12
家に戻ると女性陣が皆起きて待っていた。
アゼル兄が母上に報告する。
「ただいま母上、無事犯罪者全員捕えました。
衛兵たちに軽傷者はおりますが、全員無事です」
「ご苦労だったね。
この後は?」
「午前中は仮眠取って午後から聞き取りの予定です。
そこは俺が対応すればいいでしょう。
なので、ニフェールとアムルはこれで仕事終わりです」
「そうかい……」
母上の安堵した表情に申し訳なさを感じてしまう。
……心配かけてごめんね、母上。
「さあ、さっさと休め。
昼飯は朝の分も含めて多めに作ってもらうから期待しておけ」
母上にアムルを預けて僕も眠ろうと思ったが、その前に。
「ラーミルさん、ただいま」
そう呼びかけると、ギュッっと僕を抱きしめてくる。
「いや、ちょっと待って、血だらけだから」
できれば服脱いでからの方が!
そんなことを考えると、フルフルと首を振り上目遣いで僕を見てくる。
ヤバい……堕ちそう。
そんなことを思っていると、ラーミルさんはまた神速の動きで……。
ガ チ ン !
前歯をぶつけに来た。
「ぐぅおおおおぉぉぉぉおおおお!」
「ヴァアアアアァァァァアアアア!」
なお、ひらがながラーミルさん、カタカナが僕である。
つーか、滅茶苦茶痛いんですけど!
涙目になりながら周りを見ると、皆こちらを見ず、肩を震わせている。
そうか、そんなに面白いか。
ちくせう!
二人で一緒に全力で悶絶した後、落ち着いたところでまだ涙目なラーミルさんを軽く抱きしめる。
頭を撫でてあげると落ち着いてきたのか僕の胸にスリスリしてきた。
……血だらけなんだがなぁ。
そのままおでこに軽くキスをすると、ラーミルさんが目を見開いて驚く。
いや、あなたさっき唇を合わせようとしたよね?
なぜおでこで驚く?
その後ラーミルさんの顎に軽く手を当て少し上に向けると分かってくれたのか両目をつぶってくれた。
……これで前歯攻撃は回避できたはず!
そのままゆっくりとラーミルさんの唇を奪いにいく。
……動くなよ?
……前歯攻撃はいらないからな?
互いの唇が触れ、少しづつ口を開き唇だけのキスからラーミルさんの前歯に舌を触れていく。
キスしつつもラーミルさんの目がまた大きく見開かれ、その後トロンと潤んだ目に変わっていく。
これは、舌を互いに絡ませるところまで行けるか?
そう思った時――
コ ー ン !
コ ー ン !
そばにあった小さなテーブルに母上がノックするように軽く叩いていた。
なぜか、神前裁判でも開かれたかのような荘厳さを感じてしまったのは僕だけだろうか?
なんせ【邪神】だし。
「ニフェール、ラーミル。
心配だったのは分かるが、とりあえず落ち着け。
それと、これ以上放置すると最後まで突き進みそうだったんで止めさせてもらった。
分かっているとは思うが、学園卒業までは子作り禁止だ」
一緒にコクコク頷く僕たち。
流石にその発言に逆らうほどおバカさんではない……はず……だと思う。
「まぁ、前歯ぶつけ合うなんてもん見せてくれたお礼にこれ以上は叱らないでおいてやる。
ほれ、皆さっさと眠れ!
皆徹夜なんだからちゃんと休んでおけ!」
母の指示に従い皆宛がわれた部屋に戻り眠る。
ベッドに入るまでは心臓が壊れそうな位ドキドキしていたが、睡魔には勝てずそのまま夢も見ずに眠ってしまった。
……こんな時くらい桃色な夢見せてくれてもいいんですよ?
さて、何とか昼飯に間に合うように起きることができ、本日最初の食事にありついた。
本日の予定を確認するところでちょっと報告する。
「アゼル兄、あの商隊の奴らの顔だけど、見覚えない?」
「見覚え?
いや、無いが?」
「あの商隊を取りまとめていた奴――プロスって呼ばれてた――がアゼル兄が覇気出しまくってた時に【魔王】のようだって言ってたんだ」
「……【魔王】?」
「それが一般的な魔王なのか、アゼル兄の【魔王】なのかあの言葉だけでは判断付かなかった。
でも、普通あんな場面で魔王なんて言葉を出さないんじゃない?」
アゼル兄が深く考えているが、あまり意味ない気がするんだよなぁ。
「アゼル兄。
悩むのは分かるけど学園の生徒、どこまで覚えてる?」
ギ ク ッ !
バレバレですよ、アゼル兄。
「んで、提案。
今日の取り調べにカールラ姉様連れて行ったら?
アゼル兄と違って当時の学園生を覚えている可能性は高いと思うし。
どうだろう、カールラ姉様」
苦笑しながら答えてくれる。
「まぁ、アゼルはそこらへん面倒くさい奴らの顔は覚えなかったからねぇ。
でも、領主科の人なら顔覚えているでしょ?」
「あぁ、それくらいは。
とはいえ、見知った顔はいなかったと思うが」
「となると、文官科、騎士科の奴らかな。
ちょっと見ればわかると思うわ。
私が相手に気づかれないように相手の顔を見ることはできるかしら?」
「そういう部屋があるので、横顔位なら見れるぞ」
「ならそこで確認しましょうか」
それ以外の予定は無いようなので、今日はラーミルさんと軽く散歩兼デートに向かった。
出発前に母上に念押しで「襲うなよ!」と言われたが……うん、努力はします。
ざっと街の中を案内し……って、正直見るとこ無いんだけどね。
軽く屋台で食べつつぶらついていると雑貨屋のおっちゃんが礼を言いに来た。
「ニフェールぼっちゃん、アルクたちを捕らえてくださってありがとうございます!」
「あれ?
