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その後、カールラ様のお友達たちは大満足といった面持ちで帰られました。
「次はいつ?」という問いかけもありましたが、やりませんよ?
もう十分でしょ?
その日はそのまま私たちも解散。
そして訓練日である二日後、チアゼム家に集合してます。
「さて、ニフェールさん。
皆さんにあのステップについて教えてあげてください」
「かしこまりました。
では、まずは女性パートから――」
ジル様と私でニフェールさんから教えを受けます。
ん~、これ、足全体の可動域を広げないとキツいかも知れませんね。
特に足首辺りは気を付けないと。
ジル様も結構キツいようで、顔真っ赤にしてますね。
「ニフェール様、これ関節の柔らかさが重要になってません?
脚の曲げ方とか結構ピリピリきてますけど」
あぁ、ジル様でも来てるのなら年のせいじゃなさそうですね。
よかった、これで私だけ痛がってたら……心が折れそうです。
「そうですね、ちゃんと慣らしておかないといきなり動かすのは厳しいかも。
とはいえ、ジル嬢もラーミルさんも最近は教えたストレッチやってますよね?
予想よりは動けてますよ?」
「あぁ、継続しておいて本当によかったです。
あれが無ければ確実に脚痛めてましたよ」
悪戦苦闘しつつも動きは覚えました。
とはいえ、流れるような動きとまではいきませんが。
「少し休憩したら次は男性パートですね。
パァン先生も参加されると思ってよろしいです?」
「ええ、ここでちゃんと覚えておかないと、教えることができませんから」
正直、次に教えを受ける可能性のある人物ってそう多くは無いですよね?
……アムル君とフィブリラ様位?
でも、互いに見つめ合ってダンスにならないとかありそう……。
男性パートの説明が始まりましたが、こちらも中々脚に来る動きですね。
フェーリオ様が表情には出さないようにされてますが……足震えてますよ?
私も結構キツいのですが、なぜパァン女史はあっさりできてしまうのです?
それも全く苦痛を感じてないような……。
「そりゃダンスの教師でもありますからねぇ。
この程度で痛がるようではお話になりませんよ。
ちゃんと日々ストレッチは欠かしてませんしね。
日々の積み重ねってやつですよ」
もう、そこまで言われると何も言い返せませんわね。
伯爵夫人になって動いてなかった私としては口を噤むしかありません。
とりあえず男性パートの指導も終わったようです。
まぁ、教えを受ける面々が一人を除き動けなくなってますけど。
「……皆さん、少々身体固すぎでは?」
「パァン先生、ニフェールさんを基本にしないでくださいませ。
私どもはそこまで体を鍛えておりませんのよ?」
ジル様の発言に私もフェーリオ様も激しく頷く。
いや、本当にこれ、身体に響きますわ。
それなりにストレッチしてますけど、明日確実に苦しむのでしょうね。
「ん~、それは少し想定外ですねぇ。
ニフェール君、皆さんに何かできることありませんか?」
「何という無茶ぶりを……やれることは既に終わってます。
日々のストレッチ、運動後のマッサージ。
後は痛みを感じたら、そのダンスを止めることでしょうか。
日々の積み重ね以外にはないですよ」
「となると、すぐにこのステップを利用することは難しいですね」
「……正直、このステップを無理に使う必要は無いかと思いますよ?」
え?
何故です?
「おっしゃる通り、これのお陰でステップの簡易化は出来ました。
でも、同時に身体がついていけないという至難化がなされております。
むしろ難易度としては大して変わっていないかと。
それなら身体の負担が軽い動きの方が踊る側としては楽なのでは?」
パァン女史もその点は理解されているようで、頷いている。
「後は母上の歩法に近くて、かつ負担の少ないステップパターンを考える?
正直そんな時間あるのなら三科試験の勉強に使いたい。
国の厄介事にも巻き込まれてるから時間が絶対的に足りないし……」
「あ……」
パァン女史、ニフェールさんの忙しさ忘れてました?
毎週の訓練も結構時間確保に苦労されてますよ?
「なので、年度末の件はこのステップの要否を判断いただければと思います。
やるなら一緒にやるし、やらないなら双方諦める。
ついでに、先生が個人的に王妃様にお伝えしたらいいのでは?」
あら、女史の表情が固くなってますわよ?
