13
家に戻るとアゼル兄たちも帰ってきていたが、あまりいい表情ではなかった。
話を聞くと、あのプロスはアゼル兄を煽って覚醒させた奴だった。
当人は貴族だと言っていたが、もう縁を切られている可能性が高いだろう。
「で、どうなるの?」
「まず、アルクたちは全員鉱山行きだ。
厳しすぎると騒いでいたがな。
だが、今まで何度も繰り返しやらかした結果だと伝えると諦めたのが半数。
反省せず騒ぐのが半数と言ったところか」
あぁ、やっぱり。
いや、半数も諦めた奴がいたことを驚くべきか。
「十年程度で解放されるからその後は勝手に生きていくだろう。
鉱山はこの領地より遠いところを申請するつもりだ」
その方がいいね。
下手に近いと戻ってまた悪さするだろうし。
「プロスの部下はもう少し長く二十年。
流石に犯罪指示しているのは不味すぎる」
アルクたちに誘拐の手口を教えたのがこいつらだったようだ。
世に出すべきではないだろうな。
「で、最後。
プロスだが自分が貴族であるから罰するにも王の判断が必要だと騒ぎ出してな。
実際過去に子爵子息であったが今どうなっているのか分からん。
まず王都に本当に貴族か確認の手紙を送る予定だ」
「その場合、アルクたちや部下たちの処分はプロスの結果次第?」
「いや、他はすぐにでも領内で判決を行いさっさと鉱山に送るつもりだ。
数日中には出立させられるだろう」
ふむ……。
プロスが言い訳して逃げる可能性は……あるかもなぁ。
たかだか男爵の戯言とか言われたら対処できないし。
「アゼル兄、プロスが貴族の範疇にいるのかは十日位で分かるかな?
それと、貴族であった場合の裁判日程とか」
「ん?
そこまでなら十日もかからないと思う。
馬車使わず駿馬で往復させれば四日位か?
……何を考えている?」
そんな冷たい眼で見なくても……。
「ジャーヴィン侯爵に連絡して状況によっては協力を依頼した方がよくない?
どうせ、この後ジャーヴィン領にカールラ姉様連れてくんでしょ?
寄り親に寄り子報告することは別におかしい事じゃないでしょ?
そこで事態説明して最悪手を貸してもらうよう調整しといたら?」
アゼル兄は脳内検討に入ったようだ。
後は僕も動いておいたほうがいいかな?
「ちなみに、僕も個人的にチアゼム侯爵家とお話ししてこようかなと思ってる」
アゼル兄、そんな驚かないで、顎外れそうだよ?
「ラーミルさんとロッティ姉様を送るからねぇ。
今回こんなことがあったと伝えて何かいい案無いか聞いてみるのはどうかなと。
まぁ、会話のメインは侯爵夫人になりそうな気がしますが」
「そのつながり大事にしとけよ?
普通の男爵家では寄り親であってもそうそう話すなんて無いからな?」
そりゃ分かっているんだけどね。
フェーリオ絡みで関わりが出来ちゃったんだよ。
「まぁ、チアゼム侯爵家はフェーリオの未来の住まいになるからね。
側近の端くれとしてはできるだけ仲良くしとくのは当然じゃない」
「それを言える立場にあることが普通は驚かれるんだがなぁ」
そんな呆れなくても。
「それと、アルクたちはともかくプロスの仲間を鉱山に回すのはちょっと待って。
プロスを王都で裁く際にアイツらにも発言してもらったら?」
「何発言させるんだ?」
「プロスから誘拐教唆を指示されたこと」
僕の提案を理解していくにつれて、アゼル兄の表情が笑顔になっていく。
敵が力尽きるのを【魔王】が見届ける時こんな表情をするんだろうなぁ。
「全員うちで管理するのは無理だな。
飯代がかかり過ぎる。
一人いればよかろう?」
ん、確かにタダ飯喰らいは困る。
予算と食材が決壊してしまう。
「そんぐらいかな。
できればプロスの仲間をこちらの味方にしておきたいけど」
「そこは手がある、任せろ!」
まぁ【魔王】様のお手並み拝見といきましょうか。
その後、夕食でアゼル兄メインでプロスの状況。
そして今後について家族会議が始まった。
とはいえ、大体先ほど二人で話したのと変わらない。
後は明日の午前中に王都に手紙を送り、午後に裁判を行う。
全員に参加してほしいそうだ。
ちょっと気になったことアゼル兄に確認するか。
「ちなみに、犯罪者受け入れられる鉱山ってそんなにあるの?」
「一応国で管理している鉱山が近場に二ヶ所あるが?」
「今回鉱山行きは三十名弱だよね?
