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◇◇◇◇
僕はその後、医者にナイフを引っこ抜いて傷を縫い合わせてもらった。
傷は残るがそこは仕方ない。
助け出された時は学園の放課後ちょっと前位だそうだ。
本当にほぼ丸一日捕らえられていたんだなぁ。
飲み物と食事を衛兵の詰め所で提供してもらう。
久しぶりの飯ウメ~!!
今日はジャーヴィン侯爵家に泊まらせてもらうことになった。
学園に戻ると厄介なことになること。
そして、明日はアンジーナ子爵の取り調べ。
並行して僕が何をされたのか改めて説明する予定。
順調にいけば明後日から学園に戻れるだろう。
さて、現在ジャーヴィン侯爵家の客間。
本日僕が寝る場所。
なぜ僕はラーミルさんに抱きつかれているのでしょう?
まさか侯爵様が率先してチアゼム侯爵家に依頼したのか?
フェーリオたちに毒されてませんか?
いや、滅茶苦茶嬉しいですよ?
ラーミルさんの胸に顔を挟まれており喜びに打ち震えております。
感動し過ぎて「パライソはここに有ったんだ!」と心の中で思ってますし。
理由は、分かっているんですけどね。
任意同行についてったら顔に傷つけて帰って来たらそりゃ驚きますよ。
まぁ悲しんで泣いてくれて個人的には嬉しいです。
そして僕は悲しませたことは反省すべきですね。
「ラーミルさん」
ビクッと反応するラーミルさん。
ん~、こういう反応はむしろ僕がする側な気がするんだけど。
まぁ、可愛いからいいか。
「ちょっと身体に傷つけちゃった。
不安に思わせてゴメンね」
フルフルと首を振り、ラーミルさんは涙を拭いて――
「いえ、帰ってきてくれたことの方が大事ですし、嬉しいです♡」
――傷ができた左の頬にかすかに触れる。
ちょっと痛いけど、我慢できる範囲なので黙っておこう。
いい雰囲気だしね。
「そう言ってくださると帰って来た甲斐があるってもんです」
ラーミルさんを抱きしめて頭が私の胸辺りに来たのを確認し頭を撫でる。
そうすると軽く目をつむり楽しんでくれているように見える。
……イケる?
……前回の頬にキスを超えられる?
ドキドキワクワクしながらラーミルさんの顎を少し上に向かせる。
なんとなく感づいていたのか顔を赤くしつつも軽く目を瞑ってくれる。
僕も緊張しつつ少しづつ唇を奪いに――
ガ タ ン !
――この今の感情をどう表現すればよいのだろう。
目を瞑ってくれていたラーミルさんも目を開いてしまった。
それどころか絶望と怒りに捕らわれた眼をしておられる。
「……ラーミルさん。
どちらか好きな方をお選びください。
一、このまま続ける。
二、覗いている輩を説教」
ラーミルさんは無言で立ち上がり、扉に向かい一気に開く。
そこにいたのはフェーリオ、ジル嬢、そしてサプル夫人とカールラ姉様。
全員ニヨニヨしているのが腹立たしいが、立場的に文句言えないのが悔しい。
多分、ラーミルさんも似たような感情をお持ちなのだろう。
握っている拳が震えている。
「どうしたニフェール?
続きをしていいんだぞ?」
「誰がこの状況で続きができると思うんだ?
ちなみに音を立てたのは?」
「姉だよ」
ぜってぇ怒れない相手じゃないか!
フェーリオやジル嬢位ならまだ怒れたのに!
「はぁ……まずはここで話しても仕方ない。
お入りください」
全員入り、ラーミルさんが紅茶を用意してくれた。
一通り落ち着いたところでフェーリオから説明が始まった。
レストたちが動き出したので衛兵たちに押し付けたこと。
ジャーヴィン侯爵に連絡取って衛兵の詰め所に突撃してもらったこと。
こちらも詰め所に捕らわれていた時の話を一通り説明する。
ねちっこい質疑応答のせいで元セリン家の話に今日の朝までかかったこと。
そのまま隔離されたので寝てたらアンジーナ子爵が突撃してきたこと。
暴行受けた後ジャーヴィン侯爵が到着。
救助してもらい今に至ること。
ちなみにその間水も飯も出なかったこと。
一通り話したところ皆無言になった。
まぁ、任意同行なのに拷問されたらそりゃ無言にもなるわな。
「まずは大変だったな、ニフェール。
無事に帰ってきてくれて嬉しいよ。
それはそれとして一つ質問なんだが、お前、顔の傷ワザとつけてないか?」
フェーリオが感づいてしまったようだ。
ジル嬢やラーミルさんは驚きの表情を浮かべている。
まぁ、慣れてなければそりゃ驚くわな。
「……よく分かったな」
「いや、なんとなくだが。
やらなければならなかったのか?」
「アンジーナ子爵がイカレかけててナイフで脅してきた。
そのときに『話さなければ顔を切り刻む!』なんて言われてね。
