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朝、悶々としながらも起きて野営地に向けて出発。
順調に進み、昼食を食べそのまま目印を付けといた野営予定地への分かれ道に向かう。
「ねぇ、何で昼飯にアレやらなかったの?」
ナット、食い意地はり過ぎ。
「夕飯でやる予定だよ」
「ヨシッ!」
握りこぶし作るほどかね……って、他の女性も同じかよ。
ベル兄様も呆れているし。
そんな会話をしていると、突然馬車が停止する。
「ニフェール様、マーニ様から呼ばれているようですよ」
分かれ道に来たのかな?
急ぎ先頭に駆けていくと、予想通り目印のところで止まってた。
「これがあったので止めたが、ここで曲がるのか?」
「うん、そこの脇道あるでしょ?
そこを通って行けば広いところに出る」
「分かった、狭いから一台ずつ進むぞ!」
案内しながら一緒に進むと、広めの空き地に到着。
「なるほど、これはいいところだな……というか、良く見つけたなこんな道」
「最初に見つけたときは入口が藪で隠れてたんだよ。
常時使うつもりでないと、また埋まると思うな」
「そうだな、まぁ今日だけ使えればいいさ。
馬車もどんどん入ってくるだろうから……」
地面を見て一言。
「皆集まったら草刈りが最初だな。
このまま焚火なんてしたらこの空き地一帯が火事になりかねん。
それと竈と用足すための穴掘り辺りか?
あ、男女で分けないとな」
「配置だけ決めといて。
女性用の方は僕の方で用意しておくから」
「そうだな……騎士たちに任せると恥じらいとか気にしないかもしれないな。
すまんが、後で配置教えるから、そこに作ってくれ」
「了解」
全ての馬車が入り込んだところで草刈り、穴掘り、竈づくりに薪の用意と皆で大忙し。
カルやカリムだけでなく、文官たちやベル兄様にもキッチリ働いてもらった。
あ、女性陣には簡単に説明しておきました。
恥ずかしがられたけど、無きゃ困る者だから仕方ないよね。
あぁナット、その冷ややかな視線は止めてくれ。
僕が新しい性癖覚えたらどうするんだ?
そのまま夕食を作り、明日の予定を話し合う。
なお、本日は以前も作った大根おろしを入れたもの。
最近女性陣内では粉雪鍋とか呼ばれているらしい。
そんな大層なものじゃないんだけどなぁ。
「……という訳で、午前中に商会、領主館の双方に同時に奇襲を行う。
何か質問、もしくは補足説明あるか?」
特に質問はなさそうだ。
なら、少し発言するか。
「補足説明ですが、商会側。
事前調査の結果、予想より小さい店でしたので、あまり深く考えず店の前に八名並べてください。
残りの元マーニ兄配下の二名はノヴェール家の方々を守るように」
配下の二名は頷き、第八の面々は……まともに聞いてねぇなありゃ。
「カル、店の裏で待機。
カリム、左側の店の屋根で待機。
ナット、右側の店の屋根で待機。
戦闘開始となった時点で殺気ぶちまけるから分かると思う。
そしたら自分の担当方向から逃げようとする輩を攻撃して。
殺しても構わない」
三人とも頷く。
なぜか第八部隊がビビっているが、お前ら案山子担当なんだから気にすること無いだろうに。
「んで、マーニ兄確認。
何人生き延びるか分からないけど、捕らえた奴らは先行してそちらに渡しておけばいい?
僕たちとノヴェール家は商会内の書類調査に入るけど、その間こちらで管理はちょっと難しいかな」
主に第八部隊が弱すぎて。
「……そうだな、調査に入ったら護衛は不要か?」
「いや、商会の入口から見物人を追い払う必要があるからマーニ兄配下の人一人。
それと第八部隊から一人位で十分だと思う。
馬車はノヴェール家の方が乗る馬車と一応荷馬車一つあればいい。
後は捕まる人数によるからなぁ」
マーニ兄は少し悩んだ上で質問してくる。
「荷馬車は何に使うんだ?」
「商会に物を残しておけばそれだけ街の者たちが盗みに来るんじゃないの?
