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え? なぜそこで驚くんですか?
あの会談は婚約破棄の為の当主会談なのですよ?
三男も妻もおまけでしかないんですよ?
「本来会談すべき人物たちが揃いも揃って仕事しない。
だから、僕とラーミルさんがやむなく話を進めただけです。
元々僕はアムルと勘違いされたからあの場にいただけなんですから」
分かってるのかなぁ。
「当主同士の会談なんですよ?
なのに、いきなり僕に任せるなんて言い出す。
相手への侮辱と受け取られてもおかしくなかったんですよ?
まぁ、あの会談で当主が仕事を放棄しても何とか進められたのは、偶然です。
セリン家当主も似たような人だったんで騒ぎにならなかっただけです」
分かる?
双方名ばかり当主だったんだよ?
そして双方に尻拭い役がいたから話を進められたんだよ?
これが常識的な家が相手だった場合を考えて?
ジーピン家は非常識な家だと吹聴されても言い返せなかったんだからね?
「父上、もうあなたは当主の権限はありません。
ですが、知らぬ間に変な契約結ばれるのは困ります。
アゼル兄への報告、連絡、相談を確実に行っていただきたい。
あ、母上にも伝えてくださいね」
「なぜ、キャルにまで……」
当人隣にいるのにそれを言う?
「現状父上の面倒を見る可能性があるのは母上です。
尻拭いの可能性が高いのもですけどね」
首肯する母上、頭を抱えている父上。
「父上、理解できましたか?」
父上はガックリと項垂れ、不本意そうに頷く。
一応念押ししておくか。
「一応言っておきますよ?
勝手に当主の許可を得ずにアムルの婚約者を見つけようとしちゃダメですよ?」
「な、何故?
報告の件は分かったが、父親としてその位は――」
「――父上は婚約の為の契約を結ぶ権利はありません。
その権利はアゼル兄に移りました」
……なぜ、そこまで自分の権利だと思うのでしょう。
当主から外れた時点でそんな権限持たせるわけないじゃないですか。
「父上が想像していたジーピン家側代表として婚約者側と契約を結ぶこと。
これはアゼル兄への侮辱ですよ?
それにジーピン家に泥を塗る行為であること理解してください。
それとも、そんなにアゼル兄とジーピン家を貶めたいのですか?」
「い、いや、そんなつもりは無い!」
「ならば、当主の権限を使おうとするのをお止めください。
母上、父上の監視お願いします。
このままではアムルの婚約相手をアゼル兄に問わずに勝手に決めかねません」
「ハァ……分かったよ。
ここまで暴走するとはねぇ」
「ふざけるな!
キャルだってアムルの婚約相手を決めたいだろう?」
母上が心変わりするのを期待して言ってるのだろうけど、無駄だと思うよ。
「アダラー、我々ができることは意見を言うことだけだ。
決定権はアゼルにある。
アゼルの決定権を奪うようなことをするな。
親として子供が成長したのだから後は任せてよかろう?
それともアゼルにそんな能力が無いとでも言うのか?」
「い、いや、そこまでは言わんが、親としていい娘を見つけてやりたい!」
「それはアムルにいい娘を見つける能力が無いとでも?」
父上、そこで黙っちゃダメでしょ?
「父上、なぜそこまで足掻くのです?
元セリン家の娘と婚約させる。
あちらが手紙を送るのを辞め、贈り物も送らなくなったのに相手に確認しない。
それでいていい娘を見つける?」
指折りグリース嬢のやらかしと、それについてのジーピン家側の対応を数える。
まぁ、良くもここまで無関心でいたもんだ。
「無理でしょ?
というか、そんなことできないことを父上が証明しちゃったでしょ?
まさか、再チャレンジさせろとでも?
あれだけハズレな娘を受け入れ、放置しておいて?
そんなの誰も信用しませんよ」
ガックリと膝を付く父上。
いや、そこまでショック受ける前に自分のやったこと思い出しなよ。
というか、何故ここまでこだわるんだ?
今までだって、アゼル兄にマーニ兄。
どちらも学園で自分で見つけて来た。
僕も学園……というか王都で見つけて来たし。
今更アムルだけ婚約者を斡旋する必要なんてないだろうに。
むしろ、ショタ趣味なお嬢さんたちから引っ張りだこ?
