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その後、両侯爵が揃ってジャーヴィン侯爵家に戻って来た。
陛下との話し合いを説明して頂くが、こちらの予想以上に面倒だった。
まず、プロスとスティット家代表に投与された薬がかなり問題ある薬だった。
なんせ、まともな精神に戻る可能性がほぼ無いというではないか。
そして、その薬を二人に施したのが暗殺者っぽい。
それなんて秘密結社?
いや、これどう考えても見つけようがないでしょ?
中肉中背なんて王都で石投げたら七割程度の確率で当たるくらいじゃないの?
「その暗殺者って他に特徴は全くないんですか?」
「禿だったとは聞いている。
ただ、王宮に入るときに禿はいなかったと衛兵や騎士は言っている。
となると、なぁ。
幾らでもカツラを用意して誤魔化せるし」
禿
は げ
ハ ゲ
なんか、引っかかるんだよなぁ。
何だっけ。
ウンウン唸っている僕を見てラーミルさんが心配そうに声を掛けてくれる。
「ニフェールさん、ほら、あまり悩まないで。
思い出したらまた報告すればいいんですから」
「あぁ、うん、そうで……あれ?
ラーミルさん、禿……あぁ!!」
「きゃっ!」
驚かせてしまった……。
というか、ラーミルさん禿じゃないですからね?
「思い出した!
あの禿の大道芸人!!」
「ほぅ、知り合いにいるのかい?」
ジャーヴィン侯爵が聞いてくるが、知り合いでは無いですよ?
「最近ラーミルさんとデートした時にナイフ投げの大道芸人がいたんです。
そいつが周りは気づいていなかったけど、殺気駄々洩れで他二人に的持たせてナイフ投げてた!」
「そいつはどのあたりにいるんだい?」
「広場でやってましたね。
その時の他二人も殺気を隠しきれていなかったけど、禿の方がより分かりやすかったんで覚えてたんです。
司会やりつつ他二人のジャグリングの後でナイフ投げ披露してました」
チアゼム侯爵が僕に猫なで声で依頼をしてくる。
侯爵、流石にそのお年でそういう行動はちょっと……キモイ。
「今日はもう遅いが明日、その大道芸人がいたところに連れてってくれるかね?
その時対応した侍女を連れて行ってこっそり面通ししようと思う」
「構いませんが、前回見たのは昼過ぎになります。
それとその侍女以外に誰か連れて行く予定あります?」
「一応護衛を二、三名かな。
ちなみに侍女は二名だ」
ん~、そんなに護衛連れて言ったら簡単にバレちゃうと思うんだけどなぁ。
相手だって馬鹿じゃないんだし。
「侯爵様、ニフェールと侍女以外に俺が護衛役やりますよ。
やる気みなぎる人連れて言ったら暗殺者側にバレちまう
それに、平民に化けられないでしょ?」
ありがたくもマーニ兄が立候補してくれた。
多分、僕の懸念と同じこと考えたんだろうなぁ。
「できれば連れて行って欲しいんだがなぁ」
ジャーヴィン侯爵がおねだりしてくるが、ちょっとなぁ。
僕の方で条件を付けさせてもらう。
「汚れた服でも大丈夫な人。
武器持たなくても護衛できる人。
貴族とか騎士とかの立場を簡単に捨てれる人じゃないとダメです。
そうじゃないとすぐばれるので」
「ぐぅっ、そ、それはちょっとむずかしいのではないかな?」
「そこちゃんとできないと相手にバレますよ?
というか、そういう訓練王宮ではやらないんですか?
学園の騎士科で『偵察』や『護衛』の授業受けた人なんでしょ?
そこちゃんとできない人って一年生からやり直しじゃないの?」
現役学園生(僕)の指摘に何も言えなくなるジャーヴィン侯爵。
侯爵自身も理解はできているのだろう。
「もしかして王宮騎士の経験を積ませたいのかもしれませんが、そういうのは護衛対象がいない時にお願いします。
下手すれば侍女二名殺されますよ?」
「……だよなぁ、いや、儂も分かっちゃいるんだ。
いるんだが……」
大変ですね、下を育てるというのも。
でも、育てていいタイミングってあると思いますよ。
慣れてない人物にはもっと簡単なミッションやらせるしかないでしょ?
