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「とりあえず事態は理解した。
学園長として得られる情報より細部――授業やプライベートの行動等――で認識に差があった様だ。
さて、プロブ君が退学になるまでの話と退学後の実家側の対応だな」
そう言って、あの日プロブがやらかしてからの学園長室での話し合いを説明してくださった。
……アイツ、本気で何考えてるんだ?
さっさと停学&留年になって来年改めて二年やり直し、かつ一年の不足単位を勉強した方が来年確実に単位確保できるだろう。
スティーヴン先生が言った言葉が全てだと思うんだがなぁ……。
「彼は実家に停学や留年なりがバレないようにしたかったようだ。
だが、その理由を一切説明してくれなかった。
そして、その後何も報告せずに消えて行った」
何も言わずかい!
よっぽど言いたくない?
……やべっ、思いつくの一つあるんだけど、まさかあれじゃねえよな?
「その後、こちらから退学させたことを王宮とカーディオ家に送ったところ、父母と兄が突撃してきた。
とはいえ、兄の方は付き添いのようだがね。
留年の話をすると両親の方は騒ぎ出したよ。
『うちの息子がそんな成績悪いはずがない!』ってね」
「……ちなみに、その時兄君は別の意見でもあったのでしょうか?」
「『あいつがそんな成績良いはずがないだろ!』と父母を抑えつつも言ってたよ。
兄の方が現状を見えているようだな」
……大当たりっぽいなぁ、これ。
え、あのアホは親まで騙し続けてたの?
「ニフェール君、思い至る点があるんじゃないですか?
言ってしまいなさい?」
なぜここでパァン先生が出て来る?
心でも読めんのか?
「嫌な推測なんですけどね。
アイツ、婚約者に嘘ついていたんですよ。
『自分は騎士科首席だ』ってね」
「は?
アイツの実力では実技・筆記問わず絶対不可能だろう?」
ええ、カパル先生。
その通りです。
「おっしゃる通り、アイツの実力では最下位争いの常連のはずです。
ですが、成績いいフリしたかったんでしょうねぇ。
そして、婚約者もその言葉をあっさり信じてしまっていた。
学園長とお会いしたあのジーピン家陞爵の時に軽くパーティありましたよね?
あそこで聞いてます」
「……婚約者はディーマス家の長女と聞いたが?」
「あ、ご存じだったんですね。
そうです、双子の姉の方と聞いてます」
学園長、僕が言わんとしていること勘づきました?
「で、同じ事を家族にも言っているのではないかと思います。
ただし、両親は騙せても兄上は子供のころから互いに遊んだ仲でしょう。
勉強も一緒にやったかも知れません。
つまり、ある程度の剣術の能力や学力がバレている。
それ故兄上のみプロブを否定していたのではないかと」
他の皆さんも「うわぁ……」と言わんばかりの反応を見せる。
気持ちは分かるけど、そういう奴だったと諦めて欲しいな。
「これで、アイツが退学した理由は大体想像つきました。
後はこれを使って心をへし折った上で殺します」
「待て、殺すのか?!」
へ?
「あれ?
先ほど言いましたよね、『遊び心を入れた』処刑って。
遊び心といっても別に優しくするわけではありません。
相手の心を折って身体を叩き斬るってだけですよ?」
カパル先生、むしろなぜ殺さないと思ったのですか?
「ちなみに、裁判やって死刑にしとかないとまずいことになりますよ?」
「……どんなことだ?」
「暴動の件で殺された人たちの家族や恋人。
店や商品を奪われたり壊されたりした商売人。
これらの人たちが絶対に生きていることを許しません。
殺さなければならない存在になってしまったのですよ」
「そんなこと――」
そんなこと?
「――何もしない、もしくは少しばかりの刑罰で済ませようとする。
その場合被害者たちは逃げ出すでしょうね。
王家は民を守らない。
そんな国に居残るとは思えません」
「あ……」
「当然噂が噂を呼ぶようなことになるでしょうね。
国内で反乱でも起きるか、国外から攻められるか。
どちらにしても面倒なことになるでしょう」
分かりましたか、カパル先生?
あ~、他の先生方、特に歴史担当のオーミュ先生。
あまりカパル先生を睨まないであげてください。
頭に期待して実技教師やらせてるわけではないでしょ?
「あ、それとジャーヴィン侯爵かチアゼム侯爵から元先生たちの成績って聞かれませんでした?」
「あ、あぁ、聞かれている。
実技はともかく筆記は正直話にならなかったよ」
「……だからあんなふざけたこと言ったのか」
簡単に取り調べで言っていた事――ザイディと護衛の契約はしたが契約書を元教師共が持ってない――を説明すると、ティアーニ先生が勢い込んで問うてきた。
自分の担当教科だからかな?