どう考えてもあいつなら入れ食い状態じゃない?
僕が思考の海に潜っていた所、母上が何かに気づいたらしい。
声色は静かだったが怒り、そして悲しみの感情が混じっていた気がする。
「なぁ、アダラー。
まさかとは思うが……アタシとの結婚に不満でも?」
……世界が氷河期に入ったかのようだった。
……【邪神】様のお住まいは地獄の底より寒かったようです。
「そ、そんなわけないだろう!」
「でも、アタシもアダラーとは学園で出会ってそのままくっついたから……。
婚約者になってないし……。
そこまで親が用意した婚約者にこだわるのはアタシに不満があるのかと……」
「いや、そんなことは無いから!」
涙ぐむ【邪神】様。
慌てる父上。
状況について行けてない僕。
なんだこのカオスは。
「ねぇ、そろそろ現実に戻ってもらっていいかな?」
しばし待ったが夫婦間の混乱が落ち着かないので仕方なく出張る。
指摘されてなぜか焦って元の状態に戻ろうとする夫婦。
……ねぇ、息子の事忘れてたろ?
「んで、父上は母上に不満は?」
「あるわけなかろう!」
「では、アムルに婚約者を用意しなくてはいけない理由は?」
「あの子に良い嫁を……」
「アゼル兄もマーニ兄も僕も父上の仲介は不要でしたが?
なぜアムルだけ?」
この言葉に母上は動きを止める。
もしかして気づいてなかった?
「……確かにニフェールの言う通りだねぇ。
アムルだけこだわる理由が知りたいね。
アダラー、正直に話しな!」
父上は観念したように説明し出した。
「あの子は上の三人と違って正直弱い!」
ハ ァ ?
「あのか弱さで自力で婚約者を見つけられるとは思えん!
むしろ、学園に行くために王都に向かわせるのも無謀だろう!」
な に 言 っ て ん の ?
「儂はあの子の行く末を考えて、事前に婚約者を用意してやろうと考えた!」
「アムルは素手格闘なら僕より強いけど?」
「ハァ?!」
なんか、父上の顔が驚愕に変わったんだけど、なんで?
アムルの実力知らないの?
僕は学園行く前の時点で素手格闘で三回に一回しか勝てないけど?
そのこと、食事の時に話したし兄たちからアムルは褒められていたが?
その時いたよね、父上?
「なに寝言を言っておる!
そんな訳なかろうが!」
母上を見ると、僕と同様に呆れている。
「明日朝、アムルと武器無しで手合わせしてみたら?
すぐに分かるよ。
母上、明日の父上の予定は?」
「何も無いから全力で戦わせてみればいい。
そこまでやればアダラーの頭でも理解できるだろうよ」
「では父上、明日朝食前にでもアムルと手合わせ願います。
今日は遅いので、これで話は終わりでいいですかね?」
父上に聞いたところ、母上から回答が来た。
「ああ、帰省当日の夜にすまないね。
ゆっくりお休み。
アダラー! サッサと寝るよ!」
父上は耳を引っ張られて寝室に連れていかれた。
やっと終わったか。
流石に疲れ果てさっさと眠る。
夢も見なかった。
夜が明けて次の日。
朝起きてきた面々に簡単に昨日の夜の話をする。
二人の兄&婚約者は(何を今さら?)という反応だった。
ラーミルさんは驚いているようだ。
まぁ、アムルの姿を見て格闘が得意とは見えないのは分かる。
父上は本気で戦う気のようだ。
以前、とある技を教えるときに着ていた訓練着を着用していた。
アムルは(当たり前だが)とても困惑しているので、簡単に説明をしておく。
「突然すまないな、アムル」
「いえ、訓練自体は問題ないんですけど、なんで突然?」
「昨日の夜、以前あった婚約解消。
それと情報を全く僕に回さなかった件で両親と話したんだ。
そこで、なぜ父上がアムルの婚約者を見つけるのに執着するのか聞いたら……」
「聞いたら?」
「アムルがか弱すぎて自分で婚約者見つけられないだろうって……」
「……」
あ~あ、アムルむくれちゃった。
ボクもう知らない!
