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3/6分の投稿となります。
二話投稿予定、こちらは一話目です。
「えっ!」
「ちょっと待て、それはどうやって?!」
驚きの声を発したラーミル様……だけではなかった。
膝をついていたニーロ殿まで起き上がって来た。
まぁ気持ちは分かるが。
「まず、フェーリオ様とジル嬢に報告は必須となります。
今更誤魔化せませんからね。
そして、今後の僕の学園生活の為にも事実を周知させること。
これは譲れません。
ただし、報告時に二人に様子見してほしいと伝えるつもりです」
「様子見ですか?」
ラーミル様が困惑した表情を浮かべる。
美人ってどんな表情でもイイなぁ。
「ええ、具体的に言うと……セリン家は今回の事反省している。
婚約は双方に悪影響無いように破棄ではなく解消とする。
グリース嬢は僕に勘違いしたことを公式に謝罪をし、僕はそれを許す。
場所は、学園の食堂で皆のいる前で謝罪して頂きましょうか」
ラーミル様を見ると頷いてくる。
ニーロ殿も苦い顔をするが理解はできるようだ。
「そして、以降フェーリオ様に近づかないことをジル嬢に宣言する。
こちらの宣言は皆に言う必要はありません。
なので、あのお二人に対してのみでいいでしょう。
後で中庭ででも話せばよろしい。
ここまでやれば流石にあの二人も文句は言えないと思います」
ニーロ殿は苦悩の表情で考え始めた。
ラーミル様も思考の海に入っていったようだ。
グリース嬢は……って思考が追い付いていないのか?
口を開けてポカンとしている。
「僕としても本件は誤解が重なった結果の話であるという認識です。
である以上、あまり大事にしたくないというのがあります。
ですが、流石に食堂の件とフェーリオ様の件がございます。
そこはちゃんと反省と関わらない旨伝えないと納得してもらえないと思います」
一通り説明したところでセリン家の皆さんを見回して言う。
「さて、セリン家としてこの提案に乗る気はありますか?
そして、グリース嬢にここまで対応させられますか?」
ニーロ殿の苦悩の表情が絶望の表情に変わった。
ラーミル様は思考の海から虚無の海に入りなおしてしまったようだ。
いや、これグリース嬢がちゃんと対応してもらわないとねぇ……。
冗談抜きでセリン家は二つの侯爵家に消されますよ?
ジャーヴィン侯爵家からすれば寄り子、それも息子の側近を馬鹿にされた。
チアゼム侯爵からすれば寄り子がジャーヴィン侯爵家に喧嘩売った。
そしてあちらの面子を潰された。
しかもそのジャーヴィン侯爵家は娘の婚約者。
この二つをどうにかしないとかなり不味い。
まぁ、分かっているから絶望したり虚無になったりしているんでしょうけど。
ちなみに、中心となっているグリース嬢は?
黙ったままだけど?
「ちなみにグリース嬢、対応できますか?
というか対応できないと伯爵家の未来が潰える可能性があるのですが?」
話を振ると、ブルブルと肩を震わせ僕に吼える。
「なにふざけたこと言ってるのよ(ぺペペッ)!!
セリン家が潰される?
そんなことあるわけないじゃない(ぺペッ)!
というかチアゼム侯爵家がそんなことするわけないじゃない(ぺペペッ)!!」
どっから湧いて出てきたんだ、その根拠は?
「そのチアゼム侯爵家のご令嬢であるジル嬢。
あの方があなたの行動に不快に思われているんですが?
そして、ジャーヴィン侯爵家の末っ子であるフェーリオ様。
こちらも同様の感情を抱いておられる。
だからこそ僕は先程の提案をしたのですが?」
「だ(ペッ)・か(ペッ)・ら(ペッ)!
仮にジル様があたしの行動に不快を感じたかもしれない。
でも、それだけで潰すなんてありえないでしょ(ぺペッ)?!」
なぜそう思うんだろう?
ただでさえ「善人の家」なんて言われているセリン家。
チアゼム侯爵家からすればさっさと消したいのが本音では?
「ふむ、ではグリース嬢はどうなるとお思いで?
まず、アムルとの婚約については?」
「婚約破棄でも解消でもいいけど終わらせることに変わりはないわ」
「次にフェーリオ様に対しては?」
「流石にジル様の婚約者を奪うなんてしたら本当に家を潰されるわね。
流石に諦めるしかないわね。
後でジル様含めてお二人に謝罪するのも納得いくわ」
ほう、そこまでは判断できたのか。
ご両親も安堵の声を上げている。
ということは最後が問題か?
