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その後、両侯爵から陛下たちに連絡しておくようお願いしてその日の打ち合わせは終わり。
明日中に一通り準備して明後日裁判をやるように話を進めておくそうだ。
「明日はアゼル兄たちは手すきなのかな?
なら大公家にアムル連れて行ったら?
ついでに夫婦で明後日のネタを考えつつアムルとフィブリラ嬢の面倒を見ておけばいいんじゃない?」
「そうね……ねぇ、ニフェールちゃん?
フィブリラちゃんにも教えちゃって大丈夫?」
ん?
暴動の件?
「それなら大公様に確認したうえでだけど、一緒に教えてあげたらいいのでは?
ついでに裁判の日にフィブリラ嬢と一緒にいさせておいた方がこちらとしても安心じゃない?」
「あ、あの、明日はともかく、明後日は私が二人の面倒見ましょうか?」
え、ラーミルさん?
「明後日はルーシーの変装準備に協力する位ですし、それ以外はフリーですから。
フィブリラ嬢には変装を手伝ってもらって、その間にアムルさんにはカル達と待ってもらう形になりますけど」
……なかなかいい手かも。
「個人的にはアリかな。
アムル、構わないか?」
「はいっ!
ラーミル姉様、よろしくお願いします!」
なぜだろう、ホワホワとした暖かい雰囲気が蔓延している。
一部見せられない顔している人物がいるが、気にするべきでは無いのだろう。
……カールラ姉様、ロッティ姉様、あなたたちの事ですよ?!
「後は……あぁ、さっき話しておけばよかった。
『砕拳女子』の件。
カールラ姉様知ってます?」
「いえ、私も今回初めて聞いたのよ。
とはいえ、うちの母上ならやりかねないかな……」
え゛?
「学園生時代、義母様とアニス様と一緒にいたようなの。
三人ともちょっと……元気な方たちだから、小説書くくらいならまだ普通かな」
ちょっと元気だと暗殺者ギルドを潰すんですか?
「……ちなみに、今の所アニス様に『砕拳女子』の油絵を描いたという疑惑が出てきてますけど?
あり得そうってこと?」
「ええ、その位ならやるわね。
アニス様もハジケるタイプの方だし」
あぁ、僕たちが知らなかっただけで十分やらかしかねない人たちだったんだね?
知りたくは無かったけど。
その後、解散しアゼル兄たちはジャーヴィン侯爵家に向かう。
僕はセレラル様のお家に侵入……の前に。
「ルーシー、すまんが僕が帰ってきてから少し話をしたい。
時間貰えるか?」
「どんな話?」
「今日のロッティ姉様の件の打ち合わせで少し気になることがあってね。
ラーミルさんも参加してほしい」
「私は構わないですけど、ルーシーだけでいいんですか?」
ん~、判断しづらいんだよねぇ。
「とりあえず現時点では僕、ラーミルさん、ルーシーの三名で。
今後どうするかは後で考えるけどね」
「いいわよ、どこで話す?」
「僕の部屋で二人とも待っててほしい。
さっさと侵入終わらせて来るから」
ルーシーはこちらが何を聞くのか分かっていないようだ。
とはいえ、見なかったことにするというのもなぁ。
今後確実に面倒事が舞い込むし。
まぁ、戻ってきてからかな。
大急ぎでセレラル様の家に向かう。
おっ?
夜でも門番がいるな。
庭もちゃんと整備されているし、まともな家の様だ。
とはいえ侵入はそう難しいものじゃない。
こっそり壁を乗り越え、急ぎ部屋のベランダに到着。
明かりはついているが、耳を澄ませても何も聞こえない。
……一応ノックしてみるか。
コンコン
「……はい」
カーテンを開けるセレラル様。
あ~、ちょっと視線のやり場に困る……。
「遅くなって申し訳ない」
「いえいえ、そんな遅れてませんよ。
侵入しづらかったですか?」
「いえ、今までの二家よりは門番いるだけ入りづらいかも。
ですが、侵入するのを阻害されたりはしませんね。
皆様とお会いした後に長兄が到着して、先ほどまで打ち合わせしていて……」
「あぁ、それは仕方ないですね」
ご理解いただいて助かります。
「となると、暴動の裁判はそろそろ始まるということですね」
「ええ、明後日を予定してます」
「かしこまりました。
では、次は先の二人が連れ去られた後の打ち合わせですかね」
「ええ、そこでまたお会いしましょう」
あっさりやり取りも終わり急ぎチアゼム家に戻る。
宛がわれた部屋に戻るとラーミルさんとルーシーが待っていてくれた。
「すまないね、待たせて」
「いや、侵入して戻ってきた割には早いと思うわよ?
