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あっさり出発して特に何もなくお昼休憩。
馬の面倒を見て飯の準備を始める頃。
なぜか僕の周りをうろつくマーニ兄。
その曇り無き瞳で見るのは止めて!
見てる暇あったら騎士たちの様子見に行きなさい!
「マーニ兄、ちゃんと仕事して!」
「だって、期待しちゃうんだもん……」
だもん……じゃねぇよ!
「ったく、マーニ兄!
僕の昼ごはん食べたければさっさと指揮官としての仕事終わらせてきなさい!
ちなみに、今日の昼ごはんのヒントは大根!
それとグレーターを使います!
マーニ兄なら何か分かるはずだよね?」
ヨダレダラダラだらしてガックンガックン首を振る。
人に見せられない顔しないで欲しいな。
それと、ロッティ姉様みたいだから気を付けた方がいいと思うよ?
お似合いとも言えるけど。
「理解したならさっさと仕事してきな!
ちゃんとマーニ兄の分残しておくから!」
「アイアイ、サー!」
その発言と同時にカッ飛んでいった。
いや、僕まだ爵位無いからサーの呼びかけはまだ早い。
「……ニフェール殿、あれはなんなんだい?」
「サバラ殿、マーニ兄の好きなやつ作ると言ったら浮かれてああなってます」
「……そこまで浮かれるほどなのかい?」
「そこは個人の好みなのでなんとも。
あぁ、美味しいとは思いますよ?
あそこまで暴走するかは別として」
サバラ殿も呆れつつも「そんなうまいのなら楽しみだ」と舌なめずりをしている。
あまり期待し過ぎないで下さいね?
素人料理なんですから。
「え~、まず竈ですが、カリムが指導者として二ヵ所用意してください。
受講者はサバラ殿とベル兄様。
少しでも竈作れる人物を増やしたいので、カリムは指示とチェックに終始。
シャベル持つのは禁止」
「はい」
サバラ殿やベル兄様も大丈夫そうだね。
なんか、文官の方々ビビっているけど、ベル兄様はそんな狭量な人じゃないよ?
「カルは他の方々を連れて枯れ枝や枯れ葉を集めて。
女性陣は今日の昼飯の簡単な説明しますんで集合」
「は~い!」
ナット、本当に元気だねぇ。
「さて、今日は事前に買っておいたロマネスコを切っていきます。
それと大根についてはコレ!
グレーターを使ってみます」
「……それってチーズに使う奴じゃないの?」
「ルーシー正解。
でも今回は大根に使います。
んで、椀を幾つか使わせてほしい」
ラーミルさんが用意してくれた。
ちょっと手が触れあって顔赤くしかけたが、周りからは特にツッコミもなく仕事を続ける。
大根の皮をむき、適当な大きさに切ってグレーターで一気にすりおろす!
「うっわぁ……野菜に使うとこうなるんだ……」
「確かに、初めてみる!」
ルーシー、そのヒキ気味な発言は少々……。
ナット、お前の発言の方が好感触だよ。
「この大根のすりおろしをスープやシチューに入れるのがマーニ兄は好きでね。
雪みたいに白い大根が広がるのをとても喜ぶんだ」
「お義母様のアイデアですの?」
ラーミルさんが聞いてくるが、違うんだよなぁ。
「いや、マーニ兄のお遊び兼悪戯で偶然できたものなんだ。
元々はグレーターでチーズ以外の物をすりおろしてみたかったらしい。
で、ちょうどそこに偶然大根があった。
たっぷりすりおろして満足したところで母上から殴られてる」
「あぁ……」
納得されてんぞ、マーニ兄!
「ただ、そこですりおろしたのを捨てるわけにもいかない。
食材がもったいないからね。
なので、その日スープだったので入れてみると不思議とうまかった。
特にマーニ兄の舌に大ヒット」
あれは大喜びだった。
とはいえ、はしゃぎすぎてまた殴られてたけど。
「そこでジーピン家のスープに大根のすりおろしが入ることがたまに出てくるようになったって訳。
ちなみに、その時だけはマーニ兄がすりおろしを手伝うようになった」
「もしかして、ロッティはそのこと知っているかもしれませんね」
「……あぁ、婚約者になったときに母上から教わった可能性があるかもね」
確かに、マーニ兄の好物教えるのならこいつだろうなぁ。
スープの出来はそこそこでも大根のすりおろし入れるだけで喜んでたし。
そんな話をしながら大根一本分すりおろす。
ついでに大根の葉の方も無駄にしないように細かく切り刻む。
竈の方は……できた様だね。
ベル兄様もサバラ殿もなんか喜んでる。
領主科でも文官科でもこういうことは学ばなかっただろうから新鮮なのかな?
