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門番たちと別れて、王都デートを楽しむ。
前回は食事処メインだったが、今回は広場に向かう。
当然、屋台でそれなりに購入してからだが。
ジャグリングする兄ちゃん、道化師姿のおっちゃんに軽業をする女性。
皆色々な芸を披露してチップを貰う。
ぐるっと回って見ていると、ナイフのジャグリングをする二人組の男女がいた。
いや、技術は凄いんだけど……もしかしてこいつらヤバい人か?
何か知らないけど行動の端々に殺気を感じるんだよなぁ。
もしかしてこの二人暗殺家業とかやってないか?
他の大道芸人からはそんな殺気は感じられなかったからこの二人だけなのかもしれない。
そんなことを考えていると司会役の禿げたオッサンがこの二人を立たせてナイフ投げをするようだ。
ラーミルさんはワクワクしているようだが、僕は別の方に気が向いてしまった。
この禿も先の二人と同じように殺気を隠さずに二人にナイフ投げしてやがる。
二人は表情が硬いが仲間じゃないのか?
ぱっと見、禿が上司で男女が部下かと思ったんだが、三人ともバラバラ?
周囲の客や衛兵たちも感づいていない。
禿や二人組の視線は特定の人物を見ている雰囲気はない。
標的探しじゃなく、単純に路銀稼ぎ?
それだと、禿の表情と二人の反応がなぁ……。
二人組がジャグリングしていたときには笑顔があったんだけど、禿が入った時点で危険度が上がった気がする。
そんなことを考えているとナイフ投げが終わった様だ。
観客に礼をしているが、目が笑ってない。
あの三人、こんなところで殺し合うなんてないよな?
勘弁してくれよ?
「凄かったですねぇ!」
「えぇ、本当に」
この時点でラーミルさんは技量を、僕は三人の不和を言っているのだがわざわざラーミルさんに教えることは無いだろう。
楽しんでもらえたなら演者が殺し屋でも良しとしよう。
さて、大道芸を見てラーミルさんのお腹が減ったかと思い喫茶店に入る。
繁華街の外れではあるが、なかなかおいしいクッキーと紅茶が有名なんだそうだ。
……ジル嬢の側近のお嬢さん、情報ありがとうございます。
有効活用させていただきます!
もきゅ
もきゅ……もきゅ……
もきゅもきゅもきゅ!
ラーミルさんがクッキーと紅茶を嗜む姿を見つつのんびりとする。
小動物のようにかわいらしく食べるのを見るとほんわかしてしまう。
……クッキーの消費スピードが三倍速になっているのを除けば。
「ニフェールさん?」
「あ、クッキー足りませんか?」
「あ、頂けるのであればもう一皿お願いしたいですが、そうでは無くて……」
ん、足りなかったわけではない?
どうしたんでしょう?
「先ほどの大道芸を見ていた時、ニフェールさんの反応にちょっと違和感を感じまして」
おぅ!
僕が気づかせてしまうとは!
「あ~、アレについては後ほどの説明でもよろしいですか?
具体的に言うと帰りながら説明します」
「……かしこまりました」
「すいません、ここでは言えなくて」
「あ、いえ、お気になさらず」
拗ねているわけではないようですね。
こちらが言った意味を感づいていらっしゃるようです。
「さて、少しいど……」
「ニフェールさん?」
席を立とうとした僕の視界、繁華街外れの道にとある人物が見えてしまった。
あれは、汚れた風体だがトリスだ。
カルディアが言っていた通りこの辺りに一時の住処か何かがあるのだろう。
そんなことを思っていると、トリスは向かいの雑貨屋の脇の小路を奥の方へ入っていった。
とりあえずはそこまで確認とれたし、カルディアと話し合いしようか。
「……ニフェールさん!」
「うぉあ!」
ラーミルさんが声かけてくれたのも気づかなった様だ。
「大丈夫ですか?」
「……今の怪しい行動も含めてちょっと移動してから話しましょうか?」
「はい……」
お代を払い、店を出てチアゼム家の方に移動する。
「今日は、チアゼム家でお話ししてもいいですか?」
「大丈夫です。
今度は私の紅茶をご馳走しますね♡」
予想通り門番の二人にはからかわれたが、軽くあしらいラーミルさんの部屋に入れてもらう。
紅茶をご馳走してもらい、二人きりの部屋で先程の大道芸人と怪しい行動について話す。
「まず大道芸については分かりました。
確かにあの場所で話すのはまずいですね。
下手に狙われるより大道芸を楽しんだことにして移動した方が安全なのは分かります」
よかった……。
というか、淑女科なのにその辺りの判断ができるのは驚きなんだけど?
