7
全員食堂に向かい朝食を楽しむ。
父上以外は楽しく食事をしていると、母上が声を掛けてくる。
「ニフェール、すまんが今日の午前中ラーミルを借りたい」
「借りるって?」
「正式に婚約者になったんだからアタシから伝えておくことがあってね。
ちなみにカールラやロッティには既に伝えているよ」
へぇ、そんなのがあったんだ。
チラッと二人の姉様を見ると、何か顔赤いんだけど?
「ラーミルさん、かまわない?」
「私は問題ありませんよ」
「じゃあ、午前中は母上と一緒に。
僕はいる?」
「いらない。
女同士の話だからむしろ午前中は近寄るな」
あ、そういう話?
「了解。
んじゃ、僕は久しぶりに街の方を見てくるよ」
「あ、じゃあニフェール兄さんと一緒に行ってもいいですか?」
母上とアゼル兄を見ると苦笑しつつOKを出してくれた。
「いいよ、一緒に散歩しようか」
アムルが大喜びで甘えてくる。
なぜだか犬の尻尾が幻視できてしまったのだが、何故だろう?
カールラ姉様とロッティ姉様がヨダレ垂らしているが……これはいつもの事か。
◇◇◇◇
「さてラーミル、呼び止めてすまなかったな」
「いえ」
【女神】様――お義母様の方がいいのかな?――の依頼で屋敷に残りました。
伝えたいことがあると言われましたが、どんな話が飛び出すのでしょう?
カールラ様やロッティは顔赤らめてましたが……。
「未来の話になるのだが……。
ニフェールが学園卒業後に結婚し一緒に暮らすことになると思うんだ」
( カ ァ ッ ! ! )
いや、いやいやいや、婚約するんだからそりゃそうですよね。
キョドるな、私!
「そこでニフェールが好きな料理を教えようと思う。
腹の虫を飼いならしておけば男なんてイチコロだからな。
キッチリ覚えて帰ってくれ」
イチコロって……(照)。
「あぁ、ちなみにカールラやロッティにもそれぞれ好きな料理を教えている。
当然自分で作れとは言わないさ。
特にカールラは料理知識皆無だろ?
簡単なレシピを渡して、ここで味を覚えて帰ってもらう。
そして王都に帰って家の料理人に作ってもらうのさ」
あ、そりゃそうですよね。
カールラ様が料理するなんて想像もできません。
「ちなみに、希望されたのでアムルの好みも教えてやった。
あの二人は大喜びだったなぁ……」
微妙に遠い眼をされてますね。
ここでも暴走されてましたか。
「さて、それではニフェールだがパスタが好みでなぁ。
多分、学園でもかなりの頻度でパスタにしていると思う。
その中でもポルチーニのソースが大好きなんで、その作り方を。
それとデザートとしてクルミパイを教えよう」
「はい!」
いそいそと【女神】様と二人で調理場に向かいます。
調理場では料理人の方々が準備してくださいました。
「さて、時間のかかるクルミパイから始めようか」
そう言って、手取り足取り教えて頂きました。
なぜでしょう、【女神】様と眼が合って頬を赤らめる私がいます。
いけません、ニフェールさんがいるというのに……。
色々と料理のコツをお聞きしていると、時間が経つのが早く感じます。
とはいえパイを焼く間は暇を持て余して【女神】様とおしゃべりしてました。
ニフェールさんの子供の頃の話とか、四兄弟のやらかしとか……。
そんな話に花を咲かせていると、【女神】様がちょっと悩みつつも話始めた。
「……まだラーミルには、というかニフェールには早い話なのだが、聞くかい?」
そう言う問い方されると、気になってしまうんですけど。
頷き聞く体勢になると、【女神】様は爆弾発言をし始めた。
「これから婚約者として一緒にいる時間がそれなりに増えると思う。
で、雰囲気がよさそうならニフェール襲っていいから」
……は?
「あ、学園生の間は自重してくれると助かるがね」
あ~、びっくりした。
そうですよね、流石に学園生でそれは無いですよね。
「んで、ぶっちゃけニフェールの股間をラーミルの下の口で咥えこめ。
そしてキッチリ逃がさんように押さえつけておけ」
ちょ! ちょっと待って!!
「ちなみに、カールラやロッティにも同じことを言っている。
その結果が昨日の夜だ」
「昨日の夜?」
「あ、気づかなかったかい?
アイツらサカってたの」
「……ぐっすり眠ってました」
ええ、ぐっすりと。
爆睡といってもいいくらいに良く眠れてましたよ。
「あぁ、むしろその方がいい。
あの二人は疲れ知らずのようでな。
到着の夜にあそこまでとは、余程ストレスたまっていたのか……」
そこまで暴走してたのですか?
あ、いや、詳細は聞かない方がよさそうですね。
「ま、簡単に言えば
『腹の虫は旨い飯で飼いならせ、股間の蛇は下の口で喰らいつくせ』
と言うだけなんだが」
いや、「と言うだけなんだが」じゃないですから。
顔真っ赤になってしまいます。
「ちなみに、アタシもジーピン家に嫁いだ時に同じ指導を受けたのさ。
教えたのは母上――ニフェール達からすれば祖母――だがね。
最初は面食らったけどね。
でも実際この教えでアダラーを完堕ちさせたから有効なんだと思うよ」
「いや、的確な指導だと思いますわ?