「……例えば?」
「男性用ステップが作られたこと。
でも男女ともやるには身体に負担がかかること。
ほぼジーピン家の者以外できないステップになりかけていること。
こんなところでしょうか」
「それで、負担が大きすぎるからこのステップ無しで進めようと提案する?」
「ええ、可能ならば。
ですが嫌がられたら訓練するしかないんでしょうね。
一応こちら側は何言われても対応できるようにストレッチは必須。
ただし、痛いと思ったら無茶しないってとこでしょうか?
こんなことでこのメンバーが踊れなくなったら最悪じゃないですか?」
「そうですね、学園生潰すためのステップでは意味がありません。
……ただ、今年度は諦めて、来年度末に踊れないかと言われそうですね」
一年ストレッチして体を鍛えとけと?
確かに言い出しそうですね。
「そこは先生の交渉能力に期待します。
個人的には時間的余裕があるのか甚だ疑問ですけど」
「厄介事が無ければニフェール君もこちらに注力できます?」
「ハァ?」
ちょ、それ言っちゃダメ!
その発言は……。
「それこそ、王妃様に文句言っておいてください。
僕が厄介事振り撒いているわけじゃなく、国がボロボロなだけでしょ?
あちらにさっさと厄介事消し去れと言っておいてくださいな」
「……」
あ~あ、スイッチ入っちゃいました。
パァン女史、珍しくもやっちゃいましたね。
「尻拭いしている僕に何を期待しているか知りません。
ですが、僕の身体は一つだし使える時間は一日二十四時間しかありません。
無茶ぶりされてもそれ以上の対応はできませんよ」
ニフェールさんの冷ややかな視線に女史であっても縮こまるしかない様で。
「……ですわね。
確かにこれ以上負担を求めるべきではありませんでした。
お詫びします」
「(はぁ……)いえ、こちらも言い過ぎました、申し訳ない」
双方謝罪して話を終わらせる二人。
パァン女史もニフェールさんが結構イラっと来ているのが分かったでしょう。
できるなら、背後にいる王妃様も分かって頂ければいいのですけれど。
その後、普段より念入りにマッサージして解散。
私とニフェールさんは別室で軽く話し合いをしました。
「今後の訓練ですが、どうしましょうか?」
「今のダンスを突き詰めるのを基本としましょう。
下手に新しいことに手を出す時間が足りません。
第一、そろそろ学園お休みになりますし、領地にも戻ります。
なので、学園再開までは確実性を高める方向で」
確かに色々予定が詰まってますものね。
「では、また次回、今度はノヴェール家でですね」
「ええ、お待ちしております♡」
そう言ってニフェールさんは寮に戻られました。
私も、次回に思いを馳せつつも侍女としての仕事に戻ります。
ですが、私も神ならぬ身。
この後何が起きるのか想像もできなかったのです。
まさか、この後ダンスの訓練は無期限延期となるなんて。
◇◇◇◇
「王妃様、急な謁見を受け入れて頂きありがとうございます」
「気にするな、パァン女史。
それで、どのような件かな?」
「それがですね――」
ジャーヴィン家での女装と男装の披露、ダンスの進化版の報告。
そして、ジル嬢たちにやらせたことで分かった弱点。
最後にニフェール君からの提案。
一通り説明しました。
「そうか、そこまで身体に負担がかかるか……」
「ええ、正直そこは私も甘く考えすぎておりました。
あの面々の身体を壊すようなことは避けるべきかと」
「確かにのぅ……つまり侯爵夫人たちができたのは偶然かの?
これは吾も入るが」
「そうですね、元々身体が柔らかい、それと夫人方については指導を受けたかと」
「【岩砕】か……ならあり得るな。
であればニフェールの指導で解決しそうな気がするが?」
あぁ、この方も私と同じミスを……。
「似たようなことを私も申し上げましたわ。
時間が足りないそうなので、厄介事が終わればできるか問いました。
そして、ニフェール君に叱られましたわ」
「は? 叱る?」
「『僕が厄介事振り撒いているわけじゃなく、国がボロボロなだけでしょ?
