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◇◇◇◇
あ~あ……。
ただでさえ、今日の朝にあれだけ悲しんだニフェール。
それに対して、ここまでクリーンヒットする発言しちゃった。
そりゃアイツ泣くよな。
多分一番欲しい言葉だったんだろう、そして一番想定外な言葉だったんだろう。
それに初期段階であれだけ厄介だと判断していた街の住人。
一部とはいえこんなこと言われたら、そりゃクルだろうなぁ。
だが……表情変えずに泣くのは止めておけ。
マジで皆怖がってるぞ!
「あ~、マーニ殿。
ニフェール殿のことどうします?
それと、あちらの農民たちも困惑してますよ?」
「仕方ない、俺の方から説明しますよ」
農家の面々の方に向かい、軽く自己紹介する。
「あ~、先ほど騎士代表と名乗った者だ。
だが、今はその立場ではなくニフェールの兄として発言させてもらう」
……なぜそこまで驚く?
兄弟に見えないか?
「ニフェールはあまりこういうのに慣れてないんだ。
なのでさっきの皆の礼に困惑、そして喜びが混ざっちゃってる。
それに加えて、ちょっと驚いてしまったというのもある。
まぁ、それは俺達もだが」
「驚きでございますか?」
先ほど農家代表として話していた奴が聞いてくる。
「この街、アンドリエ商会の奴らを名士として崇めていたろ?
その商会を潰し、犯罪者として捕らえるのが俺たちの目的だ。
だが、そうなると街の住民が暴動を起こすんじゃないかと気にしていてな。
それが名指しで礼を言われるとなりゃ、そりゃ驚くし喜ぶさ。
まぁ、当人も今の事態を飲み込み切れていないんだと思う」
「あぁ……確かに」
それ以外にも朝に全力で泣いたことも影響しているとは思う
まぁ、あいつの為にもそこは黙っておこうか。
そんな会話をしているとやっと落ち着いたようだ。
「ニフェール、落ち着いたか?」
「あぁ、うん、大体落ち着いたと思う。
どのくらい呆けてた?」
「数分程度だな。
その間に簡単にお前の状況を推測交じりで説明しておいたぞ」
「わかった、なら、あの人たちに礼を言っておしまいかな?」
「そうだな、ニフェールの泣かせる言葉を聞かせてやれや」
「……さっきの仕返しでしょ、全く」
そんなこと言いつつ、笑顔になってるぞ、ニフェール。
農家の皆の前に立って、礼を返そうとする。
「皆さん、私たちの対応を認めていただきありがとうございます」
うん、うん。
「この後の裁判でもわたしたちは法に基づき、適正に対応いたします」
うん?
なんか……あれ?
なんかアクセント違くない?
「そして、この街でやらかした騎士たちもちゃんと処罰しますので……」
え、おい?
ちょっと待て!
なぜシナ作ってる?
「期待してくださいね♡」
待て、それ女装ニフィの動きだろぉ!
ウィンク&投げキッスしてないだけましだけど、確実に近い状態になってるぞ!
こいつ、変なところで混乱してやがる!!
◇◇◇◇
農家の方々がなぜか顔赤らめながら広場から出ていく。
次の裁判の為、一時休憩。
「ニフェール、お前本気で落ち着け、ニフィ入ってたぞ?」
「え゛?
どのへんで?」
「自分で感づいてないのかよ!
農家の面々に最後に発言してたろ?
その時に初めは良かった。
だが、なぜか途中から女装ニフィの表情が浸食していったぞ?
最後は確実にニフィだった。
アイツらが顔赤らめてるのはそれが原因だ」
うっわぁ、予想外。
深呼吸して心を落ち着かせる。
僕はニフェール!
今はニフェール!
化粧してないんだから、今、僕はニフェール!!
「ちなみに、暗殺者って見つけた?」
「お前の無表情号泣事件の事があったから調べるの止めてたよ。
でも、サバラ殿が読み上げている間には何も見つからなかったな」
「ふむ、とりあえず継続して探そうか。
次はズブズブたちだからサバラ殿メインだし、監視重視でいこうか」
「そうだな」
そうしてズブズブ組の裁判が始まるが……なんかあっさりと終わってしまった。
え、何で?
「多分、最初の農家たちが全面的にこちらが善であるという発言をしていること。
それと、返済について可能な限り彼らの事情を考慮した成果だと思いますよ?
無茶なことしないで済むレベルに落とし込んだ努力が実ったってことですね♪」
サバラ殿に説明を受ける。
そう言われると照れちゃいますね。
「とはいえ、最後の商人は騒ぐかと思いましたが、こちらもあっさりですね」
「そちらは……多分ですが。
最後のアンドリエ商会と一緒に扱われないように大人しくしているのでは?
