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大体話も終わり、馬を預かりに宿の裏に回る。
「ちなみに、カル達がそちらにお世話になるんだよな?」
「ああ、と言っても弟の所にだがな」
「いや、ちょっと済まないのだが……カルの尻を叩いてやって欲しい。
いつまでルーシーを待たせるんだってな。
弟君は対応してくれそうだが、たまにでいいからアンタも言ってやって欲しい」
ティッキィがマーニ兄に頭を下げ始めた。
カル、そこまでやってもらって恥ずかしく無いの?
……って顔真っ赤だな、羞恥心はあるんだ。
「あまり口出しし過ぎるとニフェールの立場が無くなる。
だからたまにになるが、それでもよければ協力しよう」
「本当にありがたい!
正直女性がダメなんじゃないかと不安でしょうがなくてな……」
カル、マジで立場無いぞ?
「あ~、ティッキィ殿、マーニ兄。
一応昨日の襲撃後にご褒美くれてやれとルーシーとナットには伝えているんだ。
……ちなみにどうだったんだ?」
ルーシーとナットの方を見るとオーガとサキュバスが並んでいた。
ちなみにルーシーがオーガ。
……嘘でしょ?
「ね、ねぇ、ちゃんとカルとカリムにご褒美あげたんだよね?
キスとかでいいんだよ?」
「……ニフェール様、アタシはカリムにご褒美上げたよ♡
でも、ルーシーはカルが……」
「カルが?」
「感づいた時点でビビって逃げてた」
ピ キ ッ !
ピ キ ッ ! !
僕とティッキィが同じタイミングで頬が引き攣った。
「ちなみに、その日の夜にラーミル様がニフェール様にご褒美を――」
「――はい、その話はしなくていい!
今はカルの話だけ!」
やっぱり聞いてたのか!
顔真っ赤になるじゃねぇか!
……マーニ兄、ニヤニヤしてんじゃねぇ!!
……ティッキィ、マーニ兄に「ラーミルって?」って真顔で問いただすな!!
「カル、なぜそこまで逃げる?」
「い、いや、その……心の準備が……」
モジモジしないでくれ、乙女か!
むしろ乙女の方がまだ積極的なんじゃねぇか?!
「なぁ、カル。
実は性別問わず別に好きな人がいるのならさっさと言ってしまえ。
ルーシーを待たせるな」
「い、いや、そんな相手はいない!」
その一言でルーシーが喜んでいるというのに、全然気づいてやがらねぇ。
周りも皆呆れかえっている。
「なら、そんな激しいご褒美でもするつもりだったのか?」
ルーシーに聞くと衝撃の事実が!
「……頬にキス」
「それだけかい!
……ちなみに、カルに何するかは言ったのか?」
「一応宣言したわよ?
で、キスしようとしたら走って逃げた」
「カ~ル~!」
横から見ていたティッキィも頭を抱え呻き声しか出てこない。
これ、マジでどうしよう……。
「ニフェール、この仕事の後の複数人デート覚えてるか?」
「覚えてるけど、カルも参加予定だよ?」
「そこで条件付けたらどうだ?
例えば『キスするまで帰ってくるな』とか?」
「本気で帰ってこなさそうで……」
「あぁ……」
マーニ兄の提案もそれなりにいい提案なんだけどなぁ。
「やっぱりルーシーを僕とラーミルさんの子供の乳母にしたい。
だから子供作ってねってのが一番なのかなぁ」
「……その案は既に言ったのか?」
「言ってるよ?
僕の提案を飲む前にさっさと子作りしてもいいよとも言っている」
「それでも動かないのか……」と呟くティッキィ。
言いたいことは分かる、でもダメなんだよ。
「とりあえずこの場での決着はつかない。
というか時間が惜しいのでまた後日にしよう。
ティッキィ殿、馬借りてくよ」
「あぁ、すまんが頼む」
「カル、ルーシー、馬を先に領主館に運んでおいてくれ。
二人乗りしてもいいぞ?」
「おぅ、分かった」
……カルは分かってねぇな、ありゃ。
……ルーシーは分かってるな?
悲壮な表情だが、接点無くすのもなぁ……。
「あれでどうにかなるか?」
「ならないでしょ?
