42
◇◇◇◇
ザイディが柱に繋がれるのを見て、しみじみと思う。
家を出た後に最初に出会ったのがカルで本当によかった。
あたし、ルーシーは自分の判断の正しさを噛み締める。
カルより先にザイディに会っていたら。
ギルド時代にザイディの誘いに乗っていたら。
……アイツの女になっていたら。
ろくなことにならなかっただろうなというのは想像つく。
馬鹿だから強盗ギルドをうらで牛耳ることはできただろう。
ただ、その場合はニフェール様の双剣やマーニ様の大鎌で殺されていたのだろう。
まぁ夜に関しては、こちらが襲わずともザイディの方から襲い掛かるだろうと言うのは想像つくけどね。
カルがヘタレすぎるのがいけない!
本当にどこまで手を出さないのやら。
すぐそばにうまい食べ物(比喩)があるのよ?!
あるからこそ喰らう(比喩)でしょ?!
喰らっても太らない、太るのはあたしのお腹だけ(比喩)!
むしろさっさと孕ませなさいよ(ぶっちゃけ)!!
……ハッ!
ちょっと興奮してしまったみたいね。
カル、こっちジロジロ見ない!
「……思考の海での暴走は終わったか?」
「気にしないで。
それより、あっちは?」
「もうそろそろだ。
……俺が先に言うから、その後お前な。
言うこと言ったら先に松明投げ込め」
「分かったわ」
まぁ、簡潔にって言われてるし、アタシの方はあっさり終わるわね。
「カル殿、ルーシー殿。
松明に火を付けますよ?」
あら、騎士ビーティ様。
ありがとうございます。
火種を付け燃え盛る松明を掲げ、カルと一緒にザイディの所に向かう。
何かブツブツ言っているようだけど……。
「……なんで……なんで……これで金が入るはずだったのに……」
そんな訳無いじゃない。
ニフェール様たちの行動がぶっ飛んでいるのは事実。
だけど、一応まともな騎士もいるんだから簡単に金を奪えるはずがないでしょうに。
夢見過ぎよ。
「暗殺者ギルドも消えて……俺の天下だと……思ったのに……」
消えてない!
簡単に消さないでよ!!
それと、アンタの天下なんて無理よ。
強盗ギルドって、人は多いけど方向性が定まってないもの。
皆の意志を纏めて一方向に向けるのはアンタできないでしょ?
根本的に強盗ギルドってうちらと違って、数多の面々を無理に集めただけなんだから、意志の統一がとてつもなく難しいってのに。
というか、その辺りも気づいてなかったの?
「……他のギルドも吸収して王都の裏の王となるはずだったのに」
無理無理無理!
ぜ~~ったい無理!!!!
口だけって偉そうなこと言って……実力無い癖に。
まぁ、男どもは大半ええかっこしぃだけどさ。
「さて、始めるか」
「(コクッ)」
二人でブツブツ言っているザイディの前に立つ。
「ザイディ、覚悟はできたか?」
「……王都の女囲ってウハウハなはずだったのに」
まだ妄想に浸ってるの?!
というか、誰でもよかったのか、コイツ?!
「ったく……ザイディ、詐欺師ギルドの長ダメンシャの依頼により貴様を殺す」
「……かわいい美少年たちの尻も俺の……なに?」
あ、妄想から抜け出した?
でも、直前の内容は……ニフェール様やアムル様の前では聞かせられないわね。
……カールラ様やロッティ様の前でも聞かせられない気もするわ。
「ルーシー」
「ええ。
ザイディ、アンタの誘いなんてあたしが乗るはずないでしょ。
沈む船に乗るのは愚か者だけよ」
そう言って、松明を投げる。
「お、お前ら、まさかカr――」
パチ……パチ……ゴゥッ!
「うーーー(ゲホッゲホッ)!!!」
火の回りが早い。
枯れ枝や枯草に対して事前に油まみれにしていたか?
激しく煙も発生しているし、これ以上は近寄れない。
カルもサッサと松明を投げ入れ一緒に下がる。
表情は……少し涙ぐんでるわね。
ダメンシャの事でも思い出したかしら?
まぁ、その部分のチャチャは入れず煙が目に染みたと受け取ってあげましょうか。
……後で慰めてあげようかな(ジュルリ)?
