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一通り作業の整理も終わったので、今日は早めに寮に帰ることとする。
どう考えても明日、文官科の試験が本番みたいなものだ。
ここで全力出さないと……。
ラーミルさんや侯爵たちも理解して頂けたようで、帰宅許可もすぐに出た。
大急ぎで寮に戻り、かなり集中して勉強する。
……おかげで朝寝坊しかけたが。
「おっはよー」
「ああ、おは……ニフェール、ひどいぞ?」
「昨日珍しく集中して勉強できる時間が取れたからなぁ。
頑張り過ぎて今日は寝坊しかけた」
フェーリオ、そんな哀れそうな目で見ないでおくれ。
「今日で終わるのか?」
「もう少しかな。
あ、明日からチアゼム家に泊まらせてもらうの聞いてる?」
ジル嬢に問うと、心配そうな声で答えてくれた。
「ええ、聞いておりますわ。
寮住まいだと王宮から帰るのが遅くなった時に門限が厄介だからと聞きましたが?」
「ええ、こっちはこっちでかなり苦労しそうなので。
門限気にせずに動けるようにチアゼム侯爵にお願いしました。
学園終わり次第王宮に行って、うちの四名と一緒に戻ってくる予定です」
「……ごめんなさいね?
気を使ってもらってばかりで」
もしかして、こちらの意図感づいている?
「気にしなくていいですよ。
声高らかに邪魔してくる輩は避けたいので」
「あぁ、最近婚約者になりたがった子がいましたしね」
「まぁ、あれはもう来てないですが……」
流石に【才媛】と張り合う気がある女性はいないというだけなのですが。
そんなことを話していると先生方が教室に入ってきた。
黒板に書かれていくスケジュールは……得意と苦手がばらけているな。
前回ダメだった教科は……礼儀作法が二番目。
算術が六番目。
法律が八番目
政治経済が九番目。
外国語が十一番目。
特に一番苦手な算術が六つ目、昼直前くらいか……。
午後一にしてもいいけど、そうなると今日のこの後のスケジュールが大きく変わりそうだしなぁ……。
これは午前の余裕ある科目(一、三、四、五)を最短で終わらせて、礼儀作法と算術に時間をフルで使うようにするか。
フェーリオもジル嬢も似たような戦略で攻略するのだろう。
礼儀作法はともかく算術はアイツらも苦手科目だしな。
「では、準備よろしいですね?
名前の書き忘れ、無いように。
では、始め!」
……おかしい。
いや、悪いわけでは無いんだが……二つ目の礼儀作法が分かり過ぎる。
というか、特定の礼儀について物凄く分かってしまう。
具体的に言うと……淑女側視点が入る礼儀作法。
確かに領主&淑女科の試験でもいい成績の感じがしたが、これはどう考えてもパァン先生の教えが生かされてる?
……女装の成果とは流石に言わん。
ふむ、これなら算術にかなり余裕持って時間を割り振れるな。
甘 か っ た
いや、順調に五つ目までクリアしたんだ。
六つ目の算術の時間をフルで使えるように時間配分の問題ないんだ。
単純に難しすぎて時間を有効に使うどころか触れられる設問が少なすぎて頭抱えている。
何とかサインだのコサインだのは理解したつもりだった。
でも、なんだよこのlimやらlogとやらは?!
行列ってなんだよ!
うまい飯屋に並んでるのか?!
いかん、これは五点はないまでも半分は無理そうだ。
仕方ない、三十点目指して部分点狙いで行くしかないか。
時間ギリギリまで粘って六つ目終了。
昼休みに入るので午前の部を終わらせようとすると、フェーリオやジル嬢も疲れ果てた表情を浮かべて立ち上がる。
あぁ、二人とも苦しんだようだな。
「……どうだった?」
フェーリオ、そんな二十四時間耐久乗馬を終わらせた後のようなかすれ声になってるぞ?
「前回の試験から比べれば確実に点数アップは出来てるだろうが、五点が十点になってもなぁ。
まぁ、部分点狙いで三十点くらい行ってくれれば嬉しいけどね」
「やはりお前も部分点狙いか……」
仕方ねぇだろ、まだ文官科の算術知識に追いついてないんだから。
「お二人とも、早く食堂に行きましょう。
まだまだ厄介な試験が待ってます。
今のうちにお腹を満たしておかないと……」
おっと、ジル嬢すいません。
食堂にてラザニアを注文してかっ喰らおう……としたが熱いのでちまちま喰いだす。
皆との会話はやはり先ほどの算術の話になる。
「ダメですわね……何とか指数関数までは理解したのですが、対数関数はまだ理解が追いついてません。
行列なぞ何をか言わんやと言ったところでしょうか。
もう少しなんですけどねぇ……」
「あ~、ジルはそっちをメインに学んだのか。
俺は行列は大体なんとかなったんだが、関数系がどうもな……。
指数も対数もまだ理解できてない」
「二人ともそこまでたどり着いているのか。
僕は三角関数とベクトルを理解するところまででタイムアップだったからなぁ」
三人で溜息を付きつつ食事するが、いつもよりうまく感じない。
気分的に落ち込んでいるからかな。
「ちなみに、午後ヤバいのは法律か?」
「それと管理業務だな。
……そうか、ニフェールはその部分は問題ないのか。
あれ、となると午後はニフェール結構余裕?」
「ンなわきゃ無い。
法律以外にも政治経済、外国語。
危険な科目はたっぷりあるぞ」
むしろ余裕があるのが管理業務だけなんだからな?
