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◇◇◇◇
「王妃よ、大丈夫か?」
夫が驚きと共に吾を心配して声をかけて来る。
まぁ、いきなり立ち上がりかけたから驚くのも無理はない。
「大丈夫だ、問題ない。
少々ニフェールの行動に驚いてな」
あれはどう見てもパァン女史から教えを受けた移動術だろう。
ただ、我流のような雰囲気もあった。
ラーミルあたりにヒントでも貰ったか?
あれは戦闘に使う技術ではない。
吾ら非力な女性が身を守りつつ逃走を企てる為の術だ。
……なんだ王よ、吾の思考を読むでない!
……吾だってか弱い女子なのじゃぞ?
……信じられぬのなら……久しぶりに今夜、来るか?♡
「さて、プロブ。
実験の協力ありがとう。
さて、これからお前を処刑するわけだが、何か言いたいことはあるか?
ご家族への謝罪等、少しは時間をやるぞ?」
「はっ!
余裕だな、ニフェール!
俺なんぞあっさり殺せるってか?」
殺せるだろうのぅ。
素人の吾からみても勝ち目あるようには見えんがなぁ。
とはいえ、チラチラとどこかを見ているな?
「当然だろう、最下位争いしかしてないお前にどうやって苦労しろと?
文句言うなら実力つけてからにしろよ」
「ほぅ、その余裕がいつまで続くかな?
いくぞ!!」
「はいはい……」
やる気なさげなニフェール。
無駄にやる気を出して片手剣で突きの姿勢を取るプロブ。
絶対プロブが勝てるはずのない戦いのはずなのだが、勝算は先程のチラッと見た視線の先か?
両親のようだが、その二人がいても一切役に立たんだろ?
面倒そうに双剣を抜こうとしたところ、両親が飛びつきニフェールの両腕を捕らえた!
って、はぁ?
アイツの腕を捕らえることができた?
嘘だろ?
お前ら如きが捕まえてもすぐに振りほどかれて終わりだろうに?!
「おい、プロブとその家族……って兄君は参加してないのか。
僕に絡みついて何するつもりだ?
婚約者が悲しむから勘弁してほしいんだが?」
「何余裕ぶってるのか知らんが、お前は俺に刺されて死ぬんだよ!」
そう言ってニフェールに向かって走り出す。
とはいえ、一言で言えば鈍足。
バタバタと品のかけらもない動きで突き刺しに行こうとしている。
馬鹿じゃのぅ。
そして哀れじゃのう。
素人の吾が見ても分かる位なのに、なぜ気づかぬのだろうか。
傍から見た方が分かると言う意見もあると思う。
だが、あそこまで理解が追いついていないのは驚きでしかない。
周りの者は……学園生共は教えたんだろうのぅ。
聞く耳持たなかったんだろうが。
親は……ありゃ無理だな。
兄は……言ったけど聞いてもらえなかったか?
あぁ、ほら、ニフェールがやらかそうとしておるぞ?
右側を捕らえたつもりの父親の腕を取り、そのまま振り回し始めた。
ド カ ッ !
「ぐはぁ!」
父親の両足がそのままプロブの顔面に直撃し、吹っ飛ぶ。
そのまま左手を捕らえたつもりの母親の腕を取り、追い打ちをかけるように振り回す。
バ キ ッ !
「げふぅ!」
吾だけでなく、他の者たちも一様に口を開け無言となった。
そりゃそうだろうのぅ、人を振り回して武器にするとは誰も考えなかっただろうしな。
とはいえ、多分ジーピン家の者たちは普通に受け入れてそうな気がするのぅ。
確か……ナットだったか?
吾が泣かしてしもうた娘子。
あの辺りは流石に驚いているとは思うが……既にあの家に慣れてしまったか?
おっ、プロブは何とか起き上がってきたようだが、両手の両親――言ってることは間違ってないな――で殴打されてボロボロになっている。
ふむ……異国の書物にあったシチュエーションに似ているのう。
確か、あの書物の主人公もけったいな形状の武器を使っておったな。
腕より少し長い棒と垂直に握り手があったはずよのう。
……そうじゃ、トンファーじゃ!!
あの主人公もトンファーを両手に持ち縦横無尽に暴れていた記憶がある。
とはいえ、人を武器代わりに使うのは書物でも無かったがな。
あ、いや、主人公も読んでて訳の分からない技を出していたな。
確か……。
「てめえ、ニフ――」
ゲ シ ッ !