でも、諦めるのはちょっとルーシーがかわいそうすぎるんで」
「だよなぁ……」
マーニ兄もティッキィも、カリムやナットまで気づいているのにねぇ。
「……成功例を見せるしかないか?」
「成功例とは?」
「先ほど話に出た複数人デート、元々別の方の恋愛協力が目的なんです。
そこでうまく成就したのを見て気持ちの変化を期待するくらいかなぁ」
「……消極的だが、今のあいつに積極性を求めるのは無理か……」
ティッキィも半ば諦めの面持ちで呟く。
一歩一歩進めていくしかないんじゃないかなぁ。
その後、ゆっくり領主館に戻ったがルーシーの顔にはオーガが張り付いていた。
カル、勘弁してくれ……。
居残り組から情報を聞くと農家の面々とは一通りケリがついたとのこと。
となると、後はあの商会長か。
とはいえ、アンドリエ商会とズブズブなのは確定している。
なら王都へのお持ち帰りは決定だな。
後の問題は第八部隊ともう一人の暗殺者が何処に陣取るか。
それくらいか?
暗殺者については今更騒いでもどうしようもない。
となると第八部隊だけか。
「マーニ兄、サバラ殿、ちょっといいですか?」
「ん、どした?」
「第八部隊の事についてです。
本日のトップ会談前に各自の部下たちに情報を得て頂けますか?
例えばカタリナ嬢に踊らされそうな人物が出て来たとか?」
「あぁ、そうですね。
特に今日は牢屋との出入りが多かったからそういう輩もいるかもですねぇ」
えぇ、そうなんですよサバラ殿。
できるだけ第八部隊は関わらせなかったんですが、それでもねぇ。
「分かった。
ついでに全体打ち合わせ時に脅しかけとくか?」
「それ、僕やるよ。
中堅文官共の末路教えてやれば最悪の一線を越えずに済むかもしれないし」
一線超えたら、命も現実世界から冥界に飛ぶこと理解してもらわないとね。
戻って来れないこと忘れる人多すぎて……。
「その方針で行くか。
当然お前の方でも調査するんだろ?」
「うん、ベル兄様たちに聞いてみるつもり。
それと、夜中の監視役に仕込みいれといて欲しいな」
「……そうだな、俺が対処しよう」
「いや、マーニ兄がやると後で面倒になる。
僕が暴れるからマーニ兄は止める役を」
後日マーニ兄が騎士をクビになるようなことはさせたくないんだよね。
「……苦労かける」
「気にしないで。
相手が馬鹿なことやらかさなければ何も問題なんて起こらないんだから」
まぁ、やらかすだろうけど。
さて、夕食を終えて全体会議。
「……ということで、明日朝から裁判を行う。
ここで、大半の者達には文官側で調整した額を返済してもらう。
一部の者には王都に連れて行き陛下から処分が下されることになる。
なお、場所の設定とかはこの地の衛兵たちに頼んでいる。
なので、俺たちは罪人を裁判に順に連れて行くのが仕事だ。
何か質問はあるか?」
数人騎士が手を挙げる。
「裁判終わったらすぐにこの街から撤収ですか?」
「いや、明日はここに泊まって、明後日朝出発だ。
そうじゃないと、途中宿に泊まれないからな」
「裁判中の文官方の護衛は?」
「裁判官役のサバラ殿は俺が担当する。
ノヴェール子爵家の方々についてはニフェールとその部下たちが担当だ。
他文官たちは書類運びくらいで、それ以外は表には出ない」
「俺たちいらなくないです?」
「たかだか騎士二十人でどこまで対応できると思ってるんだ?
大したことできんだろ?
だから特定の場所に集中させてるんだよ」
大体質疑応答終わったところで、次はサバラ殿。
「文官側は書類運びと罪人の名前と書類の整合性のチェックくらいですね。
明日は私のオンステージですので大して仕事は無いですよ」
軽く笑いだす文官組。
確かに明日は仕事ほぼ無いもんなぁ。
おっと、次は僕か。
「僕の方は基本護衛役かな。
カル達四名はノヴェール家の方々を守るように。
僕はノヴェール家とサバラ殿の双方を守れるような立ち位置にいる。
ついでに裁判で騒ぐような奴らをマーニ兄と一緒にビビらせるくらいかな?」
「おいおい、まだ戦いがあるつもりかよ?」
また第八部隊の奴か?
「あるんじゃないか?
なんせ、暗殺者を雇う位の奴らだ。
この裁判が最後のチャンスだからな。
ここで襲わずにいつ襲うって感じだし」
「え゛?」
今更何驚いてるんだ?
「まぁ、暗殺者じゃなくて暴動決起のパターンもあるかもね。
どちらにしても戦闘があるという前提で構えとかないとねぇ。
『急に発生したから何もできませんでした~』なんてことになりかねない。
そんな戯言抜かして誰が納得すると思う?
