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7 食事会

「よっ、兄ちゃん!」


 おれが毎度のごとく第二生徒会室でぐーたらしていると義理の妹が現れた。


「なんだ」

「なんだじゃねーよ! へへ、兄ちゃんが部活動に入ったって言うから飛んできてやったんだぜ! 感謝しろよな!」

「おう、そうだったな。お前のおかげでガクセカ部に入ることにしたよ。まぁなんだかんだで騒がしくも楽しい生活だな」

「で? 部長さんはどこにいんだ? 私この部活入りたいって思ってさ!」

「やめとけ! お前は本当にやめとけ! あとで悔やむことになるから絶対やめとけ! やりチンの先輩がいるぞ!」

「うわマジかよ! 超個性派揃いってことか!? なにそれちょー面白そーじゃん! 私も入れてくれよこの部活!」


「違う! 待て! 待つんだ! 男って言うのは優しい振りをして近付いてくるのが定番なんだよ! ましてやあの部長だぞ! たしかに見た目はいいが、騙されんな!」

「あの部長って言われてもな……。私見たことないからわかんねーや。兄ちゃんがやめとけって言ったとしても、私が入る部活は私が決めてーんだ! な! いいだろ!」

「よくねぇ――! 全部兄ちゃんに従え!」

「兄ちゃんがおかしくなってる! た、たしかにこの部活に入ってから、兄ちゃんが変になってるかも知れない!」


 おれは全力で義妹のガクセカ部参入を阻止する。いやしないといけない。なんせあの部長だ。危険スギル……。


「そーいや兄ちゃん、きららと友達になったんだってな! きららすっげー喜んでたぜ! 一人で教室で踊ってたくらいだ!」

「あいつ精神おかしいんじゃねーの!? 想像つかねーわ!」

「でも本当に踊ってたんだぜ! へへ、兄ちゃんに見せてやろうと思って、こっそりカメラで撮っておいた! ほら!」


 義妹――赤瀬ちなつはおれにスマートフォンを見せてきた。なるほど、最近のスマートフォンはカメラ撮影もできるのか(すっとぼけ)と思いながらその動画を見る。


 ってマジか! 本当にあのきらりんが踊ってやがる! これは炭坑節だ! おれ夏祭りで散々小学生の頃踊った! 一緒にお祭り行って出店回る友達がいなかったから、近所のおじさんおばさんに交じって踊ってた! おかげでどんだけ月が出たか分かんねーくらいだ。


「な! すっげーだろ!」

「あぁ。さすがにこれは驚いた。ケドこのとき声かけたのか?」

「なんで? すっげー面白かったからそのままにしといたぜ! 兄ちゃんも今度うちのクラス行けば、こっそり炭坑節踊ってるきらりん見られるかもしんないぜ!」

「遠慮しとく! おれべつにきらりんの炭坑節見たくない! って言うか今まですんなり話流してたけど、なぜ炭坑節!? もっと踊れそうな奴あるだろ! ほらティックトックで流行ってそうな奴とか!」

「兄ちゃんはあめーなぁ! その選曲センスこそがきらりんのいいところなんじゃねーか! 兄ちゃんは女心がわかってねーな! やれやれだぜ!」


「こっちがやれやれだ! どこの世界に炭坑節を一人で踊る女子高生がいんだよ! 変人じゃねーか! あいつどんだけキャラ詰め込めば気が済むの!? ラブコメキャラならやり過ぎてあんま人気でないタイプだぞ!」

「兄ちゃんは女の子のことをラブコメヒロインとしか見てねーんだな。さすがに今の発言はドンびくものがあるぜ……」

「悪い。たしかに今のは言い方が悪かった。ケド炭坑節って! お前はこれを変だと思わねーの!?」

「あぁ、うん。思うけどきらりんだからしょうがねーなって!」

「きらりんクラスで変人扱いされてる! 素で変人認定なんだ! あっそうなんだ! 悪かったのはおれの方なんだ! ごめんね世界! 認識が間違ってたのはおれの方だ!」

「ンで兄ちゃん入部届くれよ!」


 おれはどうしたもんかと悩んだ。たしかにこいつを入部させると色々な弊害が出てくるだろう。しかし部活動内であまり友達が居ないおれにとっては、むしろ会話がスムーズに行くこいつがいてくれた方がありがたいのではないかとも思うわけで。


