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「……なぁ、なぜそこまでトリスを見つけようとするんだ?」
問うと、カルディアは少し懐かし気に語ってくる。
「僕、学園入学時に迷っちゃって講堂の場所が分からず困ってたんだ。
その時ちょうど見つかったのがレストとトリス。
そこから一緒にいるようになったんだ」
そんな学園での恋物語のようなシチュエーションやってたんかい!
というか、微妙に恥じらっているように見えるのは僕の心が汚れているからか?
カールラ姉様やロッティ姉様を見ているとこの程度の汚れが気にならなくなってきて正直不安なんだが。
「一緒に卒業できるかと思ってたんだけど、レストはやらかしちゃったし、トリスは休学と家からいない者として扱われて、ちょっと寂しくなっちゃったからかな」
カルディアは少し悲し気な表情を見せる。
レストが学園に戻ることはありえないけど、トリスならまだ戻る可能性がある。
それならトリスと一緒に卒業したいという所かな?
「カルディア」
僕は、悲しみに捕らわれて欲しくなくて――
「トリス以外にこの学園で一緒に学びたいと思う奴はいなかったのか?」
――少しでも学園生活が楽しかったと思ってほしくて――
「ここのメンバーは一緒に学ぶに値しないか?」
――ずるい言い方でカルディアを縛る。
……ジル嬢、ヨダレ。
……フェーリオ、お前まで一緒になってヨダレ垂らすな。
それと他側近、二人の暴走を止めろ!
特にジル嬢の側近女性、一緒にヨダレ垂らしてるんじゃない!
「……ずるいね、ニフェール」
「そんなことは無いぞ?
何となく、カルディアがトリスを探しに休学とかしそうでな。
先手を打たせてもらっただけだ」
驚くカルディア、フェーリオとその側近共。
頷くジル嬢とその女性側近たち。
男ども、もう少し気遣ってやれや。
女性陣は流石、目の付け所が鋭いね。
「……バレバレだったのかな?」
「男性陣には誤魔化しきれていたよ?
女性陣は感づいていたようだけど。
この場に女性陣がいたのがカルディアの敗因」
女性陣一斉に頷き、男性陣一斉に驚く。
お前ら驚きすぎ!
「さて、カルディア。
お前はまだ回答を言っていないな?」
苦悶の顔を浮かべるんじゃない。
「その表情美味しいです……」というジル嬢の側近が出てきたぞ?
お前は知らないと思うが、これがレベルを上げるとロッティ姉様になるんだぞ?
「……ああ、勝手に休学とかしないよ。
とはいえ、トリスを探したい気持ちには変わらない。
個人的に探す分には文句言わないでよね?」
「流石にそこまでは言わんよ。
ただ、以前言ったことは守って欲しいが」
「情報収取のみ、発見の時点で相談、学業をおろそかにしない、だっけ?
それは僕も納得しているからちゃんと守るよ」
よかった。
そこ守らないと、最悪スラムに死体が一つ追加されるとかありそうだからな。
「一応言っておくが、僕も消極的ではあるが探してみるよ
「消極的?」
「カルディアがやっているのは積極的に探す。
僕は、例えばフェーリオに付き合って街をぶらつく時にチラッと周囲を見る程度。
なので消極的と呼称した。
先日も言ったけど現在勉強中で常時手伝うのはちょっと無理だから」
あぁ、トリスを探すのを言い訳にしてラーミルさんとデートでもしようかな♡
「あぁ、そういう消極的ならむしろ歓迎だよ。
協力してくれるだけでもありがたいしね」
カルディアはやっと普段の笑顔を見せてくれた。
こちらもホッとした表情をすると、ジル嬢の側近女性たちが「まさか?」「そういう関係?」という声がかすかに聞こえてきた。
違うからね?
僕、婚約者居るからね?
ジル嬢、誤解の訂正頼んます!
「そういえばニフェール、勉強進んでいるのか?」
「ん~、一応騎士科の範囲は終わらせて領主科、淑女科レベルの勉強に入ったくらいかな。
一応騎士科の範囲なら満点に近い点数は取れそう」
フェーリオとジル嬢は納得しているが、側近の面々はなぜそこまで驚く?
皆が教えてくれた本から学んでいるだけだぞ?
それとカルディア、そのギョッとした目はなんだ?
そこまでびっくりすることか?
「ね、ねぇニフェール?
それ本当に勉強?
試験作成者を脅したとかじゃなく?」
「お前が僕をどう見ているのかよ~く分かったよ、カルディア」
全く失礼な!
「ニフェール、ちなみに試験変更の申し出は終わらせたか?」
「え、何それフェーリオ?」
「えっ?」
え、真面目に何言ってんの?
フェーリオ、なぜ驚くの?
ジル嬢の方を見ると、頭を抱えている?