「ニフェール君、冗談でしょ?」
「ティアーニ先生、ご自分の担当する教科だからそう言いたいのも分かります。
侯爵方も騎士科生徒の学力に不安を感じる位に酷かったけど、事実なんです」
いや、元先生方はティアーニ先生の教え子じゃないだろうけどさ。
でも、多分今の生徒たちも似たような物だと思うよ?
「これ、生徒にもっと厳しく教えるべきかしら?」
「厳しかろうと優しかろうと学ぶ気が無ければ意味無いのでは?
多分初めから諦めている生徒もいるし、最善の方法はないと思う。
先生だって苦手教科を適当に流すとかしなかった?
赤点にならなければいいやって感じで」
……ねぇ、教師共?
なぜ皆視線を逸らす?
「たっぷり理解されているようですし、これ以上はどうしようもないのでは?」
「……そうね、実体験からしてもその通りね」
「ちなみにティアーニ先生の苦手な教科は?」
「算術関連……」
「あぁ……」
苦手な人には教科書が呪いの書物か異世界の言葉にしか見えないだろうねぇ。
とりあえず一通り話を聞けたので解散することにした。
「現在王宮で話し合っていると思いますけど、明日暴動の裁判を行うことになるかと思います。
学園としてはどうするんです?
見学させるのか、無関心を貫いて授業に専念させるのか?」
「一応学園も被害者だから、希望者に見学を許可するつもりだ。
とはいえ、王都民が興奮して騒ぎになる可能性も伝えるつもりだ。
当該時間の授業は……まぁ、お休みだろうな」
学園生側は大喜びだろう。
国が認める公休だから。
「ちなみにニフェール君、君はどうするのかね?
今までの話だと裁判に関わりっぱなしになるのでは?
明日お休みするかね?」
「どうなんでしょうね。
一応その方向ですが、陛下や他の方の都合で日時ずれる可能性があるので。
仕方ないので無断で休んだということに――」
そう言うと、学園長が睨みつけてきた。
僕からしてみれば子猫が甘噛みしてきた程度しかないが。
「――却下!
明日裁判確定したら普通にこちらで許可を出したことにするから、無断でとか言わないでくれ!」
「どうしたんです?
そんなに大きな声で?」
「君が言っているのは、国が甘えているのに不利益は受けいれるってことだ。
そんなの学園長として、一人の大人として受け入れることは出来んよ。
学園の方は気にしなくていい。
遠慮なく裁判に注力しなさい」
「はい、ありがとうございます」
僕の返事になぜか安堵する学園長。
そこまで安堵されると個人的には傷つくんだがなぁ。
そのまま学園長室を辞し王宮に向かう。
次の両侯爵たち、もしかすると陛下たちも交じっての事前打ち合わせの為に。
◇◇◇◇
ニフェール君が学園長室を出てから。
「学園長、ニフェールに甘くは無いですか?」
カパル先生が指摘して……いや、微妙に違うわね。
もしかして拗ねている?
「どの部分がかね?」
「学園を自己都合で休むのになぜフォローするのかですね」
はぁ?
なぜに自己都合?
「カパル先生、国から求められて動いている以上自己都合とは言いませんよ?
本当に自己都合だったら私とてフォローなぞしません。
公的な依頼による休みと自己都合をはき違えてはいけませんよ」
「なら、事前に届を出すべきでは?」
「日付がまだ分からないのにですか?
明日の予定で動いているようですが、確定したわけでは無いのですよ?」
「あ……」
カパル先生、もしかしてあまり話を聞いてなかったのでしょうか?
まぁ色々と驚きの多かった会話でしたけど。
「ちなみに、パァン先生。
過去に今回のような事態ってありました?」
学園長、確かに長く生きてますけど……まぁ、いいでしょう。
「ん~、王都民にも見せる形での裁判という意味ではありましたよ?
暴動自体もありましたし。
ですが、今回程大きな、かつ組織だった暴動というのは初めてではないかと」
前回の暴動は自然発生だったはずですわ。
確か、天候不順による食糧の高騰が原因だったはず。
あの時は……あぁ、あの二人が鎮圧してましたね。
ジーピン家に王家は頭が上がらないわね。
暴動だけでも二度、王都を守っているんだから。
まぁその他にもやらかしてそうですけど?