それを防ぐためのサバラ殿を中心とした戦力集中だよ?」
「なんだよ、俺達は守ってもらえないのかよ!」
何言っちゃってんの?
守る側で守られる側じゃないだろ?
「は?
お前ら騎士だろ?
お姫様じゃないだろ?
自分の身位は自分で守れよ。
むしろ、他の文官方を守るくらいの気概をみせろよ、情けない」
僕の正論ストレートを避けられずぶち当たっていくもの多数。
これ、反論したら「騎士辞めたら?」って返されるの確実だから誰も文句言えない。
でも腹立ってるみたいだし不快感が増えてるんだろうなぁ。
「あぁ、それと今日の事になるけど……。
もしかしてアンドリエ商会の兄妹とお話した者がいるかもしれない。
そしてあいつらの口先に惑わされかけている者がいるかもしれない。
一応念の為言っておく」
少し息を吸い、一気に吐き捨てる。
「あいつらは死刑確実な犯罪者だ。
王都に連れて行って説得すれば死を免れるという妄想はあり得ない。
死に方をどれにするかを陛下が決めるだけ、死ぬのに代わりはない」
分かるかな?
アイツらにちょっかい出したり手を組もうとしたら一緒に死ぬからね?
「そしてそんな奴を逃そうとする奴は一緒に死を賜ることになる。
ただし、既に愚かなものが似たようなことをやらかして死刑待ち状態だ。
貴様らも同様のことになりたくなければ大人しくしておくんだな」
「はっ、そんな馬鹿いるわけねぇじゃねぇか!」
また第八部隊か。
まぁ想像通りだけど。
「昨日の全体会議の話になるんだが……。
サバラ殿が農家側に人を割り当てられない理由を言ってたの覚えているか?」
「……何でも人が死んだとか、だったか?」
「あぁ、その通りだ。
そこで言わなかったことがある。
死んだ奴は僕が殺した。
首をへし折ってね」
ザ ワ ッ !
「ちなみに、『股間が寂しくなってる』とかも言ってたね。
あれは僕がそいつの玉と竿握って引きちぎった。
最低でも王都出発時には生きていたはずだよ?
もう、子は成せないけど」
ヒ ュ ン !
「その理由だが、ここの領主だったダイナ家。
その息子が王都で文官やってたんだが、今回の件で犯罪者として捕まった。
それを脱獄させ逃走しようとした馬鹿どもがいたんだ。
運良くそいつらを捕らえたけど、その時に一人殺し一人股間を抉った。
それが真相だ」
なんか、カチカチと音が聞こえるが、何だ?
あぁ、歯を鳴らしているのか。
「文官側でそういうことが起こった。
それを考えると、騎士側でも似たようなことが起こる可能性がある。
なら事前に事情を説明し誤った道に進むのを止める。
これっておかしなことじゃないだろ?」
第八部隊の面々を睨みつけると顔を背けるのと怯えるのが半々ってところか?
背けた奴がいるってことはやっぱりやらかす予定だったんだな。
これで止まればいいが、止まらなかったら……切り捨てるのみ。
できればまともな判断してくれよ?
「さてニフェール、話は終わりでいいか?」
「あ、ごめん、続きどうぞ」
「さて、本日も牢屋の守りのメンバーを指定するか。
最初はビーティをトップとして第二部隊が対応。
夜中は第八部隊が対応。
最後、朝までペスメーがトップで第二部隊が対応。
各自、遺漏の無いようにな。
明日が本番だ、ここでのミスは許されんぞ?」
「ハイ!」
返事してるのはマーニ兄率いる第二部隊の面々のみですね。
第八部隊は予想通り右から左に受け流している。
脳みそに留めとけよ……お前らの命がかかってるんだぞ?
殺すのは僕だけど。
……おや、顔色が悪いのがいるな。
あれは確かインスと……名は知らないけど以前一緒に報告しに来た奴だな。
こちらの意図に気づいたか?
