2
「むしろ、なぜ会ったこと無いと思ったの?
以前、ニフェールさんに告白されたこと伝えたわよね?
あの時点でお二人に会ってますもの。
ベル兄さんが心底怯えるようなことは一切なかったわ」
「……その人物は、本当に【魔王】と【女帝】だったのか?」
「ハァ?」
「あの二人がそこまで落ち着くなんて想像できん!
お前は幻を見ているんじゃないか?」
「なにふざけたこと言ってんのよ!
ニフェールさんに失礼でしょ!」
その後もギャンギャン言い合いをしている。
だが収まる気配は全くなかった。
ったく、怯えすぎなんですよ、ベル兄さん。
パン! パン!
手を叩き僕に注目を集める。
お二人とも言い合いして少し気が晴れたのか、話を聞ける状態になった様だ。
「まず、二人とも落ち着いてください。
本当にあの二人がベル兄さんの言う【魔王】【女帝】かは分かりません。
そしてここで騒いでも答えは出ません。
当人がここにいないわけですし、僕やラーミルさんも学園生時代知りませんし。
それは分かりますよね?」
二人とも流石にそりゃそうだと頷いてくれる。
「なので、月末に持ち越しては如何?
正式な婚約書類作成の為にアゼル兄とカールラ姉様も月末にここに来ます。
その際に問うてみたらいかがでしょうか?」
ベル兄さん、顔引きつってますね。
ノヴェール家に二人が来ることをすっかり忘れていたようです。
「それと、僕が聞いたことあるあの二人の学園生活。
それとベル兄さんの発言の乖離が激しすぎて正直困惑してます」
「乖離?」
「例えば、アゼル兄は学園で友人と呼べる存在は出来なかったと凹んでましたよ。
顔が怖いからなのかと落ち込んでました」
「……え?」
「後、カールラ姉様は派閥・地位を超えて趣味の友が出来て喜んでましたね」
「は?
趣味の友?」
ええ、ショタ友とでも言いましょうか。
「確かにアゼル兄は【魔王】と呼ばれていたことは聞いてます。
ですが自発的に暴れたりしたことは無いとも仰ってました。
あ、護衛としての行動は別ですけどね」
「……うっそだろう?」
実際、護衛としても僕みたいに殺しかけるようなことはして無いと聞いてます。
多分僕より理性的ですよ?
「まぁ、ここでいくら言っても結論は出ないでしょうから月末をお待ちください。
個人的には誤解はちゃんと話し合えばそれなりに解けると思ってます」
「それなりに?」
「周りの話を聞かない人とか自分の考えを変えたくない人とか……」
「「ああ……」」
ベル兄さんも心当たりがあるようで納得されてました。
ラーミルさんも……元義娘を思い出したのかも知れません。
「なので、学園での噂に惑わされず、当人を見てご判断いただきたいです」
悩んでますね、ベル兄さん。
今まで恐ろしい事しか聞いたこと無いのだろうから仕方ないかもしれませんが。
どうか噂と言う虚像に怯えずに当人を見て判断してほしいな。
ちゃんと見てくれれば、ぼっちだったりショタ推しだったり見えてくるので。
「……いきなり考えを変えるのは難しいが、努力はしよう。
それに、ラーミルが一度顔合わせているんだろ?
それなのにあの恐ろしさを理解できないというのが正直分からなかった。
……ラーミル。
お前昔この家に遊びに来た爺さん――うちらの大叔父――を覚えているか?
確かお前が五歳位の頃だったはずだが?」
ラーミルさんは、記憶を思い出そうと悩む。
十数秒悩み、ハッと思い出し、怯えだす。
「嫌なこと思い出させないでよ!
