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本日二話目です。
明日また二話程投稿する予定です。
翌日、フェーリオとその婚約者から情報を聞くことができた。
ちなみに婚約者はチアゼム侯爵家令嬢ジル・チアゼム。
国王派文官貴族トップ、チアゼム家のご令嬢で学園淑女科のトップでもある。
「あの方の名はグリース・セリン。
うちの寄り子であるセリン伯爵家の長女ですね。
婚約者はいるようですが、どなたかまでは存じ上げませんわ」
「へぇ、チアゼム家でも掴めなかったのかい?」
「えぇ、過去にうちの親族の子爵家次男が婚約申し込みをしましたわね。
ですが、既に婚約者がいると断られております」
フェーリオとジル嬢の会話に気になるところがあったので僕は会話に割り込む。
「その申し込みっていつ頃です?
確か、五年前にうちと婚約したとか言ってたけど」
「二年前なので齟齬はありませんわね」
齟齬があることを期待していたんだが、ダメだったか。
「婚約者と王都でパーティとかに出たという話はありますか?」
「聞いたこと無いですね」
「ダメですか」
こっちもダメなら後情報得るルートが思いつかないなぁ。
あれ?
なんか思い出してきたぞ?
「なぁ、セリン家ってあのセリン家?」
「あのが何処を指しているのかにもよりますが?
『善人の家』とはよく言われてますわね。
まぁ、だからこそ側近にはせず取り巻きレベルで止めているのですが」
「善人の家」
当主の人格は文句なし。
ただ、当主の能力は期待できない。
それを揶揄した言葉。
そんなあだ名をつけられる程周りの家から舐められているということだ。
「まぁ、これ以上は悩んでも仕方ない。
親父さんが来るのはどのくらいになりそうだ?」
「よほど運良くて六日だな。
一応八日で考えているけど」
「ならそれまで俺たちと一緒に行動するか?」
フェーリオの提案はとてもありがたい。
ただでさえ食堂で「婚約破棄された男」と言われ変に有名になってしまった。
それに一部の女子からは女の敵扱いされ始めている。
ただ……。
「気持ちはありがたいがそれは断る。
代わりと言ってはなんだが、頼みたいことがある」
「……それは俺にできることか?」
「むしろ、お前がやらないといけない。
それと、ジル嬢も同じ条件で頼みたいのですが?」
「あら、わたしもですか?」
「えぇ、条件は――」
その条件を二人に説明すると、ものすっごい表情で僕を見てきた。
無理に言葉にするとしたら「アンタバカァ?」だろうか?
「そこまでやるのか?」
「そんな無理しないでいいのですよ?」
二人が心配してくるが――
「ちょうどいい機会だと思うんだが?」
――と、真顔で聞くとフェーリオが少々怒りを交えた声で聞いてくる。
「それやってお前が危険な目にあったらどうすんだよ!」
「【狂犬】がちょっと暴れるだけだよ?」
真面目に答えてやったのにフェーリオに呆れられてしまった。
ちなみに、先のレストとの会話でも出てきた【狂犬】の異名について。
以前、フェーリオとジル嬢がデートしていた時。
襲い掛かろうとした暴漢二名を叩きのめしたことに由来する。
当時、取り巻きとして僕を含めて数人傍にいた。
だが、運悪く護衛として行動を取れるものがいなかった。
他の取り巻き共はフェーリオたちを守らずに逃げ出してしまった。
そこで体張って二人を守った結果、側近の末席を頂いている。
ただそのやり方が……後から考えるとまずかった。
殴る蹴るだけではなく目を抉り喉笛に噛み付く。
衛兵が来たときには暴漢が被害者と思われていた。
フェーリオが根気強く衛兵に説明してやっと信じてもらえたという。
ちなみに、ギリ殺していなかった。
あともう少しだったみたいだが、善意の医者が助けてしまったらしい。
チ ッ !
なお本件については多方面から色々言われた。
学園長から雷を落とされる。
ジャーヴィン侯爵からはお褒めの言葉を頂く。
王都の衛兵長からは『行動は正しいがやり過ぎだ!』という言葉を貰っている。
まぁ側近の末席につけたのもあるので差し引きプラスかな。
「ニフェール様?
