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「というか、教えてくれてもいいじゃねぇかよ!」
プロブ、まだ理解できてねぇのか?
「教えても落ちるんだと言ってるんだが?
夏だけ四割超えても春がどうしようもないから無理と言っている。
文句言うなら春の成績を四割にしてこいよ」
「時を戻すなんて、できるわけねぇだろ!」
そうだよなぁ。
その通りだ。
「僕も全くもって同意見だよ。
だから教えても落ちると言ったんだ」
第一、算術が得意なわけじゃないんだろ?
ならまずは算術ちゃんとできるようになれよ。
そこからだ。
頭抱える奴らを放置しておいて、剣術担当のウィリアム先生に次の剣術の試合に呼ばれる。
僕の対戦相手は……何だよ、プロブじゃないか。
「よう、ニフェール。
賭けでもしねぇか?」
ほんと馬鹿だなコイツ。
「お前が勝ったら『兵站初級』教えろってところか?」
「はっ、分かってんじゃねぇか!」
「で、僕が勝ったらお前は何を差し出すんだ?」
「え?」
沈黙が世界を支配した。
「いや、だから、お前は勝利した時の褒美を提案したな?
で、僕が勝利した時の褒美はなんだと聞いているんだが?
余程価値のある物を提示してくれるんだろ?」
なんか、慌てているな?
少し脅してみるか。
「例えば、負傷退学になるくらいまでボコらせていいか?
もしくは、お前の喉笛を噛み千切るとか?
それとも、目を抉り耳を削ぐとか?」
素敵な笑顔を見せると泣きそうな顔になってるのだが?
「そうだ、あれが欲しいな」
「な、何だよ!」
歯が見えるような笑顔で答えてあげる。
「 お 前 の 命 が 欲 し い 」
木剣を構え、戦闘準備に入る。
ウィリアム先生は呆れつつ試合を始め、プロブはガクガク震えて傍から見ても戦いにならないのが分かる。
なんか、面倒になってきちゃったな。
僕の剣の先端辺りが奴の剣の鍔辺りに引っかかるように軽く攻撃すると、あっさり剣を落とす。
ちゃんと剣を握れていないな。
よほどビビったか?
そのまま首元に剣の先を突きつけると、ウィリアム先生が試合終了の合図を出す。
とてもホッとした様子で奴が握手をしてくる。
お前は本当に……数分も経っていないのに頭の中から記憶を消したのか?
握手のフリをして奴の右手を握りしめ、一言。
「賭けは僕の勝ちだね。
さぁ、お 前 の 命 を よ こ せ ! 」
笑顔と、ついでに覇気を叩きつけてあげるとあっさり気絶した。
「こらこら、ニフェール。
弱い者いじめはいかんぞ」
「強い者いじめはいいんですか?」
「はぁ?」
訳が分かっていないのか(まぁ分かってないだろうけど)ポカンとする先生。
「あいつが試合前に言っていたのは聞いてましたか?」
「あぁ、『兵站初級』教えてくれってんだろ?
教えてやればいいじゃないか?」
「先生は、春の試験で二十点しか取れなかった奴に、どうやって夏の試験で六十点取らせます?」
「え゛?」
ん?
どうしたのかな、先生?
素晴らしい回答を期待しているんですが?
「僕はそんなことできないと判断しました。
それなのにわがまま言って試合の勝敗で教えろと言い出す。
それも、自分が負けた場合の条件をださずに」
それがどれだけひどい事か分かりますよね?
「なんで、僕は希望したんです。
『お前の命をよこせ』と。
その位貰わないと割に合いませんよ」
ウィリアム先生は呆れと恐れが混じった表情でボソッと呟く。
「なんだこいつ、さっきの覇気といい【死神】みたいじゃねぇか」
「あ、【死神】は僕の下の兄です」
「え゛?」
素敵な笑顔で答えると、一瞬で数歩分退避する。
そこまで怯えなくても……。
「お、お前、今何て言った?」
「【死神】マーニ・ジーピンは僕の下の兄です、と言いました。
ちなみに上の兄は【魔王】です。
もしかして、先生は【死神】と同じ学年でしたか?」
マーニ兄の世界にお呼びするような笑顔を見せると先生は金切り声を上げて逃げて行った。
いや、授業どうすんだよ?
授業放棄はいけませんよ?
「なぁ、これどうすんだ?」
「なにやらかしたんだい?」
プロブの奴を連れてきたクラスメートとカルディアが呆れて聞いてくる。
いや、僕も困っているんだけど?
「試合みんな終わりかな?
まだ一度も試合してない人いる?」
「いや、お前が最後だったよ」
あ、そうなんだ。
「なら授業もそろそろ終わりだろうから解散しようか?