「あれ、ニフェール様って礼儀作法も苦手じゃなかったかしら?
午前中の結果で頭抱えているのが算術だけでしたわよね?」
「あぁ、とある訓練の成果が礼儀作法の試験にフィットしちゃって僕も驚いてます」
この言葉で二人ともパァン先生の個人授業の成果が出たことを理解したようだ。
「人生何が有効となるか分からないもんだな」
「本当に、変装用知識が試験対策になるとは……」
「そんなの学園創始者だって想像つきませんわよ……」
フェーリオとしみじみと語り合う僕。
呆れた表情を見せるジル嬢。
微妙な空気ではあったが午後の試験前の気分転換になった……かもしれない。
午後の最初の試験は管理業務。
フェーリオとジル嬢は苦しんでいるようだが、僕はそこは一気に終わらせて先行して法律を進める。
……あれ?
なんか見たことある問題が……。
===============
問:契約書を作成せずに相互間の契約を結んだ場合、罰則を論ぜよ。
なお、故意、過失双方の場合について記載すること。
===============
……これって、今のノヴェール家に関わる問題だよな?
文官科二年でやる内容だったのか……。
なんかサービス問題な気もするが、ありがたく僕の得点源になってもらおう。
その後も面倒な科目をクリアして、三人とも夕方には一通り試験終了。
その表情は騎士科の山野行軍訓練終了時の如く、疲労困憊の表情しか無かった。
臭くないだけましだが。
「さあ、ニフェール君!
ノヴェール家に行くわよ!」
「ちょっと待って、寮から荷物取ってくる。
すぐに戻るから!」
無駄に元気なティアーニ先生を待たせて急ぎ寮に移動する。
騒ぎそうな先生はオーミュ先生が抑えてくれるようだ。
取ってくるものは……衣服。
普段着用している制服ではなく、それなりにぼろい布の服。
貴族とバレるのはどうしようもないかも知れないが、可能な限りの隠蔽工作はしないと他のギルド側が何するか分からない。
「お待たせしました。
では参りましょうか?」
走っていきそうな先生を抑えつつノヴェール家に到着。
ラーミルさんと合流しベル兄様の寝室に。
コンコンッ
「失礼します、ベル兄様。
ティアーニ先生をお連れしました」
「……どうぞ」
やっぱりまだビビり入ってますね。
ドアを開け、皆で部屋に入る。
昨日より顔色が悪そ……え、悪いの?
なんで?
昨日それなりに元気だったじゃない?
こっそりラーミルさんに聞いてみると……。
「謝ることのプレッシャーに負けかけてるみたいです」と言われてしまった。
ん~、ベル兄様の事だから謝罪したくないとかじゃないよな?
となると謝罪した後に何が起こるのか分からないのがプレッシャーになってるのかな?
むしろ謝罪しないと一歩も進めないと思うんだけど。
ティアーニ先生は……ってこっちもさっきまでのイカれたテンションはどうしたの?
別人格にでもなったかのように黙っちゃった。
オーミュ先生とラーミルさんから僕に視線が集まってくる。
(どうにかしなさいよ!)
(どうにかなりませんか?)
キツイ視線か縋るような視線かの違いはあれど、希望は同じだろう。
「ベル兄様」
ビ ッ ク ゥ !
「ティアーニ先生に言うことありますよね?」
「あ……あ……」
もしかして、既に精神的にヤバい?
過呼吸気味?
「ベル兄様、予定変更!
ゆっくり深呼吸して!」
「あ……あぁ、分かった」
スーハ―とじっくりと呼吸をし、少しづつ落ち着きを取り戻していく。
ティアーニ先生は……こっちもか?!
「先生も同じように深呼吸して!
デート後最初に会った授業の時のように!!」
先生も同様にゆっくりと時間かけて呼吸させる。
何とかこちらも落ち着きを取り戻しているようだ。
オーミュ先生やラーミルさんからは何が起こったのか分からず困惑されてしまった。
「お二人用に説明しますと、二人とも過呼吸っぽいことになってました。
多分、どちらも謝罪することの不安が増大した結果かな?」
「へ?
謝罪して終わりかと思ったんだけど……」
オーミュ先生、僕もそう思ってました。
「謝罪すること自体は双方考えていたのでしょう。
ですが、その後『嫌われるんじゃ』とか『もう会えないんじゃ』とか考えたんじゃないかな?」
……ベル兄様もティアーニ先生も首振り過ぎ。
そこまで行くとヘッドバンキングにしか見えないよ?