「……分かった。
マーニ君、ニフェール君、すまんが明日午後にでも王宮に来てくれ。
そこで侍女と合わせて確認してもらう」
「分かりました。
ただ、いつもいるとは限りませんし、デートの時以来来てないとかあるかもしれません。
そこはご了承願います」
「大丈夫だ、それは分かっている。
こちらとしても藁にでもすがる思いなんだ」
「それと、侍女さんたちの平民っぽい服装準備はそっちでお願いします」
「あぁ、それもこちらで指導しておく」
後は……。
「母上、明日大公家でアムルとフィブリラ嬢の対応中、僕の左頬の傷消してほしい。
前回デートした時は傷のままで見物してたので気づかれないようにしたい」
「ふむ、まあ何とかなるだろう。
女装とまではいかないんだな?」
「そっちは今回はいらない。
傷消すだけに留めてほしい」
カールラ姉様とロッティ姉様が盛大にブーイングしてくる。
まぁ予想通りだけど。
「姉様たち、今僕は大きく三つの顔を持つことができます。
傷あり、傷無し、女装。
ハッキリ言って女装は最終手段。
ここぞというときに使ってこそ絶大な効果を発揮しますし、簡単に見せては後で困ることになります」
欲望と現実の狭間で悩みつつもこちらの言い分を受け入れてくれた。
うん、欲望が大きすぎるが考え無しでは無いんだ。
だから嫌いにはなれないんだよなぁ。
各自やること決まり解散かなと思ったら母上から指摘が。
「ニフェール、人探しの件どうするんだ?」
「最低限明日は動かない。
薬物側と大公側で手いっぱいだもの。
明日の結果次第でまた考える」
「急ぎじゃないのかい?」
「急ぐほどの状況なのか判断もつかないんだ。
偶然裏路地に入ったのを見ただけだからそれだけで問題とは流石に……」
「確かにねぇ、それだけだとただの火遊びともいえるし」
「でしょ?」
興味がわいたのかジャーヴィン侯爵が説明を求めてきたのでカルディアとトリスの件を説明する。
レストとの関係もついでに説明する。
「何と言うか、厄介事に好かれているな……」
「片思い以上にはならないで欲しかったですね。
正直、ストーカーじみててキツイ……」
哀れそうにしみじみと告げるジャーヴィン侯爵。
裏通りの屋台で安酒飲みながら話しているみたいだ。
「ん~、トリスとやらについてエスト家に少し口を割らせてみるか」
いや、そりゃありがたいけど。
「あちらはトリスと縁を切りたがっているのかと思ったんで、流石に聞けてませんね。
レストの絡みでジャーヴィン家から睨まれていると僕は思っていたのですが?」
「まぁ確かにあの件からエスト家の信用は落ちているのは事実だ」
まぁそうでしょうね。
「そしてフェーリオを使ってエスト家から情報を引き出そうとしても無理だろう。
たかだか三男にそこまで自分たちの情けない話を簡単には話さんだろう。
話しても自分たちの立場が良くなるわけでもないし、むしろ悪くなる可能性が高い」
「ならどうやって口を割らせ……まさか薬?」
「おっ、流石だな!」
……え、マジ?
「薬の件でトリスが関わっている可能性があるからアイツ呼び出せとか?」
「そうそう、どうせ学園休学とか言ってる位ならまだエスト家所属のはずだ。
縁を切ったと言っても口先だけなら法に基づき巻き込む」
「連絡取れなければエスト家の立場が悪くなるばかり。
呼び出せるのならさっさと呼んでこっちに差し出すだろうってことです?」
「……本当に君をフェーリオの側近にして正解だったよ」
褒めてくれるのは嬉しいけど「儂も見捨てないで欲しいな(チラッチラッ)」みたいな反応はちょっと……。
後チアゼム侯爵、「儂の所にいなさい、離さないからな」みたいな反応は勘弁してください。
オッサン二人から熱視線で貫かれたくはない!
「まぁ、その手で明日あの家を呼び出すのでその結果次第だがな」
「分かりました。
すいませんがよろしくお願いします」
これで三つの問題全て動くことになった。
さて、どれだけ進むかな?
さて、次の日。
まずは家族皆で大公家に。
その後はマーニ兄と王宮で護衛の仕事。
武器を堂々と持っていくのはまずいので、暗器とナイフを用意してっと。
事前に連絡はしてあるが、フィブリラ嬢はどうなっていることやら。
できれば少しはましになっているといいけど。
そんなことを考えていた時期が僕にもありました。
一切変わっていない二人をみる双方の家族。
皆目が死んでいる。
当然僕も。
あぁ、あぁ、羨ましいよアムル。
昨日僕はオッサン二人に熱視線で貫かれてたというのにアムルは今日自分の彼女と熱視線で貫き合ってるんだぜ。
やってらんねぇよなぁ、ホント。
というか、双方の家は動かないのか?