下手な行動取った場合、街の面々からアンドリエ商会の回し者扱いされかねない。
そうなると王都で処刑が当然と言い出す人もでるからじゃないかな?」
「なるほど、自分の身を守るためってことですか」
まぁ、正直あの商会がどうなろうと知ったこっちゃない。
僕的にはどうでもいいんだけどね。
「ちなみに、マーニ兄、見つかった?」
「いや、そっちは?」
「全く。
ちなみに、ティッキィも見当たらない。
流石マギーのおっちゃんが傍に置いただけあるよ」
まだ動いてないだけかもしれないけどね。
「ちなみに盾役の方は?」
「俺だよ、ニフェール殿」
反応してくれたのはペスメー殿。
無駄にでかい盾用意しましたね。
「んじゃ、僕がいたところをペスメー殿お願いします。
僕はマーニ兄の場所にいますんで」
「承った」
そうしている間に第八部隊の元騎士たちが枷を付けられた状態でやってきた。
逃げられないように腰辺りに縄を付けて繋がっている。
誰か逃げようとしても他の奴らが重しとなって動けないってところか。
ぎゃあぎゃあ騒いでいるのが数名、残りは沈黙している。
その次にアンドリエ家とダイナ家の面々が連れてこられた。
捕らえられた状態で見物しやすい場所に配置される。
騒ぐことは無いが、カロリナ嬢は目が爛々としている。
自分を強姦しようとした奴らの処刑だからなんだろうな。
「さて、次の裁判はすでに話した通り。
王都から来た騎士たちの一部がカロリナ・アンドリエ嬢への強姦未遂の件。
とはいえ、この件は既に斬首と決まっている。
この場を借りての処刑となったのは事前に説明した通り。
国がこのようなクズ共を許すことは無いことを街の皆に理解してもらうためだ。
……マーニ殿、この場の仕切りを頼む」
「承った。
さて、第八部隊の恥さらし共。
……いや、第八部隊でもお前らよりマシな奴がいたな。
第八部隊でも最低最悪のクズ共、こちらの呼称の方がよさそうだ」
煽りますねぇ、マーニ兄。
ま、遠慮なく憂さ晴らししてください。
僕はその間に周囲の監視っと。
「何で、俺たちが捕まんなきゃいけねぇんだよ!」
「いや、犯罪犯したからだろうに。
知らんのか?
強姦は未遂であっても犯罪だぞ?」
あ、ティッキィ見っけ!
って、かなり近い家の所に隠れてやがった!
にこやかに手を振って来たんで周囲にバレないように軽く手を振り返す。
「犯罪者を躾けてやろうとしただけだって!」
「強姦して躾けるなんてやり方が許されると何故思った?
許されるはず無かろうに……」
鐘楼……無し、手前……無し、青いズボン……無し、商会の屋根……無し。
もしかして、より狙いづらいけど見つかりづらい場所を選んだのかな?
「はっ、俺たちの親に言えばそんな程度のこともみ消せるんだよ!」
「その親はここにはいないぞ?
俺の大鎌を止められるようには感じられないがな?」
本当に見当たらないなぁ、もしかして屋根じゃない?
例えば家の中で射線が通る場所とかか?
「お、俺たちを殺したら親がお前らを……」
「だから、この場にいねぇんだから気にすんなよ。
それと、王都でこの件について報告したらどうなるか想像つかんのか?
陛下やジャーヴィン侯爵が確実に激怒してお前らの家まとめて潰すだろうよ」
……おいおい、まさか、あれか?
確かにあの位置ならこの場所、僕ら三人狙えるな。
けど、それ以外のとこは狙えないよな。
なら、ベル兄様たちはほんの少しだけ離れたところに配置しよう。
そうすれば狙われることは無いだろう。
「まぁ、陛下に奏上して俺たち兄弟が殺すことを願ってみようかとも思うがね。
本来精鋭部隊を頼んだのにお前らのような超ドクズを派遣されてなぁ。
こっちもいらだってんだ。
陛下たちも想定外のことに驚き呆れているだろうよ」
って、あの場所、もしかしてアンドリエ商会の二階の商会長室の辺り?
確かにあの商会の周辺から広場までは一つを除き射線を遮るものは無いな。
確か、樹木一本だけだったはず。
だが、あの蠅が大量に湧いているはずの所を使うとは……ある意味勇者だよ。
あ、蠅払ってるし。
「まぁ、どっちにしてもお前らの家の力なんぞ使えなくなる。
お前らの今回のやらかしのせいでな」
ん?
ってことは途中射線遮っているあの樹をわざわざ枝切り落としたのか?
頑張ってるなぁ。
まぁ、その努力は無駄になるけど。
「さて、どうせお前らの事だ。
裏事情とか何もなく、ただの性欲発散。
それと貴族であるということを勘違いして暴走したのだろう」
「勘違いってなんだよ!」
「貴族だからと言って法を守らなくていいってことは無いんだよ。
陛下だって法を守っておられるんだぞ?
それなのに、お前らがどうして守らなくていいと思ったんだ?
あり得ないだろうに」
というか、狙撃する奴が集中できそうにないところを選ぶって余程下手?
それとも、蠅如きで集中力切れない程の実力者?
……どうも前者にしか見えないんだけどなぁ。
「まぁ、いくら言ってもお前らの頭では理解できないだろう。
だから簡潔に一言。
こ こ で 死 ね ! 」
あ、お前、クロスボウ持ちながら蠅を払うって……本当に暗殺者か?
