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【連載版】狂犬の……  作者: いずみあおば
6:女装訓練
102/358

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「そ、そんなことできるわけないじゃないですか!」



「えぇ、あなたでは絶対に無理でしょうね。

 だからこそ例外と言っておりますが?

 まさか、こちらが説明したことを全く聞いていたかったのですか?」


「そんな馬鹿なことできる者がいるはずないじゃないですか!」



 ラーミル、兄としてもこの部分だけはオルスの方の肩を持ってしまうよ。

 ちょっと無理があると思うんだ。



「オルス、全国的な誘拐事件があったことご存じ?」

「え?

 いや、知りませんが」


「ベル兄さんは?」

「聞いた記憶はある。

 確か夏真っ盛りの時期だったか?

 学生たちが休暇に入ってから位じゃなかったかな?」



 違ったっけか?



「ベル兄さん、そこまで分かっていれば十分ですわ。

 そこで女装して犯人を欺き、男性に視線を送り、いろんな意味で誤解させているわ。

 裁判ではまるでその場所にいたかのように巧みな演技で裁判官たちを唸らせる。

 ここまで女性への理解が深い方なら例外と扱っても仕方が無いわよね?」



 ラーミル、本当にそんな方いるのか?

 というか、お前見て来たかのように……まさか?!



 とある人物の名前が頭をよぎったとき、オルスは侮蔑するような行動に出る。



「そんな夢物語のような人物いるわけないじゃないですか!

 どんな妄想に取りつかれたのか知りませんが、いい加減にしてください!」


「……オルス、あなたが否定するこの内容は、ジャーヴィン侯爵様とチアゼム侯爵様が事実であると明言しているのよ?」




「え゛?」




「それに加えて、両侯爵様がおっしゃっていた限りだと、陛下や王妃様、宰相様までおられたそうよ。

 それ以外にも他派閥の領袖たちも来ていたわ。

 ちなみに、堕ちた方は宰相様、貴族派の領袖あたりね。

 さてオルス、あなたはこれらの方々が妄言をバラまいているとでも思っているのかしら?」




 ラーミルの視線が途轍もなく危険な目つきに変わった。

 あぁ、やっぱり。

 この話は彼だな?




 オルスは陛下や王妃様の発言を侮蔑することはできず黙るのみ。




「さてベル兄さん、執務室に移動して皆を待ちましょう?

 あぁ、そこの子、どのくらい集まるか知っているかしら?」



「この屋敷の女性全てですわ!」



 はぁ?!



「分かりました、夕食後執務室に。

 全員一斉じゃなくていいです。

 来れる順に来てもらえれば十分よ」


「はい!」



 ちっちゃな侍女は敬礼して急ぎ食堂に向かって行った。

 夕食掻っ込んで急いできそうだな、ありゃ。



 オルスを放置して執務室に入り、少しだけラーミルと話す。



「なぁ、あの例外条件ってニフェールだろ?」

「あら、流石に簡単すぎましたかしら?」


「簡単というか、彼なら何やらかしてもおかしくないと思ってしまうよ。

 犯罪者組織壊滅させるとかね(笑)」




 いや、俺は笑いを取ろうとしただけだったんだ。

 なぜかラーミルはキッツい視線をこちらに向けて来たんだが……まさか既にやってるの?




「あ、いや、その、ゴメン。

 笑いを取るには不適切な話題だったな」

「ベル兄さん」




 ……ここだけ極寒の世界に変わっているのは何故?




「いつか、全て教えます。

 ニフェールさんもベル兄さんに知られるのを嫌がることは無いと思うし。

 でも、その時までは推測を口に出すの禁止」


「はい……」




 余程不味い部分にヒットしてしまったようで反省をしていると、女性陣が群れを成して執務室に入って来た。




「さて、呼びかけに答えてくれてありがとう。

 ベル兄さんが女性をデートするというとてつもない事態が発生しようとしています。

 ですが、ベル兄さんが女性とうまく会話なんてまず無理」



 ……ねぇ、女性陣皆頷くのは何故?

 俺はうちの侍女からもそんな目で見られているの?