「よしわかった。おれが入部を許可する。だけど申請って形で、入部届は直接部長に渡せよ。じゃないと承認ができねーからな」

「うんわかった! わーい! 兄ちゃんと同じ部活だ!」

「子どもかお前は! まぁ、喜んでくれるのならおれはべつに構わねーけどよ」


 おれは呆れたようにため息をつく。頬杖をつきながら緑茶を口に含んで、ふと喜んでいるちなつの方を見た。


 こいつはおれの義理の妹だけれども、べつに一緒に生活しているわけではない。別居中、なんて行ったら言い方が悪いけれど、単に親の都合で離ればなれで暮らしているだけだ。再婚って手続きも面倒だけど、人間関係の構築も面倒だよな。最近の同居系ラブコメのようにはいかないのである、現実はな。


「見てみて兄ちゃん! イラスト描けたぞ!」

「お! へたくそだな!」


 高校生にもなってなんちゅう会話してんだおれらは……! しかも義妹が描いてきた絵は、まるで幼稚園児が描いたような代物だった。よくあるだろ、お父さんの似顔絵とか、お母さんの似顔絵とか。あんな感じのタッチ。可愛いんだけど、幼すぎないか?


「ちなみになに描きやがったんだ?」

「ほう! よく聞いてくれたな! ズバリ想像上の部長だ!」

「ぶはっ! そう考えるとそっくりだ! やべーちょー似てる! 部長のあの性格不定型なところとか、むしろそれ表現できててちょー芸術点たけーわ! みかげ的にポイント高い!」


 前言撤回。もしかしたらうちの妹は美術の才能ありすぎるかも知れない! これルーブル美術館に飾ろうぜ! ダヴィンチの作品の横にでも飾っとけば、それなりの人気出るだろ!


 けど……モデルが部長かぁ。あの部長がモデルだとちょっとなってところは正直ある。


「兄ちゃんにやるよ!」

「いらね! ちょーいらね!」

「そっか! よしわかった! 兄ちゃんがいらねっつうんだったら、私が燃やしとくよ!」

「それは賛成だ! 兄ちゃん権限で許可する! 部長燃やしちまえ!」

「なはは! 燃えろ燃えろ!」

「ばか! エロ本燃やす要領で燃やすな! ここ室内じゃねーか! どうすんだよ、火災報知器なり始めたじゃねーか!」


「む? 兄ちゃんなに言ってんだ? べつにこんな学校燃えちまってもいいんじゃねーか?」

「よくない! ちょっと今ガクセカ部の活動楽しくなってきたところなの! やめて! おれの青春ラブコメがいつまで経っても始まらないのはどう考えても間違っているからやめて!」

「なげーな! 兄ちゃんそれちょーなげー! わかったよ、消すよ。ほらふっ!」

「消えた! 嘘だろ!? お前の肺活量おかしくない!? 誕生日のロウソクじゃねーんだぞ!? そんな簡単に消えねーよ! 火災報知器鳴ってんだぞ!? すごすぎだろおれの妹……。おれの妹の肺活量がクジラ並なわけがない……」