枯れ木とかは……あぁ、戻ってきた。
「ニフェール様、こんなもんでいいか?」
「お、十分!
んじゃ、ちょっと待っててくれ、さっさと飯作るから」
急ぎ火をつけて配られた肉と野菜と水、切り分けたロマネスコと大根の葉を入れる。
普段通り灰汁を取りつつ煮ていき、そろそろと言うところでマーニ兄が戻ってきた。
「ニフェール!
食えるのか?!」
「今から入れるところだから落ち着いて!」
あぁ、周りから生暖かい視線が……。
「と言うことで、マーニ兄が暴走する前に大根投入します」
大根の下部は辛味がきつい。
なので辛味の少ない上部や中部とバランスよく入れ分けるのがコツ。
だが、あまり焦らすとマーニ兄が暴れるから説明省略。
それぞれの鍋に入れると「おぉっ!」と感嘆の声が湧く。
いや、そこまでのもんじゃないよ?
その後軽く温めて、お嬢さんたちに配膳してもらう。
なぜか拝んでいる文官がいるけど、女性との接点無いのか?
「ほぅ、大根をおろすとこんな歯触りになるのか……」
「昨日の最初のスープと比べて優し気な味わいになってますな。
後のキノコのスープとは甲乙つけがたい」
高評価を頂けたようで何よりです。
マーニ兄は……あ、こちら気にしないで遠慮なく食べて。
横から奪わないから僕を危険な目で見ないで!
そういう視線はロッティ姉様へ。
「ニフェールさん、これって料理苦手な人でも覚えられそうですね」
「そうですね。
注意点は灰汁をちゃんととること。
少量使いたいときは中央部か葉に近い部分を使うこと。
その位ですかね」
「……場所の指定があるのはなぜ?」
「葉から遠い部分は辛味があるんですよ。
今回みたいに全部まとめてとかならともかく、一部で済みそうな量なら辛くない方がいいと思いますよ」
ラーミルさんが色々聞いてくる。
もしかして作ってくれるのかな?
「あ、そういえば。
確実では無いのですが、大根を食べるとお腹の調子がよくなる感じがしますね」
ギ ラ ッ !
ちょ、ちょっと女性陣、なぜ睨む?
「ちょっとニフェールさん、今の発言詳しく♪」
ラーミルさん、にこやかに脅してこないでくださいよ!
「細かい理由は全く分かりませんが……。
実体験として妙に食べ過ぎた次の日。
後、ちょっと……その……大きい方の出が悪い時とかに大根食べたら調子がよくなってます。
実経験上、関連性があるかもしれないというだけです。
正直医師や薬師の知識は大してないので……」
なぜか離れてコソコソと話し合う三人。
……もしかして、三人とも便秘?
いや、直接は聞きづらいんだけどなぁ。
「ニフェール、あれは?」
「大根食べたときにお腹の調子が良くなる感じがすると説明したところ、ああなりましたね」
「……あまり触れない方がいい話っぽいな。
ちなみに薬学とかの知識は?」
「無いですね。
実体験でそんな感じだったというだけなので」
ベル兄様が代表して聞きに来たけど、僕もそこまで知識無いからなぁ。
「まぁ、大根にそういう効果があったとしても大量に食べるのが良い訳がありません。
なので、そこだけ気を付けてくれるのなら別に問題ないんですけどね」
「……過去の実績だが、女性は美容とかに関わる場合は悪い意味で全力を尽くす。
あちらが落ち着いたら今の加減の説明をしてやってくれ。
下手に暴走されたらたまったもんじゃない」
「わかりました……」
ベル兄様は「女性は」と言ったけど多分「ラーミルさんは」なんだろうな。
そこまで暴走しなくても十分綺麗なんだけど気になるのだろうか?
この後後片付けの間も三人で話し合いをし続けた挙句、出発直前まで戻って来なかった。
やむなく叱りつけて馬車に戻したことをここに記す。
「……という訳で、大量に食べてもむしろ身体によくありません。
どんなものもほどほどにバランスよく食べた方が結果的に体調維持はしやすいです。
それに、下手に特定の食材を食べ続けるようなことをしたらむしろ病気になる可能性もあります。
色々悩みがあってチャレンジしたいという気持ちが分からないとは言いません。
ですが、無茶して体壊したら意味無いでしょ?」
「ハイ……」
「オッシャルトオリデス……」
「ゴメンナサイ……」
三人に滔々と説明すると、馬車に乗ること忘れて女子会議に夢中になったのは不味いと思ったのか大人しく謝罪してくる。
ついでに特定の食材に偏った食事も止めておく。
今だけじゃなく、継続して気を付けてくださいね?