本当に危険……はあるのでしょうけど、命を落とすことはないですわよね?」
「流石に命落とす程度の事は僕もゴメン被りたいです」
まぁ、こんな言葉で信じてくれるとは思っていないが。
「予想だが、今回は愚か者が僕を悪者に仕立て上げるべく噂を広める。
もしくは、直接クズ呼ばわりしに来るくらいじゃないかな。
それなら決着つくまで我慢しておけばいいかと」
微妙に二人とも悩んでいる。
「決着ついても言い出す輩は……まぁ【狂犬】と戯れてもらいましょうか」
こちらのヤル気を理解してくれたようだ。
二人とも渋々ではあるが協力を約束してくれる。
いや、持つべきは(権力のある)友達だな。
その間女子生徒からのクズを見るような視線、男子生徒からの嘲笑に耐える。
こちらも可能な限り他の奴らと接しないよう気を付けていた。
とはいえ、グリース嬢もベラベラと話しているようで噂は広がる一方。
鎮静化させるのも難しくなってきた。
ただ、クズ扱いする奴らの中にはフェーリオやジル嬢の取り巻きもいた。
レストたちが言いふらしているのを見たそうだ。
予想通りと言うかなんというか。
そして八日後に返信が届き、大急ぎで読んでみる。
予想を超える回答を貰ってしまった。
ちょうどフェーリオ&ジル嬢と一緒にいたのでそのまま手紙の内容の話に移る。
「さて、何て書いてあったんだ?」
「まず、僕に婚約者がいない。
そこは認識合っていた。
ただ……弟の婚約者があの女だったらしい」
「えぇ!」
「嘘でしょ!
弟さんまだ小さいんじゃなかったでしたっけ?」
二人ともとても驚いているが、それは僕も同じだ。
これ読むまで弟に婚約者がいたことも知らなかったしなぁ。
普通、家族内で情報共有するだろう?
「言いたいことは分かるが、事実らしい。
ちなみに十歳なので婚約していてもおかしくない。
そして弟が婚約していたこと、僕は今まで情報を貰えてなかった……」
二人ともそんな痛々しそうな表情でこっちを見ないで欲しい。
流石にダメージがデカすぎる。
「んで、この件でセリン家に伺うから同席しろと書かれている」
「ん~、同席はまぁ仕方がないかな。
なんせ無関係なのに罵られ、学園での立場を最悪な状態にされたんだ。
最低でもその点については学園で謝罪はしてもらわないとな」
「そうですわね、でもちょっと気になるのですけど」
「なんだい?」
ジル嬢が顎に指を当て懸念点を説明してくれる。
「食堂でのやり取りを聞く限り、会話の中に弟君の名前は出てないんですよね?」
「「……あっ!」」
「もしかしてあの令嬢、婚約相手勘違いしてません?
婚約したのは弟君だけど、当人はあなたと婚約したと思ってたとか?」
僕はフェーリオと顔を見合わせ、互いの視線で通じ合う。
(ありそうだよな)
(可能性高そう)
「あ~、正直可能性は高そうですけど……」
「けど?」
「その場合なぜ我が家なのかが分からないのですよ。
弟の婚約まで家同士でのやり取りが無かったようなんです。
なので、父上も婚約の話を聞き困惑していたようです」
元々文官系のセリン家と武官系のジーピン家。
それに加え寄り親は別。
これで突然婚約なんて話がでるなんて予想はできない。
「まぁそうでしょうね。
セリン家は我がチアゼム家の寄り子で伯爵家。
普通だったら男爵家と婚約するのは無いとは言いません。
ですがセリン家側に利が無いと判断されますわね」
「でしょうね。
こちらもそう考えていたのですが」
ジル嬢と一緒になって首を捻る。
「それに加え、セリン家でもグリース嬢がどこから我が家を知ったのか。
そのあたりが不明のようで皆が困惑する事態だったようです。
まぁそれでもグリース嬢の希望――というか我儘――を通したようですが」
「正直【狂犬】を婚約者に求めるタイプには見えないがなぁ」
「その異名と色恋沙汰を合わせるのやめてよ、恥ずかしい。
元々兄さんたちからは愛玩犬扱いされてたんだから恥ずかしさが増すんだよ」
ニヨニヨするフェーリオ。
恥じる僕。
そしてそれを見守り楽しむジル嬢。
どう見てもカオスだった。
「ちなみに武門貴族より文官貴族を求めそうなタイプに見えましたけど。
違いますか?」
ジル嬢に問うと困りつつも返答をくれる。
「確かにうちの寄り子たちは武門貴族に嫁に行きたがる人は珍しいですね。
ただ、グリース嬢の情報が少なすぎて判断できる情報が無い。
むしろ、この後修道院に向かうと言われた方が信憑性があるんですよね」
「そこまでですか?」
「婚約しているという情報が無ければあまり目立つ行動を取っておりませんの。
関心がないのかとも思ったのですが」
皆で頭を抱えるが理由を思いつけずに結局同席して出たとこ勝負となった。
後で結果報告は求められたが、それは仕方ない。
家の恥を晒すことになるかもしれないが報告漏れの方が怖い。
「……ちなみに、あっちの方は?」
「悲しいが入れ食い状態だ」
「うちもですわね。
まぁ、配置変換の検討はもう始めておりますわ。
この件が片付いたころには新体制で始動できますわね」
「やっぱりあったのか。
まぁそこはお二人にお任せしますよ。
どうか、有効利用してくださいな」
それから数日後の夕方。
父であるアダラー・ジーピン。
そして弟であるアムル・ジーピンが領地からやって来た。
二人とも目に見えて分かってしまう位疲労が濃い。
「お久しぶりです、父上。
それと、アムル」
「うむ、ニフェール、息災だったか?」
「えぇ、今回の事が無ければ平和に学業を修められる予定でした。
事前にアムルの婚約を教えておいてくだされば……。
そうすれば、ここまでこじれることも無かったのですがね?」
嫌味ついでにちょっぴりキツいことを言う。
流石に迷惑をかけたことを反省しているのか――
「……すまない」
――と、あっさりと謝罪した。
ここで追い打ちをかけるのも手だが、それよりも優先すべきことを成すべきだ。
悲しみの最中にあるアムルに近づき、優しくハグする。
「アムル、元気だったか?
