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その後、正式な婚約届を両家で作成し婚約祝いとして食事会となった。
アゼル兄とは噂による作られたイメージが無ければ互いに下位貴族。
それに加えて互いにボッチに近い学園生活を送っていた。
そんな共通点もあり簡単に仲良くなった。
……流石に剣術とかは隔絶の差があるので会話にならなかった。
だが、両人とも当主である以上似たような悩みを持つようで話は弾んでいた。
「正直、ラーミルは離婚後どうなるか不安だったのでね。
ニフェール君のような子に貰ってもらえてホッとしているよ」
「うちも、最近ニフェールが関わるドタバタが続きすぎたのでね。
一部命に係わる事件も起きているし。
やっとバイオレンスな空気が一掃されると思うと領地の両親もホッとしていた」
「……命に係わる?」
あ、もしかして、ベル兄様はデートの時のこと知らない?
ラーミルさんを見てみると「ヤベッ、忘れてた!」という表情をしている。
「あ~、人生初のデートの時に色々ありまして……」
衛兵というかアンジーナ家の暴走。
顔にナイフを当てられて死なないように自分で左頬を貫通させたこと。
裁判で全部ばらしてアンジーナ家が奪爵になったこと。
陛下にお褒めの言葉と男爵位を賜りそうになったこと。
事件の原因が嫉妬であり、まだ学園生として過ごすから王家預かりとしたこと。
学園卒業時点での評価により褒章消える可能性があること。
同時に、子爵以上を賜る可能性もあること。
全て話した。
ベル兄様は流石に呆れかえっていた。
だが「その程度の怪我でよかった」と爵位より怪我の方を気にしてくれた。
もしかしてツンデレ?
現在デレ要素強め?
そんなことを思っているとアゼル兄から大事な一言が飛んできた。
「ああ、そうだニフェール。
母さんが一度帰って来いと言ってたぞ。
今日明日とはではないが、長期休みに入ってすぐ位に戻れないか?」
「夏休みなら大丈夫だよ」
「それとラーミル嬢、その時にあなたもうちの領地に来ないか?
一度くらい領地で会いたいと言ってた。
どうしても王都では食事作ってあげるとかできないと嘆いていてな。
領地で未来の嫁をもてなしたいみたいだ」
「よろしいのですか?」
「こちらからお願いしたいんだけど?」
アゼル兄が微笑んで誘ったところ「是非に!」とOKを貰った。
小声で「【女神】さまと……エヘヘヘ」と聞こえたが、誰の話?
領地、女性……まさか【邪神】様のこと?
「あ、ちなみに私もロッティも誘われたから行くわよ?
マーニちゃんがまずロッティの実家に行く。
その後私たちと一緒にジーピン家の領地へ。
そして王都に戻るときにニフェールちゃんとロッティ、ラーミルで帰る。
私とアゼルは領地からまっすぐジャーヴィン家の領地へ行く予定」
ロッティ姉様の実家は王都だからマーニ兄が迎えに行く形にしたのか。
ん?
となるとジャーヴィン家は長期休み初めに領地に戻る。
フェーリオ辺りがジル嬢連れて行きそうだな。
つまり今年の僕の長期休みは、
・初期:ラーミルさんと実家♡
・その後&ジャーヴィン家が戻ってくるまで:仕事なし。
・戻ってきてから学園再開まで:フェーリオの護衛要員
って感じか。
うん、楽しみになってきた!
それからドタバタが少々あったが学園の長期休みに入った。
マーニ兄も事前に王都に到着しロッティ姉様とイチャイチャしていたようだ。
まぁ、結婚前に子供が出来なければ誰も文句は言わないだろうけど。
マーニ兄がお疲れの表情になっているのはご愛敬。
ロッティ姉様のお肌が妙につるつるピカピカになっていた。
だが、僕は気づかなかったことにしておこう。
「お、ニフェール。 今日からか?」
フェーリオがジル嬢と見送りに来てくれた。
「ええ、そちらも明日出発でしたっけ?」
「ああ、ジルと一緒に」
あぁ、ジル嬢顔真っ赤にして。
何期待してんだ?
ロッティ姉様見て自分の未来を予想したか?
こんなところでサカるなよ?
「フェーリオ、ちゃんと禁欲しろよ?
