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「少々腹立たしい発言がありましたが、説明します。
なお、推測がかなり入っていることご了承ください」
各自頷いてくれたので説明を始める。
「まず、こちらのマイト・ダイナは執務室調査を担当されてました。
話によると、自らここをやると言い出したそうです。
で、うちのルーシーが協力という形で調査をしていたところ、色々異常箇所が見つかり、その説明と該当箇所の詳細調査の必要性を説いたのですが、動こうとしなかったようです。
ちなみに、この異常箇所とは食料購入・消費の数字になります」
侯爵、ちゃんと我慢できてますね。
頬が少しヒクつく程度で済んでますよ。
「そこで二人で口論となり、僕とラーミルさんが割り込み説明を聞きました。
ルーシーの言い分が正しいと情報を見た上で判断し、詳細を聞くべく料理長を呼んでもらうようお願いしました。
ですがマイト殿がそんなことする必要は無いと言い出し、また事態を理解できていないようでした」
こめかみに血管浮き出てきてますけど、まだ大丈夫です?
もう少し辛くなるよ?
「それに対して僕が軽く煽ったところ、殴りかかって来たので軽くマイトの拳を掴んだら、騒ぎ出してその結果そちらのサバラ殿が入って来て僕を止めようとしました。
こちらとしてはマイト殿のような役立たずなのか、まともな人なのか判断に困りまして、ちゃんと管理しておくよう指示したうえでマイト殿を解放。
そのタイミングで料理長が来てくれました」
侯爵、拳握りしめるの止めた方がいいよ?
殴るのは侯爵の仕事じゃないよ?
「料理長にルーシーから説明してもらうと、書類に書かれているような異常箇所は気づかなかった、というか書類の数字が誤っているように感じる説明を受けました。
ただ、その時に聞いた食糧を購入している所がアンドリエ商会という所だそうで……」
顔真っ赤ですよ?
お怒りかな?
「で、ここまでの状態でマイト殿はサバラ殿に叱られ『来なくていい』とまで言われているのですが『絶対役に立つ!』と言い張ってます。
その発言で気になったのですが、”誰の”役に立つつもりだったのか?」
おや、顔真っ青ですよ?
感づいちゃったんですね?
「まさかと思って、侍女長をお呼びしてマイト殿の実家ダイナ家ってノヴェール家の親戚にいないか聞いたところ、アンドリエ側の親戚だと。
その発言を聞いた途端にマイト殿は急いで逃げだしたのでとっ捕まえました」
「そのタイミングで儂が来たという訳か?」
頷くと、ボソッと「嘘だろ……」と呟き始めた。
うん、気持ちは分かる。
「で、今までの状況から整理するとアンドリエ側に不都合なことになると知ったマイト殿が捜査かく乱の為に情報の隠蔽をしようとしたのでは?
ただ、執事であるオルスが捕まっているのをアンドリエ側はまだ知らないのではないかと思います。
なので、この件を偶然知ったマイト殿が自発的に動いたと見るのが妥当かと」
「なぁ、ニフェール。
今すぐ帰って眠りたいと言ったら許されるか?」
僕、添い寝はしませんよ?
「気持ちは分かりますけど起きた後に現実という地獄が待ってますが、それでもよろしければ?」
「だよなぁ……」
キッツいでしょうね、これ。
ノヴェール家を助けに動いたら犯罪者を呼び込んでいたなんて。
むしろ、今後どうやってオルスのやらかしを調べよう?
誰を信じればいいのかチアゼム侯爵も頭抱えてしまいそうですね。
って、他人事じゃないんだよなぁ。
「まず、このマイト殿の――いや、もうマイトでいいや――は犯罪者として扱ってください。
調査要員として入って調査の邪魔をしようとしたのですから、十分犯罪者扱いになりますよね?」
「あぁ、すぐに連れ出そう。
おい、連れて行け!
我らの仕事を虚仮にする行為、絶対に許せん!!
全て吐かせろ!!!」
うわぁ、チアゼム侯爵の憂さ晴らし相手に確定しちゃったよ。
マイト、頑張れ♡
助けはしないけど♪
無実だと騒ぎ立てるマイトを連れ去り残った面々で今後の事を相談する……前に割り込んでおく。
「すいません、アリバイ作りの為に一旦抜けます」
「ん?
あ、そうだな。
急ぎ戻ってきてくれ」
滅茶苦茶走って学園の寮に戻り、そのまますぐ窓から飛び降り急ぎ学園から脱出、ノヴェール家に向かう。
「戻りました!」
「早っ!」
いや、急ぎ戻れって言ったの侯爵じゃないですか!
