12
その後は僕が会議に出ても変な空気になりそうなんで、調査状況調べたら帰ることにした。
執務室に近づくと、なぜか笑い声が聞こえる。
入るとルーシーが大笑いしていた。
「どうした?」
「これ見てよ!
アイツの日記見つけちゃった!」
日記?
オルスの?
少し読んでみると、アンドリエ家の指示による行動の数々が赤裸々に書かれていた。
というか、あいつのプライベートまで書かれてるぞ?!
いや、ここまで情報残すのか?
普通こんなの残さないだろうに。
余程隠し部屋に入れない自信があったのか?
「本当にこんなもんがあるとはなぁ。
お手柄だ、よくやった!」
「あ、ほかもざっと見たけど必要そうな情報は一通りありそうだった。
明日整理するね」
「そうだな……この日記先行して侯爵たちに渡しておくか。
ただし条件は、見てもいいけどオルスにばらすな。
それと、明日全員集まったときに返せ、くらいかな」
キョトンとしている四人組。
ラーミルさんやベル兄様も困惑しているようだ。
「ねぇ、何狙ってるの?」
ナットが聞いてくるが、そんな難しい事じゃないんだけどな。
「明日、ここの隠し部屋見つけたことをオルスに伝える。
今日、机の鍵よこせと言った時と同じようにな。
そこであいつは『嘘だ』だのなんだの言ってくるだろうから、そこでこの日記を朗読してほしい」
ブ ハ ッ !
「え、ちょっと待って、日記の朗読?!」
「そう。
僕だけかもしれないけど、そんなことされたら外に出られなくなるくらい恥ずかしいと思うんだけど……違う?」
「確かに……この世から消えたくなるくらい恥ずかしいけど」
「この日記の重要性は三つ。
一つ目、隠し部屋見つけたことの証明になる。
二つ目、アンドリエ家との契約と犯罪の情報が分かる。
三つ目、オルスへの精神的打撃」
重要性については納得してもらえたようだ。
特に三つ目。
「僕たちからすれば一つ目と三つ目でオルスを追い詰めればいい。
侯爵たちからすれば、二つ目でオルスとアンドリエ家を潰せばいい。
なら、今の時点で渡しておいて二つ目の情報についてガッツリ楽しんでもらえればいいんじゃないかな?」
「……それならありかな」
「ちなみに、これ事前に渡してこの後の方針説明したら、ほぼ確実に両侯爵が見物にくる」
「……あの人たち暇なの?」
「どうだろう……それなりに忙しいはずだけど?」
楽しみの為なら忙しさ無視してこっちに来そうな気がするけど。
「そんな感じで侯爵たちに渡してくるよ。
四人組は本日解散。
よく頑張ったな、明日もオルスを凹ませるために頑張ってくれ」
「おう!」
「は~い!」
「ベル兄様は侯爵たちに日記渡したら寝室に連れて行くからね。
ラーミルさんはちょっとベル兄様といてくださいますか?」
「かしこまりました」
すぐに侯爵の所に行って説明すると、調査要員たちが唖然としていた。
侯爵たちは爆笑していたが。
とりあえず僕の出した条件は受け入れてくれた。
後は帰る旨伝えてその場から離れ執務室に戻り、ベル兄様をお姫様抱っこして寝室に連れて行く。
「ベル兄様、ゆっくり休んでね?」
「すまないね、ニフェール君」
まだ、オルスが追いつめ続けた過去から逃れられないかな……?
「ベル兄様、今日の執事室での一連の事柄、どうだった?」
「……正直、ここまでだとは思っていなかった。
天板をぶち壊すのも一撃だとは思ってなかったし、隠し扉を穴だらけにするのは想像だにしなかった」
だろうね。
そう思ってもらえるように動いたし。
「ベル兄様、あなたの味方は【緊縛】と【岩砕】の息子で、【魔王】と【死神】という兄を持ち、【女帝】と【女教皇】を義理の姉に持ち、【才媛】を婚約者とする【狂犬】です」
まぁ【女教皇】は予定ですけどね。
それとめっちゃビクついてますね。
特に【魔王】の時。
「その【狂犬】が少ししたらあなたの義理の弟になります。
そんな存在がオルス如きを排除できないはずがありません」
ビクッとするベル兄様。
その心に刻まれた恐怖からは簡単には逃れられないとは思うけど――
「ベル兄様の不安は僕が喰らい付き、排除します。
あなたが怖がるものは僕が近寄らせません」
――少しは守れればいいなと思っているのですよ?
そんなことを考えながら思いを伝えていくと、こちらの意図は伝わったのか微笑みを向けてくれた。
……微妙に表情が硬かったが。
そんなに怖いかな、【魔王】は?