多分切り刻むと言ってもできないとは思う」
あのオッサンの実力じゃ僕を止められないだろうね。
本来なら。
「けど、逆上して何してくるか分からない。
狂いかけている感じを受けるような目をしていたしね。
それに加えて、水も飯も食ってないので身体に力が入らなかったんだ。
アンジーナ子爵を止めることは難しかった」
力が入ればあっさり制圧できるんだけどねぇ。
飯って大事だよ、ホント。
「なので、自発的に左頬を貫通させた。
ナイフが頬に刺さったままなら顔をこれ以上切り刻むことはできないからね」
……ラーミルさんの方から滅茶苦茶怒っている気配が。
急ぎ説明補足しておこうか。
「ナイフを取り上げない限り、目や耳、鼻などを削がれた可能性がある。
そして、勢い余って殺される可能性もあった。
多分、余程ジャーヴィン侯爵が来たのが焦ったんだろうね。
でも、頬を刺させたことで正気に近くなったようだよ。
冷や水をぶっかけられたようにね」
フェーリオ、呆れた顔するな。
僕なりに足掻いただけなんだから。
「まぁ、色々意見はあるかもしれない。
けど僕なりに少ない怪我、そして命を落とさずに済ませる手立て。
それがこれだったというだけだよ」
もう少し条件が良ければ傷なしで済ませられたんだけどねぇ。
「ちなみに外部には内緒で。
明日の取り調べで相手の責任の形でぶちまける予定。
なので自発的にやったなんて言われたら不味い。
ちなみに、侯爵様とは話ついているよ」
フェーリオが続いて質問しようとするが、ラーミルさんが割り込む。
「ニフェールさん。
自発的に顔を傷つけなければ……死んでいたということですか?」
「死なないかもしれません。
でも、あの時点でアンジーナ子爵は半狂人のようでした。
なら顔刻まれたり心臓にナイフを突き立てられることの無いような方法。
それを探るしかありません」
何もしなければ可能性は現状維持。
何かすれば可能性を減らせるのなら全力で抗いますよ。
とはいえ、力出ませんし。
「頬を貫通させることで死を免れるのならいくらでも貫通させます。
命の方が大事ですから」
ラーミルさんが必死になって――
「お願いですからこれ以上怪我しないでください!!
心配している者のことも少しは考えてください!!」
――僕に抱きつき、泣きつつ叱ってくる。
とても嬉しいんだけど……絶対とは言えない。
「ラーミルさん。
僕は優先順位を決めて動いてます。
最優先は生きて帰ること」
キョトンとするラーミルさん。
ずっと見ていたいが話を続ける。
「狂人が武器を持っていて、自分が守る術がない。
この状況で生きて帰ることを望むのなら怪我は覚悟するしかないのです。
まぁ、確かに普段の体調なら何とかなったと思うのですが……」
本当に飯抜き水抜きは死ぬかと思った。
「今の僕の実力ではそこまでしか言えません。
必ず生きて帰ります。
そして可能な限り怪我無く帰ります」
ラーミルさんの目を見て告げ、抱きしめてこっそり一言。
「……あなたのもとに」
……いや、何も言わんでくれ。
自分でもクサイセリフだと認識している。
だからその目をやめろ、フェーリオ!
ちなみにラーミルさんの感情的にクリーンヒットしたようだ。
抱きしめる力が強くなってきた。
だが、僕は水分・食事を取って復活しているが本調子では無い。
つまり、その……もう少しソフトに抱きしめて頂けると。
当人には言えませんけどね。
ラーミルさんも落ち着き、フェーリオが茶化したところでカールラ姉様から。
「で、ニフェールちゃん。
仕返しは?」
「明日、アンジーナ子爵が何やったのかの取り調べを受けることになってます。
そこで色々ぶちまけてくる予定です。
この国の衛兵として不適格であること。
任意同行で殺されかけたこと。
この二点を伝えてる予定。
その結果、レストとエフォットのオッサンに引導を渡してきます」
「うん、なら良し!
フェーリオ、学園側は?」
「既にニフェールが無実でありレストが暴走していることは広めている。
なので、戻ってきたら顔の傷の話を食堂ですれば終わりかな?」
「そうね、多分そのレストとやらは学園にもう来れないでしょ?
なら最後の一押しして終わりね」
うんうんと頷き満足するカールラ姉様。
笑顔が怖いです。
さて、次の日。
ジャーヴィン侯爵と一緒に王宮に来ております。
あ、ちなみにラーミルさんはジル嬢と一緒にチアゼム侯爵家に戻られました。
僕の童貞喪失シチュを期待していた方々申し訳ない。
只今ノリズム・フォン・サイナス陛下の御前にて跪いてます。
簡単に言うと裁判中ですね。
……取り調べじゃなかったのかって?
