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シロスの店の近くを通り、ティッキィのもう一つの覗きポイントへ。
「おや、これはさっきのより登りずらそうだね」
「……無理か?」
「いや、暗殺者ギルドの屋根に登るのと同じくらいかな。
じゃ、ちょっと行ってくる」
二つの家の壁を交互に蹴り、屋根に到着。
修道院の方を見てみると……これは良く見えるな。
特に木々を植えて隠すということをしていないようで、基本丸見えだな。
壁で囲ってあるから大丈夫とでも思ったのかな?
ざっと見てみると、三階の奥から三つ目の部屋に見慣れた縄が二つぶら下がっている。
成程、単純に入ってきた順番に二人組にして部屋分けしているのか?
基本一年しかいないはずだから、一斉に来ない限りは十分に対応できるって訳か。
……あれ?
確かここに残ることを決めて修道女になった人ってどこに住むんだ?
別の場所かな?
まぁ、いい。
とりあえず、この情報を元に他三人に指示を出しておこうか。
屋根から飛び降りティッキィの傍に着地する。
「っ!!
おい、なにしてる!!」
「いや、屋根から飛び降りただけだよ。
のんびり壁蹴りながら降りるより早いしね」
……だから、一般的な貴族じゃないのそろそろ慣れてよ。
「なんか、カルがとてつもなく憐れに感じるよ。
あいつ、胃とかやられてないよな?」
「ひどっ!
ただ飛び降りただけじゃんか!」
「普通の貴族ではそんなことしないんだよ!」
「諦めろよ、暗殺者ギルド崩壊させる一家だよ?
普通の貴族のはずないじゃん」
いや、そこで呆れるなよ。
「もういい。
ちなみにちゃんと見れたのか?」
「うん、先に入った二人は一緒の部屋になったみたい。
この調子だと、残りの三人も固まって入ることになりそう」
「問題ないようなら帰るぞ。
夜の対応の準備もしないといけないしな」
そうだね、僕としても一つやっておく必要もあるしね。
そのままチアゼム侯爵家に戻り、ラーミルさんたちと話し合い。
覗ける場所と推測ではあるが部屋割りについて説明する。
「成程、一緒の部屋になれたのは僥倖でしたね。
この後入る二人は一緒の部屋になるでしょうし。
運良ければセリナ様とヴィーナも一緒になりそうですね」
ラーミルさんもロッティ姉様も安堵の声を出す。
「そうですね。
これである程度固まることも確認取れましたし、少し安心しました。
後は今日ディーマス家でヴィーナ様を見つけられるかですね。
まぁ、こちらはじっくり調査しましょうか」
「そちらはティッキィさんとカリムなら大概の所には入れると思う。
まぁ、ディーマス家のどこに隠されてるかまでは調べるしかないがね」
カルが太鼓判を押してくれる。
確かにあの二人なら鍵かかっているところでも十分に入り込めるだろう。
まぁ、個人的にはルーシーがヴィーナ様が捕まっている場所知ってそうな気がする。
この後聞いてみるか。
「とりあえず今はここまでで解散。
一旦寮に戻って暗くなったら改めてここに来るから。
それまでにティッキィとカリムは準備よろしく。
殺しはしないから武器は基本無しでお願いね」
「あぁ。
カリム、道具の確認はいつできそうだ?」
「今でも、と言いたいところですが執事長から仕事頼まれてるので皆様の夕食前位でお願いします」
「分かった、それで行こうか。
では失礼」
ティッキィが出ていくのを機に皆解散していく。
ルーシーにちょっと残ってこちらに来るよう合図しようと考えていた。
ディーマス家の知識を貰ってから調査した方が早いし。
だが、こちらの行動を予想していたのか、そのまま残ってくれた。
勘がいいのか?
「多分、ヴィーナの居場所よね?」
「うん、ルーシーが住んでたところって別宅だよね?
その場所を教えて欲しいのと、他にも同じような別宅が無いか確認したい」
「あたしがいた別宅は屋敷左側の、正門側から数えて三つ目の家ね。
他にもあるはずだけど、幾つあるのかは分からないわ。
当時、妾がかなりいたからその分別宅を用意してたはずよ」
え゛?
確か十男十二女だったよね?
それもルーシーがいた時点で。
どれだけ妾がいたの?
いや、妾一人当たり子を一人しか生まないわけじゃないだろうけどさ。
別宅数かなり多そう……。
「でも、コロクタの代になって壊したのもかなりあるんじゃないかしら?
使わない別宅って管理面倒だし」
「あぁ……」
無駄金にしかならないからねぇ。
少しでも解体して支出を減らすのは理解できる。
「それと、妾と違って表に出したくないと考えていたら微妙に牢獄のような感じに変更しているかもね」
牢獄?
「逃げられないように、窓塞ぐとか?
外部出るための扉には鍵かけるとか?
逃がさないための空間を作るって感じかしら」
「それって、ルーシーが逃げ切った事を反省してってこと?」
「反省というか、失敗を糧に逃がさない手段を追加したって感じかしらね」
うわぁ、そんなのあるの?
