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さて、午後の授業。
最初はオーミュ先生の歴史。
前回の続きから話が始まるはずだったんだけど……。
「ニフェール君、立ちなさい」
その……滅茶苦茶剣呑な視線止めてくれません?
「君は何を仕込んだの?」
「仕込むって……。
学園長先生のことなら、隣のスロムの願いを説明して幾つか提案しましたよ?」
「そんな程度であんな表情しないと思うけど?」
へ?
「……あんな表情って?」
「【狂犬】に喰らいつかれそうになって全力で逃げている感じ」
「「「あ~……」」」
お、お前ら……。
「ちょっと待って、その納得感何!
僕そんなことしてない!
学園長先生喰らってどうするの!!」
「言うこと聞かすんじゃないの?
喰われたく無きゃ動けって」
「そこの教師!
そういうぶっ飛んだこと言わないの!
純粋無垢な生徒――がいるか不安だけど――が真似したらどうするの!!」
「大丈夫よ、カールラやロッティに比べたら私なんて大したこと無いわ」
「何で比較対象をあの二人にするんです!
一番マネしちゃいけない人でしょうに!」
うわぁ、この人苛立ちついでにぶちまけかかってやがる。
「で、ちなみに何で緊急職員会議が発動したの?
理由を教えてくれるかな?」
「捕食者の視線で聞きに来るのはなんか違うと思います」
とはいえ、黙っているわけにもいかないので一通り説明する。
クラスの奴らも一緒に聞いてたが――
「流石【狂犬】、真似したくはないな」
「確かに、そこにシビれも憧れもしないな」
「ニフェール、危険な組織に入ってるとか無いか?」
入ってるよ!
暗殺者ギルドだよ!
壊滅させてそのまま吸収したよ!
表向き期待の新人だよ!!
裏だと大ボスだよ!!!
「お前ら指導しなくていいんだな?」
「申し訳ありませんでしたぁ!!!」
こんな馬鹿な会話を尻目にオーミュ先生が一言。
「……とりあえず一番簡単なクラス合併になりそうね。
確かにそれなら労力一番少ないし。
とはいえ、結果出せるの?」
「知らないよ、こいつらのやる気次第だし。
関心なければいくら教えても無駄だもの。
こちらとしては時間の無駄じゃないことを祈るのみかな」
「まぁ、ニフェール君からすれば直接の利益無いもんねぇ。
間接的――騎士団の底上げ――にしかないならそんな感じか……」
そうなんですよねぇ。
とはいえやらないと侯爵やマーニ兄達が苦労するからねぇ。
「とても素晴らしい行動なんだけど、分かる人が少なすぎるわね」
「オーミュ先生には利益あるでしょ?
アパームのあんちゃんが苦労するのが少し減りそうだよ?」
「ええ、それが理解できてるから私はとても賛成よ。
でも現場を知らない教師って結構いるからねぇ。
騎士科で教えてるってのに……あんのクズ共がっ!」
あの……オーミュ先生? 口汚い発言止めな?
数少ない妙齢のご婦人がそんな言葉使って、学園生たちがショック受けるよ?
……罵ってくださいとか言い出す奴もいるかもしれないけど。
「まぁ、理解はしたわ。
私としては、都合のいい方に話を持っていけるよう協力しておくわね。
さて、授業に戻るわよ!」
そう言って授業を始める先生。
授業自体は普段通りだったが、学園生側が今日は大人しく授業を受けていた。
いつもおしゃべりが五月蠅いのに……もしかして少しやる気出てきた?
それならありがたいんだけどなぁ。
午後の授業も終わり、今日は王宮でボディブローと言う名の報告。
……いや、狙ってるわけじゃないからね?
既に顔なじみな人も多い王宮を通りジャーヴィン侯爵の執務室へ。
ノックして入ると……ねぇ、なぜ早くも胃を抑えているの?
まだ何も言ってないんだよ?
「侯爵、その行動はちょっと悲しいんだけど?
まだ僕の顔見ただけでしょ?
それなのに初手で胃を抑えるのってどうかと思うなぁ」
「いや、言いたいことは分かるんだ!
だが、昨日フェーリオから聞いた話で頭がいっぱいでな……」
あぁ、そういえばそっちもありましたね。
ディーマス家に加えてテュモラー家の件もやってきた。
そりゃ胃も痛くなるか。
「とりあえず幾つか情報ありますが、既にご存じの件についてからですかね?
ディーマス家のストマとその側近のルドルフにテュモラー家調べさせてます。
条件として、現ディーマス侯爵処刑する際にアイツらに目こぼし願います」
「あぁ、それは分かっている。
情報の内容によるが、最低でもどちらも男爵で留めておこう」
「お願いします。
次の件はカル達の方になります」
そう言って娼館ギルドでの件を説明する。
いや、だから胃を抑えるなっての!
「ということは、あいつらがどこの奴らかは服装以外は分からないと言う訳だな?
