2
◇◇◇◇
あたし、ルーシーはカルと一緒にラーミル様のやり取りを見守っていた。
いや、ここまでピリピリとした雰囲気になると思ってなかったのよ!
何なのこの二人!
ここまでピリピリした空気を作り出すのは……。
暗殺者ギルドの面々でもそういないわよ?
禿がブチ切れていた時くらいかしら?
ビビって店員がお茶持ってこないとか無いわよね?
そんなことを考えていると、パァンの婆さんからの発言で始まった。
「まずは手紙でも書きましたが……。
私がニフェール君に色々と教えているのはご存じですね?」
「ええ。
化粧に歩き方、ダンスに刺繍。
どうも淑女科の訓練を越えた教え方をされているようですけどね?」
「あら、そこまで無茶な訓練はしていないつもりですけど?」
「頭に辞書乗せて歩くなんて私が学園生の頃でもしたことありませんでしたが?」
「ジーピン家の方ですもの。
あの【岩砕】の息子さんですから、この位はやれるのでは?」
「……あれ、お義母様にやらせたんですの?」
「……流石にそこまではやりませんわ
私も命が惜しいですから」
あぁ、あの方ならそんなふざけたことされたら……。
砕かれるわね、色々と。
カル、何怯えてるのよ!
ここにいない方の話なんだから、落ち着きなさい!
「話を戻します。
それらを教えている最中にジルさんから一つ願い事を受けました。
『ライバルが欲しい。
女装したニフェール君をライバルとして、彼に勝ちたい』
これはご存じですか?」
「ええ、ジル様から直接言われましたわ。
私にライバルと言える人物がいたかとも聞かれてますね」
「……確か一人おられましたね。
ディーマス家の双子の妹さんでしたっけ?」
「ええ、今はあの家から抜け出る為に動いてますけど」
ヒ ク ッ
あ、ヴィーナのこと言っちゃうんだ。
多分、リヴァ修道院のことあの婆さんも知ってるんだろうね?
だからこそこの後の苦労も推測しちゃったのかな?
「もしかして、ニフェール君が色々と手を回している……?」
ニ ヤ ッ
ちょ、ちょっとラーミル様、その顔まずいから!
淑女がやったらダメな顔だから!!
婆さんも呆れてるわよ?!
「まぁ、双子の妹さんのことは置いておいて。
先ほどのライバル宣言から、どうにかしてその願いをかなえてあげたい。
そこで、ラーミルさんに協力を願いたいのです」
協力?
女装のニフェール様に合わせるとなると……まさか男装?
「男装ならお断りします」
あ~、ラーミル様もそう考えたのね。
何となく想像できちゃったんだろうなぁ。
「あら、学園生の頃に男性役で踊るのはできてたのでは無いですか?」
「男性役を踊るのと男装するのは別の話ですよね?」
「ちょっと服装が変わるだけじゃないですか?」
「なら、あなたが男装したらどうですか、パァン女史?」
あぁ、二人とも笑顔を維持したままギスギスしちゃって……。
「私ではダメなのですよ。
ニフェール君のダンスについて、どこまでお聞きですか?」
「え?
フェーリオ様が女装したニフェールさんのお相手として踊ったと聞いてます。
確か、ピアノはジル様が担当してパァン女史が判定していたのですよね?」
すんごいメンバー……。
「追加情報ですが……。
最後……仕事で遠征に行く直前の授業での事でした。
直前の授業でフェーリオ君が女装したニフェール君に密着したがりまして……。
ニフェール君はダンスの復習をしていて感づいたようですが」
ビ キ ッ
ちょ、ちょっとラーミル様!
ここでブチ切れちゃダメ!
「最後の授業の時も、フェーリオ君はニフェール君に叱られてましたね。
その後、二人ともギスギスしながら、それでも踊りきりました。
ただ、あまりにも表情にまで嫌悪感が出ているので、そこを注意してます。
そして少し時間を置いて最後のダンスを踊ってもらいました」
あ~、そりゃ心を落ち着けないと嫌悪感は捨てられないからねぇ。
覚悟決める時間が必要よね。
「その時、踊る二人が恐ろしい方法を取られまして……。
まずニフェール君。
ラーミルさん、あなたと踊るのを想像されたようです。
自己暗示とでも言いますか……」
え゛?
「そして、フェーリオ君。
こちらは……女装ニフィと踊る悦びを隠さなくなった。
なりふり構わず欲望のままに踊ってました」
え゛え゛っ?!