「そして、ニフェールさんの頬を傷つけた輩の関係者があの辺りで見たという話ですが……。
ニフェールさん優しすぎます!
殺されかけた奴の仲間ですよ?」
いや、それは全くもってその通りなのですが……。
「まぁ、学園に在籍できている子はそこまで気にしなくてもいいかとは思いますが、休学中の子はどんな逆恨みしているか分からないんですから!」
「はい、その通りでございます!」
はぁ、とため息をつくラーミルさん。
なんか母上に叱られているような気分になってしまう。
まぁ、手が出る可能性のある母上と精神的に追い詰めてきそうなラーミルさん。
どちらも僕では勝てない女性ではある。
「……無茶しないようにしてくださいね?」
え?
「ダメとは言えません。
でも怪我したら私が泣くと思います。
だから、無事に戻ってきてくださいね?」
「……はい!」
軽く抱きしめると、ラーミルさんからも抱きしめ返してくれる。
少しの時間抱きしめ合って少し体を離す。
互いに見つめあい、ラーミルさんは目を閉じ、互いに少しづつ唇を近づけ――
「ニフェールちゃん来てるんだって!
ロッティお姉さまが遊びに来……」
――ノックも無くバタンと扉が開きロッティ姉様が入りかけて動きが止まる。
キス直前の僕たちも動きが止まる。
無言の時間が過ぎ、どちらが先に動いたのだろうか。
ダッシュで逃げようとするロッティ姉様をラーミルさんが後ろからタックルし逃走を防ぐ。
そのまま部屋に引きずりこみ、ベッドに放り投げる。
「っ、ちょっと先輩!
扱いひどくな……」
僕の方からは顔が見えないが、余程ラーミルさんが怒っていたのだろう。
ロッティ姉様の表情が恐怖に歪んでいる。
「ロッティ?
お話聞くのに何だらけた格好しているのかしらぁ?」
「いや、ちょっと先輩落ち着いて……」
「座りなさい?」
「だから、人の話を……」
「す・わ・れ?」
「はいぃ!」
全力の説教タイムが始まった。
流石に三十分程度で割り込んで止めたけど、半泣きで「もっと早く止めてよ!」と文句を言われてしまった。
いや、止めれると思っているのですか?
止められるはずがないじゃないですか。
キスシーン邪魔されて腹立たしかったのは僕も同じですし、それ無しにしてもラーミルさん止められる自信はありませんよ?
というか、ロッティ姉様もラーミルさんも僕より早く動いているのが驚きなんですけど?
さて、ロッティ姉様がラーミルさんの部屋に来たのは覗きがメインではなく、カールラ姉様から連絡を受けたからだそうだ。
なお、覗きはサブの目的であったというが、本当かは取り調べ中。
連絡内容は明日王都にアゼル兄や犯罪者共と一緒に到着すること。
明後日裁判の準備するから全員ジャーヴィン侯爵家に朝から集合。
以上!
……ねぇ、準備って何?
……ロッティ姉様、鼻息荒いんだけど、なぜ?
……ねぇ、瞳逸らさないで?
……ロッティ姉様、僕の目を見てしゃべってくれるかな?
