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そんなこんなで雇い主にガン見されながらケーキを食べる。
そうすると、衛兵が二名ずかずかと店に入って来た。
店にいる店員や客がキョトンとする中、キョロキョロと辺りを見回している。
そして、僕を見つけるとまっすぐこちらにやってきた。
「そなた、ニフェール・ジーピン男爵子息で合っているかな?」
「ええ、そうですが衛兵さんはなんでこちらに?」
衛兵の方々に探される理由が思いつかないのですけど?
「わしの上にいる方からの指示でな。
セリン伯――正確には元セリン伯だな――の売爵について確認したいそうだ。
そこで、貴君に同行いただきたい。
行先は王宮の衛兵室。
犯罪者として扱うとは聞いておらんからそう怯えんでもよい。
構わんかな?」
ラーミルさんを軽く手で制止し、ちょっと考える。
流石に初デート邪魔されるのは腹立たしい。
だが、こんなところで喧嘩売っても何の得にもならないな……。
「少し時間頂けるのであれば同行しますよ?
実は、今人生初デート中なので……」
「ほぅ、それはいいところを邪魔してすまんな」
「いえ、衛兵さんもお仕事でしょうから。
……初デートを明確に邪魔しに来たら暴れますが」
「流石にわしもそこまで歪んだ性癖はしとらんよ。
すまんが、外で待っているからここでのデートを楽しんだら来てくれるかの?」
「かしこまりました。
お心遣いありがとうございます」
衛兵たちが店の外に出たところで全員集合。
ラーミルさんに加えフェーリオとジル嬢、その側近たちが一斉に集まった。
「まずラーミルさん、売爵について何か王宮側で聞かれたりしました?」
「いいえ、書類提出後は一切聞かれてはおりませんわ」
となると、僕に聞く理由が無いな。
聞くなら元セリン伯、そして元伯爵夫人だろう?
そこから派生しても、まずは父親である前ジーピン男爵だろうしなぁ。
直接僕に聞く理由がない。
「嫌がらせの類かな?」
フェーリオに確認するが、首を横に振られた。
流石にこれだけでは分からないか、そりゃそうだ。
「フェーリオ、ジル嬢と一緒にラーミルさんを送って。
その後ジャーヴィン侯爵に確認。
最近売爵についての調査なんてやっているのかどうか。
侯爵が知らないところで動いていたら……」
「どこかの貴族が嫌がらせの為に割り込んだってところか?」
そうそう、その通り。
「そこが分かればジャーヴィン家としては後ろにいる奴を潰せるでしょ?」
「あぁ、そっちは任せろ。
お前はおとなしく取り調べを受けていてくれ。
出来れば……」
「相手と会話して情報を集めとけ、でしょ?」
コクンと頷くフェーリオ。
ジル嬢もチアゼム家の力を使って調べてくれるそうだ。
「ラーミルさん。
このような事態になってしまったのでこの場にてデートはおしまいとなります。
ですが、またお誘いしてもよろしいですか?」
顔真っ赤にしてコクコク頷くラーミルさん。
「本日はこれ以上お送りすることができなくなりました。
なので、フェーリオとジル嬢と一緒にお戻りください」
「はい……」
少し寂しそうな表情を浮かべ、帰るのを受け入れてくれる。
「そんな寂しそうな顔しないでください。
大丈夫ですよ、ただの質問なんでしょうから」
二人とも絶対違うと分かっている。
だが、それを顔に出さず笑顔で安心させようとする僕。
それを顔に出さず笑顔で安心したように見せかけるラーミルさん。
互いに分かっている嘘をつき合いデートを終わらせようとする。
フェーリオとジル嬢にラーミルさんの事をまかせ、ケーキの支払いをする。
さて衛兵さんはどこ?、と周りを見渡そうとした。
その時、スッとすぐそばにラーミルさんが近寄って来た。
一応、これでも訓練しているので少しは気配が分かるんだけど?
ラーミルさん気配しなかったんですけど?
フェーリオたちを見ると、愕然とした顔でこっちを見ている。
あぁ、誰も気配を感じられなかったんだな……。
心の中で混乱を超えたために平穏が訪れてしまった。
そんな僕にラーミルさんは――
ブ ヂ ュ ッ ♡
――頬にキスしてくれた。
だが、キスの経験が足りないのかな?