「その時の踊りは……授業でよく見たジルさんのダンスを越えてましたよ。
あれに勝ちたいと言われて、『流石に無理!』と思いました。
教師になって初めてですよ、あんなの」
ちょ、ちょっとニフェール様、そんな凄かったの?
だって、この人化粧で無茶苦茶高レベルの事教えてくれた人でしょ?
そんな人がここまで言う位なの?!
「ですが、ニフェール君の強みは一点の弱点があります。
先ほどの自己暗示。
うまくいけばいいですが、失敗した場合は実力を出し切れません。
加えて、暗示が切れるタイミングによっては……」
「私にやりそうなことを相手にしてしまう、ですね?」
「ええ、前の時は途中で暗示が切れたようです。
ですが、暗示が切れなかったら……」
え、他の男とこう、ブチュ~っと?
……ちょっと見てみたいかも。
「ちなみに、前回はフェーリオ君だけが暴走してました。
なのでニフェール君の方で股間を軽く蹴って止められました。
ですが、彼の暗示が切れなかったら、どうなるでしょう?」
「……私とキスしようとする。
止めようとする方を殴ってでも追い払うと言ったところでしょうか?」
「ええ、その可能性が高いのです。
私としても学園生に殺されたく無いというのが本音ですわ」
……ありえる。
ニフェール様ならありえる。
というか、やらないはずがない。
ラーミル様の実家での大暴れ。
その前のアゼル様の結婚式の話。
味方を傷つけるような輩は……うちのギルドのようになるわね。
「で、誰かにラーミルさん役をやらせるくらいなら、あなたがやればいい。
誰も死なずに済む。
むしろニフェール君からすれば、目の前に最高のご褒美がある。
自己暗示も必要無いし、やる気が出ないはずがないのでは?」
あぁ、婆さんの言い分は正しい。
絶対やる気出る!
むしろ全力出し過ぎる!!
「パァン女史、言い分は理解しました。
そして、確かにおっしゃる通りです」
ですよねぇ。
「でも、まだ他に言ってないことがあるのでは?
ニフェールさんのお相手だけでは、私を呼ぶには弱い」
「……流石【才媛】と言いましょうか。
ええ、他にも理由があります。
先ほど言いましたジルさんとのライバル対決。
順番に踊らせるのではなく、同時に踊って頂こうかと考えてます」
同時?
あぁ、つまり二組のダンサーたちが同時に踊って他者が判断す……他者?
あたしと同じ所を疑問視したのか、ラーミル様が問い詰める。
「それは、誰に見せるおつもりですか?
まさか、王妃様とか言いませんよね?」
いや、流石にそれは無いんじゃ……。
ビ ク ッ
って、大当たり?
パァン婆さん反応良すぎよ!!
「はぁ……ご想像通りですよ。
年度末の淑女科内部での発表時にジル嬢とフェーリオ君。
そして女装ニフェール君と男装ラーミルさん。
エキシビジョンとしてこの二組で踊って頂きたいのです。
見学者は王妃様と私、そして現二年の淑女科全員」
「そして、そこでジル様の願いを叶えるということですね?」
「ええ、その場で最高のダンスを踊り切った上で実力をご判断いただく。
いくらあの王妃様だって適当な勝敗を付けるとは思えません。
ならジルさんも納得いくのでは?」
あたしの中に二つの感情が湧いて出て来た。
(うっわぁ、この婆さんろくでもねえな!)
(いや、これ、かなり事態を解決できるんじゃね?)
ラーミル様も悩んでらっしゃる。
本気であの婆さんを殴りたいのかもしれない。
だが、ジル様の想いを解決するのにこれ以上の策を思いつけない。
「成程、ジル様の希望を叶えるには確かに良い案です。
ですが、男装は無理です」
「何故です?
当然その辺りも私の方で指導しますけど?」
そこまで織り込み済みかい!!
「男装するってことは、胸潰すんですよね?」
あ……。
「私の場合、男性に思われるレベルまで胸を潰すと、呼吸が厳しくなりますが?
冗談抜きで踊るなんてできませんよ?」
ですよね……。
あたしも無理だったから胸潰すのは少しだけにして、腹回りに布詰めたし。
ラーミル様、あたしより大きいよね?
その状態で男性に見えるように胸潰す?
絶対無理だ!!
準備中に倒れるのがオチよ!!
