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◇◇◇◇
「ナット、ニフェールのことどう思う?」
カリムが今更ニフェール様の事を聞いてくるけど、どうしたの?
「どうって、強そうとしか言いようがないけど?
後、頭がいいのかは分からないけど懐は広そうよね?
アタシたちを受け入れようとするくらいだし。
まぁ、わきが甘いともいえるけど」
簡潔に説明したつもりだったんだけど、何故かカリムは悩んでいる。
「どうしたの?」
「強いというか……ヤバいという感じがしてな」
ヤバい?
どこが?
「あいつ、友人を禿に殺された後自分の復讐心を理解できていなかった。
俺との会話でやっと気づいたとか言ってたよ。
正直、あいつの精神は大丈夫なのか?」
……それをアタシたちが分かる訳無いじゃん。
むしろ、この短期間で分かったらそっちの方が怖いよ。
「そこを気にしても仕方ないと思うけどな。
第一、アタシたちはそこまで気にする立場じゃないし」
「う~ん、まぁそうなんだがなぁ」
ったく、何をグズグズ……。
「カリム、言いたいことを簡単にまとめて!
愚痴られてもこっちも困るから!」
「……ニフェールが暴走したらどうする?」
「逃げればいいじゃん」
「はぁ?!」
え、なんで驚くの?
「まともな貴族だからニフェール様について行く。
暴走したら離れる。
別に難しい事じゃないでしょ?」
「あぁ、そりゃそうなんだが……」
そんな難しい事言ってないはずなんだけどなぁ。
禿と同じでしょ?
嫌いになったから禿を殺しそうな奴につく。
ニフェール様が禿並にイカれたら逃げる。
何も変わらないと思うけど、殺すか逃げるかの違いくらいだし。
まぁ個人的にはまともなままでいて欲しいけど。
「ねぇ、もしかしてニフェール様を弟のように見ているの?」
「……どうだろうな、弟なんて持ったこと無いし。
とはいえ、自分の感情もよく分からないとか言い出す奴だからなぁ」
……仔犬飼っているような気持になっちゃった?
「なら、お兄ちゃんとして色々教えてあげたら?」
「あぁ、そうだな!」
……おい、アタシに向かってする笑顔よりイイ顔してんじゃねぇよ!
ニフェール様は男だぞ?
分かってんのか?
そっちは薔薇の道だぞ!
……あれ、茨だっけ?
◇◇◇◇
「ストマ様、何を悩まれておられますか?」
ルドルフが気にするそぶりを見せてくるが、以前とは微妙に雰囲気が違う。
多分、こいつは俺があの女の情報を持っていないか探っているのだろう。
まぁ、新しい情報は全く見つかっていないが。
そんなことより……。
「親父の製薬現場が国に潰された件だ。
末端の貴族は捕まっているが、親父のところまで届かん。
情報が不足していると言われればそれまでなのだが……」
俺の思考があの女じゃないことが分かり、真面目な面に変わるルドルフ。
お前、変わったな……。
「そうですねぇ、今回の件についてはこれ以上何かできることはありません。
ですので、侯爵が次に予定していることを調べるべきかと」
「その情報をジャーヴィン侯爵に渡して潰してもらうということだな?」
「然り」
潰すのを他者に願うのは正直情けなくはあるが、現在確実に俺の味方となる者は多くなく、また俺も含めてまだ若い。
あの親父を筆頭にじじむさい連中を相手取るにはまだまだ足らん。
学園の生徒を使って試してはいるが、期待通りの結果はまだ出せておらん。
どころか、予想外の事態が発生して呆れることの繰り返し。
いや、部下はちゃんとしてくれているのだが、狙った獲物が暴走するのだ。
なぜあんな暴走するのか考えてみたが……ルドルフを含め誰も理由が分からぬ。
「ちなみに、侯爵様は何かおっしゃっておられましたか?」
「いや、何も。
今行われている調査と裁判に忙しく手を回せないのではないかな?」
「……まさか、捕まった者たちに薬を?」
「……あり得るが情報が無い。
まぁ、王宮側も前回の裁判でやられているから気を付ける位はするだろう」
むしろ、暗殺者については王宮の方が知っているのではないか?
あの日の侍女を調べれば何か情報位は出てくるだろうし。
ならば俺は親父の情報収集を進めるか。
はぁ、こんな時にあの女に癒してもらいたい。
いや、こんなことを思うようになったのは驚くべきことだ。
今までならそんなこと考えたことも無かったのに。
俺の心を持て遊んで消えるとは許せんな。
見つけたら身体で払ってもらおうか。
俺のそばで、妻としてな(ニヤリ)。
◇◇◇◇
ゾ ク ゾ ク ッ !