「実際にあたしの頃にも扉に鍵かける位はあったしね。
まぁ、窓から抜け出たけどさ」
……それが原因じゃね?
「まぁ、とりあえず分かった。
その情報を頼りに調べてみるよ」
「……お願いね?
叔母としては心配だからさ」
ほ ぅ ?
「叔母と認めたんだ?」
何となくだけど、『意地でも言わせない!』とか言いそうだったけど?
ついでに、『まだそんな年じゃないわよ!』とかも言いそうだよね?
「当人に言う気は無いわよ?
というか、あたしがディーマス家の関係者だったことは伝える気無いし。
でも、憐れに思うのは本当。
あの家の愚かさに振り回されるのは大変だからね」
「とても実感の籠った発言だな」
「そりゃあ、ヴィーナの苦労を何年も前に体験してるからねぇ」
二人で溜息を吐く。
「まぁ、何とか探してみるよ。
情報アリガト。
じゃ、僕は学園に戻るんで」
「はいはい、時間になったら抜け出してくるんでしょ?」
「その前に寮の部屋掃除した方がいいかも……。
多分、結構埃だらけな気がする」
「あ……」
一月位いなかったからなぁ。
……デートに来ていく服虫に食われてないよな?
ちょっと確認しとかないと!
急ぎ学園に戻り、寮に向かう。
久しぶりに寮の管理人と会い、色々心配されつつ自室に戻る。
……予想通り埃が結構溜まっていた。
とりあえず窓を開け、ベッドや机に降り積もっていた埃を外に出す。
秋の終わりだったからか虫が侵入して来なかったのが不幸中の幸いだ。
一応、外出用の服は穴とか空いていなかった。
これで何とかデートは可能か……。
埃塗れになりながら大急ぎで部屋掃除を行う。
隣の部屋のスロムから「やかましい!」と文句を言われたが、説明して許してもらった。
すまないねぇ、夕食までには終わらせるからね。
何とか埃を外に出し、一息つくと――
コ ン コ ン ッ
――何だぁ?
この部屋にノックとは珍しい。
「おぅ、掃除は終わったのか?」
おや、スロムだった。
「なんとかね。
流石に一月ほど寮にいなかったから埃が溜まってねぇ。
大慌てで綺麗にしたよ。
やかましくてすまなかったな」
「一月……そっか、そんなに経つのか。
ちっと夕飯食いながらそのあたり聞いてもいいか?」
「あまり長くは無理だけど、少しならいいよ?」
一緒に食堂に向かいつつ何を聞きたいのか聞いてみる。
「んで、何知りたいの?」
「ん~、ニフェールが対応したような仕事ってどうやったら受けられるんだ?」
は?
「えっと、勘違いしてるようだね。
仕事が張り出されていて、依頼を受けるとか想像してる?
そんなタイプじゃないからね?」
「じゃあ、どうやって受けたんだ?」
「受けたというより、巻き込まれただけだよ。
僕の婚約者の実家で色々あって、国と手を組むことになっただけ」
何、その虚無ってる顔は?
「ニフェール、冗談にしてはつまらんぞ?
お前に婚約者なんているわけないだろ」
失礼な奴だな……。
「今年の初夏あたりからいるぞ?
というか、ホルターは知ってるし、クラスの面々にも教えた」
……なんで世界が滅びたかのような表情するんだよ?
「うっそだろ、俺より先に婚約者出来るのかよ」
ひでえな、その言い方。
……ついでだから修道院で聞いたセレブラ嬢の話でも振ってみるか。
「というか、お前いなかったの?
セレブラ嬢かその伝手とか頼って既にいるもんだと思ってた」
微妙に表情が変わったな。
もしかして言うべきでは無かったか?
「もしかして、聞くべきでは無い話か?
なら今のは――」
「いや、別に話しても構わないんだが……。
セレブラ嬢に婚約者はいない。
というか、アテロ様も俺もいない。
正直、俺も何でか分からないんで何とも言えねえんだ」
え、スロムも分かってないの?
「親御さんって婚約者見つけたりしてくれないの?
もしくは、自由に相手見つけてこいとか言わない?」
「学園生の間は学ぶ事に集中しろとは言われたな。
婚約者はこちらで用意しておくとも」
は?
婚約者用意してくれる?
マジか?
セリナ様紹介する前のホルターが聞いたら本気で泣き出すぞ?
「そこまでお膳立てしてもらえるのも羨ましくはあるな。
でも、それなら大半の騎士科の奴より余裕だな」
「まぁ、それはそうなんだが……うちの親が本気で探しているのか心配でな」
……まさか、スロムの親ってうちの父親並にやらかすのか?
「それは実績として親を信用できないってこと?」
「いや、そういうわけでは無いんだが……」
なんだよ、うちの父親より数段マシじゃねえか!
「とりあえず話を戻すぞ。
確認だが、今回のような長期の仕事は無いのか?」
ん?
興味あるのか?