あちらにさっさと厄介事消し去れと言っておいてくださいな。
尻拭いしている僕に何を期待しているか知りません。
ですが、僕の身体は一つだし使える時間は一日二十四時間しかありません。
無茶ぶりされてもそれ以上の対応はできませんよ』
ここで言っていた厄介事とは国側の内容ですわ。
私もこの言葉を聞いて、反省し謝罪してしまいましたわ」
唖然とされてますね。
王妃様、あなたもこの辺り関わってしまうのではないですか?
「彼は本来やらなくてはならない学園生としての立場があります。
それに加えて、ニフェール君はまだまだ王宮で引っ張りだこなのでは?
私も詳細は存じ上げませんが、王宮でも負担掛け過ぎなのでは?
彼の愚痴はそのまま限界に近いことを示していると思われます。
我々の希望を可能な限り叶えてくれている時点で満足すべきでは無いかと」
「……言い分は理解できる。
事実、ニフェールがおらねばこの国の寄生虫共を潰せん。
潰していけばやがて余裕も生まれるであろう?」
「それをやるべきは大人の側では?
学園生に任せっきりでそれを言われてもあの子は納得しないでしょう。
正直、女装の指導ついでに色々頼んだのは私です。
ですが頼みごとを減らし、負担を減らそうと思う程度には反省しております。
子供たちに仕事を押し付け壊すのは大人のやることではありませんもの」
無言となる王妃様。
気づいてらっしゃるかしら?
最悪の選択肢をニフェール君が選んだ場合、そしてジーピン家が追随した場合。
この国の未来が無くなることを。
「正直、急な展開で頭が付いていけておらん。
だが、そなたの視点から見てニフェールはそろそろ限界ということでいいか?」
「限界という言葉が正しいか分かりません。
肉体的な限界というより、頼れる相手が足りなくて苛立っているのかしら?
学園ではそんなギスギスした噂は聞いておりません」
「で、王宮関係が一番可能性あると?」
「ええ、急にニフェール君の反応が変わったことを考えると、その通りかと。
プライベート、学園共不満は聞いておらず、王宮関連でいきなりでした。
なら内容は不明ですが、現在かなり苛立たせることが起きてるのでは?」
王妃様も思いつくことがない様で、困惑と苛立ちが混ざった表情をされてます。
「王宮側の情報としてはそのような厄介事は聞こえておらんかった。
この後、両侯爵を呼び確認してみよう。
それと、まずはあのステップ無しでの技量を見せてもらおう。
もし可能なら来年度末にでもステップありも見てみたいがな」
「今年度末までの話は了解しました。
来年度末については現時点で下手なことは言えません。
それ故、王妃様の希望ということで、決定とはしません。
ご了承願います」
「まぁ、そこは仕方ないのう。
確かに王宮と本件、どちらも中心人物がニフェールだからのぅ。
あの者が動けなくなっては全てが止まる。
無茶は出来ぬな」
そう言って王妃様の御前から退出する。
その時点で私はホッとしておりました。
なんせ、王妃様の希望をニフェール君たちの望みに合わせられたのですから。
その後すぐに国王主催の建国祭パーティであんなことが起こるなんて……。
九章「婚約者の憂鬱」、これにて完了となります。
現在、こんな言葉が頭の中を駆け巡ってます。
「こういうのでいいんだよ、こういうので」
七章、八章と話数が多すぎて、六章以来久しぶりの二十話に届かない軽い話。
書いている側も前の方で書いたネタを思い出すのに苦労しない。
自分でも分かってはいるのですが、この位の分量で進めたいですね。
まぁ、作者の事ですから無理でしょうけど。
なお、ニフェールが苛立っている&続きで厄介事が起こる終わり方にしました。
どの章を読み直してみても厄介事しかないのに、いまさら……。
九章は王宮や問題調査の状況が無かった為、急に苛立ったように見えたかと。
そこの事情説明を十章以降で書きます。
# 十章と明言できないのはそのあたりの章割が決まってない為。
一応作者的にはこの続きはニフェールがとても苦しむ話になる予定。
まぁ、そこらは十一章以降で書きます。
次の投稿日等、詳細はこの後投稿する活動報告にて。