まぁいい、気づいてどう行動するかだな。
こちらに付くか、そっちに付いて死ぬか。
好きな方を選べばいい。
全体打ち合わせも終り、次はトップ会談。
と言っても後は明日の裁判の流れを軽く話しておしまい。
今日襲撃した商会でほぼ話終えたから会話するほどの内容が無かった。
「あ、そういえば。
第八部隊壊滅させたとして、馬車動かすメンバーって足りてるの?」
思いついたことをマーニ兄に聞くと、微妙に悩ましい表情になった。
「御者と言う話ならば……少し足りない。
カルとカリム、そしてニフェールを御者として働かせることを考えている。
もしくは、文官側で御者できる者がいればお願いしたい」
「文官側は二名ほど御者できる者がおります。
必要とあらばお声がけください」
「助かります」
いやホント、サバラ殿ご迷惑おかけします。
「なら、後は悩みどころは無しでいいか?」
「そうだね。
明日裁判やって、居残りの領主代理に引き継ぎと出発準備を済ませて。
明後日朝から移動開始かな。
やっと学園生に戻れるよ……」
「いや、それはマジですまん!」
「ホント申し訳ない!」
「文官代表として謝罪致します!」
大人三人がガチで謝罪してきた。
「もう、三人とも気にしないで。
ノヴェール家が関係する以上、婚約者として動かない選択肢は無いんだから。
それよりもベル兄様。
裁判終わったら本格的に考えなくちゃいけないことあるでしょ?」
「?」
なに、気づいて無いの?
「複数人デートの件!
ティアーニ先生をちゃんと一緒にいるんだよ?
可能ならばデートの最後に告白でもしてちゃんと恋人同士になって!
カルみたいにウジウジしていい年になるのは勘弁して!」
「ニフェール様、あんたこんな場所で何抜かす!」
「そこで恥じ入るくらいならさっさと告れ!
ルーシーをいつまで待たす!」
知っている者たちは皆頷き、サバラ殿からは冷たい視線を受けたカル。
カル、本当にどうにかする覚悟決めろよ……。
「あ、ちなみに……。
ラーミルさんとの式にベル兄様には奥さん付きで参加してほしいな(照)」
ボ フ ッ !
ボ フ フ ッ ! !
最初はベル兄様、二度目はラーミルさん。
ベル兄様は照れてるだけ。
ラーミルさんは……妄想モードに入られたようだ。
大丈夫だよ?
その妄想、全力で現実にするから。
でも、微妙にヤバい妄想は止めてね?
式場であ~んなこととかブツブツ言い出されると、ちょっと……恥ずかしい。
絶対聞こえるからね、その時の色々な声と音。
その後、トップ会談は終了、ジーピン家会議に移行する。
と言っても、大体話は終わっているので、第八部隊の暴走対応だけ。
「深夜のタイミングでニフェールがこっそり牢屋近くに陣取って監視でいいんだな?」
「うん、あいつらがやらかしたらいつも通り殺気ぶっ放す。
それを合図に来てくれればいいや」
「俺たちも付き合おうか?」
「いや、カルとカリムもちゃんと寝ておいて。
殺気感じたら起きてくれればありがたいけど、なければそのまま寝てて構わない。
ナットは女性陣の護衛が前提だから殺気感じても来なくていい。
むしろ確実に二人を守って」
「は~い!」
いい返事をしたのはナットのみ。
もしかして、カルとカリムは拗ねてるか?
「一応言っとくが、今回の目標は第八部隊がやらかした際に殺すことだからね?
その場合、陛下から殺戮許可を貰っている僕がいないのは不味すぎる。
そしてマーニ兄は今後も騎士団に所属することから無茶はさせたくない。
そこは分かるか?」
拗ねてる二人もそこは頷いてくる。
「んで、こちらの煽りが効いて大人しくしてくれるのであればそれでいいんだ。
殺戮許可貰っているからって必ず殺さなきゃいけないわけじゃないんだから。
その場合、お前らまで起きている理由が正直無い」
何となく、まだ「む~!」って感じの表情だなぁ。
「それなら明日の裁判の為に寝ておいて欲しい。
特に、暗殺者対応。
ティッキィの調査が間違っていると言うつもりは無い。
でも、想定外なんていくらでも起きる。
例えば、ティッキィの見た暗殺者がもう一人部下を連れてきていたとかね?
なら、それに対応できるように確実に体調を整えておいて欲しい」
納得と言うか、言いたいことは分かるからか渋々と頷いてくれた。
「まぁ、僕一人でできるレベルの相手だからなぁ……。
今回捕えた面々で僕の殺気に耐えらえる人いないし」
「あぁ、それはなぁ。
むしろ耐えられる人物いたら騎士団に連れて帰りたい」
マーニ兄、本音がダラダラ漏れてますよ?
カル達も納得しない!
個人的に今年で七章終わらせたいなと思いまして……ちょっとブーストします。
具体的に言うと、明日12/12から毎日更新を一時的に復活します。
なお、作者の目標通り今年中に七章終わらせられるか全く分かりません。
# 現在書いている所 (88話)の時点でまだ遠征が終わらない……
本当に今年中に七章終わらせられるのかネタ的にも体力的にも不安ではありますが、とりあえずやれるとこまで毎日更新で進めてみます。