で、何の話?」
呼吸を整えて、あの時感じた疑問をぶつける。
「ディーマス家とルーシーの関係性」
この言葉を言った直後からルーシーの表情が変わった。
バレた驚き。
多分だけどディーマス家への怒り。
バレたことで何が起こるかの不安。
「……もしかして、ラーミル様が説明していた時にあたし反応してた?」
「小さく舌打ちしてたね。
普段の振る舞いから、ラーミルさんにそんなことするとは思えなかった。
となるとディーマス家に思う所があったんだと思う」
「でも、仕事で関わっただけかもしれないわよね?
あの当時の暗殺者ギルドはディーマス家御用達だったわけだし?」
うん、その可能性は考えた。
「でも、ディーマス家の話題は過去にも出ているけど、ルーシーが反応したのはヴィーナ嬢とマリーナ嬢の関係性。
いや、ヴィーナ嬢を異端視することについて反応したと思ったんだが?」
一通り憶測を述べると、お手上げだと言うように両手を挙げた。
「ニフェール様の観察眼を甘く見ていたかしら?」
「甘く見るというより……ヴィーナ嬢に自分を重ねたんじゃないの?」
ビ ク ッ !
ルーシー、反応良すぎだよ?
今まで隠しきっていたのにねぇ。
「……どこまで感づいているの?」
「今のが最後の手札。
とはいえ、妄想の域を出なかったから、こちらも困っていたんだ」
「困るって何よ?」
「今後、ディーマス家を潰す、もしくはそこまでじゃなくても侯爵から子爵や男爵に落とすことになる。
その場合のルーシーへの影響が読めなかった」
年齢的に双子の姉妹より現侯爵に年齢が近い。
となると、現侯爵の姉or妹の可能性がある。
「あ~あ、今までバレなかったんだけどなぁ……」
「それは暗殺者ギルドでもか?」
「ええ、カルやマギーさん、ティッキィさんも知らないはずよ。
あたしはディーマス家の……先代侯爵の娘よ」
あぁ、やっぱり……。
ラーミルさんはとても驚いているようだ。
「ふふっ、そこまでラーミル様を驚かせるのは気分いいわね♪。
ちなみに、うちの母はただの侍女よ。
先代侯爵が孕ませて、一応妾の子として別宅に住まわせてもらってたわ」
昔を懐かしむような雰囲気を出しているが、微妙に寂しそうな感じもする。
面倒な立場だったんだろうなぁ。
「一応食事も貰えたし、学ぶことも許可されたので礼儀作法や勉強もちゃんとやってたわ。
でも、母が亡くなったときにそろそろどっかの貴族と婚約させようとしてたからさっさと逃げて来たの。
その後偶然カルと出会って、マギーさんの所に転がり込んだってとこね」
「そのまま婚約して貴族の夫人となる選択肢は無かったの?」
首を横に振るルーシー。
「ディーマス家の奴らはどうも勉強できる奴を評価しないという考え方があるみたいなの。
それより我欲の強い子を評価するの。
なので、現当主や当主の兄弟、親戚、寄り子の者たちも、どこ見ても下種ばっかりだったわ」
え゛?
……確かディーマス家の学園生が一人いるが、そこまでバカではなさそうだけどな。
付き従っていたルドルフとか言う人も結構できそうな人だったけど?
まぁ、欲が強いのは何となくわかる。
僕(女装版)への執着の仕方は確かに欲が強すぎる。
「今の学園にもディーマス家の人いるけど、言うほどひどくは無いなぁ。
まぁ、別の欲望は強そうだけど」
僕の初めてを奪うつもりなんだろうし……どこのかはノーコメントで。
「コロクタの息子かしら?
会ったこと無いから何とも言えないけど、そこまで我欲が強くないのなら親子仲は良く無さそうね」
「息子の方が親を追い出そうとしているから確かに仲は良くないと思うけど。
既存の貴族派を中立派に近いレベルまで落ち着かせようと画策しているみたいだし」
……ルーシー、その表情は何?
甘い菓子だと思って食べたら何も味がしなかったかのような虚無の表情は?
「……無理だとは言わないけど、かなり無茶なことしてんのね。
多分、自分の為の欲じゃなく家、もしくは派閥の為の欲が強いのかしら?
ディーマス家がどうなるかによっては貴族派の残りを率いることになりそうね」
「まぁ、とてつもない苦労はしそうだね。
ところで、先代侯爵の子って妾の子含めてそんなにいたの?」
「正妻との子として認知されてるのは二人、現侯爵とその弟ね。
それ以外は妾の子ということでかなりいるわよ。
あたしがいた時点で十男十二女」
「じゅっ……どんだけ絶倫なんだよ?」
二十二人?
どんだけ孕ませてんだよ?!