あの婆さんも胸のサイズは想定してなかったようで、頭を抱えていた。
……まぁ、婆さんの胸は普通サイズだからなぁ。
ラーミル様クラスの大きさの苦労をイメージできなかったのだろう。
「……完全に男性っぽくなることはしませんが、男性の服装をするのは?
ニフェール君並みの変装は望みません。
狙いとしては男装の麗人。
胸は押さえつけずにそのまま、髪の毛もリボンで結わえる位に留める。
これならどうでしょう?」
……ダンスをするには無理のない条件よねぇ。
服装だけなら動きが制限されることは無い。
かなり譲歩した感じを受けるわね。
ジル様の願いも十分叶えられる。
後は……王妃様が関わることなのよねぇ。
あの人、あまり好きじゃない……ナット泣かしたし。
すんごい頭いい人なんだと思うけど、自分が上なのが当たり前って感じがする。
「はぁ……仕方ありません。
エキシビジョンで見せられるダンスを踊れるようにすること。
当日、ニフェールさんと参加する事。
これだけですね?」
「ええ、ジルさんの前で手加減抜きで踊って欲しいという条件もお願いします」
「今年度末の発表のみですよね?」
「……何とも言えません。
最悪は三年次の年度末発表も入ると考えてください」
「それは王妃様?」
( コ ク ン )
あぁ、それは逆らえないわ。
「もしかして、王妃様に提案したら暴走しそうになってません?
制御できるかと思ったら予想以上にノリノリだったとか?」
( プ イ ッ )
アンタ、馬鹿か!!
自分で提案して制御できないって、どんだけなのよ!!
凄い人だと思って見てたけど、最後の最後でオチ付けたわね!
「パァン女史、王妃様を制御できるなんて何故思ったのですか?
あなたと同じで、面白ければ突撃するタイプの方なのに」
「ええ、そこは分かっているのですが、読み違えたようです。
ニフェール君の事を提案した私より知っているようでして……」
え、あれ?
この人、そこ知らないの?
ラーミル様も驚いておられたわ。
「あの、パァン女史はどこまでニフェールさんの成したことをご存じですの?」
「お兄さんの結婚式で何かありそうな雰囲気を出してましたね。
その後はあなたの関係で遠征に行って、戻ってきたら暴動対応。
あぁ、それと女装のきっかけとなった件。
領地に襲ってきた犯罪者を叩きのめしたんですよね?
それくらいでしょうか?」
あたしもそれは聞いたけど、大体分かっているということかしら?
「そのほぼ全てを王妃様はご存じということは?」
「え゛?」
「一通り王妃様はご存じです。
ニフェールさんが陛下の御前で女装したのもご覧になってます。
えぇ、じっくりたっぷりねっとりと、傍から見てたら変質者かと思う位には。
なので、パァン女史から提案を受けた時点で大喜びだったでしょうね」
「えっと、もしかして私、自発的に罠にハマりに行っちゃいました?」
「王妃様からしたら『待ってました!』って所じゃないかと……。
暇つ……無聊を慰めるイベントがやって来たって感じだと思いますわ」
ラーミル様、暇潰しって言おうとしましたよね?
まぁ、確かにあの王妃様なら大喜びしてそうよねぇ。
「……」
おやおやぁ?
婆さん固まってるけど、大丈夫?
「……とりあえず王妃様へ伝えたこともジルさんの希望もクリアしたい!
なので、ラーミルさん!
どうか先ほどの条件でニフェール君と踊ってもらえませんか?
この通り!!」
そう言って、喫茶店のテーブルの上に頭を擦りつけた。
ねぇ、婆さん?
その行動、タイミングよく使えば相手から譲歩を引き出すこともできるわよ?
でもね、今その行動は悪手だと思うわ?
なんせ、ラーミル様からしたら手を貸す理由がほぼ無い。
ニフェール様が提案したのならまだ分かるけどね。
婆さんが王妃様に伝えたのが原因でしょ?
となると、ジル様の願いを叶える事くらいしかないのよねぇ。
多分、嫌々ながらもジル様の為に協力すると言ったところかしら?
今、あたしたちの雇い主はチアゼム侯爵家だからねぇ。
ここでダメとは言い難い。
不愉快な感情を持たれたまま一緒に仕事って、失敗しやすそうなんだけど?
よくビスティーさんが言ってたわね。
ラーミル様は、少し悩んで――回答した。