受け入れてもらえるの?」
「……ちょっと確認してみる」
やっぱり。
国として動くのならともかく、一地方領主が大量に鉱山送りは難しい。
犯罪者を管理する人材、食料、足りないものは幾らでもある。
「受け入れられないようならば、ジャーヴィン領で確かガレー船持ってたよね?
漕ぎ手として引き渡したら?」
カールラ姉様を見る。
「正直、それはありがたいですわ!」
おや、カールラ姉様、そんなにどうしたんです?
「いえ、漕ぎ手はいつでも受け入れておりますわ。
正直一回の航海で数名は確実に亡くなりますので補充は大事なのですよ」
あぁ、確かに。
船では命の値段はとても安いと噂では聞いてましたが補充は必須なのでしょう。
特に犯罪者で贖えるのであれば領地は危険人物を排除して船は動力を確保。
WIN-WINの関係って奴ですね。
犯罪者からしたら地獄でしょうけど。
方向性は決まったので明日の裁判参加の為早めに眠っておく。
一昨日の夜よりも静かなのでゆっくり眠れた。
アゼル兄とカールラ姉様も明日の裁判の為サカリ場を開くのは止めたのだろう。
マーニ兄とロッティ姉様?
……追求しないで。
「一昨日の夜よりも静かだった」
これが全てだよ。
さて、次の日になりアゼル兄は王宮と近隣の鉱山に確認の手紙を書く。
並行して領民に本日午後に裁判を開く旨を周知。
職員、衛兵の皆さんご苦労様です、いや、本当に。
大変かと思いますが、やらかした輩を追い出すためご協力願います。
街の広場に特設ステージ……いや、簡易法廷が開かれる。
街で悪さをし続けたバカ共が何やらかしたのか様子見に来たのが大半。
一部――雑貨屋と鍛冶屋――はどれだけ厳しい判決となるかを見に来ている。
妙な緊迫感が高まったところで領主一家の入場。
僕も一緒に入ることとなる。
ちなみに、婚約者三名も参加。
特にラーミルさんの事を知らない領民は困惑しているようだ。
「さて、裁判を始めるので静粛に」
アゼル兄が宣言すると領民も静かになった。
いつもの【魔王】の威圧が無くても領民が従ってくれるのは良い事だ。
……調教じゃないよね?
「まずは本裁判を行うことになった経緯について話そう」
そう言ってアルクの今までの街でのやらかし。
父上の勘違いによる捕縛の遅れ。
アルクがプロス率いる商隊に見せかけた誘拐グループと共謀。
街中に嘘の情報を撒いて女性が駆け落ちのように見せかけて誘拐しようとした。
これら、全て説明した。
特に父上の勘違いによる捕縛の遅れ。
アルクに迷惑を掛けられた人たちからは怒りの声が上がり始めかけた。
だが、それを最後まで言うことはできなかった。
なぜなら――
「まず、現領主として先代領主の勘違いでアルクたち。
それと、この街で悪さしていた者たちを捕縛するのが遅れたこと。
これらについて詫びさせてもらう」
――アゼル兄が立ち上がり領民に向かって頭を下げたから。
合わせて僕ら領主一家も頭を下げる。
(俺が謝罪するからそれに合わせて頭下げて!
それ以外は表情を動かさないで!)
そう事前にアゼル兄に言われてなければ面白い位に表情変えてただろう。
普通貴族が領民に対して頭を下げることはまず無い。
互いの立場を考えると当然のこと。
今この場で領主一家がやっていることが異端としか言いようがない。
だからこそ、領民は騒ぐのをやめ領主一家を凝視する。
この領主が何を言い出すのか見届けるために。
「調べ直してみたが、本来は昨年秋に一部は捕縛が必要だった。
その時点で成年になって複数回犯罪を犯していたからな。
また今年の春から初夏位で全員が捕縛できるはずだった」
アゼル兄が原因について淡々と話す。
領民からは「もっと早く捕らえられたのか!」という反応。
それと「それでも半年強でしか早まらないのか」という意見に別れた。
まぁ、法がアルクたちを守っていたからなぁ。
「捕らえられなかった原因はこちらが全員未成年と勘違いしていたためだ。
未成年での軽犯罪には叱責以上の罰は与えないことが法で定められている。
それ故今まで捕らえることができなかった」
呆れの声が聞こえる。
これについては言い訳しようも無いからなぁ。
「このミスについては治安維持をしている衛兵、領民の管理をしている職員。
この二組の者たちについては問題なく仕事をしていた。
問題はこの二組を繋げる立場にある我ら領主一家にある」
ザ ワ ッ !
「既にジャーヴィン侯爵からの求めにより当主交代はされている。
ただし、それとは別に一点。
先代ジーピン男爵アダラーには以降の領内政治への参加禁止を言い渡す。
なお、反省の意味を込めて今後一衛兵として領内治安維持に努めることとする」
ザ ワ ザ ワ ッ ! !