ウィリアム先生が逃げ出したし」
「そうだね、僕たちに何かできるわけでも無し、解散でいいんじゃない?」
そんなわけで授業終了。
プロブの奴は軽く脇腹をつま先で蹴ってやると覚醒した。
ただ、僕を見てすぐに逃げ出したが。
「よほど脅かしたんだね?」
「そんなこと無いと思うんだがなぁ。
『お前の命が欲しい』なんて大した脅しじゃないでしょ?」
クラスの皆が一斉に首を横に振る。
「国語って難しい」
「語学能力の問題じゃないからね?」
カルディアにツッコまれる時が来るとは。
お前も成長したなぁ。
◇◇◇◇
はぁ、はぁ、はぁ、
学園の剣術教師である自分、ウィリアムは急いで職員室に向かう。
まずい。
まずい!
不味すぎる!!
この情報を教師内で早急に共有しなくては!!!
職員室に入ったところで自分は大声で叫ぶ!
「【魔王】と【死神】の弟が見つかりました!」
「なにぃぃ?!」
「だ、誰だ!!」
「あああああぁぁぁぁぁ!!!」
戦闘系担当教師たちはは皆騒ぎ恐れ慄いた。
わかる、めっちゃわかる!
「何騒いでんの、あの人たち?」
「【魔王】だとか【死神】だとか言ってたわよね?」
「あ、あたし誰か知ってる。
騎士科の割には勉強できる子だよね?」
知識系担当教師は困惑が多数。
って、知っている人いるの?
アイツのこと知って放置していたの?
「騎士科二年のニフェール・ジーピンです!
先程、剣術の授業中にとてつもない覇気を!
急ぎ奴を要監視対象に!」
戦闘系教師のうち数名は涙を流し天を仰ぐ。
「なぜ、なぜ、この代で来る!」
「神は俺たちを見放した!!」
「嘘だろ、嘘だと言ってくれよ……」
本当、そう言いたくもなるよ。
要監視対象とは、学園生の中で学園生活になじめない、他者に迷惑をかける人物をチェックしておいて何かをやらかした場合にすぐに手を打てるようにする。
いわゆるブラックリストだ。
自分たちだけが盛り上がっているのを見て、兵站教育担当であるスティーヴン先生が一喝する。
「君たちが何をそんなに騒いでいるのかわかりませんが、一応教師なんだろう?
グダグダ言ってないで皆に分かるように説明しろ!」
他の教師も事情を知らないのか我々の反応に呆れ、こちらの騒ぎに叱責をする者もいる。
知らないから要監視対象とするのは流石に無いと思ったのだろう。
お前らも事実を知ったら同じようになるんだよ!
自分がこの会話のきっかけだったことから説明を始める。
だが、こちらの苦労が分かってもらえるのだろうか?
「まず【魔王】とは、とある領主科の卒業生のあだ名です。
その者は食堂で当時その場にいた全生徒、全職員を威圧で気絶させ、授業ではクラス全員に加え教師まで打ちのめし、それどころか騎士科の面々までまとめて動けなくなるまで叩き潰しております」
「ちなみに、あなたが言っているのは伝聞かい?
それとも体験した出来事かい?」
「私自身は【魔王】ではなく【死神】の世代です。
ですが、他の先生で【魔王】の世代がいたはずです」
チラッと周りを見渡すと、数名挙手をする教師が出てくる。
その中でも槍術担当のジャン先生が説明を買って出た。
「私は【魔王】と同年で騎士科におりました。
全てを知るわけではありませんが、騎士科と【魔王】の戦いに呼ばれて参加しております。
確かに動けなくなるまで叩き潰されました」
ジャン先生の発言に賛同する戦闘系教師数名。
これでニフェール・ジーピンを要監視対象とできると思ったのだが、そうはならず、歴史担当の女教師オーミュ・ルーオン先生が追及してきた。
薄い青を基調とした首元までレースで隠されたドレスから頭固そうな雰囲気を醸し出す。
この人苦手なんだよなぁ。
何と言うか、これぞガヴァネスって感じで。
「その参加理由とやらは何ですか?
呼ばれてとおっしゃりましたが、どういう理由で呼ばれたのでしょうか?」
「参加理由は騎士科の友が必要としてくれたから!
それ以外に無い!
また呼ばれた理由は特に聞かん!
わざわざ聞かんでも必要だと求められたら全力で助ける!」
ジャン先生が雄々しく答えると、オーミュ先生は呆れた声で危険な一言を発する。
「つまり、騎士科の友とやらが嫌がらせやいじめを手伝えと言い出しても必要としてくれたら手を貸すんですね?」
戦闘系教師側の発言が止まった。
黙ってしまった自分たちに変わって、オーミュ先生が追加で指摘してくる。
「ちなみに、【魔王】については私も存じ上げております。
また、私の夫も同期で領主科でしたのでその辺りの顛末も含め色々聞いておりますわ」
ニコッと笑顔を見せてくるが、目が一切笑ってない。
ちょ、先輩方!
なんか言い返してよ!
「あなたたちが【魔王】と称する方は戦う力は強いですけど、別にあなた方が想像するような人物ではありませんよ?
顔が怖いために怯えられてはおりますが、領主科では普通に意思疎通してますし冗談も解する普通の人物です」
うっそだろ?
どうやったら【魔王】と意思疎通するんだよ!
