムル助けるのに協力を依頼したら大喜びだった。
気持ちは分かる。
と同時にカールラ姉様とロッティ姉様が呪いの視線を僕に送ってきてるけど、子供たち先に助けて何が悪いの?
次にあなたたちの方にも割り込むからそこで待ってて!
「やぁ、アムル、大丈夫かい?」
「……あ、兄様!」
アムル、顔が死人のようだったよ。
よく我慢したな。
もう大丈夫だぞ?
「あぁ、皆様、ご歓談中にすいません。
アムルの親密な友達が来たのでちょっと割り込ませていただきました。
さ、アムル、嬢ちゃん連れて来たぞ」
「あぁっ!」
キ ラ キ ラ ッ ! ! !
……すっげぇ。
死人が天使に変わりやがった。
「ニフェールさん、あれ……」
「ええ、あそこまで変わるとは……」
「あ、いえ、それもですけど、そうではなく」
「違うのですか?」
「あの二人暴走してません?」
「……まさかまた自分たちの世界に入っちゃった?」
……初回は初めてあった喜びと安心?
となると、今回は……厄介な輩から精神を守るための逃避の行動?
「あの二人はそのままにしときましょう。
あいつらの心の安寧の為にもこのまましといた方がよさそうです」
「……あぁ、そう言うことですね。
ただ、どなたかに面倒見て頂いた方がよいのでは……」
「とはいえ、そんな都合よく……いたぁ(ニチャア)」
いや、何と素晴らしいタイミングで来られるのかな、大公様と奥方様。
軽く手招きすると、滅茶苦茶嫌そうな大公様とそれを嗜める奥方様。
奥方様の方が現状理解してるんじゃないの?
そんなことを考えていると、大公様が到着する前にアムルに声掛けしていた者たちが騒ぎ出した。
「貴様、何の権利があって我らとアムル殿との会話を邪魔する!」
「兄としてですが何か?」
「それにそちらの女、アムル殿と何をしているんだ!」
「見つめ合っているだけですが?」
「ええい、邪魔だ!」
手を出そうとするので、腕をねじり上げアムルたちに触れさせないようにする。
軽く暴れたので腕を解放してやると今度は騒ぎ出す。
「貴様、わしを誰だと思っておる!」
「弟と弟の大事なお嬢さんが見つめ合っているのを邪魔する空気を読めない方ですね」
この程度の煽りで文句を言い出す貴族共。
この後どうなるのか楽しみだよ。
「くっ、その娘共々潰してやる!」
「なら、娘さんのご両親とお話ししてみますか?」
「はっ、子爵如きの縁で誰を呼ぶというのかね?」
「娘を潰すとは少々聞き捨てならないな。
どういうことか説明してもらおうか」
はい、いらっしゃ~い。
「はっ!
この小娘の親か!
どんな面……」
はい、こんな面した方々ですよ~。
「娘が何かしたのかね?」
大公様、落ち着いてくださいね。
言葉責めしてから潰さないと。
「い、いえ、何でもございません!
御前、失礼いたします!!」
早っ!
早速逃げて行きましたが、大公様の視線は逃げた先を追ってますね。
「大公様、もしかしてあの者たちご存じで?」
「いや、知らん。
ただ、逃げて集まっている所が貴族派の者たちの集まりであることは見えた」
「となると、運が良ければ教会襲撃の関係で消せそうですね」
「確かにそうではあるが、偶然に期待し過ぎてもな。
今度見かけたらきっちり報復しておかないとな。
それはともかく、まさかこの二人は……」
「お気づきの通り、二人の世界に入ってますね。
すいませんが、二人のこと見ていていただけますか?
ちょっと兄たちを助けてきたいので」
「……あぁ、なるほど、分かった。
二人の事は任せて行ってきなさい」
「ご協力感謝いたします。
では、ラーミルさん、行きましょうか」
アムルたちを大公様に任せて急ぎ兄たちの所に向かう。
いまだに親父共から逃げられない二人の兄。
そして不満を蓄積し続ける嫁&婚約者。
うっわぁ、行きたくねぇ……。
「ニフェールさん、気持ちは分かりますが行かないとケリつけられませんよ」
「ラーミルさん、理解があるのは嬉しいですが、僕の退路を塞ぐのはやめてください」
「ニフェールさん以外にあの状況解決できるとお思いで?」
「信頼度MAXなのは男として嬉しいですけど、心労もMAXなんです!」
「大丈夫です。
明日からジーピン領へ向かうのですから、その期間は癒してあげますよ?
まぁ、肩を貸すか膝枕程度ですけど……」
「頑張ってきます!」
男って単純……と自分で言ってしまうところが悲しい……。
さて、いきなり声かけてもうまくいかない気がする。
あの親父共のネットリとした熱量を裁き切れる気がしない。
近づきたくないともいうが。
ふむ……あれでいくか。
パンッ!
ブワッ!
大きな拍手をしつつ軽く覇気を出す。
アゼル兄に付きまとう親父共もマーニ兄に付きまとう親父共も僕の方に注目しだした。
兄二人は複雑な表情をしている。
自分たちを助けに来てくれた弟。
親父共を追い払ってくれる弟。
そして、自分たちで処理できなかったことに説教してくる弟。
そんなところかな。
もっと大事な、かつ危険な存在を忘れて弟にしか反応しないとは、本気で周りを見えていないのだろうか?
もしくは対人関係苦手な部分が出過ぎている?
まぁ、洗の……調きょ……教育は後で任せるとして、さっさと親父共を追い払いますか。
「アゼル兄、マーニ兄、そちらにいらっしゃる方々にちゃんと対応されておりますか?」
「……対応?」
「アゼル兄、あなたはつい最近結婚されたでしょ?
それ皆様に伝えてますか?」
「……!」
おい、本気で頭から抜けてたのか、アゼル兄?
「え~、アゼル・ジーピン子爵に嫁の提案をなされた方々、子爵はつい最近ご結婚されております。
今まで子爵が申し上げておりませんでしたのでご存じない方もおられるかもしれません」
ざわつくアゼル兄に付きまとっていた親父共。
二割程はさっさと離れて行った。
判断が早いな、個人的には評価高いぞ。
でもなぜか残っている輩がいる。
自分の娘を愛人にでもしたいのか?
【ディアビティス家:国王派文官貴族:伯爵家】
・スリン・ディアビティス:伯爵家当主。学園長兼任。
→ 名はインスリンから。
姓は糖尿病 (ダイアビーティス)から