「ねぇフェーリオ様、まさか教えてないのですか?」
ジル嬢の底冷えした声が聞こえてくる。
狙いは僕じゃないから怯える必要はなさそうだけど。
「あ、あはは、確かに勉強に必要な本は教えたけど試験変更は言ってなかったかな?」
フェーリオ、目があらぬ方向を向いているぞ?
ジル嬢が溜息を付き、説明をしてくれる。
いつもすいませんねぇ。
「基本的に学生は自分が所属する科の試験しか受けられません。
ですが、事前に試験変更を申し出ることで所属以外の科の試験もできるようになります」
おぅ、それナイス!
実力確認するのにちょうどいいや。
「元々、科を変更せずに別の科の試験を受けてみたいという申し出が一定数いたらしいですわ。
あぁ、ちゃんと所属している科の試験も受けられますのでそこはご心配なく。
ちなみに、領主科と淑女科は同じ試験だそうです。
なので最大で騎士ー領主&淑女ー文官の三種試験が発生します」
ほぅほぅ。
「それって、申し込みは庶務課でいいのかな?」
「そうですわね。
ただ、次回の試験期間まで時間が無いので今日中に登録すべきかと」
「なるほど、情報ありがとう!
すぐにでも登録してくるよ!」
フェーリオに許可をもらい急ぎ庶務課に向かう。
試験変更の申し出をすると、庶務のお姉さまが慌てて処理してくださった。
どうも、期限ギリギリだったようで昼休み中に処理できてなければ今回の試験では変更できなかった模様。
あっぶねぇ……。
お姉さまには丁重にお礼を言い(「騎士科でこんな丁重に礼を言う人初めて見た」とか言われた)、フェーリオ達に報告。
次回のテストからは領主&淑女科(ペーパーテスト的にはほぼ同じ内容)と文官科の三種盛り合わせ試験となった。
「文官まで入れるのか?」
「どうせやるならそこまでやってみるよ」
「……まぁ、キッツいと思うが頑張ってくれ。
ちなみに、俺とジルも文官分もやっているが、かなり難しかった」
「あぁ、春季試験か」
この学園では毎年五回試験がある。
五月末、七月半ば、十月末、十二月半ば、二月末。
それぞれ春季、夏季、秋季、冬季、最終と名付けられている。
春季試験は学年初の試験なので結構緊張した記憶があるなぁ。
「そうだ。
俺もジルも領主科、淑女科ではトップなんで文官科もそこそこいけるかと思ったんだ。
結果は……大半はそれなりに点数取れたんだ。
それでも領主科の試験より下がっているけどな。
ただ、厄介すぎる教科があって、その試験では二人とも十点前後」
「十点?!」
いや、領主&淑女科のトップだろ?
それで十点?
「驚いているのは分かるが事実だ。
ちなみに、厄介な教科は算術と法律あたりかな。
ただ、騎士科からの試験だと他にも厄介なのがあるかもしれん。
今のお前の実力で算術を受けたら領主&淑女で十点、文官で零点の可能性がある。
一応覚悟はしておけ」
予想以上に厄介なテストのようで、生唾を飲み込む僕。
とはいえここで引くわけにはいかない。
ラーミルさんとの桃色な生活のために!
「あぁ、最初だから低い点数なのは諦めている。
卒業までにそれなりの点数を取れるようにするだけだ」
「それでいい。
三年の最終試験までに照準を当てるつもりで考えておけ。
今年は確実に領主&淑女での学力アップを優先すればいい。
文官に手を出すためには最低限領主&淑女で高得点取らないと問いの意味を理解するのも難しいからな」
フェーリオ達と作戦会議をし、次の授業のために分かれる。
「ねぇ、ニフェール。
以前フェーリオ様の役に立つようにって勉強始めたって言ってたよね?」
「あぁ、言ったな」
「他に理由あるんじゃないの?」
こいつ鋭いな。
とはいえ、伝えるのはもう少し後にしたいなぁ。
下手に広められるとラーミルさんが暴走して退学したグリースの義母であることからあること無い事言われる可能性があるからなぁ。
娘追い出して家潰して後妻を喰らったとか?
旦那処分して後妻を堕としたとか?
絶対言う奴が出てくる!
騎士科なんて礼儀から一番縁遠い科だからなぁ。
安全のためにも黙っておくか。
「あるのは事実だが、まだ公表はしたくない。
報告できそうなら伝えるが、ちょっと時間くれ」
「……仕方ない、卒業しても教えないとかないだろ?」
「流石にそれは無いな。
最悪でも卒業パーティの時には教えられる、というかバレる」
「なら待とうか。
余程驚かせる内容であることを期待しておくよ」
「いや、それ、期待し過ぎだから!」
そんな馬鹿話をしながら教室に入る。
その期待はもろくも崩れるのをまだ誰も知らない。
次期試験――夏季試験――の十日前。
剣術の授業中、僕は……萎れていた。
「何ヘタれてんの?」
なんだよ、カルディア?
