16
扉を開け、結構な人数が入っていく。
オルスも何事かと言わんばかりに驚いているが、僕が入ったのを見るといやらしい笑顔を見せて来た。
「おや、確か昨日『鍵ちょうだい』とか言っていた方ですなぁ。
鍵は見つかりましたかな?」
「いや、面倒だから壊した」
「はぁ?」
唖然とするオルス。
この程度で騒ぐなよ。
「いやぁ、お前がカギを壊したとか言ってたからねぇ。
なら僕も執務机とか隠し扉とか壊してみたよ。
あ、当然ベル兄様に許可は貰ってだけどね」
「嘘だ!
あの机を、あの扉を壊せるはずがない!」
そうか?
そこまでの苦労は無かったけど?
「結構簡単に壊れたけどなぁ。
お前が騒ぐほどではなかったよ?
カリム、ナット、見せてあげて」
隠し扉のドアノブ部分を見せると間抜けな顔して固まってしまった。
「さて、お前の頭でも隠し扉が開けられたのはこれでわかったろう?
そしてそこで見た情報をこれから説明してもらおうと思う。
四人とも、よろしく頼む」
うちの四人組がウキウキしながらオルスの今までのやらかし部分の日記を朗読する。
食糧購入時に遠くの商会――アンドリエ商会――から高額の物をワザと購入し、商会から支払った額の一部をキックバックしてもらっていること。
ノヴェール家側に報告している使用人の予算をちょろまかし、自分のものにしていること。
ノヴェール家の情報――資産状況、当主の健康情報等――をアンドリエ家に横流しすること。
そして、ベル兄様が彼女を見つけそうになった時にその相手を脅し追い払っていたこと。
全て暴露してもらった。
一部、ラーミルさんやベル兄様も知らなかったことが出てきて、歯を食いしばったり拳を握り締めた勢いで爪で手のひらを傷つけたりしていた。
まぁそうだろうね。
僕もこんなことされてたと知ったら暗殺者ギルド潰したのと同じように壊滅させるけど。
「さて、これを裏付ける情報はたっぷりと隠し部屋にあったぞ。
誤魔化しは効かない、大人しく罪を認めろ」
「断る!
貴様の部下が調べたからと言ってそれが真実と何故判断される!
そいつらは王家の部下か?
王宮の役人か?
違うだろう?
ただの一貴族子弟の部下だ!
そのような輩の戯言に付き合う義理は無い!」
……おやおや、頑張るねぇ。
でも無駄だけど?
「確かにこの四名は僕の部下であり、一貴族子弟の部下でしかない」
あぁ、嫌らしい笑顔を見せてくれるねぇ、オルス。
すぐその顔が絶望に変わるけど。
「ただし、この者たちが調べたのを王宮の関係者が同じく調査して同様の判断をしている。
お前に伝えたのは確かに僕の部下だ。
でも、伝えた内容は王宮も真実であると認めたものだ。
故に、貴様の反論は無効だ」
ほ~ら、すぐに変わった。
ほら、四人組、ちゃんと見ておけ。
お前らが望んだシーンだぞ?
「それに加えて貴様には王宮からの詰問の自作自演、男爵子息への暴行と他の罪もたっぷりある。
おめでとうオルス君、貴様はもうノヴェール家の執事ではない。
そして平民でもない。
犯罪者として残りの人生を楽しむがいい」
膝を付き、この世の絶望を全て背負っているような反応を見せているが……。
まだだぞ?
まだあるからな?
「さて、王宮関連の対応はこれくらいにして、次に行こうか」
キョトンとしているオルス、もっとキッツい事態が始まるが、覚悟しておけよ?
「さて、これは日記に書かれていた内容なのだが、貴様はどうもこのノヴェール家の侍女たちにコナかけまくっていたようだね」
え、なに顎外れたかのような表情しているんだ?
あれだけ克明に日記に書いているんだから分からないわけないだろうに……。
「で、貴様は自分の性癖を日記にぶちまけていたようだが、気づいていたかな?」
「せ、性癖?」
「なんだ、本気で気づいてなかったのか?」
「そ、そんなものある訳無いだろ!」
周りからクスクス笑い声が聞こえる。
オルスは顔真っ赤にしているが、気づいてないのかな?
ここに来た面々が皆、オルスの性癖を知っていることに。
「さて、こちらで調べた性癖による事態の一部を朗読させてもらおうかな」
最初にオルスがサンドラさんに告白した時の部分を切々と朗読する。
顔真っ赤になっているオルス。
……貴様に恥じらいという者があったのか、驚きだぞ?
「さて、サンドラさん。
これはあなたがいくつの時の話か分かるかい?」
「十八ですね」
うん、先に聞いたときからサバ読んで無くてホッとしているよ。
「では、この告白の数年後にサンドラさんの事を書いた日記を朗読する」
ババア呼ばわりされた時期の年齢(二十歳)を確認し、オルスに一言。
「オルス、気づいているか?
今のサンドラさんとの会話で貴様の性癖が暴露されたのだが?」
「は?
今の話のどこに性癖があるというのだ?
唯々日記を読んだだけだろうに」
あれ、本当に気づいてない?