意地でも黙る姉様から白状させるのを諦め、当日に何されるか想像する。
ロッティ姉様のあの興奮っぷりから女装は確定だろう。
でもそれだけならばあそこまで鼻息荒いとは思えない。
なんせ、実家で実際に化粧しているし、確実に裁判時に化粧するのだから。
今慌てる必要は無いはず。
なんだ?
なぜそこまで興奮する?
考えろ、考えろニフェール!
「ねぇロッティ、そろそろ何を興奮しているのか教えてくれないかしら?」
ラーミルさんの底冷えする視線で射抜かれてもロッティ姉様は――
「(プイッ!)」
――断固発言拒否の姿勢を崩さない。
そこまで黙っていても得なんてないだろうに。
……得?
女装が得ではない?
でも女装は確定だろう。
となると、女装をするシチュエーション?
嘘でしょ?
嘘だと言ってよロッティ姉様!
「ねぇロッティ姉様、まさか明後日僕とアムルの女装を見るのは――」
僕の言葉に異常に反応するロッティ姉様。
え~、当たりなの?
当たっちゃうの?
「――カールラ姉様やロッティ姉様の同類な方々が参加されちゃう?」
「えっ?!」
ラーミルさん、気持ちは分かる。
この考えに辿り着いてしまった時、とてつもない衝撃を受けたからなぁ。
そしてロッティ姉様の挙動不審な反応を見て確信した。
うちの義姉様たちは僕とアムルの女装を仲間たちに見せびらかすつもりだ!
それどころか多種多様な服を用意させて、とっかえひっかえファッションショーやるつもりだ!!
「……バレてしまっては仕方ないですね。
流石ニフェールちゃん、誤魔化しきれると思っていたのですがここまで読み切るとは!」
「いや、そんなので流石なんて言われたくないんですけど?」
「ですよねぇ、ロッティ、暴走するにしても限度というものがあるでしょうに」
「カールラ姉様と組んでいる時点でロッティ姉様を止められる存在って母上位しか思いつかないんですけど。
兄たちはこっち方面は完全に腑抜けっぽいし」
「あぁ……」
ロッティ姉様が何故か盗み中に発見された盗人が椅子にふんぞり返って座っている場面のように振る舞い、それを見て僕とラーミルさんは呆れの声を出す。
いや、趣味のお友達(同士とかの方が近いのか?)に見せびらかしたいと言うのは分からないとは言いませんが、このタイミングでやる?
「というか、正直広範囲に広まるようなことはやって欲しくないんですけど?」
「はっはっは!」
「いや笑って済ませる範囲じゃないですからね?!」
「大丈夫だよ、多分!」
「うっわぁ、生きてきた中で一番信じられない『大丈夫』だ」
ジト目でロッティ姉様を見ると流石にほんの僅かな良心に響いてくれたのか、こちらを慰めるような言葉をかけてきた。
「大丈夫だと思うわ。
だって、ニフェールちゃん学園生でしょ?
社会人として働いている人と接点ってほとんどないじゃない」
「学園教師も社会人ですよ?
ついでに言うと、年齢的に近そうな女教師に心当たりがあるんですが?」
「え゛?」
「歴史のオーミュ先生と法律のティアーニ先生が該当しそうですね。
他にもいるのかもしれませんが、騎士科で接点ある女教師はそれくらいかな」
「え゛え゛っ?!」
ねぇ、ロッティ姉様。
何その驚きようは?
未来予知なんて技術持って無くても何となくこの後の話が推測ついちゃったんですけど?
ねぇ、ラーミルさん。
なぜ二人の教師の名を出したら「あの二人も?!」って声を出すんでしょう?
もしかしてラーミルさんが学園生時はこっちにハマってなかった?
「ロッティ姉様、正直にお答えください。
僕が教わっている女教師二名、関わっているんじゃ?」
「あははははは……はい、その通りですぅ」
頭抱える僕、天を仰ぐラーミルさん、本格的にやばいことにやっと気づいたロッティ姉様。
本当に、これどうしよう?