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【連載版】狂犬の……  作者: いずみあおば
5:長兄の結婚式
61/362

3

「じゃあ、二人ともまずは普段通りに生活してほしい」



 大人しく頷く二人。



「それと、僕の本名はニフェール・ジーピン。

 ジーピン男爵家の三男だよ。

 覚えといてね」



 ……二人とも、なぜそこまで驚く?



「……ばらしても良かったのか?」


「何言ってんの?

 二人とも僕の庇護に入りたかったんでしょ?

 そして色々決断したんでしょ?

 その決断に答えただけだよ?

 驚くほどではないでしょうに?」


「いや、普通驚くからな?」



 そうか?

 そこまでではないと思うんだがなぁ。



「あ~、とりあえずいいや。

 んじゃ、情報収集に動くけど、どこでやり取りする?」

「ん~、学園内に入り込めるかな?」



 ブ フ ォ ッ !



「ジド、何噴いてんだよ」

「そんな簡単に入り込めるはずないだろう!

 貴族の子弟が集まるだけあって、かなり厳重だからな?

 無茶言うなよ!!」


「いや、昼はともかく夜とかは?」

「「あ」」



 すっかり忘れてやがる。

 お前ら暗殺者だろ?

 夜の闇に紛れて入り込むなんてお手の物だろうに。



「で、入り込める?」

「流石に夜なら大丈夫だが、学園のどこに?」


「僕のいる場所は教えるから、今日の夜来れる?

 今日は……上弦は超えてたはずだから、月が中天に届く前位に来て欲しい」



 多分夕食後位の時間だから、ほとんど学園内を出歩く人はいないだろう。



「あぁ、それは大丈夫だ」

「学園の入口からまっすぐ行ったところに広場があるんで、そこで待ってるよ。

 一応予定としては、僕が住んでいる寮の部屋を教えるつもり」


「毎回そこの寮で会うのか?」


「まずはそのつもり。

 寮に定期的に来れるかを確認する。

 その間に僕の方でとある貴族と調整してみる。

 上手くいけば、夜は僕の所、昼は貴族の所に連絡できるようになるよ」



 まぁ、その貴族はジャーヴィン侯爵家とチアゼム侯爵家なんだけどね。


 そこはまぁ後で教えてあげよう。

 とても驚くだろうけど、慣れてもらわないとね。



「んじゃ、今日はここまでにしとこうか」

「え?

 俺たちの名前を聞かないのか?」


「後で、夜に学園に来たら聞くよ。

 では後ほど!」



 そのまままっすぐ寮に戻る。

 追っては……来なかったか。

 ならとりあえずは信じてよさそうだな。



 国家的な視点ではあの二人を味方にすることで暗殺者ギルドの情報を得ることができる。

 それはそのまま貴族派の行動を事前に得られることにつながる。


 加えて、暗殺者ギルドのおいたがひどすぎた場合、潰すことも視野に入れることができる。



 ジーピン家……というか、未来の僕とラーミルさんの家(照)の視点としては、未来の執事長と侍女長の確保。

 もしかすると暗殺者繋がりで他にも使える人物を確保できるかもしれない。


 あ、マーニ兄も欲しいかな?

 そこは相談要としておこう。



 そして、僕個人の視点。

 カルディアの仇討ち。


 禿の居場所・次の行動を把握することで、どこかであいつと戦える機会があったら積極的に狙うことができる。

 下手に相手の都合の良い場所で戦わないようにしないと。



 そのまま夕食(食堂で塩パスタ普通盛り:学園での最低額のパスタ)を取った後、集合時間になるまで自室で勉強。


 自分の感情の整理がついたからなのか、妙に勉強が進む。

 この調子なら前回五点という情けなさすぎる点数を叩き出した文官科算術にリベンジできるかもしれん!

 ……とはいえ、まずは四割を目標とするけど。


 そんなことを考えながら勉強を進めるとそろそろ月が中天に届きかける。

 ……そろそろ待ち合わせ場所に向かうか。



 一応武装(双剣+暗器)した上で待ち合わせ場所の広場に向かうと、まだ来ていなかった。


 ちょっと早かったか?

 それともあいつらバックレるつもりかな?

 その場合禿と同じ扱いになるんだが?



 そんなことを考えながらニヤニヤしているとあの二人の気配がした。

 殺気は感じないということは裏切るつもりはなさそうだな。


 少々息を切らしているが、そんな疲れるようなことしたのか?

 侵入程度で疲れるなんてお話に……まて、まさか?

 まさかとは思うが、サカってたのか?



