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◇◇◇◇
私、ジルはチアゼム家に戻り、夕食まで部屋で過ごす。
先ほどのダンスの訓練後にニフェール様がポロっと言った一言。
「気持ちは分かりますし、僕としては正直羨ましい部分もあります」
私から見たらニフェール様は騎士科としての実技は誰も勝てないでしょう。
多分教師たちも全く歯が立たないのでは?
ニフェール様に勝てる人物は……ジーピン家の皆さまのうち、キャル様とアゼル様、マーニ様あたりしか思いつきませんね。
王宮で働いている騎士たちはジーピン家の誰にも勝てないでしょうし。
そして筆記の方も騎士科首席。
私やフェーリオ様と一緒になって三科の試験を受け、夏季試験では初回にしてはかなりの成績を取っている。
多分次の秋季試験では領主科・淑女科の科目は上位に名が入るだろう。
もしかすると五位以内に入るかも。
それだけ物凄い成果を出しているのに、なぜ羨ましいという単語が出てくるのでしょう?
普通に考えれば武に偏った評価をされているジーピン家から出た文武両道の人物。
それも文武どちらもトップクラスの実力を持つ人物。
ニフェール様の成し遂げていることを否定できる者はだれ一人おりませんわ。
ニフェール様の自己評価と他者評価が途轍もなく乖離している気がしてなりませんわねぇ。
そばにいた侍女にラーミルを呼ぶよう指示する。
この件は私一人で悩むものではありませんわね。
ならラーミルを巻き込んで癒してあげるよう命じておきましょうか。
ニフェール様が万全の状態で勝ちたいですから。
コンコンッ
「失礼します、ジル様、お呼びとのことですが?」
「ええ、ちょっと話があって。
まずは座って?」
ラーミルはちょこんと座り、こちらの話を聞く体勢になった。
この後、私の発言を聞いてもそこまで落ち着いていられるかしら?
「まず、ニフェール様が少し珍しい訓練をしていることをご存じかしら?」
表情がいきなり強張りましたね。
気持ちは分かりますけど。
「……ええ、存じ上げておりますわ」
「私、そこでニフェール様に宣戦布告しましたわ」
「 は ぁ ? 」
そういう反応するのも分かるのですが、【才媛】のする顔じゃない気がしますわよ?
「ラーミル、あなたは【才媛】と呼ばれるほどの学力を持っているわね?」
「えぇと、まぁ、はい」
「学園生の頃、あなたに互する人物はいたの?」
「一人おりました。
卒業以降会ってません。
生きているかもわかりませんけど」
「え?」
いたの?
本当にいたの?
「そ、その人ってどなた?」
「ヴィーナ・ディーマス。
ディーマス侯爵家の双子の妹の方ですね」
……は?
ディーマス家の子女ってマリーナとか言う名じゃなかったかしら?
「多分、ジル様だとマリーナの方はご存じかと思います。
あっちは侯爵に気に入られた方なので、舞踏会やらによく出ているようです。
ヴィーナの方は嫌がられているようで学園以外は外に出させてもらえないとか。
多分存在しなかったことにするのでしょうね」
本当なのよね?
初めて聞くのだけど?
「……とりあえず今の爆弾発言は置いておいて、ラーミルは切磋琢磨する存在がいたということね」
「ええ、あの子がいなければ【才媛】の名が付くことは無かったでしょう」
「でしょうね。
そして、そんな人物、私にはいないの……」
ハッとするラーミル。
「フェーリオ様やニフェール様――男性としてのよ?――のように争える、互いに学び合える方はおられるの。
でも、淑女科としては……誰もいないの」
痛々しそうな表情を見せてくるラーミル。
先ほどヴィーナとやらがいたから【才媛】になれたと言っていたから、こちらの言い分も理解できるでしょう。
「今の淑女科の二位の娘は正直ライバルというには無理があるの。
足元にじゃれつくのが関の山。
そして当人も追いつき追い越そうという気概も無いの。
それが悪いとは言わないわ、婚約者探しに学園に入る子もいるしね。
でも、私としてはライバルのいない生活ってすごく退屈なのよ……」
あ~、と納得してくれるラーミル。
あなたなら分かると思っていたわ。
「そこにニフェール様が現れたの。
本来の男性としてのニフェール様ではなく、ニフィとして。
私が望んだライバルとしての要素が全て入った人物。
この方に勝つためになら何でもしたい。
そう思わせる方」
……微妙にムッとしてますね。
一応一言言っておきますか。
「当たり前ですけど、男としてならフェーリオ様がいるのでニフェール様に手を出す気はありませんからね?」
あらあら、顔真っ赤にして。
カワイイ♡。
「単純に私がより高みに登りたいがためにニフィ様を勝手にライバル視しているだけだから、怒らないでね?
そして、今後も張り合いたいのでパァン先生にご相談させて――」
「ちょっと待って!!」
「――って、どうしたのかしら?」
突然割り込むなんて、ラーミルらしくないわね?
「パァン先生に相談って、冗談でしょ?!