それとも自覚したくない?
「ふむ、気づいていないのか気づかないふりをしたいのかは分からんが、もう少し読んであげたら貴様でも分かるかな?」
そう言って僕はオルスの告白話とババア呼ばわりの話を繰り返し朗読する。
一通り読み終えてみるが……。
「一応確認するが、まだ分からんか?」
「相手は違えど同じ告白話でしかあるまい。
それのどこが性癖というのかね?
まさか、女性に告白するのが性癖とは言わんだろ?」
ニヤニヤしながらそんなことまで言ってくる。
ふむ……ちょうどいいからこの部屋に居た調査要員メンバーにも聞いてみるか。
「え~っと、そちらにいらっしゃる調査要員の方。
僕が言っている性癖ってなんだか分かりました?」
問うと、チラチラサバラ殿を見ている。
頷き許可をもらうと、言いづらそうにしながらも質問に答えてくれた。
「推測ですが、告白した時が全員十代後半ですね。
そして、告白後の失礼な呼びかたをされたタイミングが二十台。
ニフェール殿の言う性癖とは、十代後半しか女性とみなしていないことでは?」
お~!
こちらの意図を理解された方がおられましたね。
「正解です。
よかった、これだけ準備して誰も分からなかったらショック大きかったですよ」
「あ、いや、結構分かりやすかったですよ?」
でも、オルスは理解できなかったよね?
「という訳で、オルスの性癖は理解できたかな?」
オルスを見ると、何故か肩を震わせている。
なんで?
笑うつもりなの?
笑う要素なんて無いと思うんだけど?
「それだけか?
その程度で性癖?
ありえんよ、そんな戯言は!
どこに性癖と言えるほどおかしな要素があるというのだね?」
「最初のサンドラさんへの告白だけは問題ない。
だが二十歳になった途端ババア扱いはかなりおかしいぞ?」
「それくらい普通だろうが!」
「いや、二十歳をババア呼ばわりってかなりおかしいからな?」
部屋にいる皆が僕の言い分に頷く。
「それと、貴様は今の年になっても十代後半しか見ていないようだが、それは十分性癖と呼んで差支えないと思うが?
貴様の今の年齢は知らんが、二十・三十年下の女性しか目に入らないというのはかなり異常だが?
自分の歳考えろよ」
流石にこれは自覚していたのか、顔を真っ赤にして黙ってしまう。
「貴様はいつまで若いつもりだ?
貴様の行動はジジイが若い女性につきまとう性犯罪者でしかないぞ?」
はっきり宣言すると一旦動きを止めるが、すぐに首を横に振りオルスの考えをぶちまけてくる。
「仕方あるまい!
二十歳になった途端、女どもはババアに変わる!
急激に不快なニオイをまき散らし存在するだけで不愉快だっ!!」
……ニオイ?
「……なぁ、貴様が感じるニオイとはなんだ?
分かりやすく例を上げられるか?」
「……臭い植物の花のニオイに近い」
「その植物の名は?
もしくはそのニオイをどこかで嗅いだ記憶は?」
「分からん、植物の知識はほとんど無いのだ……だが、今もそのにおいがする」
へ?
「ラーミルさん、サンドラさん、ルーシー、ナット。
今日はどんな香水付けてる?」
「薔薇の香りですけど……」
「ラベンダーですね」
「今日は付けてないわよ?」
「つけられる程のお金ちょうだい?」
ルーシー、ナット。
誠に申し訳ありません!
平にご容赦を!!
ラーミルさんが薔薇で、サンドラさんがラベンダー。
「ラーミルさん、オルスに近づいてみて。
オルス、強くなった香りが貴様の不快なニオイか確認してくれ」
まずはラーミルさん。
特に問題なし。
次にサンドラさん。
とてつもなく臭そうな表情を見せてくる。
ついでにルーシーとナットも同じようにニオイ嗅がせても特に問題なし。
「オルス、サンドラさんのニオイがダメか?」
「あぁ、いつもの不快なニオイだ!」
「サンドラさん、ラベンダーの香水ってここの侍女たちは普通に使ってる?」
「全員では無いですが、結構使ってますね」
……もしかして?
「侍女たちは初めの頃はお金が無いので香水を使わない。
二十歳くらいから金に余裕ができるので、香水買う余裕が出てくる。
そこで買う香水は先輩たちに教えてもらったラベンダーの香水?」
「あっ!」
「オルスはラベンダーのニオイが嫌いだから二十歳越えた子がつけた香水の匂いを忌避してババア扱いしてる?」
「そ、そんな筈は無い!」
そんなことあるんだよなぁ。
「オルスがルーシーのニオイ嗅いで不快に思わなかったろ?
ルーシーは二十歳越えてるぞ?」
「……」
オルスは自分の行動、そして考え方に反した状況に困惑しているようだ。
そして……。
「……オイ、ニフェール」
うわぁ、「様」抜かしてきやがった。
本気で怒ってる……。
「ルーシー落ち着け、別にお前を侮辱したい訳じゃない!」
「理解はしてるしやろうとしていることも分かるけど、それでも腹が立つのよ!」
「誠に申し訳ありませんでしたぁ!!」
ルーシーがブチ切れ始めた。
というか、例として扱ったのは悪かったが、お前二十歳どころかもっと上だろうが!