「アイツも色々と広い趣味を持ってたようだな」
「アレを広いって言葉で済ませるアンタがあたしは怖いよ。
……まさかそういう趣味があったの?」
「勘弁してくれ、俺はそんな広範囲な趣味は持ってねぇ!」
……本当に?
まぁ、ニフェール様やアムル様への視線は普通っぽいから一応信じてあげる。
「さて、後は俺たちの仕事じゃないからな。
邪魔にならないように移動しようぜ。
ビーティ殿には一言声を掛けて王宮に戻ればいいだろ?」
「そうね……」
チラッと王都民側を見ると、商業・生産の長は感づいていないようだが、娼館の長はこちらを見てニヤついていた。
やっぱりバレてるよね。
ニフェール様の正体をばらした以上、どこかで参加すると踏んでたんだろうし。
「リシアシスとシロスは感づいて無さそうだぞ。
気にしなくていい。
ピロヘースの婆さんは……気にするだけ無駄だ」
「そうね!
ならさっさと戻りましょうか」
ビーティ殿に断り入れて王宮に戻ろうとすると、ストップ掛けられてしまった。
一応護衛役でもあるので、あの部屋まで送らせてくれと言い出した。
真面目ねぇ。
まぁ、騎士が不真面目だと治安悪くなるだけだから文句はないんだけどね。
◇◇◇◇
ん~、予想よりあっさり終わらせたな。
まぁ下手に長引かせて暗殺者ギルドの者とバレるよりかはいいか。
「これで一通り終わりか?」
「そうだね、法廷の終わりを告げて解散だと思う。
カル達はビーティ殿が連れて行ったし、僕らも後は戻る位かな。
ちなみにアムルたちはどうなったんだろう?」
キョロキョロと探すと……あぁ!
「フィブリラ嬢と暴走してるっぽい?」
「え、見つめ合ってるのか?
そんな見つめ合う必要があるシーンってどこかあったっけ?」
いや、無いよね……。
「終わったらまず合流して二人の暴走を止めよう。
事情聴取は後で、王宮入ってからすればいいや」
そんな兄弟の会話をしていると、陛下から閉廷の宣言がなされた。
王都民は普段の生活に戻っていき、僕らはラーミルさんたちと合流する。
「あぁ、ニフェールさん!
お疲れさまでした!!」
「いえいえ、ラーミルさんもこの二人の面倒見て頂いてすいません」
「いえ、かなり速い段階で見つめ合い始めたので……」
え、そんな早かったの?
「ん~、とりあえず現実に呼び戻しましょうか」
こっそりアムルの後ろに回り、目を隠す。
「え、あ、あれ?」
「どうした、見つめ合ってる間にお仕事終えたお兄様たちのお帰りだぞ?」
「あ……」
よし、現実に戻ってきたようだな。
目隠しした時点で暴れられたらどうしようかと思ったが、大人しくしてくれて何よりだよ。
「閉廷されたから王宮に戻ろう。
フィブリラ嬢……ってあれ?」
まだ心がお戻りでない?
「同じように目隠しすればいいんじゃないの?
アムル様が見えているからフィブリラ様からしてみれば変化無いと思われてるんじゃない?」
「ふむ……ナットの言う通りかもしれないな。
では……」
同じく後ろに回って目隠しをすると、あっさり現実に戻ってくる。
「あ……もしかして私……」
「はい、とりあえず色々話したいことはありますが、まずは王宮の先ほどの部屋に戻りましょう。
動けますね?」
「大丈夫です」
少し顔赤らめてるけど大丈夫そうだな。
軽くお喋りしつつ元の部屋に移動、入ってみるとカルとルーシーは着換え終わっていた。
……なぜ息が荒い?
雇い主に話してみ?
「勘違いするなよ?!
ルーシーが襲ってきたんだよ!」
「なんだ、想定通りか」
なんか他の面々も「はい、解散!」ってな雰囲気になっている。
「いや、普通王宮内の部屋でそういうことしないだろうが!」
「キス位ならバレなきゃいいんじゃね?
どうせ、キスされそうになって逃げたんだろ?」
どうせヘタレなカルのことだ。
唇を奪わせずに逃げ切ったのだろう。
「いや、今回は逃げきれなかった」
「「何っ?!」」
普段から王都にいる面々が一斉にルーシーに視線を向けた。
アゼル兄たちは……あぁ、カルが恋愛方面ヘタレなの知らないか。
「ルーシー、成功例報告!」
「はいっ!