「ただし、当人の意志に関わらず学生から【魔王】などと呼ばれ、学園もそれを黙認。
領主科であった当人を呼び出し騎士科全員どころか教師まで混ざって一人を攻撃するという愚行。
それが国にバレて当時の騎士科の教師は全員懲戒免職となりました」
は?
「騎士科教師はそこそこ若い人しかいませんよね?
それは首になった後、改めて教員を採用したからです」
え、懲戒免職?
「ちなみに、参加した学生は『全員騎士にすること能わず』と陛下から命ぜられているはずなのですが……。
なぜ騎士になるために指導する教師になれたのでしょう?
後ほど陛下に追加報告いたしましょうか」
流石にこれを黙っているわけにはいかず、話に割り込む。
「ちょ、ちょっと待て!
そんなふざけたこと許されるか!!」
こんなありえないともの申そうとすると、オーミュ先生から殺処分寸前の豚を見るような目で見られてしまった。
「あなた方の行動の方がふざけていること理解できていないんですか?
一人を数十人で攻撃って普通にクズですけど?」
「あ、いや、【魔王】を倒すにはそれくらいしないと……」
呆れられ溜息をつかれながら淡々と説明される。
「【魔王】という言葉を言い訳にしているようですけど、当人が喜んで言っているわけではなくあなた方が勝手につけたあだ名ですからね?
つまり、あなた方は一人を全員で攻撃する言い訳のためにそのあだ名をつけたということですね?」
「そんな訳無いじゃないですか!!」
「でも、行動で示されてますよね?
あだ名の意味を理由にして一人を複数で攻撃。
これで言い訳しても誰も信じませんよ?」
ショックを受けていると、他にも法律担当のティアーニ・二ータ先生が追い打ちをかけてきた。
薄緑色を基調としたまだまだ若いと言わんばかりの服装。
デビュタント前の娘に見せたいのかもしれないけど、服だけ清楚じゃ意味無いぞ?
この人も苦手なんだよなぁ。
言うこと聞かない猫みたいで。
「え~っと、私【死神】の一つ上の代なんです。
こちらも騎士科とその教師が暴走して当時の淑女科の生徒に暴行しようとしたのを切り伏せた為あだ名がついたという話です。
先程の【魔王】の時と同様にやらかした教師は懲戒免職、やらかした生徒は騎士にしない上で停学となっております」
え?
てことは、自分は【死神】に叩きのめされて停学になっているから、どうあがいても騎士にはなれない?
教師にもなれるはずがなかった?
職員室が静まり返ったところでスティーヴン先生が取り纏めるかのように発言する。
「ウィリアム先生以下、皆さんはニフェール君よりも要監視対象となるべき存在のようだ。
オーミュ先生、陛下にこの事態について報告をお願いします。
教師として認められない輩が混じっていたとお伝えください」
「かしこまりましたわ、スティーヴン先生」
該当する戦闘系教師は泣きを入れようとするが、話を聞いてくれそうにない。
「ティアーニ先生、ちょっと情報収集お願いできますか?
ニフェール君に聞き取りをしていただきたいのです。
放課後で結構ですよ?」
「は~い。
とりあえず職員室内の話は言わず、覇気を使ったかどうかでいいです?」
「そうですね、それと使うことを決めた経緯も聞いておいてください」
「了解で~す。
でも、ニフェール君が何かやらかすというのは想像つかないんですけどねぇ」
あいつがやらかさないはずがないだろう!
【魔王】と【死神】の弟だぞ?
「おや、何故ですか?」
「あれ、まだ見てません?
ニフェール君って、今年の騎士科で初の試験変更対象になってますよ?
しかも領主科と淑女科だけじゃなく、文官科の方も受けるようですが?」
え゛?
「それだけ頑張っている子が悪さするってのが正直想像つきませんねぇ」
騎士科から文官科を受ける?
嘘だろ?
「第一、あの子って学力で騎士科一位ですよね?
むしろ騎士科より他の科の方が学ぶ価値があるって判断したのかな?」
え、学力が騎士科で一位?
剣や槍だけじゃないの?
確か【死神】だって学力上位ではあったけど、一位ではなかった記憶が……。
自分?
下から数えた方が早いよ、文句あるか!
「彼はジャーヴィン侯爵令息フェーリオ君の側近になったんじゃなかったかな?
確かチアゼム侯爵家へ婿入りするはずだ。
なら騎士より文官の方が側近として役に立つという判断は正しいと思うぞ。
むしろ文武に秀でた子になってくれると教師としてはありがたいがね」
スティーヴン先生がしみじみという。
冗談だろ、あいつそんなできる奴だったのか?!
自分を含めた戦闘系教師たちは足元が崩れていくのを体感していた。
【学園教師】
ウィリアム:血液循環説を唱えたウィリアム・ハーベーから。
スティーヴン:歴史上初の血圧測定(対象は馬)を実施したスティーヴン・ヘールズから。
ジャン:人間の血圧を最初に測定したジャン・ポアズイユから。
オーミュ・ルーオン:血圧計製造メーカー、〇mr〇nから。
ティアーニ・二ータ:血圧計製造メーカー、タ〇タから。