こんなことで体壊したら僕がショックで寝込んでしまいそうですよ。
午後も順調に馬車で移動し、夕方にあっさりと次の街に到着。
あまりにも何も起こらず到着してしまったので、正直驚きしかない。
もっと面倒事がやってくると思っていたんだが。
僕が悩んでいると、ツッコんでくる【死神】が……。
「ニフェール、何変な顔している?」
「その言い方は少々傷つくんだけど……。
何も起こらなかったのに驚いているだけだよ」
状況を説明すると、僕を揶揄うのを止めて一緒に検討に入ってくれた。
「確かに、味方側からの邪魔は入らないし、敵側の影も見えない。
もっと敵側の行動が透けて見えるのを期待したんだがなぁ。
暗殺者への依頼を送ったから後は気にしていないのか?」
「僕としてももう少し動くと思ったんだけど、何も無かったよね?」
あちらはそんなに余裕なんだろうか?
暗殺依頼する位の判断力があるのに、この道に監視役を置かない?
騎士がこの道通ったら何かあると判断できるだろうに。
「そう言えば、マイトが脱獄後手紙を送ったとしたら今日向こうに着く可能性があるのか。
となると、本拠地ではオルスがバレたのとマイトが逃走したのが伝わる可能性がある」
「アッチはなにしてくるかねぇ」
少し頭の中を整理しながら推測を話してみる。
「まだこちらの戦力を理解してない状態のはず。
マイトには戦闘シーンは見せてないからね。
なら文官として役立たずの烙印を押された事、協力してくれる仲間と逃走する事。
そしてアンドリエ商会のやらかしが一部バレた事を知るんだろう」
「となると、向こうは暗殺成功・失敗の二パターンからやることを決めるのだろう。
けど、失敗だと王都から捕らえに来るのは想像つくよね」
そこまで気が回らないとは思えないし。
「男爵程度でそんなヤバい戦力持っているとこってないよね、うち以外」
「むしろ他にいるのならそっちの方が怖いんだが?」
だよね?
「なら僕なら……暗殺者を雇う。
それか、騎士側が冷酷非情であるというストーリーをでっち上げる」
「はぁ?!
何だよそれ!」
まぁ、驚かれるのは仕方ないけど、とりあえず落ち着いて。
「簡単に言うと、王家が犯罪と言っているのは民を守るためにやむなく罪を犯したということにする。
領地に莫大な金を使う事業――治水とか?――が必要になったとか?
街の維持に必要なものが壊れて緊急で金を集めなくてはならなくなったとか?
それ故、罪だと分かっていても領民の為やらなくてはならなかった……という感じ」
微妙に呆れた表情で僕を見るマーニ兄。
「それやっても犯罪者として捕まることには変わりないと思うが?
むしろ、騎士からすればそんなの関係無ぇよ?」
「でも、何の罪もない領民たちが大声で『国は俺たちの事を見捨てるのか!』『ダイナ家は俺たちの事を考えてくれたのに!』とか言われて、ついでに嘆願書なんて出されたらとても居心地悪くない?」
マーニ兄、そんなヒかないでよ。
「まぁ、王妃様を誤魔化しきれるわけない。
けど、周囲の何も知らない王宮文官や貴族はあっさり騙されるんじゃない?
そうなると『貴族からむしり取るより王宮に報告しろや』って厳重注意位で済まされる可能性があるけど」
ねぇ、なぜそんな恐怖に満ちた目をするの?
「お前、絶対俺の敵になるなよ?」
「失礼な!
母上に悪戯しようとする時以外はマーニ兄の味方だよ?」
バレたら即刻売り飛ばすけど。
「個人的には悪戯の方も味方になって欲しいがそれは置いておいて、相手はそこまでやるか?」
「やってきたら僕と同レベルの性格の悪さと思ってあげよう!」
「お前と同レベルの敵はいらん!!」
そんな……ちょっとだけ思考に労力をかけただけなのに!
「やらかしては来ないとは思う。
だって、理由をここ数日で作らなきゃいけないからね。
もっと時間に余裕があったらやってるかもしれない。
けど、味方を集めて反抗する奴を黙らせてとなると残り日数では足りないと思うよ。
とはいえ、そんなシチュエーションが既にあったのなら、それを理由に押してくる可能性はあるね」
「メインは暗殺、サブで詐欺師紛いの三文芝居か。
面倒なことだ」
その後特に面倒事もなく明日の昼の準備、会議、化粧の講師を終わらせて眠る。
部下たちは邪魔して来なかったが、ネタが尽きたのか?