火炙りの際にカルが少し涙ぐんでいたのでこの部屋に戻って着替え終えたところであたしの胸元に顔近づけさせて頭撫でてあげました!
軽く泣いていたようなので、胸から離してそのままキスしてます!」
おぉ!
ルーシー、よくやった!
……あれ?
もしかして?
「なぁ、ルーシー。
もしかして僕の部下になって初めてキスできた?」
スホルムへの遠征時も出来なかったんじゃなかったっけ?
「……確かにそうね。
キスって、こんなに苦労する内容じゃないはずなんだけど」
だよねぇ。
「そこはカルの成長に期待するしかないからなぁ。
とはいえ、最初の一歩を踏み出せたのは良かった。
今後もチャンスあったら狙って行ってね」
「はいっ!」
うっわぁ、スッゴイにこやかな笑顔。
カル、ビビってんじゃねえよ!
「あの……ニフェールちゃん。
説明求めていいかしら?」
カールラ姉様?
……あ!
「そっか、領地組は知らないもんね。
ではざっくりだけど……」
そう言って、カルとルーシーの状況を説明する。
話をすればするほどカールラ姉様の視線がキツクなっていく。
……あれ、ロッティ姉様も?
……あ、そっか!
情報一番持っているのはノヴェール家対応組かスホルム遠征組だから、ロッティ姉様も情報足りてなかったか。
「……まぁこんな感じですね」
「……カル?」
「は、はひ!!」
うっわぁ、本気でビビってるし。
確かに地の底から聞こえてくるような声だったからなぁ。
カールラ姉様本気で怒ってる?
「いつまでルーシーを待たす気なの?」
「いや、あの、その、えっと……」
「というか、むしろ今の歳まで傍にいてくれている女性に何も言えないの?」
「いや、そういう訳では……」
【魔王】が柵ぶち壊した一撃よりダメージデカそう。
フラフラじゃねえか。
あぁ、カリムとナット、泣きそうになるな。
仕方ない、割り込むか。
「カールラ姉様、ストップ。
いくら騒いでも事態は進まないよ?」
「ニフェールちゃん!
でも流石に今の状態はひどすぎるわよ!」
「気持ちは分かる。
でも、やっとルーシーがキスを奪えたんだよ?
その前だとかなり昔にカルをぐでんぐでんに酔わせてルーシーが性的に襲い掛かったって聞いてるし……」
「……」
「そこまでかよ!」という視線がカルを突き刺していく。
フルボッコですねぇ。
「カルはアゼル兄よりヘタレだよ?
もしかすると、ベル兄様よりひどいかも知れないのに」
ヒ ク ッ !
「ちょ、ちょっと待ってよ!
ベル兄様って、ラーミルのお兄さんよね?
あの人もかなりのヘタレだったんじゃなかったかしら?!」
「そう、カールラ姉様のおっしゃる通り。
でも、それ以上にヘタレな人物にただ叱っても一歩も踏み出せないんじゃない?
時間がかかるのは承知の上で一歩ずつ進めていくしかないと思うな」
カールラ姉様も想定以上のダメっぷりに打ちのめされているようだ。
「一応、次の休日にベル兄様とお相手とのデートを企画している。
そこに他のメンバー入れて複数人デートの予定。
カル達も入っているからそこでも尻叩きつつ少しでも進んで欲しいなとは思う」
「……参加メンバーは?」
「男性側は僕、マーニ兄、フェーリオ、カル、カリム、ベル兄様。
女性側はラーミルさん、ロッティ姉様、ジル嬢、ルーシー、ナット。
そしてティアーニ先生」
少し悩んで色々と思いを乗せた一言がやってきた。
「……いけそう?」
「カル達のことなら、正直そこまで期待はできないと思う。
でも、何もしないよりはマシ?
それにこのデートの主目的はベル兄様の為なので、カルは正直おまけ。
ベル兄様たちの成功を見せて煽り入れたいなとは思うけどね」
他者の成功体験を見せて動いてくれれば良し、動かなくてもルーシーが動く機会になればいい。
どうせマーニ兄も僕もいちゃつくんだし、それに煽られて成長してくれないかなという期待もある。