「待たせてすまん!」

「いや、そんな待ってないよ。

 さて、一応確認だが僕について行くということでいいのかな?」

「あぁ、二人ともそれでいい」



 暗殺者ギルトを抜ける、そして僕に付き従う覚悟はできたということだね。



「なら、名前を教えてくれるかな?」


「あぁ、俺がカリム、こいつがナットだ」


「その名は暗殺者ギルド側には漏れていない、そしてプライベート以外では使っていない名前かな?」

「偽名として使っているかってことならそれは無いぞ」



 それなら他の人たちに教えても大丈夫だな。



「んじゃ、僕の部屋を教えようか」

「一応確認だが、一人部屋だよな?」


「当たり前でしょ!

 お前ら連れて複数人数の部屋に入ったらどんな想像されることやら……」



 男二人女一人の三人プレイとか、むしろ女が女王様だとか……。

 学園男子の妄想力を舐めんな!



「正直、貴族ってもっとマトモだと思っていたんだが……」

「カリム、まともな貴族が暗殺者雇うかい?」

「そりゃそうだ」



 そんな話をしていると寮に到着する。


 この学園の寮は基本四階建て。


 一階は食堂等、共有スペースとなっている。

 二階以上が生徒の部屋で二、三、四がそれぞれ三年、二年、一年となっている。


 なぜこうなっているかというと、一時期逆(四階が三年)にしたら上からゴミが降ってくると騒ぎになったため。

 学年上級生を下の階に戻したことでそんなことは無くなったが……。


 また、部屋割りは一年次は入学時の申し込み順。

 二年と三年は前学年末の試験結果により一位から順に部屋番号を割り当てられる。


 なお、部屋番号一番だからと言って生活しやすいとは限らない。

 トイレは遠いし階段まで距離あるし。


 唯一良かったのは片方しか部屋がないため、結構静かなことかな。


 最悪の場合両側の部屋から栗の花の香りが充満してくるからなぁ。



 なお文官科・領主科・淑女科もそれぞれ寮を持っており、条件に違いはないと聞いている。

 いや、他の科の寮なんて全く知らないけどね。



 簡単にこんな説明をすると、胡散臭そうな表情で返されてしまった。

 そんな勉強苦手そうに見えるのか。



「とりあえず、今まで剣術しか見てないからなぁ。

 学力を知る術がない以上どうしようもねぇだろ?」

「悪だくみは出来そうだけど、学力という点ではなんとも……」



 ほぅ?

 こいつら後で泣かす!



「色々と言い分はあるけど、三階の端っこの部屋だ。

 行くよ?」


「へ?

 行くってどうやって?」


「は?

 登るに決まってるでしょ?」



 何を訳の分からないことを言ってるんだ?

 真正面から入るわけにはいかないんだから当然だろうに。



「いやいや、そんなことできねぇよ!」

「そうよ、流石に無理よ!

 というか、できるならやって見せてよ!」



 ったく、暗殺者が侵入できないと言い出すとは想定外だったよ。



「仕方ない、やり方を見せるから真似してね」



 そう伝えて、一階の壁を蹴って二階のベランダに捕まる。

 そのまま身体を引き寄せ二階――二号室のベランダに入る。

 同じように三階のベランダに捕まり身体を引き寄せ、三階の僕の部屋に入る。


 なんか、間抜けな顔しているのが二名ほどいるけど、このくらいできるよね?



「まぁ、こんな感じ。

 さ、いらっしゃい?」



 ……なぜ、一緒になって首を振るんだ?

 面倒になったのでそのまま三階のベランダから飛び降りる。

 ほとんど音を出さずに着地して、二人に問いかける。



「どうしたの?

 恥ずかしがることは無いんだよ、カリム?」


「いや、恥ずかしいとかじゃなくて!

 つ~か、『さ、いらっしゃい?』じゃねぇよ!

 できねぇよ、そんなこと!」




 え?




「そんなんでどうやって暗殺していたの?

 二人ともターゲットに接するために壁登ったり家登ったりしなかったの?」


「いや、したことあるけど、梯子とか使うんだよ!」

「というか、普通の女の子はこんなことできないでしょ?」

「それ以前に普通の女の子は暗殺なんてやらないんじゃない?」



 素で返すとナットは頭をガシガシ掻いてイラついていた。

 いや、変なこと言ったつもりは無いんだが。



「あ~、ニフェール。

 お前は暗殺者の事を誤解している」



 へ?

 誤解?



「暗殺者はぶっ飛んだ身体能力を持っていると思ってないか?」


「今の壁登りレベルなら大した能力じゃないだろう?」

「そこからか……」



 なぁ、カリム。

 なぜ顔を手で覆っているんだ?

 お前にそんな反応されると正直精神ダメージが大きいんだが……。



「まず、暗殺者の中で準備無しに壁登りができる人材はほとんどいない。

 俺たちも無理だし、禿も無理だ。

 本当に上位一握りしかできない」



 そこまでできないの?