自殺行為にしかなりませんよ!」
「ラーミル、落ち着きなさい。
パァン先生がトリックスター的な行動が多いのは分かっています。
でも、生徒の悩みをちゃんと聞いてくださいますし、かなり無茶も受け入れて頂ける先生です。
それは。ニフェール様が頼んだ内容からも想像つくのでは?」
普通、女装訓練なんて受け入れる先生はいらっしゃいませんわよ?
「ええ、ええ、無茶を聞いてくれる先生であることは存じ上げております。
ですが、同時にろくでもない提案も混ぜてくる方なのですよ!
多分今回のジル様の相談をきっかけに王妃様辺りにまで話が飛びますよ?」
……え?
流石に王妃様はないでしょう?
「まず、パァン先生は面白くなるのならかなりの無茶をしてきます。
そして、王妃様も同じような考えをお持ちです」
えぇ、そこは何となく気づいていたわ。
「一応申し上げますが、夏季休暇時の裁判覚えてらっしゃいます?
あの時も王妃様はこっそりニフェールさんたちの化粧や着替えを見たり、フィブリラ嬢を連れてきたりと色々裏で動いてらっしゃったんですよ?
そんな方に『ジル様の願いを叶える』という大義名分が転がり込んでくるんですよ?
全力で手を出してくるでしょうに!」
「……ねぇ、ラーミル。
王妃様とパァン先生がやらかしそうなのって想像つくかしら?」
少し悩んで帰ってきた答えは――
「試験の際にジル様とニフェールさんの実技試験――ダンスとかですね――を全校生徒の前で見せるとか?
ニフェールさん……というかニフィの立場をでっち上げ、王妃様推薦という形で試験だけ割り込むとか?
正直、あのお二方のやらかしそうなのはニフェールさんでも読めないかと……」
――え、ニフェール様でも無理?
「嘘でしょ?」
「事実です。
ニフェールさんは暴走に近い事態の対応は苦手としてます。
一番わかりやすい例だと、私の元義娘とか」
あ……。
確かにあれはグリース嬢の暴走だったわね。
「あのお二方が手を組んである程度はまともな判断をするでしょう。
でも、邪魔されないように自発的に暴走したとしか思えないアイディアを出してくるでしょうね。
その暴走が最善手に近いものになっているのが厄介なところなのですが」
……回避不可能ってこと?
「当然、ジル様もニフェールさんもあのお二方が暴走させたナニカに巻き込まれるでしょうね。
今できることはどのような無茶ぶりにも耐えるだけの実力をつけるだけです」
そこまで?!
「……分かったわ。
やるだけやってみる」
こう言うしかないわよねぇ。
ここでヘタレては宣戦布告した意味なくなっちゃうし。
「ちなみに、私はラーミルを目標にしていたのよ?
【二代目才媛】とか呼ばれたいと思っていたんだから」
そう言うと、ラーミルは少々悩ましい表情をしてボソボソと呟き始めた。
「……【才媛】という名を否定するわけでは無いのです。
ですが、学園卒業後は何の価値もありませんでしたね」
えっ?
「【才媛】とは、学園の三科全てにおいて高成績を取った者。
そのような人物を一番有効活用できそうなところと言えばどこでしょう?」
「王宮かしら?」
「そうですね。
それ以外だと領地持ち貴族の妻になって領内の繁栄を目指すか、個人的に商人のようなことをして利益を上げるかと言ったところでしょうか?」
まぁ、その位でしょうねぇ。
「ですが、淑女科の者が王宮で仕事は許可されない、むしろ忌避されております。
あ、侍女としての仕事は別ですけどね。
なので王宮で辣腕を振るうことは現時点ではできません」
あ~、確かに「女如きが口出しするな!」とか言う輩が多いですからねぇ……。
「そして、私はセリン家――領地を持たない貴族――に嫁いでます。
それは【才媛】としての能力を使う場所が無い。
金も大してないので商売も無理でしょうしね」
……確かに。
それに、当時のセリン伯は【才媛】の能力を活用させるなんて考えてなかったでしょうからね。
娘の母となってくれればいいという考えだったのでしょうし。
「それに、【才媛】の名が付いてもできないことがあるということを思い知りましたし……」
「まさか、義娘の教育?」
コクッと頷くラーミル。
個人的にはあの娘に常識を叩き込んでも無駄な気がするけど、義母となった以上そんなこと言ってられないのでしょうね。
「まぁ、ニフェール様と結婚したらラーミルが辣腕振るえそうな気がするわ。
あの方以上にラーミルの能力を使いこなせる人は思いつかないし」
「ええ、そこは個人的にも期待しているところですわ」
少し悲し気に、でも希望を捨てずに返事をするラーミル。
私がいくら『ニフェール様なら大丈夫だ』と言っても実際に体験した辛さというのはあるでしょう。
できることなら幸せになって欲しい。
未来の寄り家としてはそう思っているのですから。
それと、最後にあのことですわね。
ラーミルにニフェール様の「羨ましい」発言について伝えましたところ、困惑の表情を浮かべて来ました。
気持ちは分かるのですが……。
「私としては、ニフェール様の悩みを癒してあげるのはラーミルの担当と思っています。
私が割り込むものでもありませんしね。
ただ、相談には乗りますわ。
私としても争うのであれば一番ベストな状態になって欲しいですし」
私の言葉にキョトンとした後、苦笑されてしまいましたわ。
「全く男どもは……」
「本当にそうですわね」
本当に……フェーリオ様のやらかし――というか暴走?――は伏せておいて差し上げますわ。
この礼に何か……アクセサリーでも買ってもらおうかしら?