あのバカ女にいきなりふざけた連絡受けて辛くなかったか?
辛かったろう、怖かったろう、悲しかったろうなぁ。
ごめんなぁ、兄ちゃんあれがアムルの婚約者になってたなんて知らなくってな。
本当に父上の頭の中が空っぽすぎて呆れてしまうよ。
知ってたらあの女の目を抉り耳鼻を削ぎ顔の形が変わるまで殴り倒したのに!」
心配する僕に弟は「大丈夫です、兄上!」と神々しい笑顔を見せてくれた。
なぜかヒかれているようだが?
なぜか、焦っているようにも感じられたが多分気のせいだろう。
アムルを慰め(個人の認識です)た後、父上と実家側の情報を交換する。
「アゼル兄やマーニ兄はどうしたの?
よくあの二人を置いてこれたね?」
「あいつらは準備を始めている」
ん?
「回答如何ではセリン家に特攻も辞さないと言っている」
「あぁ、そりゃそうだろうね。
ただ、一緒にセリン家を滅ぼしに来ないのが分からない。
いつもなら既に処してるでしょ?」
「だが、今回の婚約の経緯が単純にセリン家壊滅で済む話ではなさそうだ。
なので待機してもらっている。
個人的にはグリース嬢一人の暴走に感じているのだよ」
「まぁそうだろうね。
それでもあの二人が大人しくしているというのが信じられないんだけど」
「……アムルが泣いて止めた」
「あぁ……」
うちの家は兄弟仲がいい。
特に末っ子のアムルに対して。
僕を含めた年上の三名はとてもかわいがっている。
そう……とても。
領地でアムルをイジメた輩には?
僕が顔の形が変わるまで殴り倒す。
領地でアムルを誘拐しようとした輩には?
マーニ兄が身体の骨を砕きまくる。
領地でアムルに(性的に)襲い掛かろうとした輩には?
アゼル兄が胸と股間を削ぎ落す。
……一応記載するが、アムルを狙うのは男女問わずだ。
まぁ可愛いからなぁ。
僕たちの不断の努力の結果、アムルは無事素直で優しい男となった。
ただ同時に……。
アムルを害しようとする輩に対しても慈悲を与える。
そんな聖者のような心を持ってしまった。
それが一概に悪いわけではない。
だが、優しすぎることからそれにつけこむクズが湧いて出てくるのは確実。
なので、兄三人でゴミ掃除(比喩表現)をしている。
だが、アムルは僕たちのゴミ掃除(比喩表現)にストップをかける。
その優しさをもって泣いて止めてくるのだ。
僕たちはその涙に勝てず、諦めるしかなくなる。
ちなみに、上の兄たちもなぜか学園であだ名を付けられたようだ。
アゼル兄は学園で【魔王】、マーニ兄は【死神】と呼ばれていたようだ。
それに比べれば僕の【狂犬】なんて実際は【愛玩犬】程度のものだろう。
その後、二人を宿に案内しセリン家と予定を合わせる。
結果、明日朝から会談を開くことになった。
その情報はフェーリオとジル嬢にも報告しておく。
ついでに明日の会談後に会えるよう調整した。
ジーピン家四兄弟の顔のイメージですが、以下のような感じです。
アゼル:強面:100%
ニーロ:強面:70%、愛嬌30%
ニフェール:強面40%、愛嬌60%
アムル:可愛さ100%(大きくなると愛嬌100%へ)
===========
【チアゼム家:国王派文官貴族:侯爵家】
・ジル・チアゼム:侯爵子女、フェーリオの婚約者
→ 血管拡張薬の名称ジルチアゼムから
【セリン家:国王派文官貴族:伯爵家】
・グリース・セリン:伯爵子女
→ ニトログリセリンから
【ジーピン家:国王派武官貴族:男爵家】
・アムル・ジーピン:男爵家四男(末っ子)、ニフェールの弟
→ アムロジピン(高血圧の薬)から
・アゼル・ジーピン:男爵家嫡男(長兄)、ニフェールの兄
→ アゼルニジピン(高血圧の薬)から
・マーニ・ジーピン:男爵家次男、ニフェールの兄
→ マニジピン(高血圧の薬)から