「分からない。
元々今回の件も偶然から始まったからねぇ。
というか、どうした?
突然興味持ちだして?」
「いや……俺も実戦のチャンスが欲しいと思ってな」
はぁ?
「なんか勘違いしているように感じるんだが?
僕は戦闘経験を積むために参加したわけじゃないよ?」
「え、じゃあなんで?」
「一人で何役もの仕事に対応できるから。
騎士、文官、領主、どれでも知識・実戦問わず対応可能。
ついでに変則的な対応もできるからねぇ」
いや、そこで唖然とするなよ。
「変則的って何だ?」
「危険な輩が参加した場合の対処も可能ってこと。
今回で言うと、暗殺者が二名いたかな」
おっと、食堂に到着したし、飯食いながら続きを話すか。
ちなみに今日も塩パスタ。
でもこの後動くから大盛にしてみました。
「続きだが、暗殺者なんて絡んできたのか?」
「うん、相手側が遠征に来た奴らを殺せと指示したみたい」
一応、スホルム遠征の件を話せる限り説明してみた。
以前報告した簡略版をさらに分かりやすくしてみた。
なのに、話せば話すほどスロムの表情が強張っていく。
大丈夫だよ?
もうほとんど消したからね?
残りも後一週間の命だから怖くないよ?
「ろくでもない仕事してたんだな、お前」
「そういう言い方止めてくれない?
犯罪者になった気分になるから」
いや、暗殺者部下にしている時点で犯罪者だって言われればどうしようもないけどさ。
「ま、そんなわけで、僕がこの案件に関わったのは偶然でしかない。
ついでに学園生が遠征に同行なんてのもまず聞いたこと無い。
婚約者の実家なんて条件が付かなければ手を貸すことも無かったと思う」
「そりゃそうだろうなぁ。
学園生如きにいきなり無関係な人助けろと言われてもなぁ」
「だろ?」
理解してもらえたようで何よりだよ。
「ちなみに、国としてはこの件をどれだけ重要視してたんた?」
重要視?
まぁ、軽くは見てないだろうけどなぁ。
「ジャーヴィン・チアゼム両侯爵が自分たちの最強クラスの部下を用意した位?」
「最重要じゃねえか!!」
「だって騎士側は僕の兄が担当したから、現時点で王都で一番強い騎士だし。
文官側は……かなり苦労なされた方のようで気遣いの鬼?」
「なんだよ、気遣いの鬼って!」
いや……そう言われても。
「教師で言うとスティーヴン先生レベルの安心感?
年齢的にはもっとずっと若いけど」
「あぁ、そういうタイプの人か。
なら分かる」
流石スティーヴン先生、学園生からの信頼度MAXですな。
ここでパァン先生の名を出しても同じ評価には絶対ならないでしょう。
「というか、そんなメンバー出すってどれだけなんだよ。
それに、お前がそのメンバーについていけるってのが……」
「そりゃ、負けない程度に仕事できなきゃ手を貸す理由って無くない?」
「いや、学園生如きがどうやって今言った最強クラスの面々と組めるんだよ?!」
「まぁ、戦闘能力についてはいまさらだし。
文官系については色々策を練ったってだけだしなぁ。
それがかなり当たって評価されまくったってところ?」
いや、なぜそんな唖然とするの!
真面目に答えたのに?!
「……そんな簡単に済むわけないだろ!」
「何言ってんだ?
今の発言のどこに簡単な要素がある?
策練るのって簡単じゃないんだよ?
滅茶苦茶大変なんだからね?!」
なんか、納得いってなさげだな?
「なら……暴動の日のこと覚えてるか?
お前は怪我人を運んでもらったらから知らないかもしれないけど」
「あぁ、お前が指示出してからカパル先生が顔真っ青にしながら班分けしてたな」
「あれ、僕の提案」
「はぁ?
え、嘘だろ?
あれカパル先生の作戦じゃないの?」
え、カパル先生の発案ってなってるの?
「何で先生の発案になったんだ?
ともかく、正門を使わなくても学園に入れると説明して危機感を持ってもらった。
その対策として学園内の監視体制を構築できるような方法を提案したよ?」
何引き攣った顔してんだよ。
そこまで脅かしたつもりないんだけどなぁ。
「ちなみに、提案した策は即興で考えた奴だからね?」
「え゛?」
「いや、その位の献策できずに学園生が呼ばれるはずないじゃん」
おや、顔青いけど大丈夫か?
「あ、いや、何と言うか……」
「どうした?」
「手が届く距離にあると思ったものが目の錯覚で、実は滅茶苦茶遠かったみたいな……」
……あぁ、そういうことか。
騎士科の一位と二位だから頑張れば届くと思ってたけど、実際は……。
「なぁ、もしかしてフェーリオやジル嬢も……」
「アテロ殿やセレブラ嬢との比較をしたいの?
なら、僕とスロムほどの差じゃ無いんじゃないかな?
だって、二人とも学園生の範疇をそこまで越えてないと思うし」
僕?
ゴメン、ラインあっさり越えちゃった♡。