どこからその情報仕入れたの?」
「衛兵の方がうちと鍛冶屋の方に伝えてくれました!」
ああ、狙われていた家には情報流して安心させたんだ。
「僕自身は大したことはしていないよ。
アゼル兄とマーニ兄、そして衛兵のみんなに礼を言ってあげて欲しいな」
「はい、当然そちらもお礼を申し上げる予定です。
やっと不安を感じること無く眠れますよ!」
だろうねぇ。
「ちなみに、そちらのお嬢さんは?」
「あ~、昨日ちょっと教えた僕の婚約者。
ラーミル・ノヴェール子爵令嬢だよ」
ねぇ、なぜそこまで驚くの?
まさか婚約者いるってその場限りの嘘だと思った?
「こ、これは初めましてノヴェール子爵令嬢様。
この街で雑貨屋を営んでいる者です」
ほぅ、名を伏せて会話するんだ?
「初めまして、ラーミルと申します。
ニフェールさんと懇意にしております」
あ、おっちゃん顔引きつってんぞ?
まぁラーミルさんからすれば「アタシの男に何コナかけとるんじゃ? アァ?」という気持ちなんだろう。
個人的にはとてもうれしいです♡。
「あ、ああ、すいません。
ちょっと仕事の関係で行かなければならないのでこの辺で失礼します!」
おっちゃん、物凄い速さで走っていったけど、大丈夫か?
心臓発作とかならないでおくれよ?
「さぁ、ニフェールさん。
デートの続きをしましょうか♡」
「ラーミルさん、おっちゃんのこと敵判定した?」
「婚約者として紹介されたときにとても驚いていたので、もしかして対抗馬用意していたのかなと思いまして……」
「大体当たり。
昨日の騒ぎで捕まった奴――アルクって言うんだけど、そいつにおっちゃんの娘が狙われていたんだ。
で、僕の婚約者に仕立て上げて回避しようとしたみたい。
即刻断ったけどね」
「ならいいです♡」
二人で街中を散歩後、少し開けた場所に向かう。
昨夜の戦闘のあった場所ではなく、別の場所。
子供の頃に遊んだ、広めの原っぱ。
何かがあるわけではないが、王都ではこういった場所は人工的に整地した公園以外に無い。
遠くで子供たちが走り回って遊んでいる中、のんびり二人で横になる。
……屋台で食べ過ぎたともいうが。
「あ、あの、ニフェールさん」
「ん?
どうしました?」
「その……朝の前歯大丈夫でしたか?」
「めっちゃ痛かったです!
というか、二人して悶絶してたでしょうに……」
「ですよね~」
ラーミルさん、触れないようにしていたんだけどねぇ。
自分で掘り返してどうするんですか。
「で、ですね、その……(モジモジ)」
ん、まさか?
これは、チャンス?
こっちから押してみる?
「あ~、ラーミルさん」
「は、はいっ!」
「練習してみ――」
「はいっ!!!」
ガ バ ッ !
「――ます?」
あれ?
僕はラーミルさんの横で一緒に寝そべっていたはずだ。
でもいつの間にかラーミルさんにのしかかれていた。
なぜだろう、ラーミルさんの目が爛々と光っている。
いや、食べられるのは別に構わない――母上の条件さえ守れば――のですが、ちょっと落ち着いてからにした方がよいのでは?
ラーミルさん、ね、落ち着きま――
ガ チ ン !
「ぐぅおおおおぉぉぉぉおおおお!」
「ヴァアアアアァァァァアアアア!」
離れたところで遊んでいる子供たちがびっくりしているようだが、そんなこと知ったこっちゃない。
二人してのたうち回り痛みが引くまでうめき声を出していた。
多分、後で領主宛に変質者出没の報告がされるかもしれない。
「あ~、ラーミルさん?」
「はぃぃ……」
流石に一日に二度も苦悶の声を上げれば凹むだろうなぁ。
「とりあえず落ち着きましょう。
暴走しても前歯が当たるだけなのは互いに十分体感しましたので、慌てないで」
「はぃ……」
軽く抱きしめると少しづつ落ち着いてきたのか僕の胸にすり寄ってくる。
ちょっと猫みたいで可愛いと思ってしまった。
「まだ学園卒業まで時間ありますし、ゆっくりキスできるようになりましょう?」
「はい(照)」
「よかった。
ではご褒美に……」
そのままゆっくりとラーミルさんの唇を奪う。
朝のような舌で前歯に触れるようなキスではなく唇を合わせるだけのキス。
ラーミルさんも唇を合わせるのが二度目(前歯攻撃分は除く)というのもあり、慣れたのかもしれない。
唇を離して見つめ合うと、互いに照れてしまった。
「さ、帰りましょうか。
あまり遅くなると誤解されそうなので」
「誤解?
心配ではなくてですか?」
「サカってるんじゃないかと誤解されそうなので。
特に、朝に良い雰囲気になった直後ですから」
「あぁ……」
ラーミルさんの手を取り実家に帰る。
今までで一番楽しい帰り道だった。