そのままベル兄様を休ませて僕とラーミルさんは廊下に出る。
「……正直、ラーミルさんが怒ってなくてちょっとホッとしてます」
「怒る?
何故ですか?」
「先にベル兄様にお姫様抱っこしちゃったから」
ビ キ ッ !
ちょ、ちょっと、その表情止めて!
本気で怖いから!
「ニフェールさん?」
ねぇ、声色は穏やかなのになぜ怒りを感じるの?
って、その理由はお姫様抱っこしかないよなぁ!
「あ~、ラーミルさん、お姫様抱っこしてもいいですか?」
「はい♡」
ほっ、機嫌を直してくれたようだ。
サクッとお姫様抱っこをすると頬を赤らめて僕の胸に顔を押し当てて来た。
そんな可愛い顔されると――
チュッ♡
――唇を奪いたくなるじゃないですか。
一瞬で顔が真っ赤になるラーミルさん。
年上に言う言葉じゃないかもしれませんが……可愛いですねぇ。
いかん、若いはずなのにおっさんじみて来た。
この後も数回キスしてラーミルさんを降ろす。
もう少し堪能したかったようだが、これ以上いると次の段階に進みたくなってしまう。
それは流石にできない――母上の鉄拳的に――ので、辛くはあるがここで誘惑を断ち切るしかない。
ラーミルさんも寂しそうではあるが、母上の怒りをその身に受けたくは無いのだろう。
僕も絶対に嫌だ、まだ死にたくはない!
廊下で別れ、そのまま学園の寮に急ぎ帰る。
明日の試験科目をざっと見直し、登校準備をして眠りにつこうとする。
自分でも驚くぐらいに幸せな気持ちでベッドに入れたが、その理由が何なのかは分からない。
ベル兄様の懸念を払しょくできそうな安堵か?
オルスを精神的に叩きのめせそうな歓喜か?
それとも……ラーミルさんをお姫様抱っこした悦楽か?
自分でもこの感情を理解できないまま眠りに落ちた。
秋季試験初日、教室に向かおうとすると、二番手三人組の一人スロムが立ちはだかってきた。
「ニフェール、ちょっといいか?」
「手短にできるのなら構わんが?」
「ああ、この場で構わん。
貴様に勝負を申し込む!」
はぁ?
「大丈夫か、お前?
特に頭の中」
「イカレて言ってるわけじゃねぇ!
お前に勝ちたくて言ってんだよ!」
より困惑してしまう発言をされて、こちらも困ってしまうのだが?
「なぁスロム、お前の言う勝負は秋季試験の筆記の点数について言ってるのか?」
「他になんだと思ってんだよ!」
「そんなの各科の上位者張り出してるんだから、こんなところで張り合ったり勝負を申し込まなくても勝手に勝敗分かるし、騒ぐ内容じゃないだろ?」
「そりゃ分かるけど、科目ごとの点数は掲載されないだろ?
それぞれで勝負したいんだよ!」
……やる気と方向性が一致してない気がするんだが?
「スロム、お前が首席にならない限り勝ち目無いだろ?
夏季試験でのお前の平均点どんくらいだよ?」
「……七割」
その時点で僕と争うこと自体無茶だと思うんだがなぁ。
「僕の平均は九割五分と教えたな?
あれは、一部教科が八割や七割があるとかじゃないからな?」
「えっ?」
「全て九割は取れていて、六割満点だからな?
残りのほとんども九割五分程度は取れている。
この状況で一教科ずつ比較して何がしたいんだ?」
この時点でスロムの表情が死んでるが、本気でどうするつもりだったんだ?
「スロムの中で九割取れている科目は?」
「……無い」
「それだと、比較に意味が無くないか?
スロムの最高点が僕の最低点に届いていないのなら一科目ずつ見ても変わらないでしょ?」
試験前から愕然とするスロム。
「なぁ、まさかとは思うが、アテロやセレブラ嬢もこのタイミングで勝負を申し込んでいるのか?」
「あ、あぁその通りだ」
「何で、試験直前なんて時にわざわざ自分の心を自分自身でへし折りに来るかな……」
「いや、その、そこまで差があるとは……」
「平均点二割五分も差があれば、根本的に戦いにならないの想像つくだろ?」
うつむいて黙ってしまった。
とはいえ、その位は想像できるようになって欲しい。
「という訳で、勝負は無しでいいな?」
「……ああ、それでいい」
「それと、他の二人も似たようになっていると思うから、適宜慰めてやれよ。
僕みたいに優しく扱ってくれてればいいけれど、バッサリ切り捨てられている可能性もあるからなぁ」
ギョッとした表情を見せるスロム。
なんだ、そこも想像出来なかったのか?