卒業前にジル嬢孕ますようなことはするなよ?」
「お、お前、こんなところでない言い出すんだ!」
そんなことを言うフェーリオにとある人物たちを指差す。
一人はカールラ姉様。
一人はロッティ姉様。
「あの二人を見て理解できない程子供じゃあるまい?」
ついでに、もう一人、ヘロヘロなマーニ兄を指差す。
「お前が禁欲できなければ、未来はああなる。
お前はチアゼム家に婿入りするんだろ?
『婿殿は学園生の時点でお嬢様の初めてを奪った』なんて流石にまずかろう?
というか、当主のヘルベス様が許すとは思えん。
全力で耐えろ!」
「あのなぁ、ニフェール。
言いたいことは分かるが、なぜそこまで気にする。
と言うか、そこまで信用できない?」
「あれ?
カールラ姉様って、ジーピン家に家族集合しに行くよな?
その後にジャーヴィン家の領地にアゼル兄と一緒に行くって聞いてるぞ?
そっちの領地で合流って話を聞いたけど?」
「え゛? いや、聞いてないけど?」
あれ? 嘘でしょ?
「僕とラーミルさんの婚約成立したときだったかな?
その時の食事会でカールラ姉様がルンルンで言ってたよ?
その流れからマーニ兄たちの状態がジャーヴィン家の領地で発生するのでは?
アゼル兄たちはもっと暴走しそうなんじゃない?
気を確かに持っておかないと巻き込まれる。
というか引きづられると思ったんだが……?」
「え゛?
なにその話?
領地の屋敷が姉さんのサカリ場になるの?」
互いに無言の時間が生じてしまった。
いや、信じたくない単語が聞こえた。
確かにサカリそうなお二人ですけど……。
「……ガンバ♡」
「っざけんな!
ニフェール、うちの領地に来い!
サカる二人を止めろ!!」
「いや、無理だから!
絶対無理だから!!
ソッチでどうにかしてくれ!!!」
これ以上フェーリオに絡まれる前に急ぎ馬車に乗り逃走を図る。
「あら、ニフェールさん、どうなさいました?」
「いえ、フェーリオに挨拶してきただけですよ」
事実を克明に説明する気は起こらないのでラーミルさんには内緒にしておこう。
と言うか、下手したら自分が暴走しかねない。
フェーリオに伝えた内容はそのまま自分にも当てはまる。
というか、車内にいるマーニ兄たちが既にサカリの波動を振り撒いておられる。
カールラ姉様は笑顔で見ているが、数日経ったら同じことにしでかすよね?
どう考えても止める術が見当たらない。
……うん、諦めよう。
それと、ラーミルさんとはちゃんと節度を持って!
暴走しない!
……できるだけ!
そんなことを考えつつ馬車で領地に向かう。
あっ、と言う間に領地に到着。
途中のマーニ兄&ロッティ姉様の暴走は気づかなかったことになっている。
……当然カールラ姉様もラーミルさんも気づいている。
それでも気づかなかったことにしてくれている。
まぁ、ラーミルさんは顔真っ赤なので分かりやすかったけど。
カールラ姉様はサカリの波動に耐えきった様だ。
まぁ、すぐにご自分が波動をバラまく方に変わるだろうけど。
屋敷に到着すると、アゼル兄とアムルが迎えに来てくれ……って、あれ?
なぜカールラ姉様はアゼル兄に抱きついているの?
いつ馬車から降りたの?
マーニ兄の顔を見ると驚愕の表情をしていた。
兄さんでも気づかなかったの?
……ジーピン家に嫁に来る者は縮地ができないといけないとか無いよね?
……でも、ラーミルさんなら縮地やりそう。
……初デートの時にやってたし。
皆(と言うか残りの面々)が馬車から降り屋敷に入る。
「お、帰って来たね」
ああ、【邪神】様の出迎えを受けるとは!
というか、ラーミルさん【女神】様呼びしてたよね。
……【邪神】呼び知られないようにしないと。
「ああ、これが手紙でよこした傷か。
上手く刃を真横にしているな。
これなら歯には影響ないだろうし、うまくやったな」
【邪し】……母に褒められ滅茶苦茶照れてしまった。
あぁ、ラーミルさん、そんな生暖かい眼で見ないで……恥ずかしい。
「さぁ、さっさと入りな!