◇◇◇◇
儂、騎士ラクナはジャーヴィン侯爵に呼ばれ、単身王宮内の侯爵の執務室に向かう。
正直行きたくないのだが、仕事である以上仕方がない。
ただ、ジャーヴィン侯爵絡みだと、最近ろくでもない事態に巻き込まれるのが多くて……。
特にニフェールが関わっていた場合、儂の心の安寧は一気に砕け散る。
いや、ニフェールが悪いという訳ではないのだ。
むしろ、奴の行動で王都の平和を維持できている。
暗殺者の偵察で騎士側の馬鹿者を叩きのめし仕事を完遂。
薬の製造拠点の襲撃に多大なる情報提供をしたと聞いている。
それに、剣の腕もとてつもない。
儂と一騎打ちした時には殺気飛ばしてきて奴の想定通りに振り回された挙句、足払いを受けてそのまま敗北。
薬の製造拠点では案内人に聞いたところ薬物の過剰摂取でバーサーカーのようになっていた敵を流れるように手首と足首に攻撃し動けなくしたと聞いている。
ただなぁ……あいつが関わる内容だととてつもなく大事になりそうなんだよなぁ。
おっと到着してしまったか。
一応騎士隊長らしくノックして執務室に入り侯爵を見ると……何、そのいやらしい笑顔は?
「ラクナ隊長、来てくれてありがとう。
早速だが、君に仕事がある」
「ニフェールが関わりますか?」
「あいつからのご指名だ」
やっぱり(泣)。
指名料高めに設定してほしい(泣)。
無茶なプレイには拒否権も付けて欲しい(泣)。
「内容は……もっとこっちに来てくれ、小声で伝えたい」
ん?
なんだそりゃ?
一応希望通りに侯爵に近づくと、とてつもない話を聞かされた。
貴族派重鎮のディーマス家が暗殺者に依頼してジーピン家長男とジャーヴィン家長女との結婚式を潰しに来る?
それも、その式にはこっそりではあるけど陛下に王妃様、大公様が参加する?
加えて、騎士のうち貴族派の奴らが当日休暇取って暗殺者と一緒になって殺しまくる?
正直頭の中で整理するのに苦労してしまった。
「そんな馬鹿なことあるか!」という感情と「あの家ならやりかねない!」という感情がせめぎ合っている。
とはいえ、侯爵が冗談でこんなことを言うはずがない。
となると、下手な戦争より辛い戦いになりそうだ。
騎士たちは何人死神に抱かれるのだろうか……。
「一応言っておくが、騎士たちに戦いは求めんぞ?」
「は?」
「ジーピン家全戦力で叩き潰すそうだよ。
だからむしろ近くにいない方がありがたいんだと言っている。
騎士っぽい恰好していた暗殺者側の人物がいた場合、敵味方の判別が出来なくなるそうだ」
あぁ、そりゃそうだ。
とはいえ、そこまで騎士が弱いと……あの家なら言うか。
ただでさえ騎士たちが役に立たないのは儂も分かっておる。
「なので、戦いの合間に騎士の姿で教会に入ってきたら殺すと明言している」
「(ヒクッ)」
「諦めろ、本物の騎士か反逆者か判断なんてどうやってもできないだろう?」
溜息を付きつつ答える。
「なので、隊長の部隊は結婚式が始まる頃の時間に訓練場で待機していて欲しい。
ジーピン家の誰かが連絡しに来るから」
「かしこまりました。
というか、儂らは本当にニフェールにおんぶにだっこですな」
「もっとひどいぞ?
今表に出せない提案を受けているが、それが成功したら騎士団の再編成も発生する」
「じょ、冗談でしょ?」
「騎士団の弱点である兵站部門の問題解決を提案された。
ニ・三年後くらいにはうまく回せるかもしれん」
……マジですか?
それ出来ちゃうと、兵站に回していた実力者たちを隊長職に回せる?
「それ、本当にできそうなんです?」
「チアゼムの奴と話し合ったが、十分可能と判断した。
ただし、騎士側にもこの再編成の際に意識改革をしてもらわねばならん。
詳細は現時点で内緒だがな」
よっぽど無茶な提案をしたのか?
でもやらない選択肢は無いと?
「あいつには本当に頭が上がりませんな」
「ここまでの成し遂げたことでも伯爵位までは確定だろう。
兵站成功したら侯爵にでもなれるんじゃないのか?」
……本当にありそうだ。
今のうちに騎士側専属窓口となっておくかなぁ……とても苦労しそうだけど。