 おれが喚いているとガラガラッと部室の扉が開けられた。二人だ。たつみ先輩とあすちゃん先生。


「うわ! 大丈夫二人とも! ケガはない!?」

「あっはい。ちなつが消してくれたんで大丈夫っすよ」

「嘘でしょ!? ちなつちゃん……? すごくない!?」

「ですよね! おれの義理の妹なんすけど、こいつ尋常じゃなく体力あるんすよ!」

「なぁ兄ちゃん、あの女誰だ?」

「おぉい! 失礼にもほどがあんだろ! って言うか知らねーのかよ! たつみ先輩だよたつみ先輩! お前が見習うべき先輩ナンバーワンのたつみ先輩だよ!」

「へ~、あどうもよろしくな! 私赤瀬ちなつって言うんだ! 分かんねーことあったらいつでも聞けよ!」


「上から目線! お前謝れよ! 土下座しろ土下座! 大和田さん超えるくらいの土下座でも許されねーくらいだよ!」

「あはは――っ! 神崎くんいいっていいって! それよりさ、義理の妹さんなん? それってどんな感じなの? こう毎日が緊張に包まれてる的な、ソワソワしてる的な? それとも二人の距離がだんだんと近付いてキスとかしちゃう系なん!? ね!? どうなの!?」

「先輩『義妹生活』の読み込みすぎですよ! ダメですって! おれたち二人にそんな関係性はないですから!」

「おう! 兄ちゃんと毎晩ハッスルしてるぜ!」

「してない! そもそも同居すらしてないから!」

「兄ちゃん嘘はよくないぜ!」

「お前がな! 冗談ならもっとマシな冗談を言え!」

「へへっ、悪かったよ! んでたつみっちよろしくな!」

「うん! 今日からよろしくねちなつ!」


 うちとけんの早いな……。ケドいいのだろうか。たつみ先輩は三年生でちなつは一年生だ。こんなにもフランクな関係性を早々に築きあげて、のちのち怒られたりしないだろうか。あとでたつみ先輩におれだけ呼び出されて「……ねぇなにあいつ、ため口ウザいんだけど、殺していい?」とか聞かれたらどうしよう。そして何よりも気になるのは、さっきから空気になってるガクセカ部顧問のあすちゃん先生の扱いどうしよう。って言うかなんでこの人おれのことちらちら見るたびに頬を染めているのだろうか。な、なんかしたのかおれ!?


「ねぇ神崎くぅ~~~ん! ゲームしようぜゲーム!」


 いつものように楽しそうなたつみ先輩だった。なんか一安心した。たつみ先輩はやっぱり裏表がないタイプなのだろうな。


「いいっすよ。なにがいいっすか?」

「そうだね! 指スマ!」

「古い! 小学生レベル! たしかに昔はやったけれども!」

「んじゃぁさ! あれやろうよ! グッとパーで別れましょ!」

「つまらない! たつみ先輩それめっちゃつまらない奴! それやって楽しい人世界で多分一人もいない!」

「いいねたっつん! やろーぜやろーぜ! グッとパーで――」

「やった! こいつやったよ! お前の感性どうなってんの!?」

「うーん、ごめんねちなつ。さっきから全然別れないね……!」


「ふふ、そりゃたっつんと私は心の奥底で繋がっているからだな」

「はっ! なにこの子超かっこいいんだけど! え!? マジで!? 本当に同性だよね!? ヤバい惚れそうなんだけどぉ~~~!」

「落ち着け先輩! どんだけ同性愛者多いんだこの学校! なにか見えざる力でも働いてんの!?」

「たっつんはさっきからグーしか出してないから、私もたっつんの心を読んでグーを出し続けてるってわけさ!」

「うわ! なんちゅートリック! やばいね! めっちゃすごい! やばすぎる! あれだね! ちなつは人の心を読む天才だね!」

「ほう。わかってくれれば嬉しいよ、マイハニー」

「はわわわわ」


 なにこの会話! マジでついて行けないんだけど! なにこのゆりゆりしい空間は! 周囲にバラが咲き誇っているのが幻で見えているようだ……!