でもその手はあと一年半ほどは使えないですからね?」
「むしろ学園卒業するまでは耐えておくれとしか言えない。
ちなみに、結婚はいつ頃するつもりなんだい?」
え、結婚ですか?
「まだスケジュールまでは……」
「ニフェールが爵位を賜る可能性があることは知ってるかい?」
「はい、その時に一緒に聞いてます」
「なら話は早い。
現時点で男爵位の予定だが、未来はどうなるか分からない。
話が消えるかも知れないし、より上の爵位を賜る可能性も無いとは言えない」
そうですね、どちらとも言えないのですよね。
「結婚式は爵位に合わせた規模でやるべきだと思う。
高位貴族が下手に低位の規模でやったらくだらない輩が囀るだろうしね。
なんで、ニフェールとの結婚は最短でも卒業後半年程度経ってからかと思う。
その頃ならいくら何でも男爵でしかないはずだからなぁ」
確かに、おっしゃる通りですね。
「ちなみにアゼルが秋口に予定してる。
マーニはロッティ側の都合にもよるが多分来年だろう。
なんで兄二人の結婚待ちという事態はほぼ避けられるだろう」
あ、それは助かります。
流石にマーニさんとロッティの結婚待ちは……。
ニフェールさんは気にしないでしょうけど私は年齢的に……。
「まぁ学園卒業まではキス位で我慢しておくれ」
……キスですか。
……まだ頬にしかキスしてないんですよね。
……あの時ジャーヴィン家の皆様が邪魔しなければ……。
「お、おい、何涙流している?」
あの時を思い出して涙したのを【女神】様が心配してくださいました。
「いえ、ニフェールさんが頬に傷ついたときの話なのですが……。
唇を重ねるチャンスがあったのです……が」
「が?」
「ジャーヴィン家の方々に覗かれて途中で止まっちゃったんですよね」
【女神】様が天を仰いでおられます。
分かりますよね?
自分の力ではどうしようもない、そんな無力さを感じたあの日。
自分たちの甘酸っぱい思い出になりそうな雰囲気。
それをぶち壊しにされたあの怒り。
そんな悲しみと怒りを思い出していた私に【女神】様は――
ド ン ッ !
「ラーミル……」
――調理場の壁に左手を押し付け――
ク イ ッ !
「そんなに悲しむな」
――私の顎を右手で持ち上げ顔の距離を近づけ――
「ラーミルに悲しまれるとアタシも悲しい」
――壁につけていた左手を私の腰に回し、引き寄せ――
って、ちょっと待て!!
この方婚約者の母上!!
本気になっちゃダメだから!!
私は両手を【女神】様との間に入れ、これ以上まずいことになるのを止める。
……なんか、自然に【女神】様の胸に触ってしまった。
まぁ、そこは役得としておきましょうか。
「ああ、すまない、慰めるつもりだったんだが……」
ベッドの上で慰められそうなので「大丈夫です」と返し、涙を拭く。
「まぁ、この旅行中にニフェールさんに唇を奪われてみせますよ!」
意図的に明るく返答すると、憐れまれてしまった。
その後、昼食時に皆さんにお出ししたパスタとクルミパイは好評でした。
ただ、ニフェールさんが少々沈んだ表情をたまに見せていたのが気になります。
おいしくなかったわけではなさそうですね。
となると、アムルさんとの散歩で何かあったのかしら?
ちょっと心配。
◇◇◇◇
久しぶりに街の中を散歩する。
アムルも僕との散歩を楽しんでいるようだ。
とはいえ、僕が学園に行ってから全く街の風景が変わっていない。
なので正直見るところが無い。
ちょっと屋台でアムルに飲み物を買ってあげてると昔の知り合いに出会った。
昔に街で会ったことのある悪ガキども。
いや、いじめられたとかではない。
むしろそんなことをしたらボッコボコにするけど。
確か……屋台で売っている串焼きを盗んだり?
近い年の女の子を泣かせたり?
そんな街で悪さして周囲の大人に叱られるのを繰り返す奴らだった。
確か、アルクだったか?
「ニフェール、戻ってきてたのか?」
「ああ、昨日戻って来たよ、と言っても数日したらまたいなくなるけどな」
お前ら、ホッとしている時点で問題なんだが?
また何かやらかしたのか?
「何ホッとしてるんだ?
まさかまた盗みでもやったのか?」
「ち、ちげぇよ!
もうそんなことはしてねぇ!」
そうであってほしいが、今までのやらかしがあり過ぎてな。
悪い意味で実績付き過ぎなんだよなぁ。
「そ、それより聞いてくれよ!
俺、結婚するんだ!」
え? 嘘だろ?
この街にいられなくなるのを想像していたんだが。
王都のスラムに移るものだとばかり……。
「相手は誰?」
「雑貨屋のサーラ、って言って覚えてるか?」
「ああ、分かる。
お前らが頻繁に揶揄って泣かせまくった子だろ?」
事実を言ったら拗ねやがった。
自覚なかったのか?