「そこで、まずは相手に嫌われないこと。

 これを最優先事項とします。

 それ故、女性が嫌がる行為、不快に思われる行動をベル兄さんに教えてあげてください。

 では、そちらの娘から」




 この後の事は途切れ途切れにしか覚えていない。

 何なの、嫌がる行為の多さは!



 とはいえ、貴族として当たり前の礼儀作法を維持できれば何とかなるということだな。



 女性陣がしゃべり終えて、また執務室は俺とラーミルの二人になった。




「ラーミル、ありがとうな」

「礼よりも行動で示してください。

 この、もう二度と無いんじゃないかという位の幸運を全力で掴んで!」



 そこまで言う?



「それと……オルスって私たちが生まれる前からここにいましたっけ?」

「正確には分からんが、俺が生まれる前後じゃないかな。

 ラーミルが生まれた頃には確実にいたのは覚えているぞ」


「オルスの発言の理由って分かります?」

「いや、全く。

 正直あんな暴走をするとは思っていなかった」



 ラーミルは俺の回答に沈思黙考している。

 もしかしてオルスがこの家を乗っ取ろうとしているとかか?

 というか、あいつは貴族になる権利なんて無いから乗っ取ったらそのまま捕まるはずだが?



「少し時間が欲しいですね。

 ベル兄さんはまずオルスが何時からこの家に勤めているのか情報を集めてください。

 アゼル様とカールラ様の結婚報告が終わったら改めて話し合いましょう」


「忙しいだろうからそれ自体は構わんが、戻って来たところで進むような話ではないと思うんだが……」

「ベル兄さん……」




 ゾクッ




 ちょっと、ラーミルどうしちゃったの?

 混乱していると言葉の続きが出てきたが、ろくでもなかった。




「【狂犬】と【才媛】が組んで、オルス如きを逃がすなんてありえません」




 ……【才媛】ってお前の事だよな?


 ってことは【狂犬】ってニフェール?


 いや、確かにニフェールが凄いことは俺でも分かるけど……。




「だからベル兄さんはやるべきことをやってください。

 最緊急はティアーニさんにデートスケジュールを相談すること」


「はい……」




 その後、ラーミルはジーピン領に向かい俺はティアーニさんに連絡を取り週末にデートの時間を確保する。



 出発前にラーミルがうちの侍女たちに全力で発破をかけたのだろう。


「本当にこれが俺か?」と言い出したくなるようなまともな恰好をしている。



 ……いや、仕事や礼儀的に気を抜けないパーティとかはちゃんとするんだ。


 だが、普段一人で外出する際には目立たないような、埋もれるような服が多い。

 だってメンドクサイし。



 待ち合わせ場所に行き、そんなことを考えているとティアーニさんがやって来た。


 垢ぬけた――いや洗練されたというべきか?――装いをして周囲からも目立っているな。

 派手とかではなく、上品さが結果的に周囲から目立たせるというのか。



「ベルハルト様、お待たせしました」

「大丈夫ですよ、ティアーニ様

 では、参りましょうか」



 ラーミルが教えてくれた喫茶店に向かう。

 事前に確認したので今日空いていることは確定だし、予約もしてきた。


 準備は万全だ。

 そう、”準備”は。

 問題は、事前準備できない部分。



 会話能力、というかコミュニケーション能力。

 挨拶とか礼儀に沿った行動とかは事前準備でどうにでもなるが、その場その場で即興的に繰り出す会話はとてつもなく苦手だ。



 いや、頑張ろうとはするんだ。

 相手も普通にしゃべっているのだろう。


 でも、苦手な俺には五倍速くらいで会話されている感じがする。

 全てを理解してそれに返答できるようになるまでに、相手はこの五倍速ラッシュを複数回ブチ当ててくる。

 結果会話が成立しない、もしくは反応が遅くて呆れられる。


 家族とは普通に話せるし、男性相手、仕事関係なら特に苦労はない。

 ただプライベートかつ女性だとどうしようもない位に緊張してしまう。



 今回のデートでもこの条件は当てはまる。

 移動中の会話、喫茶店内の会話。

 どの場所でも会話速度が徐々に追いつけなくなっていった。


 ただ、普段とは違うのがティアーニさんはこちらの苦労を説明する前から感づいていたのか、よくある五倍速ラッシュを喰らうことは無かった。

 せいぜい二倍速ラッシュ程度まで会話速度を抑えてくれたのはとても助かった。


 でも……やはりティアーニさんもうまく会話が続かない為、黙ってしまう時が少しづつ増えて行った。

 そしてうまく隠しているが、合間合間に苦悶の表情を浮かべるのに気づく。


 ティアーニさんにそんな表情をさせて……俺は何をしているんだ?