その通り、予定では僕から情報を引き出すための取り調べのはずでした。
ですが、両侯爵がめっちゃ殺る気(誤字に非ず)出しちゃいまして。
昨日夕方からジャーヴィン侯爵が取り調べ担当を侯爵家に連れてくる。
その場で僕を取り調べして問題ない事確認。
その間にチアゼム侯爵が裁判の予定を陛下に奏上。
あれよあれよという間に本日裁判と相成りました。
他にも裏で動いているようですが、そこまでは僕も知りません。
裁判に参加しているのはノリズム陛下、キメック・アリテミア大公。
侯爵ではジャーヴィン侯爵、チアゼム侯爵、宰相のセレバス・バキュラー侯爵。
本来は他に一名公爵、二名侯爵がいらっしゃる。
だが王都に居られない為不参加となっている。
ジャーヴィン侯爵が何が起こったのか説明されてますね。
飲食一切させず一日近く監禁したこと。
傍から見て同性強姦まがいの事をやらかしたこと。
どちらも一通り説明してますね。
……僕が説明した時より詳細かつ臨場感あふれる説明なんですが?
もしかして同性強姦に詳しい部下でもお持ちで?
ちなみに少し離れた位置にアンジーナ子爵もおりますが顔色悪そうですね?
緊張されているのでしょうか?
ああ、こんな時にピッタリな言葉を衛兵さんがおっしゃってましたね。
確か、こんな言葉でした。
――初めてなんだろ? チカラ抜けよ――
――カタくなりすぎんなよ!――
チアゼム侯爵家の門番さんたち、使う機会があったら言ってみますね!
暴れるだろうけど。
ジャーヴィン侯爵の説明が終わり、アンジーナ子爵が反論を始める。
「儂は、衛兵の規則に基づいて問うたのみ!
被疑者へ圧力をかけるのは尋問の基本!
何を問題視されているのかわかりませぬな!!」
冗談にしては笑えないぞ?
容疑者じゃないんだから。
任意同行は容疑者とは扱わないんだぞ?
知らんのか?
「被疑者と言うが、ニフェール君が何をしたと言うのかね?」
「元セリン家の売爵の原因は奴だ!
その取り調べのために捕らえたのだ!」
「元セリン家がああなった原因はニフェール君ではない。
原因は元セリン家グリース嬢のやらかしだ」
ですよねぇ。
「はっ!
たかだか令嬢が伯爵家を潰すなぞ何をしでかしたというのですかな?」
「なら、男爵子息が伯爵家を潰すなぞ何をしでかしたというのだ?」
……ぐぅの音もでないようだ。
「ちなみにグリース嬢のやらかしだが、ニフェール君からも聞いているだろう?
あの娘は我がジャーヴィン侯爵家とチアゼム侯爵家をまとめて侮辱。
我らに喧嘩を売ってたが?
知らんとは言わせんぞ?」
ジャーヴィン侯爵の説明に何とも間抜けな顔を晒すアンジーナ子爵。
本当に知らなかったの?
というか、説明したよね?
聞いてなかったの?
「ああ、当然当時のセリン伯は両侯爵家をまとめて侮辱なんて行動を取らん。
そんな人物ではない。
ただ、令嬢が貴族としてありえない暴走をしただけだ。
ハッキリ言ってしまえばニフェール君は被害者でしかない。
そしてこの騒動を少しでも影響を減らし、最小化させたにすぎん。
まぁそれも令嬢が暴走してしまったがな」
「う、嘘だ!
そんな馬鹿なことがあるか!」
気持ちは分かるが、それが真実なんだ。
というか、そんな馬鹿なことをやらかす子だから苦労したんだ。
「事実だ。
この件については関係した我ら両侯爵家、被害にあったジーピン男爵家。
そして令嬢が暴走した元セリン家で認識共有しておる。
また国でもこの件を認識しており、この件は既に解決済みだ。
正直言うと、貴様が口出す権限は一切無い」
「な、なぜ我ら衛兵側に連絡をいただけないのですか!」
「必要が無いからだろう?
家の乗っ取りでも無し、財産を奪うでも無し、何を知りたいのだ?」
「……」
ここで無言になるところが評価を下げている気がするんですが?
知りたいことが無いのならなぜ呼んだのでしょうね?
「次に、同性強姦未遂につい――」
「――そんなこと一切していない!
侮辱するのもいい加減にしろ!!
爵位が下であっても貴族としての矜持はある!
本件について謝罪と賠償を求める!!」
周囲の皆、発言に呆れて無言の時間が続く。
アンジーナ子爵も周囲の反応が無いので少々慌てた表情になっている。
謝罪と賠償などと言い放ったのにねぇ。
(どうしよう……)
その場にいた者達の統一見解はこれだろう。
どうしようもなさそうに見えるので、フォローしますか。
僕はノリズム陛下に手を上げ発言の許可を頂いた。
【王家】
・ノリズム・フォン・サイナス:サイナス国国王
→ 正常洞調律(NSR:Normal Sinus Rhythm)の順番を変えた。
【アリテミア家:国王派文官貴族:大公家】
・キメック・アリテミア:大公家当主、国王の弟、法務大臣
→ 姓は不整脈(英:アリッティミア)から
名は虚血性(英:イスキメック?)から
【バキュラー家:中立派貴族:侯爵家】
・セレバス・バキュラー:侯爵家当主、宰相
→ 脳血管(英:セレボバスキュラー)から