「チュッ♡」という軽い感じではなく頬に唇をめっちゃ押し付けた感じ。
鼻や前歯ぶつけて痛い思いするタイプ。
何と言うかほほえましい(?)キスにホンワカした僕は――
チ ュ ッ ♡
――ラーミルさんの頬にキスをした。
……僕の方がキスのレベル高そうだが、当人には黙っておこう。
全てが終わったら、二人でキスの訓練でもしてみようかな?
「行ってきますね♡」
「行ってらっしゃい♡
お帰りをお待ちしてます」
ラーミルさんから離れ衛兵さんたちの所に向かう。
そうするとなぜか砂らしきものを吐いていた。
蟻が群がっていたが、もしかして甘いの?
「なぁ衛兵さんたち、大丈夫か?」
「テメェが原因だろうがよ!
……まぁ、幸せになれや」
本当に良い衛兵さんだよなぁ。
任された仕事が最悪だけど、それはこの人たちのせいじゃないしなぁ。
王宮に向かう途中で衛兵さんとちょっとお話をしてみる。
「売爵の件って言ってたけど、元セリン伯や元伯爵夫人には話を聞いたの?」
「ん? 知らんぞ?
俺たちは指示されたことをやっているだけだからなぁ。
答えてやりたいがそこまで情報を貰えてないんだわ、すまんなぁ」
あぁ、そりゃ答えようがないわ。
その程度には気を使える相手か。
誰だろう?
「いや、知ってたら教えてほしかっただけだから謝罪は不要だよ。
ちなみに、お二人ご結婚は?」
「「してるが?」」
「後学の為にいくつか教えていただきたいんですが……。
奥さん堕とした、もしくは奥さんに堕とされた手口って言えます?
新人である僕に教えて頂けたらありがたいんですが?」
この後(衛兵たちが)滅茶苦茶ハッスル(して当時の話を)した。
なぜかベッドの話の方が長かったのは衛兵たちの性癖だろうか?
また知らない単語が飛び交っていたのもあり、あまり理解はできなかった。
なんでも「ぎゃくばにー」「はだわい」「はだえぷ」とか言ってたんだが……。
聞いてもよく分からない。
後日、フェーリオにでも聞いてみるか。
……あれ?
フェーリオが知ってたら、ジル嬢とそういったことを先行してシてるってこと?
……もしかして下手に聞かない方がいい?
ちょっと検討要としておこう。
そんなことを話ししていると王宮に到着、衛兵室に案内される。
実は衛兵室は二度目、【狂犬】のあだ名がついた時以来だったりもする。
チラッと周囲を見渡す。
そうすると、あの時にお世話になった方々を見つけた。
会釈すると皆さん顔を青くして逃げ出した。
そこまで怯えなくてもいいのにねぇ。
「兄ちゃん、何やらかしたんだ?」
迎えに来てくれた衛兵さんたちが首を捻ってるので、ちょっと教えてあげた。
「一年程前かな、うちの寄り親の子息を襲った者たちがいたので噛み付きました。
犯人は殺しきれなかったのが悔やまれますが」
「ああ、あれ、兄ちゃんだったんだ!
そりゃあいつらもビビるわ!!」
流石に聞いたことがあったのだろうが、そんな反応しなくてもなぁ。
ちょっと悲しい。
そんな話をしていると、僕に用があった人たちが迎えに来た。
衛兵さんたちとはここでお別れ。
別の場所に移動となった。
ちなみに迎えに来た人、知ってる人なんですけど?
でも、当人反応鈍いのでもしかして接点あること気づいてない?
ねぇ、エフォット・アンジーナ子爵?
あなたが出て来たってことはフェーリオ関連の嫌がらせ?
もしかして元取り巻きのレスト――あなたの息子のためになんか悪さするの?
ちょっと王宮をグルグル回って最終的に到着したのはそこそこ綺麗な一室。
ベッドやテーブル、椅子ははあるけど窓が無い。
部屋へ入るのは一つの扉のみ。
これ、隔離するつもりでここ選んだ?