いや、その一点だけはジーピン家でも勝てないわ……。
ラーミルさん、その視線はもしかして……その位産みたい?
頑張っちゃいますけど?
「ちなみに、あたしがあの家にいるまでの情報だから最終的に何人産ませたかは知らないわ。
あ、あたしは八女ね」
「……暴動の裁判で現当主の従妹が嫁に行った家が潰れるけど、気になる?」
ルーシー、誤魔化そうとしているけど表情が変わったのバレてるぞ?
まぁ、言わないでおいてあげるけどね。
「どこ?」
「カーディオ男爵家。
次男が僕と同じクラスだったんだけど、暴動のきっかけとなった。
僕がスホルムに向かうことを昔の知り合いに教えて、ザイディに伝わり、そして暴動へ……」
「あ~」
頭抱えるルーシー。
「ちなみに、ジャーヴィン侯爵から聞いた話だから、従妹ってのは確定みたい。
で、このやらかした次男が現当主の長女の婚約者。
ただ、色々嘘ついていたようで、騎士科の首席とか抜かしやがって……」
「……はぁ?
いや、最悪の嘘でしょ?
ニフェール様に全力で喧嘩売ったの?
まさか、今回の裁判で……」
「当然、死あるのみだね。
でも、アイツの嘘を全部ばらして処分しないと気が済まない。
ここまでお膳立てしてくれたんだ、その期待に応えてあげないとね」
……なぁ、ルーシー、なぜそこで祈る?
まさか、僕の怒りが飛び火しないように祈ってるの?
「まぁ、ルーシーの怪しい行動の意図は分かった。
ちなみに、ヴィーナ嬢を助けることに何か思うことある?」
「いや、むしろお二人の元ならディーマス家より過ごしやすいと思う。
後は、外にも出られないのであれば常識に不安があるけど、そこは修道院で教えてくれるでしょ」
「学園で一緒に学んだ時には一般常識は持ってましたよ?
むしろマリーナの方が非常識すぎて……」
ラーミルさんの補足に納得するルーシー。
「あぁ、分かる気がするわ。
あたしに近い年の子でも似たような行動取っている奴はいたから。
まぁ、そいつは他の家に妻として送られた後に家ごと潰れたけど」
うわっ!
やっぱりそういうのいるんだ。
「……ちなみにそいつが嫁いだ家は?」
「ん?
確かスティット家って言ったかな?
なんでも全派閥の領地で誘拐やらかしたとか聞いてるわ。
あの時は驚いたわよ!
どこまでバカやってんだってね」
……え゛?
「マジでスティット家?」
「え、うん、そうだけど……もしかして知ってるの?」
ルーシー、怯えるな。
別にお前に怒りをぶつける気はないから。
「あいつらが最期に誘拐しようとした領地は……ジーピン領」
「ひぃっ!!」
そこまでビビるか?
「一家総出で叩きのめしたよ。
ちなみに、ラーミルさんが婚約者になって最初に領地に来たときの話だ」
「ええ、あの時は驚きましたわ。
ジーピン領の悪ガキの悪戯じみた犯罪からあそこまで発展するとは……」
「で、スティット家の当主と三男に毒を飲ませて死なせたのは……禿だ」
「え、そこに繋がるの?!」
繋がるんだよ。
そこから危険薬物に繋がって、そこを潰したらアゼル兄の結婚式に乗り込んできたから潰したんだ。
「世間は狭いわねぇ……」
「本当に。
ちなみに、最初に女装したのがその件なんだよなぁ……」
「……物凄く答えにくいコメントね、それ」
あぁ、いや、確かにそうだな。
褒めずらいし、見たかったとも言い難い。
「とりあえず、カル達には言わない。
僕たち三人の中で止めておく。
カルに言いたくなったら自分で言って……って、一つ確認。
ルーシーはディーマス家の家系に入ってるの?
正妻の子供は認知されてるとは言ってたけど、妾の子は認知されているのかは気になる。
完全に縁が切れているのならいいんだけど」
「……分からないわね」
ん~、面倒事にならないようにするには……書類上どうなっているか調べないとなぁ。
「ちょっと、チアゼム侯爵あたりに相談してみるか。
仮に変な形で名前が残っていた場合、トカゲの尻尾切りに使われかねない」
「……そうね、その場合、調査に関わる人たちに知られるのはやむ無しね。
ちなみに、ディーマス家を調べるのなら『ルシミア』の名で調べて。
あたしのディーマス家での名なの」
ルシミアね……。
だからルーシーか。
安ちょ……いや、黙っておこうか。
【ディーマス家】
ルシミア・ディーマス:先代侯爵の八女。現ルーシー。
ただし認知されてるか不明。
→ カルシウム血症から