あのお爺さん滅茶苦茶怖いんだもの!」
よほど怖いお爺さんだったのだろう。
半泣き状態になっている……可愛いと思ってしまったが。
「俺にとって、【魔王】はあの爺さんより怖い」
「……」
「あの爺さんを知っているラーミルが【魔王】に怯えていない。
その時点で俺はあの爺さんを克服したのかと思った。
まぁ(チラッ)、違ったようだが」
ラーミルさん、むくれてます。
まぁ、それも可愛いんですが。
「となると、俺の【魔王】に対する認識が間違っていた。
もしくは噂に踊らされていたのだろう。
なら月末の顔合わせの時に改めてちゃんと話してみるつもりだ。
……できれば、少しでも怖がらせないようにしてもらえると助かるが」
僕はベル兄さんに最高の笑顔を見せて答える。
「無理です。
アゼル兄は一切怖がらせようとしていません。
当人に言ったら『あれ以上どうしろと!』と頭抱えてしまうでしょう。
できるなら、顔については当人も気にしているのであまり言わないで頂けると」
「……そうか」
絶望に沈むベル兄さん。
正直慣れてくださいとしか言えませんが、まぁ頑張ってください。
その後は会話も途切れ途切れになり、なんとなく昼食会を終え帰ることとする。
ベル兄さんの表情からはまだ恐怖を拭えていないようにみえた。
だが、月末顔合わせ後にどんな表情するか正直楽しみではある。
「……ごめんなさいね」
「何がです?」
「兄がアゼルさんとカールラ様に失礼なこと言って……」
「気にしないでください。
アゼル兄が怖がられているのはよく聞きますし。
ちゃんと会話した人は大抵謝罪しますね。
誤解していた、申し訳ないって。
多分、ベル兄さんも同じことするでしょう」
過去何度か見ているので僕としては慣れたものですが。
「ちなみに、フェーリオもアゼル兄にビビってた頃がありますよ?
最終的には慣れたようですけどね」
「慣れって……」
まぁ慣れとしか言いようがないからなぁ。
その日はラーミルさんをチアゼム家に送る。
ジル嬢からは「お泊りじゃないんですか?」とからかいのお言葉を頂いた。
だがいつもの事だと流しておいた。
次の日、学園でフェーリオにカールラ姉様と会うことができないか相談する。
「正式な婚約でアゼル兄が対応してくれることに決まったんだ。
なんで、カールラ姉様も参加できたら喜ぶかな」
そう言うと、妙ににこやかに本日会えるよう調整してくれた。
なぁ、フェーリオ。
そのにこやかさ加減はなんなんだ?
正直不安なんだが。
学園終了後、まっすぐジャーヴィン家に向かいカールラ姉様とお話する。
まぁ、その前に荒い息と熱っぽい視線を嫌と言うほど浴びるのだが。
僕でこれだとアムルだとどうなるのやら。
「ふ~ん。
つまりラーミルの兄であるベルハルト・ノヴェール……だっけ?
そいつがアゼルと私に怯えていると?
そして【魔王】、【女帝】なんていう懐かしいあだ名まで出してきたと?
当人は恐怖に震えているので叩きのめせと?」
「いやいや、叩きのめすのは無しでお願いします。
多分、いつも通り会ってちゃんと話したら誤解だったというパターンでしょう。
なんで、正直その辺りはあまり気にしないで結構です。
アゼル兄の妻(予定)として僕の正式な婚約書類作成に協力頂ければと」
「アゼル兄の妻(予定)」の部分で他人には見せられない表情を見せてきた。
気持ちは分かるけどあまりその顔他の人に見せない方がいいですよ。
一緒についてきたフェーリオ&ジル嬢が怯えています。
「姉上、【女帝】なんて呼ばれていたんですね」
バ、バカッ、フェーリオ!
何いきなり言い出すんだ!
説明以上は触れないようにしてたのに!
カールラ姉様がブチ切れても助けないぞ!
ほら、ジル嬢も微妙にフェーリオから離れていってるぞ!
「フェーリオ、後でお仕置きよ!」
「えぇ!」
ほらぁ……。
予想通りじゃねぇか。
「とはいえ、懐かしいあだ名ね。
学園以降は聞いたこと無かったから正直忘れかけてたけどね。
まだ覚えている人がいたのね」
しみじみと懐かし気に語るカールラ姉様。
「姉上、その頃の話聞かせてくださいよ。
以前聞いてもナイショとしか言われなかったので、興味あったんです」
フェーリオ、お前チャレンジャーにしか見えないぞ?