 あれ、でも……。



「その割にはお前ら屋根の上にいなかったっけ?」


「あぁ、あのときか。

 あれは事前に登れる場所を確認しておいたんだよ。

 具体的に言うと、積んである木箱を見つけたから階段状に並べておいたんだ。

 あの高さなら降りるのは簡単だが、登るのは準備しないとな」



 あぁ、事前準備の賜物って奴か。



「話をつづけるぞ。

 お前のような壁登りや飛びついて腕の力だけで身体を引き上げるなんてのも大半はできない。

 なので俺たちがあの部屋に向かうためには縄梯子とか用意しないと無理だ」



 ……冗談じゃなさそうだな。

 とはいえ……。



「縄梯子なんて都合よく売っているの?」

「……確かに普通じゃ売ってないな。

 ちょっとこっちで探してみる。

 お前の部屋に上がるのは次回にさせてくれ」



 仕方ない、予定だった名前を知ることはできたし問題点も分かった。

 ならここらで解散かな。

 あ、その前に確認しておくか。



「とりあえず分かった。

 次回は明後日、同じくらいの時間に同じ場所で待っているよ。

 で、一緒に行くからお前たちが入って来た場所を教えてくれないか?」

「あぁ、それくらいならいいけど」



 広場に戻り、二人が入り込んだところに案内してもらう。

 と言っても大した場所ではなく、守衛から離れたところから悪戦苦闘して入り込んだようだ。



「ここだな。

 ここ入るだけでかなり苦労したんだ。

 待ち合わせに少し遅れたのもそのせいだ」



 サカリ場開いてたわけじゃないのね?

 ……僕も汚れてしまったようだ。



「よく分かった。

 んじゃ、お前らがここから出入りするための縄梯子と僕の部屋に入るための縄梯子を用意しておいてほしい。

 それと、お前たちが来たことを告げるような笛とか無いかな?

 鳥の無き声を真似たものとかがいいんだけど」


「笛?

 あぁ、お前の部屋から縄梯子下ろしてもらうための合図か。

 ちょっと一緒に探してくる。

 ……金あるか?」



 それを俺に聞くか、カリム?



「お前に肉五人前奢ったおかげですっからかんだよ。

 今日の夜から塩パスタしか食えんような人物にたかられても困る」

「……何かすまん」

「いや、こちらも情けない雇い主でごめん」



 互いに情けない表情をする僕とカリム。

 ナット、そんなに呆れないでくれ。



「とりあえず買えそうな分だけ買っておいてほしい。

 優先度としては僕の部屋に置いておく縄梯子、笛、学園に侵入するための縄梯子の順で」

「分かった。

 じゃ、明後日会おう」



 そう言って二人は帰ろうとするが、壁を上るのに苦労しているようだ。

 仕方ないなぁ。



「二人ともちょっと待って?」



 そう言って、僕はジャンプして壁の上に身体を引き上げる。

 壁に跨るようにして体勢を整えて声を掛ける。



「まずナット、引き上げるから跳んで」



 ナットは頷き駆け足の後一気に跳ぶ!……が、壁の上に手は届かない。

 そこを僕が壁の上まで引き上げる。


 一気に壁の上に登れたのに驚いたのかそこから動こうとしない。



「ナット、さっさと降りてくれないか?」

「ちょ、ちょっと待って。

 ここまで一気に跳べたの初めてで……」


「カリムを引き上げないといけないから、下に降りて欲しい」

「あっ、うん」



 名残惜しそうではあるが、大人しく下に降りる。

 ドシッと着地音がするが、流石に少々大きいな。

 これ、訓練しなきゃダメか?



「次、カリム」

「あぁ」



 カリムも一気に跳ぶが、まだ届かない。

 ナットよりかは飛んでるけどね。

 まぁそこは同じように引き上げる。


 カリムも同じように壁の上から降りようとしないのはなぜ?



「カリム……」

「すまん、こんな簡単に壁を登れたのに感動していた」



 お前ら二人とも訓練してやらんと不味いかな?

 このままだと、こちらの希望より前に死なれそうで怖い。



「感動は帰ってから楽しめ。

 僕もそろそろ眠りたい」

「あぁ、すまん。

 じゃ、明後日な」



 そう言って壁から降りてナットと一緒に夜の闇の中に消えて行った。



【暗殺者】


 ジド→カリム:カリウムから

 チア→ナット:ナトリウムから

 


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― 新着の感想 ―
[一言] 主人公くんの能力が色んな方面でスバ抜けてるってわかりすぎる回でした。
[良い点] カリム&ナットの仕込み方次第ではジーピンとラーミルさんの家が歴史ファンタジー寄りな忍者屋敷になりそう的な妄想が膨らむ今話でした♪ [気になる点] そういえばこの作中世界ってファンタジー要素…
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