後日全体会議で情報があれば教えてくれ」
「ええ、そちらはどうにかしておきます。
で、ついでに最近学園でちょっと思い付きで動いているのがありまして……」
ヒ ク ッ
だからビビんな!
こっちは善意100%なんだから!
先ほどの学園でのやり取りを説明すると……これ、どう考えればいいんだ?
口辺りは笑顔……だよな?
目辺りは涙駄々洩れ。
手は胃を守るかのように鳩尾近くに触れられている。
「えっと、侯爵。
キツい? 嬉しい? 勘弁してくれ?
反応がどれなのか見て分からないんですけど?」
「三つ全部だよ!
いや、嬉しいぞ?
お前の代の学園生が底上げされるのは本気で助かる!」
喜んでもらえてこちらもありがたいですよ。
「だからって、その為にクラス合併させるとか……。
学園長からも喜びと泣き叫びの連絡がきそうだ」
だって、一番楽そうだったんだもの……。
「そして最後に兵站の件。
パァン女史やスティーヴン殿がやる気になったんだろ?
ならかなりの部分はあの二人が潰してくれる。
この調子だと一気に進むかもしれんな」
……ねぇ、これってもしかして?
「侯爵、学園側は学力的に難しいとか言ってたんですけど?
もしかして、学園側も各科の実力把握してない?
スティーヴン先生は何となく騎士科と文官科にしか担当してなさそう?
となると、淑女科の実力がどのくらいか理解してないってこと?」
「……そういうことか?
でもお前との話し合いである程度現実が分かったはずだな?
なら騎士科より実力ある淑女科に兵站特化の指導を考えてもらえるだろう。
それ以上は儂らより現場に詳しい先生たちに任せるしかないがな」
まぁ、そうですね。
僕たちじゃ細かいとこ分かりませんしね。
「僕からはこんなところですね。
で、この前の襲撃者から何か情報ありました?」
……おい、その視線逸らすのは何?
「……情報はない。
というか……自決しやがった」
はぁ?!
え、冗談でしょ?
「その時の流れを教えていただけます?」
「お前らが襲撃者を叩き潰して解散した後、マーニたちに尋問を任せた。
そしたらそんな時間かからずに戻ってきた。
驚いて確認したところ、毒飲んで死んだと言われた」
そこまでする奴らなの?
暗殺者系統の奴なのかな?
「毒は口の中に仕込んでたのかな?
毒はよくある毒?
それとも特殊な毒?
最後に襲撃者の持ち物から推測できる情報は無い?」
「仕込んでたのはお前の想像通りだ。
使用された毒は一般的……毒に一般的というのもなんだが、よく使われる毒だ。
王宮の薬師にも調べてもらったから間違いない。
持ち物からは特に情報は得られなかった。
なので、服装から北部地域の人物であること以外は情報が無い」
……ここまで隠蔽されるとはなぁ。
今までの奴らとは一線を画すような感じだな。
「侯爵、死体とか荷物ってまだある?」
「昨日死んだばかりだからまだ墓に入れてないが?」
「チアゼム侯爵家にメッセンジャー送って。
カル達全員ここに集合。
アイツらの視点で何かないかチェックしてもらいたい。
それと、北部出身者の騎士っていない?
その人にも見れる範囲で見てもらいたいんだけど」
「分かった、すぐに動こう。
カル達が到着したら一緒に見に行けばいい」
侯爵が部下に指示してそれぞれ呼び出す……って、あれ?
カル達と北部出身者の騎士。
二組呼べばいいだけだよね?
それ以上の人数のメッセンジャーは不要だよね?
何で四人走らせるの?
「ジャーヴィン侯爵、正直に言って?
僕の希望以外に誰呼んだ?」
「チアゼムとサバラ、クーロだな。
騎士呼びに行った奴にはマーニとラクナを呼んで来いと伝えた」
「ちょっ!
マーニ兄はともかく、他の人が胃にダメージ喰らいそうじゃない?!」
「当然だろう?
儂だけ苦しむなんてそんなことできるか!
辛いことは皆で分かち合わんとな♪」
「うわっ、発言がゲスい……」
仲間増やしたいからって本気でそこまでやるかね……。
そう言っていると、既に王宮にいた面々がぞろぞろと集まってくる。
なぜかマーニ兄と北部出身者の騎士以外は僕の顔を見て胃の辺りに手を伸ばす。
「アラーニ!
事前に通達しておけ!
いきなり脅かそうとするな!」
「ヘルベスよ、貴様も同じ状況なら分かち合おうとするのではないかな?
儂一人で苦しむなんて許せんよ」
「集めたことに文句を言っているわけではない。
集めたのはなぜかを隠すから怒っているのだ!