「では最後に僕の名誉の回復については?」
「そんなのどうでもいいじゃない」
ピ キ ッ
空気が固まる音が聞こえたかのように感じた。
グリース嬢以外の全員の表情が固まった。
「第一、男爵如きが伯爵に楯突く時点でお話にならないでしょうに?」
「その発言がフェーリオ様とジル嬢に突っかかるという意味になってもですか?」
「なんでよ(ぺペッ)!
男爵如きにジル様が手を貸すはずないじゃない(ぺペッ)!」
「男爵如きに手を貸しているから言っているのですが?」
「はん、そんなことあるはずないわ(ぺペッ)!」
このバカ女、本当に喉笛喰いちぎってやろうか?
呆れつつもセリン家のご両親に確認する。
「グリース嬢はこのようにおっしゃられてますが……。
セリン家としても同様の考えでよろしいでしょうか?
ニーロ殿、ラーミル様?」
「違う!
婚約は解消で進めるし、ニフェール殿の名誉回復もちゃんと対応する!」
「そうですわ!
今回の騒ぎは義娘の暴走でありニフェール様は被害者なのは明らかです!」
全力でご両親が否定するのを聞き、グリース嬢は愕然とする。
「お父様、お義母様、なぜこいつにそこまで?」
「貴族として事の善悪も理解できないような行動。
それだけで無能であると判断されるのですよ。
それもこれだけ学園内で表に出ている話です。
下手をすれば両侯爵家が不仲。
むしろ戦争待ったなしととられる可能性があるのですよ!」
「は?
こいつにそんな価値無いでしょ?
たかが男爵なんだし」
グリース嬢の発言にラーミル様は呆れつつも懇切丁寧に教えていく。
でも、理解できるかな?
「なぜニフェール様がお二人に相談できる立場にあると理解できないのですか?
その時点で親の爵位はともかくニフェール様当人は側近。
もしくはそれに近い立場とみて間違いないでしょう」
「え゛、こいつが?」
こいつで悪かったね!
「ええ、そうよ。
そしてフェーリオ様がご自分の婚約者であるジル様に相談することを認める。
そしてジル様がそれを手伝ってる。
その時点であなたよりも価値があると見られているのですよ」
グリース嬢は「まさかぁ」という顔をしているが……。
ラーミル様の認識の方が正しいぞ?
「そうね……仮にあなたの方が大事だと判断されてたなら。
あなたが婚約破棄を表明した後にジル様が問い合わせをするのでは?
でも一切なかったでしょ?」
頷くグリース嬢。
「でもジル様はニフェール様の話はちゃんとお聞きになった。
そして、婚約者であるフェーリオ様と一緒になって手伝う。
この時点であなたよりニフェール様の方を重用しているのは分かるでしょ?」
無言&無表情のグリース嬢。
そこは、頷くなり反抗するなりしないの?
まさか理解できてない?
「ジル様がチアゼム侯爵家を継ぐ予定だから、フェーリオ様は婿入りされるわね。
当主と配偶者が信用している人物の名誉を誤解とはいえ傷つけた者。
これをどう扱うかしら?
軽くて縁を切られ、最悪はチアゼム、ジャーヴィン両侯爵家から敵対されるわ。
そうなったらセリン家は平民落ちかしらね」
流石ラーミル様、事態を完璧に理解してらっしゃる。
グリース嬢、理解できたか?
今のお前は崖っぷちなんだぞ?
セリン家を崩壊させるレベルでな!
「え~、僕の推測もラーミル様の仰る内容とほぼ同じです。
なので、先ほど説明した小芝居。
これをして可能な限り被害を最小化させなければならないと考えております。
後はグリース嬢がどうしたいかですね」
グリース嬢に視線を向けにっこりと微笑む(個人の感想です)。
そして大事な選択を突きつける。
「どうします?
セリン家存続させます?
それとも滅ぼします?」
( ヒ ク ッ ! )
「……わかったわよ」
なぜだろう?
フェーリオたちを助けた後にやって来た王都の衛兵たち。
あれとと同じ引きつった表情を見せられてしまった。
とはいえ、グリース嬢ははっきりと諾を返す。
不安なんだが、本当に大丈夫なんだろうな、こいつ?