なんか最近寒気がすることが多いなぁ。
知らぬ間に背後を取られたかのような気持ち悪さを感じる。
風邪にしては熱も咳も無し。
ちゃんと体調管理しているのになぁ。
さて、僕はジャーヴィン侯爵家に向かい昨日巻き込んだ暗殺者二名の話をしに来た。
あの二人をメッセンジャーとして、そして暗殺者ギルドの情報収集の為に使うこと。
すぐには許可が出るとは思っていない。
ただ、彼らの情報を僕経由でジャーヴィン侯爵に回せれば禿、そしてあいつを雇った奴の邪魔をできるだろうと考えている。
「おぅ、ニフェール。
急ぎの用事だと聞いたが、どうした?」
ジャーヴィン侯爵が気分良さげに聞いてくる。
先の薬製造の壊滅に手を貸したからだろう。
まぁ、この後の一言でその表情がどう変わることやら。
「暗殺者の禿と一緒にいた男女と伝手が出来ました」
「 は ぁ ? ! 」
あぁ、気持ちは分かる。
侯爵が落ち着くのを待って、昨日の話をかいつまんで説明した。
最後まで話をすると、侯爵の表情が驚きから呆れに表情が変化していたのは仕方ないことだろう。
僕も勢いでやっちまったと正直後で反省したくらいだし。
「禿の動向を確認できるのか?」
「そこまでは期待してません。
ですが、相手側の行動を事前に把握できれば相手の思惑を外すことも可能なのでは?」
「ふぅむ……。
確かにそうなのだが、そいつらは信用できるのかね?」
「すぐに信用は無理ですね。
ですが、禿の行動――殺人快楽――が嫌いなことは事実っぽいです。
なのでその一点のみ信じるつもりでいます。
その後は今後次第ということで」
あまり期待し過ぎても仕方ないしね。
「まぁ、その辺りが今のできる範囲だろうな」
「えぇ、あの者たちが何処までこちらに心酔するかで今後を考えるつもりです」
「……お前の女装姿見せたら最低でも男性側は即刻心酔すると思うがなぁ」
「いや、それは勘弁してくださいよ」
そういう冗談は……へ、冗談じゃない?
お願いだから冗談と言って!
「だってお前、【傾国】としか言いようがない成果を上げているだろう?」
「【傾国】ってなに!!!」
「なんだ、自覚無いのか?
裁判で犯罪者堕としたの忘れたか?
同時にそいつの兄も堕としているし、追加で宰相まで堕としてたろ?」
え……この裁判ってあの誘拐未遂裁判だよな?
その時から【傾国】なんて名が付いてたの?
「ちなみに、チアゼム侯爵も同じ認識だからな?」
「嘘だろぉ……」
「それに、最近の潜入捜査あったろ?
小路から入り込んだ奴。
あの時、お前たちが入った後に追っていった男性二人組がいたと聞いているぞ?
騒ぎを起こして追い出されたと聞いているが」
どうなってんの、この世の中!
女装男子に惹かれる男が多すぎだろ!
なんか疲れ果てた僕は報告も終わったことだし、悔しいので別の方向からチクチク突っついてみるか。
「そういや、もう少しでカールラ姉様が結婚されますが、父親としてはどのようなお気持ちで?」
「帰れ(泣)!
か゛え゛れ゛ぇ゛(号泣)!!」
そんな涙目になって言わないでください。
奪う側の弟としては従うしかないじゃないですか。
いい大人がグジグジ泣いているので、大人しく帰る。
なんとなくフェーリオが結婚するときには笑って送り出しそうなのにカールラ姉様の時には泣くのはなぜだろう?
どちらも泣いてやりゃいいのにとも思うけど、オッサン化すると考え方変わるのかなぁ。
ああはなりたくないなぁと思いつつ、多分ああなるんだろうなぁと気落ちしたまま寮に到着した。
それから約束の夜がやってきた。
一応武装して待つと息切れしながら二人が到着する。
……体力なさすぎじゃね?
「よぅ!
色々と準備できたかい?」
「あぁ、何とかな。
ほれ、縄梯子だ」
ちゃんと引っ掛けるところがあるやつを買ってきたのか。
気が利くな。
「後、連絡用の笛は?」
「あぁ、こいつだ」
ん?
細工とかの無いシンプルな笛だが、これで鳥とかの音出せるのか?
「やってみるから聞いて覚えてくれ」
ピヨピヨピヨ
……小鳥の鳴き声?