僕だってヘタれる時くらいあるさ。
「まさか、勉強キツイのか?」
「めっちゃくちゃキツい!!」
「うぉ?!」
僕が全力で答えるとカルディアはびっくりしたのか飛び上がって驚く。
「……そこまで?」
「多分、カルディアが思っている以上に厳しい」
あれ?
なぜカルディアがそこまで引くんだ?
「僕が思っている以上って、どんなの想像していると思ったの?」
「僕から剣術の試験で一本とるくらい?」
「絶対無理じゃん!!」
「それを超えて厄介だから言ってるんだが?」
僕とカルディアがしゃべってるところに他のクラスメイトが参加してくる。
一部嫌な嗤い方をしている奴がいるなぁ。
「お前ら、な~にしゃべってんだ?」
「あ?
ホルターか。
夏季試験の話だよ」
全員一斉に渋い顔を見せてくる。
いや、渋いというか、苦悶?
「お、お前ら、そんな成績ヤバいのか?」
「……聞くな」
そんな悲痛な表情して……ホルター、お前には似合わねぇよ。
「ちょっと待て、そこまでヤバいのか?」
「……単位落としそうな奴もいるんだよ」
「まて、春季試験しかしてねぇのになぜ落とすなんて……」
「単位を落とす条件は分かっているな?」
「まぁその位は知ってるが」
単位の取得条件は対象単位ごとに平均四割とればいい。
そこまで難しくない。
ちゃんと勉強していれば。
ちなみに最終試験はその年学んだすべての範囲を対象に試験を行い、四割取れてないと次の学年に上がれない。
なお、単位が足りてなければ、最終試験を受ける権利自体が無い。
なので毎年冬季試験で単位が足りず嘆く輩、年明けの最終試験で改めて猛勉強せざるを得ない学生が苦痛に悶えて一夜漬けを敢行するというのが毎年の風物詩となっている。
さて、騎士科の学生の大半はとても分かりやすく言うと「脳筋」だ。
まぁ、大体感づいているとは思うけど。
そのため、剣術や槍術などの実技で単位を落とす奴はいない。
生物学、植物学等の野外生活や遭難時に必要な知識も大抵合格できる。
その代わりに落としやすいのが算術、法律。
衛兵や補給担当をやるなら必須の知識だが、大抵の騎士科はそんな頭を持ってない。
それ故、試験前はいつも怪しげな風体をして「算術わかるやつはいねが~?」と歩き回る輩が発生する。
なお、僕は歩き回る側ではなく、そいつらに襲われる側だった。
まぁ、返り討ちにした上で少し教えてあげたが。
なぜか襲ってきたときに服を脱がそうとする輩が出てくるのが怖かった。
そいつらは問答無用で潰し、教えることもしなかったがね。
さて、こいつらが渋い顔をしているのが、半年で終わる単位。
春と夏の試験で決まってしまう人生。
これを落とすと来年また同じ学年となってしまう。
今年僕らの学年でこれに該当する単位は……。
「まさか、『兵站初級』で躓いてる?」
( コ ク リ )
初級とつくだけあって、そこまで難しいものではない。
事態の変化を気にせず人数、日程に合わせて食糧、武器防具、生活必需品を準備する。
もしくは特定の場所まで輸送するための馬車の台数を考える等。
ざっくり言うと算術(物資数、速度の計算)と地理(ルート選定)等の複合知識が必要だ。
ただでさえ算術苦手な者たちに他知識を混ぜて考えろというのは苦痛どころか拷問でしかない。
そして、これを短時間で理解するのは難しい。
ならどうするか。
算術知識だけで乗り切れる範囲だけを頑張るあたりか。
「ホルター、後何点必要なんだ?」
「俺は次も四割取れればいいんだが、プロブはあと六十点」
え゛?
「プロブは進級無理じゃね?
というか、春に苦労していた奴で教えた奴らは皆四割超えていたはずだが?」
教えるのに苦労したから覚えているぞ?
お前も教えた記憶があるが?
「忘れたか?
プロブはお前を脱がそうとした奴らの一人だよ」
「覚えていたくもないね。
なら消えていいんじゃね?」
さっくり消えてもらおうと話を終わらせようとすると泣き付いてくる。
「ちょ、謝るから教えてくれよ!」
なに都合のいい事言ってるんだか。
「僕が春季試験で教えたのは、算術苦手な奴らに『兵站初級』で使う計算方法を学ばせただけ。
それでホルターたちは四割を超えた」
神を崇めるような雰囲気を出すが、無理だぞ?
「ただし、だからと言って七割とか八割とか点を取れたわけじゃない。
三割くらいしか取れない奴を四割から四割五分に上げただけだ。
なので現時点であと六十とか抜かしているプロブはどうあがいても無理だ。
諦めて来年また学びなおせ」
春季試験で馬鹿なことしなければギリギリ単位獲れたのにねぇ。
自業自得だよ。
【騎士科学生】
ホルター:ホルター心電図から
プロブ:心電図で使う電極プローブから