二十歳越え程度の説明で騒ぐなよ!
当人には言えないけど!
「ニフェールさん、つまり、オルスの性癖はラベンダーの香りによるもの?」
「それだけではないかもしれませんけどね。
最低でも二十歳以降の女性を臭いと思う原因がラベンダーの可能性が高いでしょうね」
ラーミルさんの質問に答える僕。
嫌いなニオイする女性=ババアって短絡的にもほどがあると思うけど。
「でも、いい年して十代の子に手を出そうとするのはオルスの性癖でしょう。
ニオイ関係ないですし、この屋敷以外に女性との接点がないとか言わないでしょ?
執事の仕事やプライベートで他に女性と全く会わないなんて無いでしょうし」
「確かに……」
あと、一つ疑問があるんだがなぁ。
「オルス、今のニオイによる判断だが、先代ノヴェール夫人に同じ不快なニオイを感じたのか?」
「……いや、そんなことは無い。
あの方は二十歳越えても不快に感じない珍しい方だった」
「なら、先代夫人と侍女たちとの差を考えればババア呼ばわりは無かったんじゃね?
自分で考え、判断することを辞めた時から変質者としての道を歩んだようにしか見えないけど?」
「あ……」
ガックリと膝を付くオルス。
こんなところで自分の性癖を自覚させられ、長年の問題も解決に向かうとは想像もしなかっただろう。
「……あの、ニフェール様。
ノヴェール家の侍女たちは香水変えた方がいいということでしょうか?」
「へ?
不要じゃないですか?
だって、オルスがこの家に戻ってくることありませんよ?」
「……あっ!」
「まぁ、次に雇う執事がラベンダーのニオイが苦手ならば協力……ラベンダーの香水を使わない人を窓口にするとか、互いに不快にならない対応は必要でしょうけど……今気にするとこじゃないですよ」
サンドラさんの疑問に答える僕。
というか、そんなに気になってたのか?
事前に確認した時にオルスの事が嫌いっぽかったから愛情によるものではないだろうけど。
「さて、オルス。
ちょっと想定外の話も入ったが、貴様の性癖について自覚したかな?」
「……あぁ」
「では、後は犯罪者としてたっぷり取り調べを受けてくれたまえ。
次に会うときは法廷かな」
「……はっ!」
ん?
この状態で嗤う要素がどこに?
「ニフェールとやら、色々と準備をしていたようだ!」
まぁ、そりゃ貴様を叩き潰すためだもの。
頑張りましたよ?
「正直性癖の件、特にニオイの理由が分かったのは個人的もありがたく思う!!」
あ、いえいえ、そこまで気にしなくても……。
「とはいえ、この場は一時敗退となるが、この程度で立ち上がれなくなると思うな!」
「へ?
死んだらすべて終わりでしょ?」
「は?」
「え、斬首か服毒か鉱山奴隷かの違いはあっても貴様の未来は死あるのみでしょ?」
なんで生きて普通の世界に戻れると?
「あぁ、なるほど、法に基づき処されると思っているのだな?
だがそんなのは回避手段があるのだよ!」
裁判の回避手段?
まさか、裁判を起こさせない?
でもそんな後ろ盾があるとは思えんし、チアゼム家とジャーヴィン家を超える所とは絶対思えないんだがなぁ。
ディーマス家は既に潰しに動いているから回避不可能だし。
アリテミア家はアムルを擁する僕に無茶言うとは思えないし。
フィブリラ嬢が絶対嫌がるしね。
バキュラー家は当主は僕の女装にメロメロだし。
陛下や王妃様も僕を手放すとは正直思えない。
ウンウン唸って一つ思いつくネタがあった。
まさか、それを使う気なのか?
「おい、まさか王宮側に味方がいて裁判にたどり着かないようにしてもらうとかじゃねぇよな?」
僕の発言に驚くオルス。
「……正直、そこまであっさり見抜かれるとは思わなかったよ」
「だって、この国のお偉いさんの大半は僕の味方になってくれるし。
敵対しそうなのは貴族派の侯爵位だよ?
そんな状態で回避手段なんて言ったらとある部署の下っ端に味方がいて裁判用書類を途中で紛失させるとかじゃないの?」
……なぜそこまでヒくんだ?
ただの事実だぞ?
というか四人組、お前らもなぜ驚く?
廊下に二人も侯爵いるんだぞ?
それなりに人脈あるの気づけよ!
「ハ、ハハッ!
そんな寝言に騙されるものか!」
「寝言じゃないんだけどなぁ(ボソッ)」
「こちらの味方を貴様らが見つけることは皆無だ!
誰が敵だか分からぬまま悔しがるがいい!」
下っ端、こいつが関わる人物、ってアレかなぁ。
「なぁ、オルス」
「なんだぁ?
早くも敗北宣言かぁ?
まぁそれを聞いても何もヒントはやらんがなぁ」
調子に乗りまくったオルスを気にせず一言。
「マイト・ダイナ男爵子息なら既に捕まったよ?」