「――エヴォッ!!」
そうそう、何故かトンファー持ちつつ蹴っていたな。
いまいち理解できなかったのだが、あのように使うのか。
というか鳩尾に入ってないか?
吐いてるぞ、あれ?
武器扱いしていた両親を投げ捨て、ニフェールは双剣を抜いた。
なお、両親は意識はあるようだが動け無さそうだ。
肩が外れたとかはありそうだがな。
それと、下手に声出そうとしたら……吐くな、あれは。
振り回され過ぎたしのぅ。
一応簡易とはいえ法廷なのだがなぁ。
吐くのは罪だけにして欲しいものじゃ。
「さて、プロブ。
あんなくだらない事して、時間稼ぎにもならなかったな。
さあ、終わらせようか」
「ずぇ~ってぇ嫌だ!!
何が何でも逃げ切ってやる!!!」
いや、無理だろ?
ニフェールが失敗したらザイディと一緒に火炙りにするだけだし。
というか、ニフェールしか対応しないような発言じゃな。
まぁ、この国の騎士は正直弱いのが多いのは事実だ。
だが、いくら何でもプロブよりかはまともじゃぞ?
……お?
動き始め……まさかあの移動術か?
だが、あれは攻撃に組み込むには使いづらいと思うのだが?
まっすぐプロブに近づき、剣を振るえば届く距離に入ったところで今までなかった動きをし始めた。
直線的に近づいていたのが急にプロブの周りを回転する動きに変わっていった。
そのままあの者を中心に回りつつ切り付けていった。
プロブの左腕、左わき腹、背中、右わき腹、右腕。
連続で音も無く動き、そして切り付けていき……。
「ぎゃああ――」
ス パ ン !
そして、左の剣で首を落とした。
なるほど、ダンスで培った回転の動きをきちんと理解しておるようだな。
礼儀作法を元に移動時に足以外を動かさずに近寄ることもできておる。
歩き方も文句なし。
一部おかしな動きもあるが、戦闘で使う動きを流用したのだろう。
これは、パァン女史が見ていたら大喜びするのぅ。
「あ……」
その首は柵を越え、見物人の方へ飛んでいき、そして観客の傍に落ちて行った。
あの辺り、騎士科の学園生がいたところでは無いのか?
「わぁ~!
何やってんだよニフェール!
こっちにまで首飛ばしてんじゃねえよ!!」
「あ、すまん。
こっちに放り投げてくれるか?」
「いや、それ以前に触りたくねえよ!」
何をやってんだかのぅ、全く。
騎士科の癖に死体が怖いとは全く……。
騎士になったら死体なんぞ自力で生産させるだろうに。
もしかして騎士にならないのか?
「ったく仕方ない。
アパーム殿、あの首取るのにそこの柵乗り越えていい?」
「あぁ、構わんが……梯子でも用意しないと」
「あ、それは不要です。
んじゃ、行ってきます」
そう言って柵を飛び越え、プロブの首を拾い、簡易法廷の中に戻ってくる。
ふむ、想定以上にドタバタが長かったが一応三人の処刑は終わったな。
後は火炙りのザイディのみか。
流石ジーピン家というか、理解が及ばない戦闘が多かった。
アゼルは柵をぶち壊すし、マーニは盾ごと斬り捨てる。
ニフェールに至っては人を武器代わりにして叩きのめす。
やはり下手に敵に回すわけにはいかんの。
どう考えても四兄弟全員がこの国の武の根幹を担える人材であることは明白。
確実に味方にしておかぬとな。
とはいえ、ジルと女装ニフェールの対決は見ておきたいしのぅ。
自分の欲と国の大事。
どちらも叶える術は無いものか……。
やはり権力か?
◇◇◇◇
ゾ ク ッ
だ、誰だ?!
殺気とは違う気がするが、嫌な雰囲気が……。
まぁ、多分王妃様だろうけど。
さて、この後はザイディの火炙りだけど、その前にプロブの家族の対応を考える必要がある。
元々は王都追放だけなんだけど、両親が処刑の邪魔しちゃったからなぁ。
とはいえ、どうするつもりなんだろ。
陛下たちに任せるしかないか。
考え事しているとチアゼム侯爵の方から説明がなされた。
「さて、カーディオ家一同。
本来は単純に貴族位剥奪と王都追放だけだったが、プロブの処刑時に邪魔をしたことは許しがたい。
故に、割り込まなかった兄については予定通り貴族位剥奪と王都追放。
割り込んだ両親については犯罪奴隷として鉱山送りとする」
「お、お待ちください!
