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◇◇◇◇
なぜだろう。
周りが騒がしい。
僕、ニフェールは徹夜で任意同行と言う名の取り調べを受ける。
そして、そのまま連れて来られた部屋で爆睡していた。
窓も無い、隔離するための部屋なので時間が分からない。
蝋燭の明かりは消えていたようで、部屋は真っ暗。
……どうしよう。
流石に殺すのなら寝てる間に何度でも機会はあった。
それでも放置していたのなら生かしておくことに意味があるのだろう。
なら体調を整えるためにも――
グ ~ !
――って、腹減って来たなぁ。
明かりが無いので探すのはまず無理だし。
確か、ローテーブルがあったな。
何か置いてあればいいんだが。
手を伸ばして探ってみるが、食事は置いてないようだ。
というか、水差しもない?
飢えより渇きの方が問題だな。
仕方ない、身体を動かさないよう寝ておくか。
助けが来るまで生きていられるようにしないと。
「……そげ!
……をか……んだ!」
何やってんだ?
事件でもあったのか?
まぁ僕には関係ないと思い眠ろうとする。
そうすると、急にバーンと扉が開きエフォットのオッサンが突撃してきた。
ラーミルさんの義娘といい、最近の貴族は扉を開く礼儀を知らんのか?
それとも流行りか何かか?
何かを探しているようだが……。
部屋に明かりがないため見つけられていないようだ。
「急ぎ明かりを!」
オッサンの指示で一気に明るくなる部屋。
まぶしさに目を眩ませてしまった。
「ニフェール!
貴様何をした!」
は?
「……何だよ、寝てるところに」
オッサンは僕の寝ているベッドで馬乗りになり襟元を掴み騒ぎ出す。
ボタンが数個取れて胸がはだけてしまった。
これ、僕が女性なら確実に強姦案件だぞ?
水飲んで無いので声が出しづらい。
声出すのもキッツイな。
「何をしたと聞いとるんだ!
サッサと吐け!」
「何の話だよ」
「ジャーヴィン侯爵がお前を探しに来たんだよ!
何か連絡したのか?!」
「どうやって?
この場所、どう考えても隔離場所だろ?
外に連絡なんてできるはずないじゃないか」
「そんなの分かっとる!」
はぁ?
分かってんのなら僕に聞いても分かるわけないだろう?
「ここから連絡なんて取れない。
でもジャーヴィン侯爵様が来られた。
ならフェーリオ様から連絡が行ったんじゃないの?
で、帰ってこない僕の様子見に来たんじゃないの?」
「なんで、お前ごときに侯爵家が気にするんだ?!
ありえないだろう!
正直に話せ!」
バ ッ チ ー ン !
……え?
なんで左の頬を引っ叩かれているの?
僕何もしてないのに?
「早く話さんか!!」
バ ッ チ ー ン ! !
……次は右の頬?
ねぇ、エフォットのオッサン?
任意同行って暴行されたり徹夜で取り調べ受けたりする立場じゃないんだよ?
オッサンの行動は完全に衛兵の職務を逸脱しているんだよ?
分かってるの?
「何黙っとる!
さっさと話せ!!!」
バ キ ッ ! ! !
グ ッ !
左の頬を今度は拳で殴られた。
口の中で血の味がする。
少し切れたようだ。
「理解できてないのか?
これなら分かるだろう?」
小ぶりのナイフを腰のあたりから引き抜き、僕の左の頬に切っ先を当てる。
オッサンの目を見ると、狂人一歩手前にしか見えない。
「お前が何をしたのか話さなければ顔を切り刻む!
侯爵に何をした!
サッサと喋れ!」
耳を澄ますと知った声が聞こえてくる。
……このバカ親父、頭悪すぎねぇか?
僕のあだ名がなぜ【狂犬】なのか分かってないようだ。
オッサンの右手をナイフごと両手で掴み――
グ サ ッ !
「ぎゃあああぁぁぁ!!!!」
――自分の左頬を貫かせる!
飯食ってないのでうまく力が入るか不安だったがちゃんと貫けたようだ。
少し口を開けていたのが幸いしたか歯にも影響は無くて済んだ。
自ら叫ぶのもそれなりにうまくできた様だ。
「き、貴様、何をしている!」
「た、助けてくれ!!