 おれはさすがにこの空間の中ではいたたまれたなかったので、仕方なく、本当に仕方なくあすちゃん先生のもとに寄ることにした。


「先生。あれどう思いますか?」

「……んなっ! なにかなっ!? わ、わわ私になにか用だろうか!?」


 うわーめんどくさい。可愛いんだけどすごく面倒くさいタイプの女性だこの人。


「いや、ああ言うのってぶっちゃけどうなんすか? 人目も気にせずいちゃつくって、不純異性交遊とかにならないんすかね」

「はは! なにを言っているのだ神崎。べつに女の子同士だから問題はなにもない!」

「あんた急なキャラ変エグいな! ビックリした! 今となりにいる人入れ替わったのかと思った!」

「か、神崎は急変する女は嫌いか……? わ、わるかった」

「ち、違います! ただビックリしただけで、他意はありません!」

「そうか! 神崎は女心をわかっているな! ようし、今度担任の先生に頼んでやる! 神崎みかげは成績オール五にして下さいってな!」

「不正! 予告しないで!? おれがなんかいたたまれなくなっちゃうから! 全然嬉しくない!」

「なーにを言ってるのだ神崎! 大人に不正を持ちかけられた時は、素直に受け入れるものだぞ!」

「アンタ何者!? 一回義務教育受け直してきたら!? もう常識ってものを教えてやってよ誰か!」


「あっ、見ろ神崎! あそこにユーフォーが飛んでいるぞ!」

「どれですか!? ……ってあれ野球ボールですよ!」

「な、なんだそうか……! 野球ボールか……! てへっ、ほら見て神崎! お茶目な私も可愛いだろ!?」

「最後の確認がなければ可愛かったよ! いらねーよその確認! 女子力だだ下がりのセリフじゃねーか!」

「む! 神崎は貧乳の女性は愛せないというのか! この欲張りめ!」

「言ってねーよ! 断じて言ってない! べつに好きな女の子なら貧乳だろうが巨乳だろうがどっちでもいいだろうが!」

「むっは! 神崎は男らしいな! さすがはオールバックにしているだけはある!」

「……え? あ、はい。…………そうっすか」


 やべぇ。髪型を褒められるってけっこう嬉しかったりするから、素直に喜んでしまった。だけどこれはあれだよな。素直に受け取っていい奴だよな。


「ところで神崎スルメが食べたい」

「知らねーよ! おれあんたに褒められてちょっと嬉しかったことすっげー後悔した! あんたそうやって生徒手玉に取ってきたんだな! うわサイテー!」

「う、うわあぁああ! 神崎が私のこと最低って言ったー! 最低って言った方が最低なんだぞ!」

「ぐっ! たしかに一理ある! なんだこの人! 頭いい! って教師だから当たり前か!」

「ちなみに神崎よ。私の担当科目はなんだか当ててみたまえ。きっと当たらないと思うぞ!」

「え? なんすかその質問! ちょっと楽しいっすね!」

「おっと、神崎。チャンスは平等だとは思うなよ! 三回までだ! 三回以内に当てられなかったら、罰ゲームを実行するぞ!」


「先に聞いておきたいんですけど、罰ゲームってなんすか?」

「へへ、私に向かって『愛してる』と言ってくれ!」

「やだ! めっちゃやだ! なんか嬉しい提案のようにも聞こえるけど、そんな言わされたようなセリフ心がこもってない!」

「なんだ神崎~、照れくさいのか~~? ほれほれ~~~?」

「こういうタイプの人苦手! すげー苦手! アァもうわかったよ! さっさと始めましょう! ええっとじゃあそうっすね、ここはラブコメでありそうなキャラ設定で行くと、やっぱ国語教師とかっすか?」

「か、神崎なんでわかったんだ! 正解だ!」

「あってんのかよ! なんかあっさりとしたゲームだった! って言うかそうですよね! 見た目が国語教師っぽいですもんね! だいたい国語の女教師って結婚できないイメージありますもんね笑 文系のくせに笑(あくまで神崎の意見です)」