思い当たる部分を調べて金目のものを領主館に運ぶつもり。
それと犯罪にかかわった奴らの情報が書かれた書類」
「一台で足りるか?」
「わかんない。
でも、足りなきゃそちらに人派遣するから、空の荷馬車よこして欲しいな」
「それは構わん。
どうせ、領主館は接収するから、そのまま俺たちの一時拠点にするつもりだし」
あぁ、そりゃそうだな。
領主捕まえるのならその場所そのまま拠点にしといた方が楽だしな。
「一応、領主館にいる奴らが味方でないことは全員把握しとかなきゃだめだよね?」
ザ ワ ッ !
「おいおい、無関係な奴らまで信用しないってのかよ!」
……また第八部隊か?
「当然でしょ?
毒入れられる可能性は十分にあるし、暗殺者を雇ってくる可能性も十分にある。
遊びに行くわけじゃないんだよ?
隙あらば殺しに来る相手と認識しないとあなたの胸にナイフが刺さるんだよ?」
「そんなことするわけねぇじゃねぇか!」
おいおい、本気かよ?
「その根拠は?
それと昨日言ったけど、あの街は領主や商会の真実を知らない。
つまり、暴動が起こり得る場所ですよ?
皆で暴走するのが暴動なら、個人で暴走するのは狂人かにわか暗殺者。
僕は普通に殺し合いの起こる場所と思ってますよ?」
……ねぇ、何故黙るの?
ここで反論しないとただの戯言にしか思われないよ?
「まぁ、気を付けないというのなら止めません。
そこまで面倒見る気は無いので」
「お前に面倒見られる程役立たずじゃねぇよ!」
今まで実力……実力の無さをあれだけ見せつけておいて、その自信は何だろう?
「それならそれでいいのでは?
第八部隊の意地を見せて頂きましょうか」
そんなものないでしょうけどね。
言わないけど、助けないからね?
……というか、こちらも気にしておかないとなぁ。
最悪、第八部隊があの街の雰囲気にのまれて裏切るとかありそう。
もしくは商会の妹に泣かれてあちらの味方に付くとか?
……(一応の)味方がいきなり牙向いてきそう。
「ちなみに、ニフェール。
明日は馬車の列は変更するか?」
「そうだね、前にはマーニ兄たち領主館攻略メンバーを。
その後は僕たち商会奇襲メンバーが続く形で。
それと、ここ出発時点でメンバー交換はしておいて欲しいな。
明日についてはそれくらいかな」
「だな。
明日から大変な日々が続く。
命のやり取りも十分発生し得る。
各自、生きて王都に戻れるよう全力を出せ」
その後、騎士たちは夜間の見張りを振り分けていった。
今日は流石に野営だから、こちらでもやっておくか。
「カル、カリム、すまんが夜間の見張りをお願いしたい。
三つに分けて対応するつもり。
最後の三つ目は僕が対応するけど、最初、二番手は二人で決めて」
「……俺、三番手じゃダメか?」
なんだカル、そんなに三番手が好きなのか?
「朝食の準備できるならいいよ?」
「……ごめんなさい、二番手やります。
カリム、最初やれ」
「かしこまりました」
いや、マジで朝飯の準備できるのなら代わるぞ?
「ナットはベル兄様、ラーミルさん、ルーシーと一緒に馬車の中で寝なさい。
一応言っとくが、護衛としてだからね?」
「大丈夫だって、そこはちゃんとするよ♪」
まぁ、そこは信じますよ。
「んじゃ、各自明日に疲れを残さないように。
むしろ明日が本番だからね?」
「うぇ~い」
カル、何かノリが軽すぎ……。
そして夜明け前にはまだ遠いころ。
「ニフェール様、交代時間だ」
「……んぅ♡」
「起きろ、そんな甘え声出すな」
「なに、ムラムラしたのか?」
「お前、分かってやってんじゃねぇのか?」
「当然だろ、日々是訓練だ」
「そんな訓練いらねぇよ!」
カルと軽くお喋りして見張り交代。
サッサと眠り始めたようだ。
ざっと見回すと、他も見張り交代で数人起き始めた。
「おや、ニフェール君。
君も三番手だったか、よろしくな」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
マーニ兄の部下の方だろう、気さくな……って、あれ?
「失礼、もしかして王都で商会の荷馬車部隊捕まえたときに居られませんでした?」
「お、覚えてくれてたんだ。
その通り、あの日は色々聞いて済まなかったな」
「いえ、特に問題ないですよ」
何とも笑顔が気持ちいい。
好漢とでもいうのだろうか?