夜に合う音色かなぁ……。
まぁ分かればいいか。
「よし、笛も問題なし。
んじゃ、寮の部屋にご招待しましょうか。
と言っても何も出せないけどな」
「会話ぐらいはできるんだろ?」
「ヒソヒソ声でならな?
大声出されると後々面倒くさい」
僕の方で前回と同じように自室に戻り、縄梯子を降ろす。
正直ドタバタうるさく昇ってくるかと思ったが予想以上に静かに登れた。
部屋に入れるとお上りさんのようにキョロキョロと周りを見渡す二人。
「ほとんど何もないな」
「もしかするとアタシたちの部屋より殺風景かも」
「学びに来たのに無駄な荷物増やしてどうする。
ここは眠るか学ぶだけの部屋だよ。
お前ら、こっちの壁側に来い。
そっちだと音が漏れやすい」
窓枠に指で触れ埃をチェックするナット。
まさか、「あ~ら、こんなに汚れてますわよぉ?」なんて言わないよな?
「こんなんじゃ彼女呼べないな」
「呼ぶはずないだろ。
他人、そして別寮の人間を入れることは許されてないんだから」
「え?
じゃあ彼女持ちの人ってどうしているの?」
ワクワクしながら聞くな、ナット。
「一緒に外泊でもして楽しんでんじゃね?」
「うわぁ、生々しい単語貰っちゃった」
「なら聞くなよ」
くだらない雑談をすませ、ちょっと真面目な話をする。
「ジャーヴィン侯爵に二人の事を話した。
味方にしたというのは理解していただいたが信用してもらうにはまだ無理そうだ」
「まぁそうだろうなぁ。
簡単に信じられない話だし、俺が判断する立場なら嘘と断じておしまいだよ」
「まぁそこは今までの僕の信用の積み重ねということで」
なぜかジト目でこちらを見る二人。
なぜに?
「ジャーヴィン侯爵にすこし同情しそう」
「こんな暴走野郎をうまく御しているんだ。
俺はむしろ尊敬するがな」
「お前らから見て僕はどう見られているのやら」
「触るな危険」
「歩く刃物」
真顔で言うなよ、ガラスのハートが砕けちまうじゃないか。
「いくら叩いても壊れそうにないんだが?」
「ガラスって伝説のオリハルコンより硬いんだっけ?」
こいつら、マジで泣かそうかな。
「イロイロと言いたいことはあるが、いくつか確認。
暗殺者ギルドには聞いたか?」
「止める件なら聞いてみたよ。
ギルドの事をベラベラしゃべらないこと位で後は特に縛りなし。
基本的に依頼以外の殺しはしないから、依頼が無くなれば一般人になるだけ」
「禿が特殊?」
「そう、あいつは難しい仕事でも成功率高いから無茶を聞いてあげているけど本来はNG。
今のギルドは弱体化しているって古参の人たちは言ってた。
禿程度が実力者なんて昔ならあり得ないって」
古参の人?
「昔ギルド員だったけど今は一般人に戻った人。
生活基盤ができた人とも言えるかな。
まぁ商人している人はギルドに物売りに来る人もいるけど」
「あぁ、殺さなくても商人とかでやっていけそうな人が辞めて行ったんだ」
「そうそう」
まぁ、そりゃそうだ。
命を懸けずとも生活できるならその方がいい。
「というか、弱体化って言うほど厄介な事態が起こったのか?」
「結構昔の話らしいよ。
なんでも男女二人が殴り込みに来て拳でギルドをぶち壊したとか、ギルド員全員縛り上げたとか。
まぁ与太話として聞いてるけど」
え゛?
拳でギルドを壊す?
全員縛り上げる?
僕の記憶で二人程実施可能な人物を知ってるけど……マジですか?
母上!
父上!
あんたたち何やってんの!!
「……一応確認だが、その与太話は二十五年近く前の話だよな?」
「……なぜそこまで年代を気にする?」
「そうよ、与太話なんだからそこまで気にしなくても」
なんとなくカリムは感づいたのかな?
ナットは全く気付いてないようだけど。
「まぁ、知らない方が面白そうだから今は教えないでおこう」
「ちょっ(ムグムグ)」
カリム、ナイス!
ナット、大声出すな!
「隣に聞こえる。
大声出すな」
睨みつけて言うと、流石に理解したのかナットは謝罪してくる。
カリムも一緒に謝罪してくるが、なんだ、嫁の不始末の謝罪か?
「とりあえずもう少し大きな声で話せるように外でるか?」
「そうだな、場所も分かったし今日はここにいる理由が無くなったしな」
頷き合いベランダから外に出て広場に移動する。
カリムとナットは縄梯子を使って。
僕は縄梯子を引き上げた後飛び降りて。