「どうする?」
「どうすると言われましても……正直サッサと謝罪しろとしか。
だって、今僕が説明した内容が正しいと二人とも頷いてましたよね?」
( コ ク コ ク )
ティアーニ先生もベル兄様も同時に頷く。
なんでそこまでタイミング合わせるかな……。
「二人とも謝罪する気はあるんですよね?」
( コ ク コ ク )
「相手の謝罪を受け入れる気もあるんですよね?」
( コ ク コ ク )
オーミュ先生もラーミルさんも頭を抱える。
もう答え出てんじゃん。
「今、二人が頷いた内容が全てなんですけど……。
だって互いの考えはお互いの目の前で頷きまくって相手に知られてます。
そしてそれに対する考えも頷いて知られてます。
後はそれを言葉で言うだけ」
二人ともモジモジしまくった挙句、ベル兄様から謝罪の言葉を伝えた。
「ティアーニさん、先日のデートでの発言申し訳ありませんでした」
「ベルハルト様、こちらこそご不快な思いをさせて申し訳ありません」
……ご不快な思い?
ベル兄様何したの?
僕の視線に気づいたのかベル兄様は最初のデートでの顛末を一通り話した。
……即興系の会話が苦手でその場合会話がかみ合わなくなるくらい遅くなる?
「ラーミルさん、そんなの見たことあります?
僕とのやり取りで即興系な会話だらけだと思うんだけど……。
そんな会話が遅くなるなんて見たこと無い気がする」
イメージがつかず、一番ベル兄様の事を知っているラーミルさんに聞いてみる。
「……きっかけとして思いつくのは一つ。
うちの大叔父、そしてその子孫とのやり取りかなと」
「アンドリエ家関係者ってこと?」
「そうですね。
小さいころ、ここに遊びに来ては兄や私に怒鳴りつける人たちでした。
正直親族と思いたくなかったですし、親も可能な限り追い払ってくれました」
親が追い払うってよっぽどじゃねぇの?
「ただ、途中で来なくなって安心していたのですが、兄の心には傷ついていたのでしょうね」
「ラーミルさんは、なぜ克服できたんです?」
「……聞き流してたからでしょうね」
ハ ァ ?
「あの人たちの発言は全く意味無く時間の浪費だけだったんで、その間の会話はすぐに忘れるようにしてました。
多分兄は心にため込んだ挙句消えない傷となったのでしょう」
……それは真似しろとは言いづらいな。
当人の性格にも左右されるしなぁ。
「ただ、ノヴェール家内での会話やニフェールさんとの会話でそんな事態を見たこと無かったですね。
なので、正直私も困惑してました。
ちなみに、初デートの誘いを断った時点で大叔父の影響が残っていることは推測してました。
ですが、ここまでとは思っていなかったので」
でしょうね。
ティアーニ先生とお話ししていた時も、そこまで変な行動とってなかったと思うし。
「ぼっちなのとデートとかの経験が無いことは分かっておりました。
なので、その辺の苦労はあるかと思っていたのですが……。
何となくですが、大叔父の影響とボッチの影響。
そしてデート未経験によるプレッシャーが重なり合った結果に感じますね」
「以前の辛い思いを、隠していた扉を開いてしまった感じでしょうか?」
「多分……」
ったく、アンドリエ家はどこまで邪魔しやがんだよ本当に。
「え~っと、とりあえず双方謝罪し、かつそれを受け入れました。
ということでこれ以上最初のデートについてウジウジ悩むの止めてね。
それと、次回のデートについて僕から提案したいんですが?」
「提案?」
満を持してマーニ兄の提案をぶちまける。
「複数人デートしない?」
一瞬で顔真っ赤にするベル兄様。
一瞬で顔アヘらせるティアーニ先生。
全く二人とも分かりやすいんだから……。
「と言ってもすぐは絶対無理。
ノヴェール家のドタバタ終わらせてからだけどね。
現在参加してくれると言われてるのが、うちのマーニ兄たちとフェーリオたち。
あ、当然僕たちも参加します」
「……そこまで準備してたんだ」
ええ、もう、かなり事前に。
具体的に言うと、お二人の初デート中くらいには発案されてました。
「ちなみに発案者はうちのマーニ兄。
先ほど言った面々はベル兄様の事態をある程度理解してくれる人たちのみ。
しかも、周りを気にしないマーニ兄たちと対人関係激強なフェーリオたち。
デートリトライに加え、学園の頃経験しなかった一緒に買い食いとかも可!」
グ フ ッ !
あ、ごめんベル兄様、言い過ぎた。
「とりあえず、そのイメージで検討してます。
で、二人ともスケジュールはともかく、参加する気ある?」
「是非!」
ティアーニ先生早!
あれ、ベル兄様は?
「ちょっと勢いについていけなかった……。
俺も喜んで参加させてもらうよ」
その言葉を聞きホッと安堵の声を漏らす僕。
これで後はさっさとアンドリエ家潰して、ベル兄様のプレッシャー減らした状態でデートさせてあげよう。
初回を忘れるくらい楽しんでくれればいいな。
ティアーニ先生はもう少し居たそうだったけど、オーミュ先生に引きずられて帰っていった。
オーミュ先生がホッとしたような優しい笑顔だったのが印象的だった。