「あぁ、そういえばちゃんと名乗ってなかったな。
ペスメー・バルサインという。
一応実家は男爵だが、俺自身は騎士爵だな」
「改めてニフェール・ジーピンと申します。
現在騎士科二年です」
「弟も騎士科二年でね、噂では聞いていたよ」
……え?
「弟?」
「あぁ、ホルターというんだ」
……はぁ?
「え、あのホルターのお兄さん?」
「あぁ、多分同一人物だと思うが……」
うっわぁ、このドッキリ成功したと言わんばかりの笑顔。
この人、ここまでこのネタ黙ってやがったな?
「もしかして、マーニ兄にホルターが同期にいること教えてます?」
「いや、面白そうだから言ってない♪」
「やっぱりか!」
だろうね、言ってたらマーニ兄教えてくれるもん!
「あ~、ホルターには色々と世話になってます」
「え?
いや、アイツが世話になる側だろ?
特に勉強」
あれ?
情報共有できてない?
「最近ホルターに会ったのっていつです?」
「今年の春だな、夏はちょっと余裕が無くて会えなかった。
年末には会う予定だが」
……ちょうど最後に会ったのが面倒事増える直前ってこと?
「今年の夏季試験前辺りから学園や別の場所で色々ドタバタがありました。
その間、僕がいない時にクラスの面倒見てもらったりしてるんで。
実は、今僕が遠征出ている間のクラスの面倒も頼んでます」
まぁ、クラスだけじゃなく、ティアーニ先生の面倒も入りそうなんですが。
「はぁ~、あいつそんなことやってんのか」
「と言っても個人的に頼んでいるだけなので、成績には繋がらないんですけどね」
「いや、そういう経験を積むと、騎士になったときに役に立つんだ。
上司や部下と情報のやり取りがちゃんとできるのも騎士として必要な能力だからな」
あぁ、意思疎通できてないと軍隊行動なんて無理だしなぁ。
「というか、ニフェール君は文官目指すんだろ?
正直もったいないというのがあるんだよなぁ」
「多分逆方向に同様なことを文官の一部の方は思ってますよ」
「逆方向?」
そう、視点を変えてみればってやつですね。
「正直ありがたいというのがあると言い出しそうですね。
チアゼム侯爵や今回一緒に仕事した文官の方々とか」
「あぁ……実力を理解した面々ってことか。
本当に……騎士に欲しいわぁ」
高評価なのはありがたいですけど、諦めてくださいよ。
「ジャーヴィン侯爵三男のフェーリオ様について行くつもりで文官の道を選んだんです。
なので、無理に騎士に戻すのならチアゼム侯爵令嬢ジル嬢との婚約潰すくらいしか手が無いですね?」
「いや、流石にそれは無理!」
ですよね?
僕もそう思います。
「そういうことなんで諦めてください。
侯爵二家と喧嘩なんてしたくないですし」
「君なら勝ってしまいそうだが……」
「フェーリオ様ともジル嬢とも仲良くなり過ぎましたからね。
見捨てる気にはなれません」
「そっか」
なんか優し気な表情でこちらを見ている。
……これ、言ってない情報聞いたらどんな顔するんだろう?
女装したらフェーリオが僕に堕ちかけてるとか?
ジル嬢と女生徒としてのライバル関係になりかけているとか?
まぁ、ペスメー殿があの状態を知る機会はないだろう……多分。
流石に卒業パーティで女装なんてしないだろうし。
……フラグとかじゃないよね?
そのままお喋りしていると、東の空が闇色から瑠璃色に変わり始める。
「おっと、朝食の準備に入りますのでお喋りはここまでとしましょうか」
「ああ、もうそんな時間か……というか、料理できるんだな?」
「大したことはできませんけどね」
ホント、大したことしてないんだよなぁ。
「おいおい、マーニ殿が目の色血走らせて食いたがってたからよっぽどなんじゃねぇのか?」
「僕ができる程度の事はマーニ兄もできますよ?
むしろ、いきなり隊長になって自分で勝手に作れないことにストレス感じてるかもしれないけど」
隊長が部下の仕事奪うのは問題だしねぇ。
部下を信じているような対応をしとかないと隊員が不安に感じるだろうし。
「あ、それとマーニ兄について行く皆さんって今日昼飯どうするか聞いてます?」
「いや、特には何も言われてないな」
……確か、根菜系が結構余ってたよな。
それに、残っているのは大半が水分あまり無いゴボウとかだよなぁ。
昼飯にパンにはさんで、各自のタイミングで食えるようにしておくか?