迎えに来た人が椅子に座り僕にも席を勧められる。
お言葉に甘えて座ると、オハナシアイが始まった。
「さて、ジーピン男爵子息殿。
先触れの面々から軽く話を聞いていると思う。
元セリン伯爵家の売爵騒動についてあなたが関わっているとお聞きした。
その内容をご説明頂きたくお呼びした。
まず、元セリン伯爵との接点から説明願えるかな?」
まぁ、相手の希望通りにグリース嬢の暴走から始まって全てをぶちまけました。
微に入り細に至るまで。
ただし、ラーミルさんの胸の谷間は情報だけは伏せておく。
あれは僕の記憶だけに残しておきたいからね。
誰かに伝えるなんてとんでもない!
とはいえ、本来チアゼム侯爵家で話した時以上に話すことを求められた。
それとなぜか繰り返し同じ質問をしてくる。
対犯罪者用の取り調べ方だよな、それ。
後、水くらいよこせ。
夜が更け朝日が昇る頃に一通り説明終わる。
そうすると、迎えに来た人は偉そうにふんぞり返ってぶっ放した。
――面倒だ、今後エフォットのオッサンって呼んでやろう。
「ほぅ、なかなかいろんなことがあったようだね。
これらの情報が正しいのか調査が必要なのだ。
すまんが数日こちらに待機してもらえるかな?
当然、学園への休みの連絡は受け持とう」
本気ですか?
もう少し考えて発言した方がいいですよ。
「ここに閉じ込める理由が理解できませんね。
第一、元セリン伯のことは当人に聞けばよい話なのになぜ僕に?」
「はっ!
何処にいるのかもわからない元セリン伯を探すより君に聞いた方が早かろう?」
それダメじゃん。
正しいかの確認したいのになぜそんな手抜きをするの?
「ですが、僕から聞いた話をどうやって裏取りするのです?
この件に関わったのは元セリン伯、元夫人、元令嬢。
そして我が家の父上と弟、そして私のみ。
まさか十歳の弟に僕と同じような聞き取りをされるのですか?」
「そなたの父上を王都にお呼びするだけだ!」
「それは無駄ですね。
父上はこの件であまりにも無能を晒しております。
その結果、ジャーヴィン侯爵から直々に当主交代を命ぜられました。
報告をちゃんとできない無能は不要と判断されたようですよ」
「は?」
馬鹿面晒してんじゃない!
その程度も調べてないのか?
「それと、元セリン伯の居場所はジャーヴィン侯爵がご存じですよ?
あぁ、チアゼム侯爵もご存じですね」
「わざわざジャーヴィン侯爵のお手を煩わす必要なんぞないわ!」
「え?
じゃあどうするつもりなので?
僕の情報をちゃんと裏取りできる方って、後は元セリン伯爵夫人位ですよ?」
オッサン、なんか驚いているけど、なんでそんな驚くの?
「は?
なぜ夫人が?」
「うちの父上と同じで元セリン伯もお話にならないと判断されただけですが?
それと元令嬢は話し合いに対してまともに聞いていなかったんですよね。
なので、結果的に伯爵家潰れた原因ともなってます。
話を聞いてもまともに答えてもらえないと思いますよ。
覚えてないだろうから」
あ~、エフォットのオッサン、その間抜けな顔止めろ。
それと言いたいことは分かるが諦めろ。
その苦々しい表情をしてもあの元令嬢のおバカ加減は変わらん。
会ったこと無いのが幸せと思ってほしいくらいだ。
「ちなみに、今回の呼び出しについてですが……。
既にジャーヴィン・チアゼム両侯爵に伝わっております。
これで数日間拘束なんて馬鹿なことをしたら、うちの父と同じ末路を辿るかと。
いかがいたします、エフォット・アンジーナ子爵?」
「……お主、儂を知っていたのか?」
「いや、知っていたも何も同じ寄り家に仕える者でしょ?
それに数か月前にご挨拶してますよ?
確かジャーヴィン家のパーティでですね。
で、レストが側近から外された件について思うところがあって僕を亡き者に?」
「いや、流石に亡き者には……」
なんだ、ビビりか?
「んじゃ、犯罪でっち上げてジーピン家自体を潰す?」
「いや、家まで潰すなんて……」
おいおい、そんな程度でビビるなんて、何と言うかヘタレすぎねぇか?
「正直、エフォット殿が何をしたいのかわかりませんが?
実は、先ほども言った通りジーピン家は当主交代しましてね」
表情が物語ってますね、「それがどうした」と。
「うちの長兄が当主となったのですが……。
婚約者がジャーヴィン家の長女なんですよ。
ご存じです?
