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苦々しい表情をしつつも検討してくれるようだ。
……僕の卒業待ってる時間無いからね?
打ち合わせも終わり、皆でセリナ様の所に向かう。
予想通り不安な表情で出迎えてくれた。
「お久しぶりですセリナ様。
今、大丈夫ですか?」
「ええ、少々緊張しておりますが、何とか」
そりゃあそうだろうねぇ。
多分人生初の裁判、夫の処刑、平民化。
こんなイベントが連続したらそりゃ緊張もするさ。
というか、もしかして皆さんセリナ様のフォロー忘れてない?
確かに色々やることあるけど、心のフォローはしとこうよ。
「明日の裁判について何か聞いてます?」
「朝呼びに来るので待っていて欲しいと。
普段通りの衣装でよいと言われてます」
犯罪を犯した旦那と対比させる為かな?
「明後日の処刑については?」
「最初に夫たちを処分するとは聞いてますが?」
あ、その理由は説明しなかったのか。
「処刑を最初にしたのは、終わり次第ホルターとのデートに移行して貰います。
流石に元夫の処刑時にいないのはマズいということでこうなりました」
「まぁ、確かにあれでも見ないわけにはいきませんからねぇ」
周囲の印象を被害者であるように見せないとねぇ。
浮気とか不倫とかの単語が飛び交うようだとまずいからね。
「ちなみに、処刑時は貴族っぽく、デートは普段着でお願いしますね?
処刑終了後に他に貴族に会っても気づかれないように」
「そこは任せてください。
あまり貴族が来なそうな場所で何度もデートしてますから」
ホルター、勉強したんだなぁ(ホロリ)。
「最後に、修道院の話ですが、セリナ様の前にラーミルさんの友人が入ります」
「あら、見つかったんですか?」
「ええ、運良く見つかりまして、説得して受け入れて頂きました。
なので、多分セリナ様と同室になる可能性が高いです」
多分セレラル様とクロニク様も同室になってるだろう。
割り込みで誰か入ってこない限り安心していられるな。
「ちなみに、ヴィーナ様も同じ環境ですよ?」
「同じ環境?」
「男ができたってことですよ。
セリナ様がホルターとデキたのと同じようにね」
おやおや、顔真っ赤ですねぇ。
うちのティッキィも同じく顔真っ赤になってやがる。
「なので、修道院に入ったらそっち方面でいい話し相手になるんじゃないかな?
あ、ちなみに他四名は彼氏いないはずなので、ネタ振らないでね?
険悪な環境にはならないで欲しいです」
コクコクと頷くセリナ様。
一年の辛抱だから我慢してくださいね?
話も終わり、僕たちも王宮を出てチアゼム家に戻る。
「なぁ、ニフェール様。
セリナ様、妙に怯えているように見えたんだが、何でだか分かるか?」
カル、それが分かるのにルーシーの視線が分からないとは……。
あぁ、ルーシー、後で説教でも何でもしておけ。
「まず、一つ。
裁判や処刑の対応が初体験なんじゃない?
多分侯爵方も精神的なフォローまではしてなかったのかもしれないな。
それと、二つ目。
セリナ様の実家の事じゃないかな?
こちらは裁判当日のあちらの動き次第だから何とも言い難いけど」
流石にホルターが飽きたり浮気したりと言った方面は無いだろうしね。
「ん~、一つ目は先程の会話で少しは解決。
二つ目は……今騒いでもどうしようもない?」
「だね。
なんせ、僕たちは実家の人の顔を知らないし」
調べようが無いんだよなぁ。
「何で、明日裁判中に何かちょっかい出して来たら顔覚えておいて。
最悪、明後日の処刑か明々後日の修道院移動時に何かしてくるかも」
「相手の動き次第ってことか。
分かった、それなりに対応できるように考えとく」
ここで手抜きするのは後々面倒なことになるからな。
キッチリ実家が寄ってこないようにしないと。
それと情報収集か……どうしようかなぁ。
◇◇◇◇
カツーン、カツーン、カツーン。
牢屋に向かう階段を降りていくと想像以上に音が響く。
このジメッとした空気はいつまでたっても慣れない。
俺、サバラが入ることは無いだろうけどね。
「サバラ様、犯罪者たちにここまで面倒を見る必要があるのですか?」
荷物運びに協力してもらっている衛兵の一人が愚痴に近い発言をする。
まぁ、こちらの事情を理解してなければ確かに文句も言いたくなる。
「ええ、ここでこれらの荷物を使わせることに意味があります。
明日の裁判を成功に導くために必要なのです」
「こんなもんで裁判の状況が変わるんですかねぇ?」
まぁ、気持ちは分かりますよ?
俺だって、あの時のやり取りを見てなければ疑っただろうな。
「色々あるんですよ。
ん~、とりあえず平民たちと文官たちからにしますか。
その香水はまだ使いませんので少し離れていてくださいね」
たらいを持って来た者と、お湯を持って来た者。
そして護衛の騎士が三人一組になって牢屋の各部屋の前で待機する。
「ここの咎人よ、聞こえるか?