事前に薬飲んでから来ることだってできたはずなのに!!」
こ、こいつら……。
イラっとすると、マーニ兄が笑い顔で諭してくる。
「諦めろ、お前がどれだけ国にとって素晴らしい提案してるかは皆分かっている。
だが、それら全てはボディブローにしかならん。
どうあがいても平和に受け取ることができぬ身体となってしまったのだ」
「そんな悲劇の主人公のような設定要らない……」
「安心しろ、作者もそんな主人公は求めないだろうよ」
「どこぞのサプル・Jさんなら嬉々として作品にしそう……」
「……すまん、それには俺も何も言えん」
そんな兄弟の会話をしていると、カル達が到着。
全員揃ったところで再度説明を行う。
……いや、だから胃に手を当てるな王宮メンバー!!
「ニフェール様、無理だ。
こいつらには諦めが足らん」
「覚悟じゃないんかい!」
カルまでノリノリで揶揄ってきやがって……。
「とりあえず話を戻しますと、昨日襲撃してきた奴ら。
あいつらの死体と遺品から何か情報得られないかと思いまして集合願いました。
北部出身騎士の方、ご確認をお願いします。
後カル達もその後になるけど見ておいて欲しい」
「俺たちの視点で何かないか見ろってことだな?」
「そうそう、視点変えたら何か見つかるかもしれないからね」
各自やること理解した上で死体が置かれている場所へ。
と言っても墓に運ぶ準備中だったようだ。
まだ棺桶には入れられてなかったがのんびりしていたら埋められていただろう。
「では、まずは騎士の方。
調査お願いします」
死体を色々ひっくり返したり口の中を開けたり、色々と確認している。
衣装についても裏返してみたりしてる。
……いや、ちゃんと調べようとしているのかもしれないけど、何だろう。
やる気ない?
やってるフリ?
……なんか気になるな。
ちょうどそばにカルがいたので、袖を引っ張り少し外れたところに連れて行く。
「……なんだ?」
お、小声で返すとは気が利くねぇ。
「なんか嫌な気がする。
情報見つけても黙っておいて。
執務室に戻ったら皆に報告」
「……ふん、そういうことか。
分かった」
そのままこっそり元の位置に戻るカル。
それだけ気を利かせられるのならルーシーにも気を使えばいいのに。
まぁ、今は言わんけど。
その後、北部出身の騎士は調査の結果を報告する。
「特に何も見つかりませんね。
入れ墨や特徴ある傷とか期待したんですが、何も無しですね」
調査の視点としてはおかしく無いなぁ。
もしかして勘は外れた?
「ちなみに、北部の人ってこの人みたいに動物の皮の衣服着るとか普通なんです?
行ったこと無いんでお教えいただけませんか?」
「真冬に北部に行けば確かにこういった類の服は見られますね。
というか着てなければ凍え死にますし。
ですが、今はまだ少し早いかと」
「時期的に早いってこと?」
「ええ、来月位になったら皆こういった服を着るでしょうね。
ですが、今はまだ晩秋ですからここまでの防寒はしませんね。
皆様が王都で来月位に着る服。
それを思い描いて頂ければ今の時期の北部の服をイメージしやすいかと」
え、そんな寒いの?
ちょっと北部の寒さを舐めてたかも。
「あ、でも貴族の方々だと街から出ませんので動物の皮の衣服は着ませんよ?
臭いとか気になるみたいですし。
あくまで平民か肉体労働者の着る物という認識です」
「肉体労働者ってことは騎士も?」
「そうですね。
城壁のお陰で暴風雪から守られている街ならそこまでしないでしょう。
ですが、周辺監視のために街の外に出るときは確実に着ますね。
じゃないと凍え死にますし」
はぁ……想定以上だな、こりゃ。
「その動物の皮って特定の皮しか使わないの?」
「使わないと言うか……。
熊の皮も温かみはあるけど、重くて。
逆に雪兎の皮は量を確保しないと厳しい。
なので、冬鹿の皮が主な素材になってます」
「あ、素材の重量の都合ね。
そりゃ特定の皮しか使わないわけだ。
となると、この人も冬鹿の皮なわけ?」
「そうですね、北部なら普通に売っているタイプの服ですね。
まぁ、今の時期に着ているというのがむしろ疑問ですね。
先ほど申し上げましたが時期的に早い。
加えて、王都でこんなの来たら目立ち過ぎますし」
ふむ……言い分は合ってるなぁ。
「ちなみに、今の時点でこの服を北部で着そうな人ってどんな人?」
「ん~、まずは山で仕事している人。
樵とかですね。
当然、街より山の中の方が寒いので、今着ていてもおかしくないです。
後は深夜に働く人でしょうか」
深夜に働く?
……娼館とか(ドキドキ)?
んなわけないか、犯罪者の事を言いたいのかな?
「それって、泥棒とか強盗とかの犯罪者ってこと?」
「そうですね、街でも昼間や夕方位ならまだ着ません。
ですが深夜となると必要になるでしょうね」
成程ねぇ、確かにその通りだ。