カールラ様っていうんですけどね」
ヒ ク ッ !
表情に出てますよ?
ヤベってね。
「で、うち、兄弟仲滅茶苦茶いいんですよ。
兄弟に害を与えようとする羽虫を再起不能にするくらいには」
ヒ ク ヒ ク ッ !
忘れておられるのですかねぇ。
それとも気づいてない?
【魔王】【死神】【狂犬】まとめて喧嘩売っていることに。
僕は上位者に襲い掛かる愚か者に牙を突き立てるだけ。
でも、兄たちはそんな単純ではありませんよ。
伊達や酔狂で【魔王】【死神】なんてあだ名がつくはずないじゃないですか。
「ついでに今回のセリン家の対応でチアゼム家とも仲良くなっておりまして。
二つの侯爵家から狙われててアンジーナ家、大丈夫です?」
「そ、そんなことは!」
「まぁ、僕は正直もうどうでもいいです。
残りの人生楽しく生きてください。
僕はもう知りません」
そんな絶望に満ちた顔しないでください。
……嬉しくなっちゃうじゃないですか。
「ちなみに、レストたちが取り巻きから外された理由を僕は知りません。
あいつらからも相談は受けたのですが、フェーリオに理由聞かないんですよね。
当人たちにも指摘しておいたんですけどねぇ。
この調子だと何もしてなさそうですね」
分かるか?
お前の息子は確認とかに動かないから理由も知らぬままワタワタしてるんだよ?
「そんなことも聞くことができない人間を取り巻きにする理由ってないでしょ?
おかしいと思うのなら聞いてみたらいかがです?
あなたの仕事場でも不明な点を聞くのは当たり前なのでは、エフォット殿?」
ガックリきたようですね。
でも、ちゃんと聞きにいかないあなたの息子を叱責しなさいよ。
そうじゃないと、どうしようもないんじゃないの?
「で、このまま捕らわれの身になった方がよろしいですか?」
「……そのままこの場所にいるがいい!」
怒りに任せてここから出て行ってしまいました。
まぁ、期待通りではありますが。
あ、水貰うの忘れた!
さて、もう僕にできることはありません。
なのでおとなしく待つしかないですね。
まぁフェーリオならどうにかしてくれるでしょ。
今のうちにゆっくり寝ておきますか。
◇◇◇◇
何故、何故だ!
部下が集めた情報から把握できた元セリン家の売爵の原因。
それと息子のレストが伝えてきた侯爵家の取り巻きから外された原因。
どちらもジーピン家のニフェールがやらかしているのは分かっているんだ!
それなのに、何だあのふてぶてしさは!
この成果で儂エフォット・アンジーナの評価は上がるはずだった!
そして、息子のレストも取り巻きに戻れるはずなのに!
仕事場の机に八つ当たりしている儂に誰も近づかずかない。
……と思いきやセリン家売爵の情報を持ってきた部下が近づいてきた。
「アンジーナ様、何暴れているんですか?
机壊したら弁償となる覚悟はおありで?」
「ふん!
それより、ジーピン家三男のやらかしの裏取りは済んでいるんだろうな?!」
「無茶言わないでくださいよ!
急いでますけど元セリン伯の居場所もまだ調査中だってのに。
なんで裏取りする前に捕まえるんですか。
あ、その件で今日から数日出張行ってきます」
何言ってるか分からん!
なんで出張に行く必要があるんだ!
「現時点で四か所、元セリン伯がいそうなところをピックアップしました。
なので、一つずつ確認してきます」
「手紙でよかろう!
なぜ貴様が向かわねばならん?」
「住んでいる家が分かったわけではないのですよ?
ある程度街を絞り込めただけで、実際住んでいるのかも分からないのです」
ったく、使えんなぁ!
「分かった、さっさと行ってきて証拠をつかんで来い!」
部下を怒鳴りつけ、食事をして仮眠室に向かう。
徹夜での取り調べは儂の年齢では流石に身体にクルものがある。
次の取り調べまで体力を回復せねば。
……
「全く、愚かすぎだ、あのオッサン。
まぁ、出張から帰ってきた頃には消えてるだろうがね」
……
【アンジーナ家:国王派武官貴族:子爵家】
・エフォット・アンジーナ:当主、レストの父親
→ 労作性狭心症 (アンジーナ・オブ・エフォート)から