明日、陛下の御前でそなたの裁判を行う。
その前に汚れを落とすためのたらいと湯を用意した。
これで身を清めて欲しい。
明日、裁判前に清潔な服も用意する。
陛下の前で見苦しい姿を見せぬよう心掛けよ」
反省の色は見えないが、陛下の名を聞いて噛みつく輩もいない。
まぁ、ある意味想定通りだな。
オルスも大人しくしているようだ。
腹の中で何考えているかは分からんがな。
一通り咎人達に渡し終えたところで、次の場所へ向かう。
厄介な奴ら、アンドリエ家関係者とダイナ家関係者。
愚痴ったりするんだろうなぁと思いつつ顔を覗かせると……。
「カロリナ~!
どうにかしておくれ!!
こんな寒くて臭くてジメジメしたところ我慢できん!!!」
……え、誰、このバカ?
カロリナってアンドリエの妹だよな?
「何バカ言ってんのよ!
というか、何で私を頼るのよ!!
元領主が一商会の副会長に泣いておねだりするってドンだけ~?!」
「領主様、いくら何でも貴族として恥ずかしくないのですか?
一商会でできることを越えてますよ」
これって、アンドリエの兄妹だよな?
それが領主様って言ってることは、さっきのはグリス・ダイナ?
ちょっと待て!
いくら咎人とは言え流石に訳分かんねぇよ!
何その泣き言は!
いくら何でも情けなさすぎだろ?!
「親父ィ!
あんたもう少し落ち着けよ!
いい年して情けねぇ」
え、これマイト・ダイナか?
いや、お前が言える立場じゃないだろうけどさ。
とはいえ言いたくなるのは分かる。
俺でも同じこと言うと思うし。
「そんなことより親父、裁判で死刑にならずに済む手段考えた方が良かねえか?
イマエルもカロリナもなんかいい手段無いか?」
「正直難しいわね。
スホルムに来た奴らの話からすると書類の絡繰りも一通りバレてるみたいだし。
大人しくサッサと謝って命だけは助けてもらえるかどうかじゃない?」
なんか、投げやりな発言だな。
カロリナが何も考えずにそんなこと言うのか?
あそこまで書類なり暗殺者なり色々手を尽くしてきた奴が?
「そうですねぇ。
我々アンドリエ家としては正直お手上げですねぇ。
ダイナ家として、セリナ様はどうです?
お二人の助命嘆願とかは……無理か」
「ちょ、無理ってなんだよ!
義母上は見捨てたのか?
何で?」
イマエルもやる気なしだなぁ。
そしてマイトはセリナ様のこと知らんのか?
「何でと言われても、グリス様が犯罪犯していたことに激怒されてましたからねぇ。
自分が関わってないことを日記まで見せて証明した位ですから。
最低でもグリス様の助命は求めないのでは?」
だろうねぇ。
というか、既に別の男に夢中ですけどね。
「マイト様については、捕まった理由をどこまでご存じかにもよります。
ですが、スホルムで裁判をした奴らはそちらの件を知ってるのでは?」
「裁判した奴って名前分かるか?」
「サバラ、マーニ、ニフェールでしたか?
その三名が主に動いてましたが」
「うぇ?
サバラ?
それにニフェール?
マーニとやらは知らねえが、その二人って元上司と俺を捕まえた奴じゃん!」
そうだよ~?
お前の元上司だよ~?
「そうですか、なら何やったかバレバレですね。
となると、こちらも助命は期待できないのでは?
なんせ、国と侯爵を纏めて罵倒したようなものですからねぇ」
「ゲフゥ!!」
イマエルの想定は正しい。
というか、罵倒したのは上司に対してもなんだよなぁ。
助命どころか全力で死刑に持っていくけどな。
さて、これ以上は情報も得られないだろう。
合図をして彼らの牢屋の前に移動する。
先程とほぼ同じ説明をすると、反応は二手に分かれる。
ダイナ家の者たちはやっと体を綺麗にできるという安堵。
アンドリエ家は……緊張?
なんだ?
何に緊張するんだ?
「あぁ、それと大したものではないが香水を用意した。
陛下の御前で香ばしい臭いを撒き散らかされても困る。
各々に用意しておいたから適宜使ってくれ」
「あら、最近の囚人ってそこまでしていただけるのかしら?」
なんか気づかれたか?
「いや、男どもだけだったり平民だけならこんなことはしない。
だが元貴族の女性がいるからなぁ。
私の上司からの指示だが、あなたに気を使ったんだろうよ」
「上司?」
「チアゼム侯爵。
そこのマイト・ダイナが全力で喧嘩売った相手だ」
ガ タ ッ !
「ちょ、ちょっと待て!