周りからは「本気か?」「冗談だろ?」という声が聞こえてくる。
領主一族が一切無反応なのを見て恐れ慄く領民もいた。
「一族内でも罰則を与えるのか……」
「一族でこれなら領民が犯罪犯したら……」
そんな風に考え襟を正す者もいるだろう。
……領主一族はこんな発言するとは聞いてなかったがな!
アゼル兄、決断は認めるけど事前に教えてくれてもいいんじゃない?
これ、表情を変えないようにするのが結構きついんですけど。
アムルなんか表情固まって冷汗かいてるけど?
「さて、本題である今回の犯罪に対する処遇を言い渡すが、その前に一つ。
スティット家三男、プロス。
前に出よ」
グズグズしながら一歩前に出るプロス。
カールラ姉様には気づいてないのか、アゼル兄しか見ていない。
「貴様は自分が貴族である故、領内での処罰はできない。
こう申したな?」
「然り!
なのになぜこの場に立たせるのだ!」
「今、王都に確認させるために馬を走らせている。
その結果次第で王都で裁判を行うかこの土地で処罰されるか決まる。
ただし……」
「な、何だ!」
「貴様のしたことは、平民としてこの国の法に基づけば死刑だ」
「ひぃ!」
まぁ当然ですね。
犯罪(誘拐)の教唆と指示。
人身売買未遂。
これに貴族じゃなかった場合の詐欺を追加すると……ねぇ。
「なので、今私が言った死刑は貴様が貴族でなかったと分かった場合の話だ。
衛兵、こいつを連れていけ。
これ以上この場所に置いておく必要は無い」
「ハッ!」
衛兵に連れられて牢に逆戻りとなったプロス。
「本当に貴族ならこんなチンケな犯罪なんぞ犯さんのだがなぁ。
小さすぎるぞ」
父上の発言がとても珍しく心に響いてしまった。
内容が低レベル過ぎるんだよなぁ。
当人のレベルに合わせただけなのかもしれないけど。
「さて、次に先のプロスと一緒になって誘拐した女性を運ぼうとしたもの。
計十五名。
貴様らは犯罪教唆と指示、そして未遂だが人身売買。
全員二十年の労働刑に処す。
場所については現在調整中だが、鉱山かガレー船の漕ぎ手のどちらかだ」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
何だ? 何を騒いでいる?
「確かに俺たちは犯罪を犯し捕まった!
それを否定するつもりは無い!
だが、プロスが生き延びて俺たちだけが罪を償うなんて受け入れられない!
俺たちに償えというのならプロスにも償わせろ!!」
「……言っていることがよく分からんのだが?
あいつは貴族か否かによって判断する人物が変わるのは理解できるか?」
頷く犯罪者。
じゃあなんで騒ぐの?
「もしかして、プロスが貴族であった場合に無罪になるのを不安視しているか?」
「そうだ!」
「で、それならどうしろと?」
「俺たちを王都に連れていけ!
王都で今までプロスがやらかしたことを赤裸々に語ってやるぜ!」
あぁ、気に食わないからアイツも引きずりこめっていうことか。
でもなぁ。
「で、誰に語るんだ?」
「え?」
ですよねぇ。
お前らが貴族の裁判に参加できると思っているのか?
その時点で無理なんだが?
「王都の平民に語っても意味は無いぞ。
この場のような全員が見える裁判をするわけではない。
王宮内で行われるから平民が見ることはかなわない」
「え、あ?」
「つまり、いくら騒いでも王都の衛兵に捕まっておしまいだ。
お前にできることはほぼ無い」
「あ、あぁ……」
あああああぁぁぁぁぁ!!!
プロス一人だけ無罪になるかもしれないという嫉妬。
俺も無罪になりたいという渇望。
黒い欲望に満ち溢れた言葉にならない叫び。
それらに領民たちは気分が悪くなるものまで出てきた。
アゼル兄が呆れて衛兵たちに指示をする。
泣き止ませろとか言ったんだろうけどねぇ。
面倒くさそうに槍の石突きで小突く衛兵たち。
やっと落ち着いてアゼル兄が声を掛けると目をグシグシこすって答える。
「なんだ?」
「お前はプロスがやらかしたことを言いふらすといったな?
裁判でプロスが確実に罪人になりえる情報があるのか?」
「ある!」
「それは、どのようなものだ?
知っているかもしれないが、貴族も一枚岩ではない。
ちょっと程度なら犯罪を犯していても見ぬふりをされる可能性もある。
余程の自信があるのなら、その内容を示せ」
ちょっと考え、下種っぽい表情で言い放った。
「領主サマ、これは大事な情報だ。
簡単には教えられねぇなぁ(ニヤァ)」