ジル嬢も驚いてるぞ?
これ、仮にカールラ姉様がブチ切れたらフォローするの僕?
巻き添えは勘弁してほしいんだけど?!
ほら、カールラ姉様の眼が座ってきてるぞ!
って、フェーリオ、なぜこっちを見る?
ヤバいと思うのなら止めりゃいいのに。
あ~、もう!
「カ、カールラ姉様、アゼル兄との馴れ初めってお聞きしてもいいですか?」
カールラ姉様の眼が乙女の瞳に変わった!
ヨシッ!
ジャーヴィン家殺人事件回避!!
フェーリオ、安堵のため息をつくよりこれ以上危険な発言は止めてくれ。
僕の寿命まで短くなりそうだ!
「あぁ、あの頃は私の周りに同格の存在がいなかったのよね。
なので学園生側代表となることが多くて……。
入学式から卒業パーティまで面倒だったわ」
溜息をつきつつ説明してくれる。
確かに、今の僕たちの代は侯爵家関係者が四名もいるからなぁ。
入学式はバキュラー家の方が対応してたよね?
国王派はフェーリオとジル嬢。
中立派はバキュラー家の方。
貴族派はディーマス家の方が対応してる。
カールラ姉様からしてみれば楽そうで羨ましかろう。
「それでも友達を増やしたり――」
ショタ仲間ですね、分かります。
「他派閥の淑女たちと交流したり――」
ショタの啓蒙活動ですね、分かります。
「皆で一緒に王都の甘味屋でおしゃべりしたりしたわね」
王都内偵察活動ですね、分かります。
甘味屋なら野良のショタが来る可能性高いですし。
まぁ口には出しませんが。
「そんなことをしていたら【女帝】なんて言われちゃってね。
ただ仲の良い子たちと一緒にいただけなのに……」
団結力強そうですものね。
婚約者なり彼氏なりにバレないようにするには周囲の協力が不可欠でしょうし。
ある意味、秘密結社?
「で、そんな頃に男性たちの中で【魔王】なんて呼ばれた人物がいると聞いてね。
ちょっと覗きに行ったのよ。
ちょうど剣技の時間だったらしくてクラスで模擬戦していたの。
でも、何と言うか、大人と赤子のような感じでね」
まぁ、アゼル兄が本気出したら騎士科の面々でもボコるだろうけど。
「それも私のような素人から見ても手加減されていると分かるくらいだったわ。
それと、顔の厳つさから周囲は怯えていたわね」
そりゃあアゼル兄の得意武器は大剣だからねぇ。
それに加えて、学生の時点で現役の騎士に互する位の戦闘能力あるからなぁ。
領主科の人たちでは戦いにならんでしょ。
手加減して当然だし、相手が怪我でもされたら何言われるか分からないもんね。
「その時はちょっと可哀そうな人だなって思ったんだ。
けど、その後学園内でチラチラ見てたら一人ボッチだったのよね。
私は淑女科だけど、別科の人間でも分かっちゃうくらいのボッチだったの」
でしょうね。
強すぎると引かれちゃうんですよね。
加減すると「バカにしてんのか!」とか言い出すしねぇ。
怪我させたらイジメだとか言い出すし。
アゼル兄の学園の生活は本来の実力を発揮させられない状態だったんだろうな。
僕は悲しみを顔に出さないように無言でいた。
でも、カールラ姉様にはバレていたかもしれない。
いつものショタを漁る目ではなく優しい視線だったから。
「なので、アゼルを見つけて一言言ったの。
『ジャーヴィン家長女として命じます。
私の護衛をしなさい!』
ってね」
ゲ ホ ッ !
え、本当に?
「『昼食時と放課後だけでいいから!』と言ったら困惑しながら受けてくれてね。
それからかな、アゼルの笑顔が少しづつ見れるようになったのは。
そして、少しだけアゼルをちゃんと知ろうと努力する生徒が出て来たわ」
懐かしく、楽しい記憶を思い出しているカールラ姉様は美しかった。
ラーミルさんほどではないにしても。
「でも、どの時代でも愚かな学生はいたのよ」