アンタ、サバラか?」
「元上司に対して何偉そうな口を利くんだ、マイト・ダイナよ。
貴様がふざけた行動をとるから仕事がたっぷり回って来てるんだぞ?
よくもまぁ邪魔し続けてくれたもんだ。
ニフェール殿が対応してくださらなかったらどこまで苦労したことやら」
「ハッ!
あんな学生如きが何の役に立つと?
あの動きからすれば騎士科だろ?
四則演算程度で役に立つとは知りませんでしたなぁ」
お前、言うに事欠いてそれ言っちゃうの?
「マイト、お前忘れた……いや、違うな。
あの方の情報を得る前に牢屋送りになったんだっけな。
だが、抜け出して他文官共と合流したんだろ?
なら、あの方と部下たちがあの件の大半を対処したこと聞いてないのか?」
「大半を対処?」
あ、本気で聞いてないのか?
「情けない事だが、うちの文官はあの方たちの能力の足元にも及ばん。
その結果、元部下たちはお前の脱獄を助けるところまで落ちぶれた。
そしてあの方たちはお前らが逃げたのを捕まえたな?
それに加え事前調査を済ませ、現場に赴き咎人共を処刑し一部は捕える。
文官トップと騎士トップのハイブリッドと言えば分かるか?」
「ハイブリッド?
何と言おうと騎士科程度の頭じゃ何の役にも立たないでしょうに!」
あれ?
「そっか、お前は他文官からなんも聞いてないんだな。
あの方は騎士科だけじゃない。
領主科・淑女科・文官科の試験も受けている。
今年の夏季試験から始めたらしいが、お前の成績よりかは上だろうな」
「おやおや、領主科卒業の俺より上とはよほどなのでしょうなぁ」
あ、お前領主科か。
ならあっさり越えてるんじゃないかな?
「今年の秋季試験では領主科と淑女科は十位くらいだと聞いてるぞ?
で、文官科は平均五十点程度と聞いている。
マイトよ、学生の頃のお前は当然学年十位は維持できているのだろうな?」
「へ?
十位?
こんなところでそんな嘘つかないでくださいよ!」
嘘とは失礼だな。
「嘘なんか言ってないが?
現在の学園二年生は物凄い人物が多くてな。
三名ほど三科試験を受けてらっしゃる方がいる」
「三科試験?
何です、それ?
聞いたこと無いんですけど?」
まぁ、こいつのレベルではそんな話を聞いたことも無いか。
簡単に三科試験の条件を説明すると、呆れた声をあげた。
「いやいや、そんなぶっ飛んだ奴が世の中にいるわけないじゃないですか!」
「……お前、【才媛】って聞いたことあるか?」
キョトンした顔を見せたが、
「うっすら聞いたことはありますね。
確か淑女科の生徒が全ての科の試験を受けて各科を制圧したとか。
何かの物語のみ過ぎだとは思いますけどね」
おいおい……。
まぁ、制圧と言われれば近いのかもしれんが。
「今回の被害者であるノヴェール家の妹君、ラーミル・ノヴェール。
この方が【才媛】だ。
ちなみに、文官科だけは五位だったとか聞いているよ」
「え?
……嘘でしょ?」
「全て事実だ。
そして、その婚約者であるニフェール殿も同じように三科試験を受けている。
だが、今年の二年生は他にも二人同じ試験を受けているらしい、
ラーミル嬢程の隔絶とした成績は難しいかもしれんがな」
相手がフェーリオ様とジル様だろ?
それに張り合うニフェール殿。
こんな方々にお前が勝てるはず無いよな?
「そんなわけで、最低でも領主科十位程度の頭を持っている。
貴様はそれだけの成績を残したか?」
「……」
「あぁ、無理に答えなくていい。
そんな成績取っているのならこんな場所にいるはずないからなぁ」
文句を言いたくても言い返せないようだ。
まぁ、返答を期待しているわけでも無いし、構わんか。
「さて、明日の裁判時に呼びに来る。
大人しく判決を待っているがいい」
「ねぇ、サバラ殿だったかしら?
判決は決まっているの?」
カロリナが聞いてくるが、そんなの言えるはずないだろうが。
「陛下が判断することだ。
私が知るはずないだろう?」
「え~、そこ教えていただけないんですかぁ?」
何その気も無いくせに妖しい声をかけて来るんだ?
お前じゃどうあがいても無理だろ!
「なんだ?
美人局でもするつもりか?
その程度のくだらない策で私を堕とせると思うのなら考えが甘すぎる。
自分にそれだけの価値が無いことにそろそろ気づけ」
とてつもないショックを受けたのか、声も出せないようだ。
全く、お前如きが色気勝負で勝てると思うな!
ヤバすぎる人物を知っている以上、貴様なぞ路傍の石と変わらん!
……真実は言うべきでは無いのだろう。
ニフェール殿の女装に負けてるなんて聞かされたら、自殺しかねんな。