 悲しませるために、苦しませるためにデートしているのか?




◇◇◇◇


 私、ティアーニ・二ータはベルハルト様が苦悩の表情を浮かべるのを見て慌てていた。



 うちの騎士科の二年首席ニフェール君の婚約者である【才媛】の兄。

 カールラ様の結婚パーティで偶然見かけて、その日は失礼ながらカールラ様の事をすっかり忘れてベルハルト様とお話しさせていただいた。


 最初は寡黙な方……いや、はっきり言うとボッチでしゃべるの苦手な方と分かったけどパーティの後半になるとかなり会話が弾んでいた。


 ただ、デートの提案には拒否しかけたが、そこは【才媛】が止めた、力ずくで。



(いや、【才媛】さんや?

 あなた頭の良さであだ名付いたんでしょ?

 なぜそこで腕力なのよ!)



 と思ったりもしたが、ベルハルト様も翻意しデートの受け入れてくれた。

 対人方面が苦手なのも大体分かったし、オーミュ先生からの助言であるボッチ生徒への対応を駆使すればなんとなかる、そう思っていた。




 だが実際デートしてみると、予想以上に会話がかみ合わない。

 いや、会話のタイミングが合ってないのかもしれない。



 流石にこれはボッチだけが理由じゃない!

 精神的に摩耗しちゃってる?



 どこでそんなことが?

 でも、【才媛】は大丈夫よね?

 偶然乗り越えた?



 兄妹での違いは何?

 妹は兄の摩耗の理由を知らないの?

 兄が妹に隠してる?



 疑問が大量に発生して自分の頭の処理が追い付かなくなる。

 頭をフル回転させているので頭痛までしてきた。



 顔に出さないようにしていたがわずかに表情に出たかもしれない。

 ベルハルト様の表情も苦々しい表情に変わっていった。



「ティアーニさん、本日はお付き合いいただきありがとうございました」

「えっ?」

「正直、今までで一番楽しい時間を過ごした気がします」



 その言葉を聞いて少し喜びを感じていました。

 でも……。



「ですが、だからこそ、これ以上あなたに苦痛な思いをさせたくない」

「そんなこと言わないでください!」


「いえ、そういう訳には参りません。

 むしろあなたが苦しむのを見るだけで私も苦しい」



 へ?

 それってほぼ告白じゃないの?



「だからこそ、申し訳ありませんがお付き合いはできません。

 どうか、より素敵な方を見つけ、そちらと幸せになってください」



 なんでそっちに向かうのよ!

 そうじゃないでしょ!



 金を払い喫茶店から出ようとするベルハルト様を追い、店を出てすぐのところで彼の腕を掴む!




「ちょっと待ってください!

 なぜそういう考えに至ったのか分かりませんが、私はあなたと一緒にいたいのです!

 あなた以上に素敵な方なんていません!」




 周りを気にせず思いをぶちまけるとベルハルト様がこちらを見た。

 ホッとしかけた私はその顔を見て絶句してしまった。




 無表情に近い表情。

 眼は虚ろで涙だけはとめどなく流れている。

 それはまるで人形であろうとするも瞳だけが感情をあらわにするかのように。




 そして察してしまった。

 これ以上追究するのは不味い。


 追究してしまったら……ベルハルト様の心が戻ってこれなくなる。



 そう思い腕を離すとこちらを振り向くことなく去って行ってしまった。



 それを追えず、私は立ち止まり呆然としていると悪鬼の顔をしたオーミュ先生が前方――ベルハルト様が去った方――からやって来た。




「ティアーニ!

 アンタ何やって……って、アンタちょっと」


「なによ」




 なんだろう、悪鬼の顔してこっち向かないで欲しい。




「あぁ、もう!

 アンタもあっちも何なのよ!

 サッサと顔拭く!」



 ハンカチをぶん投げてきたがそんなに化粧が崩れ……あれ?

 晴れているのに、雨降ってないのに濡れている?