夕食ももうすぐだ。
ラーミル嬢もたっぷり食っておくれよ!」
「はい、お義母様!」
……っ!
うわっ、照れる。
これは照れる!
あぁ、僕、本当に婚約したんだなぁ(ホワァ)。
その後父上も参加して夕食。
予想通りラーミルさんが恥ずかしがりつつも(食事量で)無双していた。
なお、カールラ姉様は一般的な貴族の女性の食事量。
ロッティ姉様は一般的な働く女性の食事量だった。
僕以外の男性陣が驚く中、母上がカラカラと笑って、
ちなみに母上もラーミルさんに負けない位食べていた。
とても笑顔なラーミルさんを見て「これからも(食費を)支えていこう」。
そう気持ちを新たにするのであった。
……ちゃんと稼がないとなぁ。
夜、流石にラーミルさんとあんなことやこんなことな話は起こらなかった。
だが、代わりに父上が自室に来た。
いや、父上、ちょっと待って!
薔薇な世界はお呼びじゃないから!!
そっちを喜ぶ人は(少ししか)いない(はずだ)から!
「落ち着け、ニフェール。
何を勘違いしているか分からんが、話をしたいので呼びに来たんだ。
怪しいことはせんから少し時間をくれんか?
場所は食堂、参加者は儂とキャルだ」
本当に?
「分かった」
「すまんな」
食堂に向かい父上の対面に座る。
父上の隣は母上。
母上に視線で「なんなのコレ?」と問うと、
「どうも当人曰くこの前のジャーヴィン家での一幕について話し合いたいらしい」
何を今さらと思うが、付き合って席に座ると、父上は一言。
「前の連絡忘れの件はすまなかったな」
頭を下げてきたが……正直もう関心は無いんだよなぁ。
もう振り回されることも無いんだから。
追いつめても仕方ないしね。
「僕の方はもう気にしてませんよ」
「そうか……」
しょんぼりする父上を見て、疑問しか出てこない。
なぜしょんぼりする?
気にしてるとでもいえばよかったのか?
「いや、まだお前を子ども扱いしていたんだなと思ってな。
婚約者を見つけてやらなければ、親として助けられるところは助けてやらねば。
そんなことしか考えてなかったなと思ってな」
は?
母上を見ると、僕と同じように驚きと困惑の表情をしている。
ん~、何と言うか、そこじゃないんだよなぁ。
父上のやらかし、そしてこちらが怒ったところがまだ理解できていないようだ。
「父上、まだ勘違いしてらっしゃいます。
あの時の問題点は連絡や報告について父上がまともに動かなかったことです。
ジャーヴィン家に報告するときもアムルより説明できてないと聞いております。
それでは当主交代を求められても仕方がありません」
顔に縦線入ってますね。
でもまだですよ?
「家族に対してもそうです。
僕に何も情報をよこさないのもそうです。
ですが、兄上たちが僕に伝えるのを止めたり手紙を家族に見せない。
こちらの方が問題です」
睨みつけるとビクッと震える父上。
「父上でなければ連絡できないわけではない。
父上だけが知ってなければいけない情報でもない」
あの時に送った手紙はそういう情報ですよ。
「なのに父上だけが連絡し、他が周知するのを禁じる。
その結果が必要な情報の周知漏れでは?
先日のジャーヴィン侯爵家で母上に手紙が届いてない。
婚約解消の詳細情報が聞かされてなかったと聞いて僕は呆れましたよ?」
「いや、それは要約して説明しようと……」
「要約できないから当主交代を求められたのでは?
まぁ、それ以前に会談内容をまともに覚えていないのも大問題ですが」
しなびた青菜のようにヘタレている父上。
「父上が言われた『子ども扱いしていた』。
それは連絡忘れとは全く関係ありません。
こちらからすれば、父上の仕事放棄の尻拭いをさせられただけですし」
「いや、だからあの会談はニフェールに任せて……」
( バ ン ! ! )
食堂のテーブルをぶっ叩き、父上を睨みつける。
「勝手に話を変えないでください。
それと、勝手にあの会談の責任者を僕にしないでください。
あの会談は本来元セリン伯と父上の間の会議です。
僕もラーミルさんも本来は発言の必要は無かったのですよ?」
「へ?」