その後、婚約解消の書類に互いがサインをし終了。
明日必ず昼休みに小芝居すること。
無視した場合チアゼム侯爵家に本件について申し立てを行うこと。
これらを確認して解散となった。
昼前に終わったことから、三人で昼食を取る。
役に立たなかった父上は放置して可愛いアムルとにこやかに会話を楽しむ。
当然頭なでたり要所要所で褒める。
そうすると、恥じらいつつも誇らしげな表情をするアムル。
それを見て生きるのに必要なエネルギー――萌えともいうが――を補給する。
昼食後、二人はそのまま王宮に書類提出。
ジャーヴィン家に挨拶してそのまま帰るとのことだ。
僕は王宮までは二人と一緒に向かい、っその後は予定通りチアゼム家に向かう。
フェーリオたちと合流し、先程の会談について報告を行う。
ジル嬢が手を回してくれたのか、あっさり応接室に通してもらう。
なぜか、ヘルベス・チアゼム侯爵とその奥方アニス様まで待機していた。
流石に侯爵夫妻がいるのならフェーリオに対してタメ口は無しだな。
「さてニフェール、セリン家で話されたことを説明してくれるかな?」
なぜフェーリオが仕切っているのか謎なんだが……まぁいいか。
かくかくしかじかと会談内容を説明する。
予想はしていたが一通り説明が終わると皆頭を抱えていた。
「嘘だろう?
嘘だと言ってくれよニフェール……」
「言うだけなら構わないけど、そんなたわごとが聞きたい訳ではないでしょう?
現実は残酷だがそれでも夢や戯言に逃げないでください。
まぁ、気持ちは分からんでもないですが」
フェーリオの嘆きに僕は共感はしつつも現実を見据えるよう叱咤する。
僕だって自分が絡まなければあんなのには一生近づきたくないよ。
「現セリン伯はまともな人物なのに。
実力はまあ、アレだが」
「そうね、とても誠実な人なのだけど。
仕事はまあ、アレですけど」
チアゼム侯爵夫妻のコメントにフェーリオと一緒に苦笑してしまった。
それはともかく、優先して確認しなければいけないことがある。
「失礼、チアゼム侯爵、アニス様。
セリン伯爵の奥方についてご存じであればお教えいただきたいのですが」
「ん?
どんなことかな?」
「話し合いの中で現セリン伯爵夫人は後妻であるとお聞きしました。
ただアムルと婚約の時点では先妻のベラ様が対応されていたようです」
コクコクと頷く侯爵夫妻。
「で、確認なのですが……。
先代のベラ様、そして現夫人のラーミル様はどんな方なのでしょう?
娘への教育を放棄するような方だったのでしょうか?」
キョトンとした表情をされてしまった……。
「会談中、ラーミル様はグリース嬢の暴走をよく止めておられました。
となると、現夫人はちゃんと良し悪しの判断はできる方かと。
であれば、最初の伯爵夫人がちゃんと教育できていなかった。
もしくは、お二人でちゃんと教育してもアレなのかと困惑しておりまして」
僕の質問にアニス様が思い出しつつも答えて頂けた。
「先の伯爵夫人はとてもまともな方ですよ。
噂を聞いた限りでは娘の教育にも努力してたと聞いてますわ」
特に嫌な感じは持っていないように見えるなあ。
「ただ、家庭教師を雇ってたはずですが……。
長くて数年、短くて数ヶ月で交代していると聞いてますわね。
今の伯爵夫人も悪い噂は聞かないわね」
あ、家庭教師も匙投げたんだ。
気持ちは分かります。
「となると、グリース嬢自体が?」
「失礼、アニス様、ニフェール様」
予想外の方――先ほどから壁際で待機していたメイドから声を掛けられた。
アニス様は少し不快な表情を見せるが発言を許す。
「先ほどから話題になっている現セリン伯爵夫人、ラーミル様についてです。
もしかして元ノヴェール子爵家のご令嬢でしょうか?」
僕はきょとんとしつつも質問に答える。
「僕は話はしたけど夫人の実家までは聞いていないですね。
年齢は……二十歳あたりだと思います。
グリース嬢の姉位の年齢だなと思ったくらいですし」
胸が素晴らしかったというのはこの場では流石に不適切なので言わないが。
「ちなみに、それ以外に目立つ特徴とかありますか?」
「……金髪碧眼、それと胸がかなり大きかったかと。
具体的には最低Gカップ位、今の私より大きいですね」
ブ フ ォ ッ !