やっぱこいつ素人に毛が生えた程度なんじゃねぇの?
狙撃の経験はあるけど、あまり苦労したこと無いんじゃね?
どこでも狙えるとか思ってるんだろうなぁ。
確実に成功させるための努力を放棄しているようにしか見えない。
流石にカル達でこんなバカなことしないだろ?
マーニ兄の大鎌で切り裂く音と叫び声が聞こえるけど、まぁ放っておこう。
多分今、めっちゃ楽しんでいるだろうし、邪魔するのは悪い。
「……マーニ殿、終わったか?」
なぜか呆れた感じのサバラ殿の声が聞こえる。
「あぁ、十分楽しんだぜ!
ニフェール、ちゃんと俺の宣言聞いてたか!」
「あ、ごめん、聞いてなかった……」
ガックリ項垂れるマーニ兄、笑いたいけど全力で我慢しているサバラ殿。
傍から見てたら訳分からず、会話が聞こえていた者は僕に非難の視線を送る。
流石にかわいそうなので、近づき、マーニ兄の頭を撫ぜつつ情報共有する。
あ、当然周りに聞こえないように小声でね。
「暗殺者見つけた。
ティッキィの方も、別の方も」
「三つのどこだった?」
「全然違うとこ、アンドリエ商会の二階だった」
「え、あそこ結構使いづらくないか?」
「僕もそう思ったんだけど、なぜか……。
塞いでた枝を切り落として無理矢理射線作ったみたい。
ちなみに、今は蠅と戯れているみたい」
ニンマリ嗤うマーニ兄。
「愛し合う二人を邪魔するのは忍びないがな」
「蠅、何百匹もいると思うよ?
純愛じゃなく強姦系なエロ話に感じるんだけど」
「あぁ、ニフェールがこんなこと言うなんて、どこで道を誤ったんだ?」
「カールラ姉様やロッティ姉様の暴走を間近で見ていてじゃないかな
もしくは僕とアムルを女性陣皆で女装させた挙げく視姦してたときとか」
ゲ フ ッ !
あぁ、そんな演技いらないから。
それに、ロッティ姉様の暴走はそれなりに自覚してるでしょ?
マーニ兄の頭を撫ぜるのを止め、死体の片づけを指示して元の配置に戻る。
「マーニ兄、見えた?」
「なるほど、確かにいるな。
とはいえ、狙えるのは俺達三人だけだな」
「下手に他に影響するより楽じゃない?」
「そりゃそうか。
ノヴェール家の面々は射線に引っかからない位置で待機してもらおう」
「了解、こちらでやっておくよ」
会話を終わらせ、ベル兄様とラーミルさんを迎え入れる。
ついでにカルも来たことだし、軽く指示を出しておくか。
「まず、ベル兄様とラーミルさん。
ここよりこちらには来ないで。
狙撃の射線に重なるから」
「かしこまりました」
「それとアイツらがグダグダ言い始めたら遠慮なく言葉責めしてあげて。
僕は暗殺者消すまでそっちに意識を向けられる自信が無いから」
「ええ、遠慮なく♪」
めっちゃ楽しそうですね、ラーミルさん。
「カル、ティッキィの場所分かる?
あそこの家の辺りに隠れてるんだけど?」
「あぁ、分かるぜ。
実力衰えてないなぁ……」
何しみじみと呟いてるのやら。
「んで、ティッキィに指示出せる?
『まだ動くな』と『動け』の二つでいいんだが?」
「そりゃできるが、何故?」
「別の暗殺者が動いたタイミングで動いてもらおうと思って。
指示出しをカルに任せたい」
「……その位なら大丈夫だろう。
すぐにハンドサイン送る」
不自然に見えないように手をヒラヒラ動かす。
そうすると、ティッキィ側もサムズアップしてきた。
「そのハンドサイン知りたい気もするけど……」
「知って損は無いな。
ただ、貴族用ハンドサインにアップデート掛けないと、やり取りの内容がなぁ。
侯爵たちの前で『暗殺成功』のサイン使う馬鹿はいないだろ?」
「確かに……今後の検討必要だな」
貴族としても便利なんだよなぁ。
女性からだと扇でのサインがあっても男性側からのサインは無いんだ。
「カルはラーミルさんの一歩後ろに控えて。
僕の腰に装備しているクロスボウを抜いたらティッキィに合図を」
「分かった、任せろ」
指示も終わり、僕も狙撃の射線に自ら入っていく。
マーニ兄も大鎌を構え、サバラ殿を守る気マンマン。
ここまで準備に手間かけたんだ、後はハッピーエンドに突き進むのみ!
サバラ殿もこちらのヤル気に当てられたのか高揚した表情で宣言する!
「これより、スホルム領主グリス・ダイナとその夫人。
アンドリエ商会商会長イマエル・アンドリエ。
アンドリエ商会副会長カロリナ・アンドリエの簡易裁判を行う!」