「神崎! それは失礼に値するぞ! 女性のことを見た目で判断するな!」

「見た目以上に中身が残念なんだから中身のこと評価しようがねーんだよ! あんた正気でそういうこと言ってんのか!? ビビるわ!」

「か、神崎にいじめられるよう……! ふぇえええん!」


「ご、ごめんなさい! さすがに言い過ぎたかも知れません! 悪かったです! おれが悪かったです!」

「神崎ところで夕方飯食いに行かないか? 私今ものすごくつけ麺が食べたい気分なんだ!」

「先生……! マジッすか! ちょっとあまりにも急変しすぎじゃないかとか思いましたけど、じゃあお言葉に甘えていいっすか?」

「あぁもちろんだ! へへ、神崎と飯食べに行くなんて私はなんて幸せ者なんだ……! あぁ幸せだぁ! 今死んでもいいくらいだなぁ! わっはっはっは!」

「(めっちゃ安上がりな人だな……………………)」


 こうしておれは部活動の顧問の先生と食事会の予約をつけたのだった。


 え? 義妹とたつみ先輩の会話はどうなったのかって? いやなんというか。まぁこのあとの展開を読めばわかると思うぞ。ってなわけで場面転換。




 つけ麺屋に入ってしばらくすると、お店自慢のメニューだという店長おすすめつけ麺という商品が運ばれてきた。


 七人分である。

 なんでだよ!


 もちろんおれ一人が食うわけではなく、それぞれ一人ひとつずつ食していくという形である。


 学園生活改善部のメンバーと西園寺ミカエラ、そしてあすちゃん先生が揃っていた。


 なんでこんなことになってしまったかというと、おれとあすちゃん先生の会話を廊下の陰で聞いてしまったらしい荒金部長が、「いいですね食事会! 是非ともガクセカ部のメンバー全員で行きましょう!」とか言う提案をしてしまったためである。もちろんあすちゃん先生はそれにショックを受けたようだったが、最後は「まぁこれもう交流だよな…………はぁあ、私の婚期が遠のいていく、とほほ」と呟いて解決した。先生ご愁傷様である。


「なぁたっつん? 私が思うにじゃんけんって言うのは、選択肢が三つあるわけだろ? だから戦略性が生まれて人と人との間によけいな対立を生む。ケド考えても見ろ。これが選択肢二つだった場合、逆に親交が生まれると思わねーか?」

「それな! アタシ達ちょー仲良しだよね! 今度一緒プリクラ撮りに行こうよ! なんなら二人で一緒に留年しちゃおっか!」

「いいなそれ! よし留年届今すぐに出してこよう!」

「いやダメですからね! たつみ先輩なに流れでとんでもないこと言ってるんすか! もうちょっと冷静に判断して下さい! こんな義妹のために留年する必要なんてこれっぽっちもありませんからね! 考え直して下さい!」


「え~~~! 兄ちゃんケチだな!」

「ケチかどうかはお前が決めんな! ふつうの高校生は単位足りてたらふつうに卒業していくの! お前の感性どうなってんだよ!」

「んあー、でもね神崎くん! あたし聞いたことあんだけど、大学生とかってけっこう自分の意志で留年したりしてるらしいよ? なんかその大学にいるのが楽しいから、ずっといる! みたいな!」