「んで、そんな馬鹿なこと言うのなら朝にアムルと組手してみろって伝えたんだ」
「……ニフェール兄さん」
うっわぁ、めっちゃ怒ってる……。
「なんだ?」
「本気で殴っていいですか?」
「腹でも一発殴れば流石に分かると思うんだがなぁ」
「分かりました。
一発腹に本気で殴ります!」
「アムルの方は始められるのか?!」
「大丈夫ですよ、父上!」
父上のやる気あふれる声にアムルが殺る気あふれる声で答える。
とりあえず審判役の僕が訓練開始の合図を出す。
「では、双方素手での格闘訓練、始め!」
「さあ!」
あ、バカッ!
「かかっ!」
ド ン ! !
「てk!」
バ キ ッ ! !
アムルは大地を踏みしめ、一気に近寄り腹に一発。
父上は反応もできずにゴロゴロと転がっていった。
あ、壁で止まった。
アムル、父上の発言最後まで聞いてやれ?
哀れすぎるから。
皆の反応は……まぁ、順当な反応だね。
母や兄たちは予想通りと言った感じ。
カールラ姉様とロッティ姉様はキャアキャア言ってアムルの勝利を喜んでいる。
ラーミルさんは顔が固まっている。
そりゃ驚くでしょうね。
「勝者、アムル!」
判定を出して、アムルの頭を撫でて褒めてあげる。
「よくやった……と言うべきなのか分からんが、おめでとう」
「弱い者いじめにしかなってない気がするんですけど?」
「僕も同じ気分だが、父上が望んだことだからなぁ。
それに、アムルも本気で殴ると言いつつ手加減してたろ?」
「う~ん、戦闘開始してるのにのんきに声かけてきてるのでなんか呆れちゃって」
「気持ちは分かる」
二人で溜息を付き、父上を介抱しに行く。
痛がってはいるが……それなりに鍛えているからかな?
ダメージは中程度で抑えられているようだ。
「父上、決着はつきました。
アムルが戦えることご理解いただけましたか?」
「……なんで、こんな強さを持ってるんだ?
知らなかったぞ!!」
「父上に教えてますよ?
というか、父上以外の家族は理解しているようですが?」
父上が母上や兄たちが頷いているのを見てショックを受けているようだ。
「いつ……いつこんなに強くなったんだ?」
アムルと顔を見合わせ、困惑する。
いつって言われてもなぁ。
「アゼル兄が領地に戻ってマーニ兄が学園にいた頃かな?
その頃には僕より強くなってましたね。
ちなみに、その頃には父上にも報告してますよ?
母上やアゼル兄も一緒に聞いてますし。
マーニ兄は、学園から長期休み使って帰って来た時に説明してますね。
実際に手合わせして確認もしてます」
僕の説明にアムルも頷き、父上は愕然とする。
多分「聞いてない!」とか言い出すんだろうなぁ。
そんなことを思ってたら母上が救いの手を差し伸べてくれた。
「アダラー、理解できたか?
アムルは弱くない。
ただし、本気で攻撃したら鍛えていない相手は一生ものの傷を負うか死ぬ。
なので、手加減を覚えるまで反撃をしないで済むように兄たちが守ってたんだ。
まぁ、実際はアムルに襲い掛かる変質者もまとめて消していたようだがね」
流石に母上の発言を嘘だとかは言い出さず、大人しく従っていた。
「そんなわけで、アムルがか弱いから嫁を見つけられないという発言は無効だ。
アムル!」
「はい、母様!」
「お前が婚約者を見つけるのを邪魔する気は無い。
見つけたら教えることは希望するがね。
第一、アゼルとマーニは学園で見つけてる。
ニフェールはお前の婚約解消のドタバタで見つけている。
何処で相手を見つけるかは分からんが、惚れたら誠意をもって相手しろ。
アタシから言えるのはそれくらいだ」
「はい、肝に銘じます!」
「よし!
じゃあ、朝食がそろそろ出来上がるだろう。
食堂に行くよ!
アダラー、さっさと起きな!」
母上の宣言に皆食堂に移動する。
父上も慌てて起き上がりふらつきつつも移動し始めた。
父上も決して弱くは無いんだよなぁ。
手加減したとはいえアムルの攻撃を受けふらつきつつも立ち上がれるんだから。
父上は素手の戦い方が得意じゃないから仕方がないんだけど。