「とりあえずマイトのような輩をどう弾くかですねぇ」
「弾くのは正直難しいな。
ある程度の親族は今回と同様のやり方で事前に弾くことはできるが、それ以上深く潜り込まれたら見つけられんしな」
「うちのカルで見極められるほどのヤバい奴ならともかく、有象無象レベルでは止められませんしね」
二人でウンウン唸っていると、ラーミルさんから呆れられつつ指摘された。
「今手立てが無いのなら、それは後で考えたらいかが?
他の調査状況を確認して今後の方針を決めるのも急ぎではないかしら?」
「ハイ……」
「オッシャルトオリデス……」
侯爵と一緒に小さくなっている僕を見て笑いを我慢するルーシー。
今回最大の功労者だから文句も言えない……。
その後関係者全員を集めて調査状況を確認する。
他の者たちからはそれぞれ数点ずつオルスの書類に疑義があることが伝えられた。
広範囲でやらかしてるんだな、アイツ。
最後に執務室の説明だが、その前に侯爵からマイトが裏切ったことを説明する。
自分たちの仲間が裏切ったと聞き、愕然とする関係者。
「その、マイトはどうなります?」
「最低限貴族位剥奪。
今回の本来の容疑者――執事オルスの裏にいる人物――のやらかしの範囲によっては家ごと……」
首筋に手刀で触れるしぐさをする。
表情が固まる調査要員たち。
……なぜそこまで驚くの?
仲間が裏切ったのを驚くのは分かるよ?
けど、罰の内容は驚くほどではないでしょ?
犯罪者の利益のために国を謀ろうとしているんですよ?
調査し判断する側が犯罪者に阿っているんですから斬首くらいは想定範囲内じゃないの?
「さて、裏切り者まで出ているこの件、今後どうやって調査を続けようか?
本日分の報告からここにいる皆は裏切ってないのは想定できる。
だが、新しく人を呼ぶことは正直危険すぎる気がする」
「侯爵!
我々を、我々の部署を信じて頂けないのですか!」
「信じた結果が今回の裏切りなのだが?」
……さっきの発言した人、結構若いけどありゃダメだな。
個人や部署を信じる信じないではなく、裏切り者を生み出さない・参加させないルールを考えなきゃいけないのに感情で騒いでも意味無いだろうに。
喧々諤々の騒ぎになるが、正直今を乗り越えるための話にはなってないな。
今後の検討に入っちゃっているって感じ。
ちょっと割り込み、かつ無茶を言ってみるか。
「侯爵、ちょっといいですか?」
「……なんだ?」
「いや、言う前になぜそんな怯えるんですか?」
「お前、面倒なこと言うつもりだろ」
「失礼な、話を分けたらどうだという提案をするだけですよ。
今この家の調査をどうするかと、今後同様の事を起こさないための検討は別ですから」
僕の発言を全力で考察する侯爵。
そこまでするの?
「繰り返しますが、そこまで怯えなくても」
「何と言うか、言いたいことは正しそうなのだが面倒事を押し付けられそうでな」
「押し付けるって……今後については僕に発言権は無いでしょ?
正直、今のこの家の調査さえどうにかなってくれるならはそれでいいんです。
今のこの家での対応はどうするつもりなのかを議論したらいかがかと思います。
今後の検討はその後、別の所で話したら?」
「……確かに、ノヴェール家からすれば今後の話は無関係な話だな。
だが、今回のみの特例としてもどうやって確実に問題ない人物を用意する?」
「ルーシーがいるでしょ?
マイトのやらかしを見つけたくらいだし、実力だけ見れば十分じゃない?」
「確かに……ついでだから他三人も呼ぶか?」
へ?
「……ニフェールをそこまで驚かせられるとは儂もまだまだイケるもんだな♪」
「何という無茶を抜かすんだと驚きましたけどね。
呼ぶのは構いませんよ。
ルーシーからしてみれば知り合いがそばにいるのは気が楽でしょうし」
調査要員の面々は……特に文句無さそうだね。
マイトのやらかしを止めたという実績が効いたかな?
「なら、チアゼム侯爵。
すいませんが明日朝食後からあの三人がこちらに来られるように調整願います。
ラーミルさん、以降あの三人もここの家に泊めてあげて」
これで、ノヴェール家の方は何とかなるか?