「ティアーニ」


「なによ、悪鬼の仕事は終わったの?

 表情変わってるけど?」


「濡れているんじゃないわ、アンタが泣いてんのよ」



 えっ?


 泣いたのはベルハルト様であって私じゃないわよ?

 だって、私は泣いてないもの。



「正直アンタたちの間で何が起こったのか全く分からないけど、とてつもなく面倒な事態なのは分かるわ。

 ベルハルト様も壊れた人形みたいだったしね。

 とりあえず話を聞けそうなアンタを正常に戻してからじっくり聞くわよ」


「私はいつも正常よ!」


「なら涙を拭きなさい。

 普段の表情のまま滂沱の涙を見せられて、誰も今のアンタを正常なんて見なさないわよ」



 そう言って発言はともかく柔らかい手つきで私の頬に伝うものを拭う。

 あぁ、本当に泣いていたのか?

 確かに拭われたときに水が流れていたのが分かる。



「本来はこのまま取り調べなんだけど……仕方ないわね」

「犯罪者じゃないんだけど?!」


「性犯罪者半歩手前の人間が言える立場にあると?」

「オーミュ先生もでしょ――」



 ムギュッ!



「――うが?」


「……ティアーニ、アンタなんでゴリラの仲間入りしたのよ?」

「いや、そうじゃなくて、何よこれ」




「私の胸であなたの顔を挟んでいるんだけど?

 アンタより、か・な・り・大きいから落ち着くかなと思って♡」




「殺意しかわかないんですけど?!

 嫌みか?

 嫌味なのか?」


「嫌味なんて言わないわよメンドクサイ。

 うちの夫を堕とした自慢の一品を貸してあげるだけよ」



 そういって私の頭を撫ぜてくる。

 ずるくない?


 相手の弱みに付け込むなんて!

 そんなことされたら――




「――――――!」




 ――我慢できなくなるじゃないのよ!




 オーミュ先生に抱きつき泣きまくった。

 その時着ていた服はぐしょぐしょになったようだけど覚悟の上で貸したのでしょうから諦めて!

 ……悔しいけど、ご自慢の一品だけあってぴったり顔にフィットしてたわよ、悔しいけど!




「……で、説明可能?」


「詳細は私も検討中なんだけど、ベルハルト様は精神的に追い詰められすぎ。

 自己評価が低すぎ、かつ過剰な臆病さ。

 かなりの確率でイジメにあっているとかありそう。

 ただ【才媛】がイジメするとは思えないので、王宮? もしくは使用人たち?

 最悪親戚とかもあるかも」


「……あの子達が戻るのは順調に行ってあと三・四日か。

 ニフェール君が戻ってきたらすぐに当人に時間を取ってもらえるよう交渉。

 放課後に集まって情報共有しましょう」




 まぁ、あの子に頼るしかないわね。

 でも……。




「正直、大人が学園生に頼るなんて、あの子に申し訳ないわね」

「そこは成功したら【才媛】も含めて何か奢ってあげなさい。

 最優先はベルハルト様の原因調査よ!」




 ……そうね、ニフェール君には申し訳ないけど頑張ってもらおうかしら。

 なんせ、婚約者の実家の問題だしね。




――――――――――


 領地に戻っている間に発生した義兄の異常事態。

 ニフェール&ラーミルは解決できるのか?

 


 六章「女装訓練」、これにて完了となります。

 

 新キャラのパァン先生が途轍もなく厄介だわ、ジルにフェーリオまで暴走するわ、一番の安パイとまで思っていたベル兄さまの話を書いていたら変に面倒なネタが落ちて来るわでボロボロの六章でした。


 次の七章は「義兄救援」。

 単語通りベル兄様対応の話がメインとなります。

 

 七章は8/5(月)から開始したいと考えております。

 いつも通り8/4(日)に活動報告で再開可能か報告させていただきます。

 なお、もう少し詳細なお話はこの後投稿する活動報告にて。

 

 では、8/4(日)の活動報告で。

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― 新着の感想 ―
[良い点] >一番の安パイとまで思っていたベル兄さま コレを安パイと認識していた作者様の正気度が気になる、じゃなくてコレすら安パイ枠に入りかけていた事実に七章以降への期待が爆上がり中です♪ [気にな…
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