「高校は卒業して下さい! たつみ先輩の留年理由がおれの妹がこんなに可愛いせいなのはさすがに義兄として気が引けます!」

「神崎くんウケる! 草だよ草! 大草原ぴっぴだね!」

「意味わかりませんよ! たつみ先輩の笑いのツボってどこにあるんですか!?」

「うーん、神崎くんの声?」

「それもうおれが喋ってるだけで笑ってんじゃねーか! 幸せもんだよおれ! たつみ先輩に笑顔になってくれるのなら、おれは喉だって差し出す覚悟ですよ!」

「なーんて冗談冗談! ケド神崎くんと会話してるときって、何か一生会話できそうなカンジするわ!」

「ま、まじっすか!」


「はーいストップ~! 兄ちゃんダメだぞ! 兄ちゃんには私って言う存在があるんだからな! ほら兄ちゃんあーんしろあーん!」

「同じメニューなんだよ! 学園生活改善部みんな同じメニュー頼んでんの!」

「はは、兄ちゃんつけ麺のスープが麺から垂れてんぞ? ドジな奴だなぁ!」

「お前が垂らしてんの! お前の箸の使い方がへたくそなの! って言うかたつみ先輩もニヤニヤしてないで止めて下さい!」

「いやぁ、だって邪魔しちゃ悪いっしょ!」

「悪くないから! 助けて!」

「え~、どうしよっかな~~? うーんそしたら、はいあーん!」

「! まさかのダブルですか! 先輩たちもしかしておれのこと好きなんじゃないですか!?」

「ほら、こぼれちゃうよ!」「兄ちゃん早く食べないと、私が食っちまうぞ!」


 おれは二人からのつけ麺攻撃に応えてやった。し、仕方がないだろう。おれだって男だ。可愛い女の子からあーんされて食べないなんて不遜な真似をできるはずがない。


「兄ちゃんうまかったか?」

「ん、まぁうまかったな」

「へへ、そっか! じゃあ今度は兄ちゃんのを食う番だな」

「いらない! どうせ同じメニューだからいらない! なにそのバカップルみたいな行為! さすがに絵面がアホすぎる!」

「む。なんかそっちの方は楽しそうだな」


 ふいに荒金部長が話に割り込んできたため、明らかにたつみ先輩の顔色が曇った。曇りというか台風級だ。もう今すぐにでも怒り出しそうな気配がある。だ、大丈夫だろうか? おれは二人の険悪ムードを晴らすため、口を開いた。正直この部長には聞きたいことがたくさんあるのだ。一応自分が所属する部活の先輩だからな。


「荒金部長?」

「なんだ? 神崎から話しかけてくるなんて珍しいこともあるもんだな。今夜は赤飯でも炊くか?」

「うるせーよ。あー、おれ一応学園生活部に入って、これからお世話になると思うんで、よろしくお願いします。荒金部長」

「なんだ挨拶か! そうかそうか! 神崎はよくできた後輩だな! うむ、改めて自己紹介しようか。おれは荒金雅之。このガクセカ部の部長を務めている。わからないことがあったら何でも聞けよ!」


 荒金部長が爽やかさマックスで挨拶してくれた。こうやってちゃんと挨拶してくれる部長はけっこうまともな人間に見える。たしかに傍から見てやりチンクソ野郎だとはとうてい思わないだろう。人をだませるタイプの人間といったところか。要注意だな。


 荒金部長は赤い前髪をさらりと掻き分けて、


「神崎はあのあと友達ができたのか? 初日に色々聞いてきただろう。友達がどうやったらできるのかとか」

「あー……、それっすか。いや全然できませんでしたね。一応あそこにいるミカエラはおれの友達って言うか、彼女って言うか。とにかく仲がいいんすよ」


 おれの発言は当のミカエラ本人には聞こえていなかったらしい。ミカエラはただいまあすちゃん先生ときらりんと何やら楽しげに会話している。って言うかあすちゃん先生が飲み過ぎて吐きそうになっているところを必死に看病していた。先生ごめんなさい、この部長のせいでやけ酒させてしまって。


「そうか。まぁ難しいところもあるだろうけどな。とにかく継続は大事だからしっかりやってけよ!」

「あ、荒金部長ってけっこうまともな人なんすか? なんか、この場では口に出すのも憚られるようなことをたくさんやってきた人とは思えないんすけど」

「、んー、まーそうだな。部活動とプライベートは別といったところか」

「そうなんすか。すんませんなんか失礼なこと言って」

「いや、気にするな! 慣れてるからな!」


 荒金部長は豪胆に笑う。飲んでいるのはコーラだろう。その飲みっぷりたるや、なんつーかふつうのいい先輩のようにも見えてしまう。


「先輩に色々聞きたいことあるんすけど、いいっすか? なんかこういう場でしか聞けないようなこともあると思うんで」

「改まったきり出し方だな。べつになんでも聞いてくれていいぞ!」

「じゃあぶっちゃけ聞きますけど、本当に学園生活改善された人っているんすか?」


 おれが言葉を発した途端、辺りがしんと静まりかえった。正確に言うとたつみ先輩とあすちゃん先生、それからきらりんが揃って黙り込んだ。え!? なに!? おれなんか聞いちゃいけないこと聞いた感じ!? って言うかそこは堂々と過去の実績引っ張り出すところじゃないのか?