「……その子と結婚するんだ」
「寝言は寝て言え。
あれだけ怯えさせといて雑貨屋のおっちゃんが許可だすとはとても思えん」
賭けてもいいが、雑貨屋のおっちゃんに殴り殺されるだけだろうに。
過去に何度殴られたと思ってんだ?
「嘘じゃねぇよ!」
「それを信用するには今までのアルクの行動が問題あり過ぎる。
おっちゃんに何度殴られ、アルクの親御さんが何度謝罪しているか忘れたか?」
週一ペースでボコられてただろうに。
殴られ過ぎて記憶が飛んだか?
そんな話をしていた所、噂の雑貨屋のおっちゃんが現れた。
「おや、ニフェールのぼっちゃん。
お久しぶりでございます
アムルぼっちゃんもお元気そうで」
「おぅ、久しぶり!」
「あ、おじさんも元気そうで何よりです」
ちょうどいい、聞いてみるか。
「おっちゃん、ちょっと教えてくれ。
アルクがおっちゃんの娘さんと結婚すると言い出しているんだが、本当か?」
「バ、バカ!」
なぜかアルクが止めようとする。
いいじゃん、聞いても。
「なんです、それ?」
滅茶苦茶不愉快そうに聞いてくる。
領主の弟じゃなければ引っ叩かれそうな位だ。
「いや、アルクにそう説明されたんだが?
僕も正直ありえないだろうと思ったんだが、滔々と説明されたので困惑してな」
「いえいえ、そんなこと一切ありませんよ。
アイツらが今までうちの娘どれだけイジメてきたと思っているんですか!」
だよなぁ、どう考えても許さないだろうに。
「アルク!
貴様らにはうちのサーラは絶対にやらん!!
二度と近寄るな!!!」
おっちゃんは本気で殺しかねない位の怒りをぶつける!
アルクたちは這う這うの体で逃げ去った。
ゼイゼイと息切れしているおっちゃんが息が整うのを待って確認する。
「で、真実は『そんな話はない』で合っているか?」
「ええ、あんなクズ共にうちの娘をやる気は一切ありません」
溜息を付きつつおっちゃんはサーラの事も説明する。
「娘もあいつらを怖がっております。
あのクズ共に嫁にやるなんて言ったら自殺しかねませんよ」
「でも、あいつらは最近領地にいなかった僕にベラベラしゃべってたよ?
アムル、あいつらの話って聞いたことある?」
ちょっと悩んでたが答えてくれる。
「ないなぁ。
あまり接点がないからかもしれないけど」
「んじゃ、サーラ嬢が結婚するとか他の人から聞いたことは?」
「いや、ぼっちゃん、それは流石に無いのでは?」
ちょっとおっちゃんを落ち着かせてアムルの答えを待つ。
「……商売やっている人たちにはいなかったなぁ。
でも、農家の人たちにそんなこと言ってた人がいたかも」
……予想はしていたが、面倒なことになりそうだ。
「ア、アムルぼっちゃん、嘘でしょ?!」
おっちゃんのすがるような発言に首を振るアムル。
ガックリと膝を付くおっちゃん。
「おっちゃん。
つまり、街の住人が『サーラがアルクと結婚する』と言いふらしているんだろ?
商人連中は絶対信じないだろうね。
でも雑貨屋やサーラにそこまで接点無い人たちは信じちゃうんじゃない?」
「そんなことやって何の意味がある?!」
意味と言うか……
「一つ目、アルクの今までを知らない人はおっちゃんが悪者と思う」
「は?」
「アルクの所業を知ってれば絶対あり得ない。
でも知らなければ?
父親が愛し合う二人の邪魔をしている』という想像を働かせる可能性がある」
おっちゃんは黙って僕の説明を検討し始めた。
「二つ目、同様にアルクを知らない人はサーラを悪者と思う」
「……」
「サーラがアルクを弄んだとか?
真摯に愛を告げたアルクをサーラが袖にしたとか?
そんな噂をでっち上げる可能性がある。
当然アルクを知る者は誰もそんな戯言信じないけどね」
おっちゃん、ブチ切れてますね。
顔が怒りで真っ赤だよ。
「三つ目、これが最悪のパターン。
サーラが逃げられない、結婚を受けざるを得ないような環境に持っていく。
ただし、これは雑貨屋が借金しているとか乗っ取られかけているとか?
そんな条件が付くけど」
「三つ目はねえな。
うちは健全経営だ」
「一応言っとくけど、実際の経営だけじゃないよ?
あいつらが雑貨屋に火を付けたりして仕事できないようにするとか?
そういう少し先の未来に借金確定させるとかも入っているからね?」
おっちゃん、顔青くなってますね。
そこまでやらかすかは最近のアルクたち次第だけど。
【領地の人々】
・アルク:ニフェールと同年代の悪ガキのリーダー
→ 高血圧の原因の一つといわれているアルコールから
・サーラ:ニフェールと同年代の雑貨屋の一人娘
→ 高血圧の原因の一つといわれている塩(英:ソルト)から