ある程度作っておいて、許可出たら全員にパン一つづつ。
無理そうなら文官+ノヴェール家の面々のパン二つに用意してあげようか。
ただでさえ今日は昼飯ゆっくり食えないだろうしね」
「な、なぁ、その話、ちょいと噛ませてくれないか?」
「あ、あれ?
声に出てました?」
「バッチシ!」
「……うちの兄が起きていたら声かけて僕が言ってたこと伝えてください。
特に今日は皆、戦場に近いところで仕事することになります。
なら少しはやる気の出る物でも作ろうかと思うんで」
「すぐ確認してくる!」
ペスメー殿は全速力でマーニ兄を探しに行った。
……寝ている所を起こさないようにしてよ?
兄さんブチ切れても止めないからね?
まぁ、あちらは放っておいて、根菜系を全力で細切りにする。
一通り切り終えたらちょっとだけ肉についている脂身を貰ってゴマを混ぜて一気に炒める!
流石に一度でできる量は鍋の大きさから限られてるけど、結構な量ができた。
これを数回繰り返すと、昼飯用のおかずが完成!
その頃にはマーニ兄がこっそり近寄ってきて……。
ソロリ、ソロリ……。
ニュ~ゥ……。
「さて……」
ザ ク ッ !
ビ ッ ク ゥ !
僕の傍に置いてあった既に作った根菜のきんぴらに包丁をぶっ刺して一言。
「僕の兄は馬鹿じゃないはずなんだよなぁ。
だから、遠征での飯の盗み食いなんてクズな真似はしないと信じてたんだけど?
予想以上にろくでなしだったのかな?」
素敵な (?)笑顔で問うと、全力で首を横に振るマーニ兄。
呆れて冷たい目線でマーニ兄を刺し貫くペスメー殿。
昔からそういう悪戯が好きだねぇ、マーニ兄。
それでどれだけ母上から殴られたか忘れたの?
それとも記憶が飛んでるの?
「で、連れてこられたということはどうするか決めたの?」
「ここにいる全員にパン一個分作ってくれ。
もう一つのパンを作れるほどの余裕はないんだろ?」
「材料の量的に無理」
「なら全員に回るようにして欲しい。
ただ、どうやって持ち運びさせる?」
運び方か……。
「各自布持ってるかな?
飯くるんでもいい程度には綺麗な奴」
「……そこにノーマルパンと具入りのパンを一つずつ置いて、うまく布で巻いておけばいいってことか?」
「そうそう、それなら持ち運び簡単でしょ?」
「……採用!」
「なら、パン人数分持ってきて!
それと、各自に情報展開して布持って来させて。
それと……そこでこっそり覗いているカル、ルーシー、カリム、ナット!
食いたきゃ手伝え!」
照れつつ六人程出て来た……って、六人?
ベル兄様にラーミルさんまで?!
チョット呆れつつも皆に作業を割り当てる。
パンを半分に切る者
下のパンに具材を乗せる者。
上のパンを乗せる者。
何と言うか……皆さん巧みなコンビネーションを見せれくれ、サクサクと進んでいく。
その頃には文官たちも起き出してきて受け取った布で包む作業を手伝ってくれた。
いや、マジでありがたいです。
「いやいや、我々からしたらうまい昼飯を作ってくれて本当にありがたいですよ」
サバラ殿がべた褒めしてくれて正直照れてしまう……。
……まさか照れたニフィを見てみたい?
一通り作業を終えたら本来の朝飯をサクサク作り、少しだけ残った根菜炒めをスープに入れてあげる。
結構好評だった。
昼飯は、これがパンに挟まっていると伝えると顔が緩んでいた。
サバラ殿……彼女とか奥さんとかに見せられない顔ですよ?
それともかなり見せちゃってる?
なんか、遠くで第八部隊の奴らが驚いている。
まさか、もう食ったのか?
昼飯足りないとか抜かしてもやらんぞ?
【バルサイン家:国王派武官貴族:男爵家】
ペスメー・バルサイン:男爵家次男、第二部隊(マーニ管轄)の一人。
現騎士爵。
弟がニフェールと同期 (ホルター)
→ 名前はペースメーカーから。
家名はバイタルサインから。