母上に視線を送るとこちらに気づいたのか、顎をしゃくってきた。
どうにかしろってことですね。
面倒になったので、アムルの右胸に手を伸ばし、人差し指と中指の第二関節を用いて――
キ ュ ッ !
「 フ ォ ッ ! 」
――アムルの右乳首を挟む。
うむ、反応しておるな。
「ちょ、ちょっとニフェール兄さん!」
アムルが恥ずかしがりつつ本気で怒ってくるが、こちらも言いたいことがある。
「で、自制とやらはどこ行った?」
「あ……」
南の国にお出かけか?
さっさと戻ってこさせろ!
休暇は終わりだ!!
「アゼル兄、次アムルを現実に呼び戻すのやってみて」
「いやいや、同じ手を使えと?」
何言ってんだよ、カールラ姉様に似たようなことしてんじゃないの?
流石に口には出さないけど。
「別に同じ手じゃなくていいよ。
やり方なんか決まってないんだし。
大事なのはアムルを正気付かせること、それだけだもの」
「んじゃ、なんであんなことしたんだよ?」
「いや、適当に……」
アゼル兄、呆れないでよ。
同じこと繰り返すの飽きちゃったもんで……。
「午後から僕とマーニ兄は別の仕事があるんだから、ここはアゼル兄に対応してもらう必要があるんだよ?」
「あ、あぁ、分かっている」
「なので、僕がいるうちにアムル正気に戻すの慣れてね」
そこ、ため息つかない!
気持ちはよく分かるけど!
「アムル、フィブリラ嬢。
合図したら見つめ合って、十数えたところで視線を外して」
「え~!」
「ちょっと無理そうです……」
二人とも即刻ギブアップは勘弁してほしい。
「アムル、何のために僕たちがここにいると思っているんだ?」
「あ、いや、分かるんですけど……」
「けど?」
「多分、十数えるのもできないかな」
「私もです。
アムル様を見ると頭の中真っ白になって……時も場所も意味がなくなるというか……」
うっわぁ、そこまでですか?
それ、どうしろと?
時も場所も意味がなくなるって……ってあれ?
ん~、実験してみるか。
「アムル、フィブリラ嬢。
ちょっと実験するので付き合ってほしい。
大公様、準備にご協力願いたいのですが」
「あ、ああ。
何を準備すればいい?」
「二人だけで対面で座れるイスとテーブルを。
この場所じゃなくてもいいです」
皆、よく分からないと言った雰囲気を(また見つめ合ったアムルとフィブリラ嬢以外)醸し出している。
「まぁ、そのくらいならすぐにでもできるが、もう少し説明してくれるかね?」
「はい、先ほどフィブリラ嬢が『時も場所も意味がなくなる』とおっしゃられましたが、それがどのレベルでなのか確認しようかと」
まだよく分からないという反応しかない。
「時に意味がなくなるのなら、食事も水分も不要。
用足しも不要、むしろ呼吸も不要。
そんな風に考えました。
ただ、いくらなんでもそんなわけがない。
呼吸不要って死んでますしね」
「まぁそりゃそうだな。
で、ニフェールとしてはどう思ってるんだ?」
母上が会話に乗ってくるが、大したことは考えてないんだよなぁ。
期待されると困る。
「この二人が見つめ合っている間に二人の前に軽食と紅茶でも置いて皆で様子見しましょうか。
あ、母上には午後の仕事のために僕の左頬に化粧お願いしたいです」
「アムルたちは放置ってことかい?」
「ええ、その通り」
母上はまだ実験内容がピンと来ていないようだ。
とはいえ、父上やアゼル兄、マーニ兄よりは分かろうとしてくれるだけありがたいが。
「腹減れば軽食を食べるでしょう。
喉乾けば紅茶を飲むでしょう。
用足したくなったら席を立つでしょう。
それを確認したい」
「……見つめ合いつつも勝手に食事取ったり水分補給したりすると?」
「そうなるかどうかの確認です。
流石にどこかで自意識を取り戻すと期待してますけど、やってみないことには」
「まぁそうだねぇ。
一応期限はどうする?」
「僕とマーニ兄が戻ってくるところで終了としましょう。
流石にそれ以上はこの子たちへの影響が大きそうですから」
水分取れないのはきついからなぁ。
レストの親父さんを思い出してしまった。
大公様を見ると、頷いてくる。
では、これにて実験開始!!