殺される!!!」
僕が大声で叫ぶと少し離れたところから「どけっ!」と知った声が聞こえる。
その人物は部屋に突撃してきた。
お待ちしておりましたよ、ジャーヴィン侯爵。
◇◇◇◇
儂は何を見ているのだろう。
窓も無い部屋にベッドで寝ているニフェール。
それに馬乗りしているエフォット・アンジーナ子爵。
そして、ニフェールの左の頬には……。
エフォットの手で持っているナイフが刺さっている。
ニフェールも両手で止めようとしているのだろうが、抑えきれていないようだ。
衛兵の仕事は暴力を振るうことではない。
犯罪者を捕らえることだ。
そして任意同行は逮捕とは違い、犯罪者とみなされない。
そして、捕らえた人物をナイフで刺すなんて許可されるはずがない。
仮に犯罪者であってもだ。
「エフォット・アンジーナ子爵、これはどういうことだ!」
「え、あ、いや、侯爵様、何でもございません!」
は?
何でもない?
任意同行に応じてくれた人物に怪我を負わせるのが何でもない?
「何をふざけたことを言っておる!
任意同行者は犯罪者ではない!
監禁するは、ナイフで傷つけるは、貴様がやっていることはただの犯罪だ!!」
「こ、この傷はこいつが自分で……」
「そんな馬鹿な話があるか!
嘘つくならもっとましな嘘をついてみろ!」
「ほ、本当なのです!
こいつが、こいつが!!」
「言い訳は後で聞く!
衛兵、こいつを捕らえろ!!
それと医者を呼べ!
ニフェール殿を治療してもらう!」
「はっ!」
侯爵家の兵以外いなくなったところで、ニフェールに質問する。
「会話できるか?」
「はい、喋りづらいですけど(モゴモゴ)」
まぁ、モゴモゴ言うのは仕方ないか。
ナイフ頬に刺さって滑舌いいってのもおかしいしな。
「まぁナイフ刺さったままでしゃべるのは辛かろう。
……刺したのは自分でやったな?」
「ええ、ナイフを取り出し左の頬に当ててきました。
なので、両手であのオッサンの手を掴み自分で刺しました。
ナイショでお願いします」
「分かっておる。
あいつは何したんだ?」
「任意同行の時点では元セリン家の一連の話を聞かれてます。
正直に一通り答えました。
ねちっこい質疑応答の形だったので終わったのが次の日の朝です」
は?
そんなにかからんだろ?
ニフェールから説明聞いた時も昼過ぎから夕方程度だったはずだが?
「裏取りのためにここから出るなと言われました。
どうやって裏取りする気なのか聞くと、うちの父上を呼び出すと。
なので、まともに説明できずに当主交代を告げられたと説明。
どうやって聞くのか問うと何も知らなかったようで困惑してます」
まぁ前ジーピン男爵はこの件については全くの役立たずだからなぁ。
「ジャーヴィン侯爵やチアゼム侯爵は元セリン家の方々の居場所知ってる。
そう伝えても侯爵に手間かけさせられんの一点張り。
その後はここで捕らわれの身になってました。
任意同行で声かけられてから飯も水も出されませんでした。
なので身体がかなりキツいです。
ちなみに、今日はデートの次の日で合ってます?」
飯も食わさず水も飲まさず放置?
犯罪者に対してもそんなことしないぞ。
アンジーナ子爵は衛兵として仕事を理解してないのか?
「あ、あぁ、合っている。
ナイフを抜いて治療してもらったら何か腹に入れられるように手配しよう」
「お願いします」
一通り確認したので連れて行こうと思ったところで爆弾発言を聞いてしまった。
「ちなみに、アンジーナ子爵って男性への強姦趣味あるんです?」
……は?
ちょ、ちょっと待て、何言ってる?
「聞き間違えか?
男性への強姦趣味?
……すまんが、そう思った経緯を説明してほしい」
「ちょっと前に起きて騒がしいなと思ったら部屋の扉が開きました。
そこで、アンジーナ子爵が突撃してきました。
まず僕のシャツをはだけさせ、ベッドで寝ていた僕に馬乗りに。
平手打ち二回、拳で殴るのが一回でしたね。
最後に腰からナイフを抜いて頬に当てて脅してました」
……一連の流れを聞くだけだと確かに強姦趣味と言われても仕方がないな。
「そういう性癖は無いと思いたいが確証はない。
どうせあいつは取り調べを受けるのだろう。
被害者側の観点で説明してみればいい」
「かしこまりました。
では遠慮なく(ニヤッ)」
本当に【狂犬】のあだ名にふさわしいよ。
できればこのままフェーリオの味方でいて欲しいものだ。