なぜ息子の命を救おうとしたら犯罪となるのです?!」
元の条件無視してほざいてるんじゃないよ!
「息子の罪に対して処刑を行っているのに、なぜそれを邪魔する行動を許さなければならない?
罪を犯した者に手を貸す行為は犯罪だ」
あ、黙っちゃいましたね。
多分分かってないのでしょうけど。
「そなたらがワザとニフェールにしがみつき、動けないようにして息子に殺させようとした。
その時点で貴様らは犯罪者の家族という巻き込まれた立場から、自発的に犯罪を犯した者となったのだよ」
「……」
父親の方は理解したようだな。
母親の方は……頭の容量的に厳しいか?
「さて騎士たちよ、咎人共を連れて行ってくれ。
それが終わり次第ザイディの火炙りの用意を」
泣き叫ぶ両親を運んでいく騎士たち。
一人に二・三人付けないと暴れまわって押さえつけられない。
僕の邪魔するときはそこまで力入れてなかったのに。
「いや、どう考えてもお前の力なら簡単に押さえつけられるだろうに」
マーニ兄、僕の思考にツッコミ入れないで!
「いや、ブツブツ呟いてたぞ?
ちなみにこの後は俺たち何かやることあるのか?」
「特に無いよ。
僕はカル達の対応を見て終わりと思ってた」
まぁ、一応上司としてその位は見ておかないとね。
「なら、のんびりしているかな。
部下たちの仕事邪魔するのもなんだし」
「まぁ、いいんじゃない?
どうせ、この後また打ち合わせがあるんだし」
次の裁判の話が待ってるからね。
「ちなみに、カル達には何言わせるつもりなんだ?」
「言わせるというか……。
アイツらがザイディに言いたいこと言えとしか言いようがないんだ。
まぁ、他の見物人たちに聞こえない程度の声で簡潔にとは指示したけど」
そこだけは譲れないからなぁ。
丸聞こえだと「あいつも犯罪者か?」と判断されちゃう。
「いいのか、そんなので?」
「僕の部下になる前のカルとザイディ、そしてダメンシャの関係を知らない。
なら、そこはカルの判断に任せようかと思う」
そこ口出ししてもいいこと無さそうだし。
そんなことを喋っていると、騎士の皆様がザイディを縛り付けるための柱を用意し終えたようだ。
ちゃんと足元には燃えやすい枯れ枝・枯草などの可燃物を用意してある。
微妙に煙の多そうなのも用意しているみたいだ。
鎮火の為の水桶も準備出来ているようだし、後は燃やすだけかな?
カルとルーシーは……よしよし、ちゃんとビーティ殿と一緒に待機してるね。
「さて、最後になったが、主犯ザイディ!
そなたの刑を執行することとする。
こいつの口を塞いでいる布を取り覗いてくれ」
騎士が布を外すと、スイッチが入ったかのように一気に話し始めた。
「なんだよ、なんなんだよ!
何であんな化け物共がこの世にいるんだよぉ!!」
何抜かしてやがる。
三人しか見せてないんだぞ?
両親とアムルがいるから、最低あと三人はいるんだぞ?
「お前が知らなかっただけで普通にいるぞ?
だからこそ最近別件で犯罪者共の集まりを潰してるんだが知らなかったか?」
あぁ、アゼル兄の結婚式の奴ね。
知ってるはずだよね、なんせ僕が報告したんだし。
「……その話は聞いた記憶はある。
だが、そいつらがこんなに強いとは……」
それはお前の考えが甘すぎるだけだろうに。
暗殺者ギルド潰せる者たちに強盗ギルド如きが敵うはずないだろうに。
「その判断ミスの結果が今だ。
貴様のやらかしが部下を死なせ、この場での処刑となったのだ。
今更反省もないだろう。
だが、少しでも想う所があるのなら処される前に思い出しておけ。
騎士たちよ、ザイディを柱に結わえ付けろ!」
侯爵の指示により柱に繋がれていくザイディ。
今更なのか、暴れることも無く磔となる。