男性陣が噴き出しそうになりつつも、なんとか被害を抑える。
するとアニス様が視線を僕に向けてくる。
直前に不適切と思った内容をいきなり聞かれてうまく反応できない。
メイドさん、微妙に楽しそうな表情をしないで欲しいです。
後フェーリオ、ニヨニヨすんな。
ジル嬢が睨んでいるぞ?
「……確かに金髪碧眼、そして胸は……かなり大きかったように思います。
カップサイズはわかりませんが……確かにメイドさんを超えているかと」
顔を赤らめて(どんな羞恥プレイだ!)と思いつつもちゃんと回答する。
メイドさんは頷き、僕とアニス様に説明を始めた。
「多分わたくしが学園にいた頃の先輩かと思われます。
学業は学年五位とかなり成績良い方でした。
また周りから好かれ、会話からは知性を感じられる。
そんな方でした。
先程のお話ではグリース嬢のおかしな行動の原因とはなりえないかと」
僕からも会談でのラーミル様とのやり取りから推測できるところを報告する。
……邪な思いは無いからな。
「確かにあの会談でまともな会話ができたのはラーミル様がいたからですね。
セリン伯はうちの父上と同じで会話に入ることは稀でしたし」
セリン伯の事もうちの父上の事も知っている侯爵夫妻は納得された。
「あぁ、やっぱり」と言わんばかりにため息を吐く。
まぁあの二人に任せたら決まるものも決まらないだろうしなぁ。
となると、結論はこんなところかな。
「とりあえずグリース嬢の性格は誰の矯正も受け付けなかったのでしょう。
セリン伯、先妻、後妻が全力でどうにかしようとはしたんでしょうけどね。
結果、今の暴走が成立してしまった。
彼女の頭の中では男爵子息なんて謝罪する必要が無いと考えてるんでしょうね」
実際謝罪嫌がってたしね。
「とはいえ、爵位とは無関係にこれだけ問題行為をやらかしてますからね。
謝罪なしと言うのはありえません。
むしろ、これを放置していたらこの国の恥にしかなりません。
なんせ、家同士の約定を勝手気ままに破るなぞ誰も信用しなくなりますから」
「その認識はチアゼム家としても同感だ。
そして、この恥さらしな寄り子を放置することは我が家の恥でしかない。
ただし、そなたの説明では最後の温情をかけようとしているようだな?
だが、この娘はそれを理解できておるのか?
儂には無理な気がするんだが?」
おっしゃる通り、全く理解してなさそうですよ。
「セリン伯爵ご夫妻が口酸っぱく説明されてましたが無理なようですね。
ですが、それも当人のご決断ですから」
というか、そこまで面倒見る気もありませんしね。
「こちらとしても、何度も機会を与える理由もありません。
そして、そこまで付き合う気力も正直ありません。
正直、先の話し合いで十分我慢しました。
これ以上関わりたくありません」
僕はグリース嬢を見捨てる発言をする。
まぁ、僕からすれば助けて利にならないしね。
ラーミル様を助けるのなら努力する価値もあるんだけどね。
だけど、グリース嬢にはそのような価値は無い。
チアゼム侯爵夫妻もこちらの意図を理解いただけたようだ。
中々イイ笑顔でこちらを見てくる。
「なので、フェーリオ様とジル嬢。
申し訳ないが明日の昼食時にお二人に報告するという形ですべてを暴露する」
「あぁ、かまわんよ。
それと、一部側近を別席に座らせておく。
そこから『食堂で聞いた話』という形で噂を撒いておこう」
「そうね、私の方も同様に準備しておくわ」
「了解しました。
では、明日の昼食時に」
その後、僕は学園の寮に戻る。
フェーリオは話した内容を実家に伝えるために帰宅する。
寮では明日何をするのかバレないよう飄々と生活していく。
グリース嬢の暴走を止める……どころか叩き潰すこと。
それは全く罪悪感は無い。
ただ、この結果ラーミル様に負担がかかってしまう。
良くて没落、悪くて平民落ち、最悪娼館堕ち。
僕たちジーピン家の誇りのためにも全力で抗わなければいけない。
だが、そのためにラーミル様を悲しませるのはちょっとなぁ。
そんなことを悶々と考えつつ夜が明けた。
【チアゼム家:国王派文官貴族:侯爵家】
・ヘルベス・チアゼム:侯爵家当主
→ ジルチアゼムの商品名ヘルベッサーから
・アニス・チアゼム:侯爵夫人
→ ジルチアゼムの合成時の原料の一つアニスアルデヒドから