「基本的に優しくしてくれるだろうけど、途中けんか腰になるとかされたら面倒くさくなって叩き潰すという選択肢を選ぶかもしれない。
もしくは、そちらの希望通りに勝負してあげるとか?
そうなると、立ち直れない位に心がへし折れるとかありそう……」
他の二人が感情的になりやすそうだったからなぁ。
スロム、今更顔青くしても遅いぞ?
「ニ、ニフェール!
どうにかできないか?」
「できるわけないだろ?
今から領主科と淑女科に報告しに行くのか?
第一淑女科には許可ない限り入れないだろうに」
絶望しているようだが、諦めろ。
現時点で何もできやしない。
「後で、昼休みにそっちの二人に説明しておけ。
お前の心がへし折られた状況を説明すれば、急ぎジル嬢やフェーリオに謝罪してなかったことにできるかもしれない。
今、僕たちにできることなんてそれくらいだよ」
「あ、あぁ分かった。
それと時間取ってもらってすまなかったな」
そう言って肩を落として自分の教室に戻っていくスロム。
悪い奴ではないとは思うんだが、もうちょっと考えないとなぁ。
正直、自殺紛いの行動に出たかと思ったよ。
自分の教室に向かい、試験の準備をするとホルターとプロブがやって来た。
「スロムから勝負を挑まれたらしいな?
受けたんだろ?」
プロブがニヤニヤしながら聞いてくる。
ホルターを見ると謝罪のつもりか頭を下げてくる。
もしかして「止められなかった、すまん」とかそういう意味?
「受けなかったよ?
というかあちらが取り下げたから勝負は無しだよ」
「へ?
何でだよ!」
「むしろなぜお前が騒ぐんだ?
無関係だろうに」
「……」
「まさかとは思うがこの話で賭けの胴元にでもなるつもりだったか?」
ビ ク ッ !
大当たりかよ!
「残念だったな、賭けは不成立だよ。
そんなことより試験の準備はできているのか?
来年また二年をやるんだろうが、今のうちに取れる教科取っとかないと辛いと思うぞ?」
「何が辛いんだよ!」
「来年は知らない後輩たちと一緒に過ごすんだろうけど、そいつらがお前に色々言ってくれると思うのか?
むしろ敬して遠ざけられる可能性が非常に高いと思うのだが?」
「あっ!」
大半の面々は言いたいことが分かったようだが、多分プロブは分かってないな?
「そんな状況で必要な単位とか教えてもらえると思っているのなら急ぎ考え方を変えた方がいいぞ?
まず、何はともあれ試験終了後に学園の方と相談した方がいいと思うぞ?」
「はっ!
そんなことしなくてもどうにかしてやるさ!」
「まぁ、そう思うのなら構わんが、僕は一切助けないから」
「え?」
当たり前だろうに……。
「むしろなぜ助けなければならないんだ?
そんな手間暇かける理由がないけれど?
だって、僕は三年の授業を理解しなくてはいけないのに、お前の一・二年のやり直しに付き合う理由なんて一切無いぞ?」
「ちょ、ちょっと待てよ!」
「それに、僕は普通に卒業するつもりだけど、その後はどうするつもりなんだ?
お前が運良く三年になった時に僕は学園にはいないぞ?
お前の実力だけで三年の単位を確実に取れるのか?」
「……あっ!」
やっと気づいたか?
「僕がいなくても一・ニ年の単位を取り直せるように、三年に上がれた時に授業について行けるようにはどうすればいいのか考えないとまずいんじゃないの?
だから学園と相談しろって言ってるんだが?」
「相談してどうにかなるのかよ!」
「知らんよ、相談したこと自体無いし、相談する必要も無かったからね。
でも、学園だってそれなりに落ちこぼれた面々を相手にしているんじゃないの?
なら、そこを頼るしかないんじゃない?」
僕の言葉を理解したのかは分からないが、プロブはブツブツ言いながら自席に戻っていった。
それを見てホルターが謝罪してくる。
「すまなかったな、止められなかったよ」
「あぁ、それはなんとなく感づいたから気にしなくていい。
とはいえ、もう助けは期待できないこと早く気づいて欲しいものだがなぁ」
「今年度終わるまでは難しいんじゃないか?
ニフェールと完全に分かれて初めて気づきそうな気がするが……」
「やっぱりそうだよなぁ、外れて欲しかったんだけど」
「……本当にアイツ見捨てるのか?」
「むしろ見捨てない選択肢を選ぶ理由は?
あいつ自身が動かないと冗談抜きで再来年度以降確実にハマるぞ?」
「再来年……あぁ、俺たちの卒業後か」
そうそう、どう考えても卒業後まで面倒見切れないし。
第一僕はそんな暇じゃないよ。