「その時も騎士はそこそこの対応しかできていなかったはずですわ。
人手の多さで鎮圧できてましたけど、戦闘能力ある王都民にはてこずっていた記憶がありますわ」
「それはどうやって鎮圧したのでしょう?」
「偶然ではありますが、今回と同じですわ。
学園生が鎮圧しましたの。
領主科と淑女科の方ですわね」
「え、騎士科じゃなくてですか?」
「ええ、あの年の学園生で隔絶した強さを持つ者二人が動きましたわ」
ふむ、どなたも気づかれていないようですわね。
「その者たちは今?」
「二人は結婚して領地で幸せに暮らしていると聞いておりますわ?
子供も四人できて爵位を息子さんに継いだそうですし」
「そうですか……その方が王都に住まわれていたならば今回の件も対応できたのかもしれませんね。
そうしたらニフェール君がこんな苦労しなくても……」
あ、学園長は全く分かってないですね。
カパル先生も同じく。
スティーヴン先生は……にこやかな表情を変えないから分かりずらいのよね?
年齢的には誰の事を指すのか分かっている位の御年のはずですけれど?
女性陣は……あら、二人とも指で何を数えているのでしょう?
親指、人差し指、中指、薬指。
そこで表情を変えるということは、もしかして理解しちゃったかしら?
まぁ、正解は教えない方が面白そうですけどね。
「とりあえず、裁判の話が正式に来たら、学園生たちにも見学させますか?
そうそう経験できることではないと思うのですが」
まぁ、経験は無いでしょうねぇ。
同時に、物凄いことになると思いますけど。
なんせ、ニフェール君監修、四兄弟のうち三人参加ですからねぇ。
見た者の心に残る裁判となるでしょう。
トラウマとも言いますが。
「強制ではなく自由参加にしたらよろしいかと。
淑女科の子たちは犯罪者であろうと人の死をどこまで受け入れられるか分かりませんので」
「あぁ、確かに処刑中にバタバタ倒れられたら周囲に迷惑かけてしまいますからなぁ」
スティーヴン先生、分かってらっしゃいますわね?
この裁判がどれだけ血なまぐさいものになるか。
ジーピン家が担当する三名はどこまで人扱いされるか分かりませんからねぇ。
子供がお人形を壊すかのようにズタズタにするのでしょう。
そんなもの見せたら淑女科どころか全科の大半が倒れますわね。
R-15あたりにレイティングしとかないと王都民にトラウマ大量生産するのではないかしら?
大体教師側も話を終え、各自学園長室から退散していく。
わたくしも職員室に向かおうとすると、スティーヴン先生から声を掛けられた。
……老いらくの恋?
いや、違うわね、ニフェール君の認識合わせかしら?
「失礼、先ほどの話であの場では聞けなかったことをお聞きしたく」
「どんなことでしょう?」
「二点あります。
一つは前回の暴動とおっしゃられた件。
あれって、ニフェール君のご両親ですよね?」
「ええ、【岩砕】と【緊縛】が暴徒を押さえつけてましたわ」
「あれ、実は他にも関わっていた者がいるのをご存じですか?」
「えっ?」
他に関わった人物?
え、あの二人以外に物理的な力で期待できる人物はいないはずなのですが。
「現ジャーヴィン侯爵夫妻と現チアゼム侯爵夫妻ですよ。
奥様たちは策を練り、夫たちはジーピン家の戦闘フォローを行ってます」
「……確かにあの子達はやんちゃでしたけど、そこまで関わっていたんですか?」
「ジーピン家夫妻が目立ちすぎたので、やんちゃが目立たなかったのでは?
もしくは、それを想定して裏方に徹するよう奥様達が差配したか……」
あぁ、ありそうですねぇ。
王妃様には劣りますが、あの二人も伊達に侯爵夫人となれた訳ではありません。
王妃様や【才媛】が凄すぎますが、あの二人がおらず、当人たちがやる気を出せば十分同等のあだ名がついたでしょう。
……そう言えば、【才媛】の時代にも匹敵する者がいましたね。
「まぁ、その部分は学園長に教える必要はないでしょう。
今日は十分頭を悩ませたのでしょうし」
「確かにそうですな。
では、二つ目の質問なのですが、ニフェール君が言っていた悪戯とは?」
ギクッ!
「あら、もうこんな時間。
明日の準備があるので失礼いたしますわ」
表向きにはしずしずと、実際はスカートの中で音もなく駆ける。
まだニフェール君には教えていない、淑女科の特定実技成績上位者しか教えられない無音高速歩法術。
いくらスティーヴン先生でも目で追いきれないでしょう。
ふぅ、ニフェール君もいい勘しているというかなんというか。
……【女帝】や【女教皇】からの危険を避けてたら覚えた?
毎日がミッションインポッシブルなのかしら?