「そう言えば、オルスの取り調べについて説明がまだでしたね。
何か新しいことありました?」
担当の取り調べ要員が首を振り説明を始める。
「正直、何もまともなことは言わない。
纏めれば『自分は悪くない』『誤解だ』くらいしか言ってない。
正直言うと、今この場で新しい情報を仕入れて明日の取り調べに生かそうと思ってたんだが……」
マイトがやらかしたおかげでネタが用意できなかったんですね。
「となると、明日は時間稼ぎに終始した方がよさそうですね。
ルーシーたちが明日執務室調べて、それを元に明後日かな?」
「そうだな、後は当主殿が何処までお話しできるかなんだが……」
「今日一度起きたけど、水とスープ飲んだらすぐ寝ちゃったし、会話可能な状態まで数日かかるんじゃないかな」
ベル兄様、あまり身体鍛えてなさそうだから、無茶はさせられないと思う。
「そこは無茶はさせられん。
ただでさえ今回の場合、当主殿の心を追い詰めまくった可能性があるのだろう?
そんな状態で無茶させたら目も当てられん」
確かに……というか、この人かなりまともだな。
被害者の心の心配までできるとは、もしかしてかなりの精鋭?
「なら後はノヴェール家側としては明日の予定も決まりましたし、下がりますか。
ラーミルさん、ここチアゼム侯爵たちにこのまま使っていただいて構いませんよね?」
「えぇ、大丈夫ですよ」
「であれば先ほどの今後の検討についてお話合いをどうぞ」
「ニフェール、お前も参加してほしいのだが……」
「侯爵、秋季試験の勉強させてもらいたいのですが……」
ザワッ!
「ちょ、ちょっと待って!
侯爵様、どういうことですか!」
あれ、確かさっき「自分らを信じられないのか」とか言った人か?
「何を騒いでおる?」
「侯爵様は学生如きに頼っていたのですか?!」
「その通りだが?
その学生如きにやらかしを看破され、逃走しようとしたところを捕らえれる程度の者が参加する調査団が騒いでどうする?
第一、執事オルスを捕まえたのも彼だが?」
唖然とする者たち……って一部は特に驚いてないな。
サバラ殿は実際暴れるのを見ていたし、取り調べ担当の方はなんとなく感づいたのかな?
「今の立場だけで人を見るな。
こいつがいなければ別件でこの国が大混乱に見舞われていたかもしれんのに」
アゼル兄とカールラ姉様の結婚式ですね。
王と王妃が死ねば大混乱でしょうし。
「……その別件とは?」
「ここでは言えん。
既にその処理に国は動いている。
それ以上の事はある程度落ち着いてからでないと周知できん」
「こいつ、どれだけヤバい橋渡ったんだ?」という雰囲気に晒され気分悪いが、大人しくしてもらうためにも危険人物扱いの視線を受けいれる。
だが、その状況も理解できない者がやはりいて……。
「とはいえ学生か……単位落とさないように頑張らなきゃな」
こいつ、善意のつもりか?
侯爵をチラッと見ると、イイ笑顔で自分の首に手刀を触れさせた。
「殺っちまえ」ですね、了解しました。
「自分の所属する騎士科の単位は全く問題無く、首席を継続して取れると思ってます。
ですが、領主科・淑女科の目標が十位以内を狙っているので、手を抜くわけにはいかないのですよ。
それに、文官科も今回の目標は全科目五十点以上を狙っているのですが、こちらもギリギリなもので」
「はぁ?!」
「どうなさいました?
所属する科で前回の試験の平均が八割五分を超えると他の科の試験を受ける許可が出ることはご存じでしょ?」
フルフルと首を振る発言者。
「まぁ、そういう条件が昔からあるのですよ。
今の二年生には僕入れて三名程条件を満たす者がおります。
チアゼム侯爵のご息女、淑女科のジル様。
ジャーヴィン侯爵のご子息、領主科のフェーリオ様。
そして騎士科の僕。
この三名で切磋琢磨しているものですからあまりのんびりできないもので」
唖然とする各位。
たかが子爵子息が侯爵子息子女と張り合うなんてとか思っているんだろうな。
「……【才媛】みたいじゃん」
「あ、確かにそんな人いたなぁ」
ブフォッ!
え、これ笑う所?
笑えって言ってるの?
ラーミルさんは顔真っ赤だし、チアゼム侯爵は……肩震えてますぜ、旦那。
ジッと侯爵を見ると、さっさとケリ付けてやれと言わんばかりに手を振られた。
ラーミルさんを見ると、恥ずかしそうに、でも覚悟を決めてカーテシーを始めた。
「改めて自己紹介させていただきます。
【才媛】ラーミル・ノヴェールと申します。
【狂犬】ニフェール・ジーピンの婚約者でもあります」
現場に阿鼻叫喚の地獄絵図が現出した。
というかラーミルさん、ナチュラルに僕まで巻き込みましたね?