「神崎? あのな。世の中には聞いちゃいけないことと、聞いていいことがあるんだぞ」

「おかしい! 今なんでも聞いていいって言ったじゃん! おかしいのおれなの!? 学園生活改善部だから、活動内容聞いただけじゃん!」

「先輩? 荒金部長って色々間違ってるところ多い人ですけど、この件に関しては荒金部長が正しいです」

「まーまーしょうがないって! 神崎くんだってうちの部のタブーなんて知らなかったんだもんね! しょうがないしょうがない!」

「お、お前はなんてことを聞くんだ……! デリカシーのないやつめ!」

「先生まで! 揃いも揃ってもしかしておれが悪いんすか!? だけどほら! あるでしょうなんか! 『俺ガイナイ』の奉仕部みたいに、なんか活動実績あるんじゃないんですか!?」


「「「ない」」」


 即答! やべぇおれ入る部活間違えた! って言うかおれ陸上部にも所属してんだった! もうなんか色々間違えている! おれの青春ラブコメ間違いだらけじゃねーか! どないなっとんねん!


「神崎! お前の言いたいことはよくわかった! つまりあれだろう! 活動実績をしっかりと神崎の代で作り上げたいとか、そういう話だろう!」

「ちげーよ! いやそうだよ! あんたらどんだけダメな奴らなの!? おれがこの間試したことも全部ダメだった理由もわかったよ! あんたらのアドバイスがドブネズミ級だったからだな!」

「ど、ドブネズミだと! いや神崎、お前はなにもわかってない! おれたちがどれほどの思いで、生徒たちの相談に乗ってやっているか! お前に本当にわかるのか!?」


「わかんねーよ! お前らがどんな気持ちかどうかは知らねーよ! 医者に相談するとき、大事なのは医者の気持ちよりも治療内容だろうが!」

「違うぞ神崎! おれたちはきちんと相談者に共感してやって、それから適当に解決策を提示するのが仕事なんだ!」

「適当って言った! 適当って言ったよこの人! だからダメだったんじゃん! おれだから友達できなかったんだな!」


「ち、違う! 言葉のあやだ! おれだってきちんと考えて答えを示している! どうやったら頭がよくなりますかという質問に対しては、『きちんと家で予習復習してくるように』と返すようにしている!」

「すごくない! べつにふつう! って言うか誰でもできるよね! もう解散しちまえこの部活! なくなっていいよ! 入ってから早々言うのはなんだけど、なくなっちまえ!」

「なっ! お、おれが先輩たちの代から受け継いできたものを、お前はそんなにあっさりと……!」

「伝統もクソもあるか! って言うかなにしてんだ先輩たち!」

「か、神崎よ! わかった落ち着け! おれたちの活動方針が、お前のものとあわないことはよくわかった! ならばおれたちが引退したあとに、お前なりのやり方を見つけていったらどうだ!?」

「最初からそのつもりだわ! あんたらなんか信用に値しねーわ! はぁあ! あんたにちょっとでも尊敬の念を感じたおれがばかだったわ!」


「ぬはっ!」


 荒金部長はおれのダイレクトアタックによりダウンした。まぁこれもいい教訓だろう。おれは叫び疲れたのでメロンソーダで喉を潤す。するときらりんがおれの方を向いてなにかを言いたそうにしていた。


「なんだきらりん、おれの顔に何か付いてんのかよ」

「先輩も荒金先輩嫌いなんですか?」

「まぁそうだな。荒金先輩は生理的に受け付けねーな」

「ですよね~、荒金先輩に抱かれるのはちょっとな、って思いますもん。マジでむり」

「お前それ男の前で言う? 聞いちゃいけないこと聞いたような気がするんだが」

「先輩うぶですね! こんなんで動揺しちゃうなんて、先輩はノーエッチマンさんなんですね!」

「るっせーよ! そのネタやめろ! 男が傷つく話題ナンバーワンなんだぞ! あんま言われたくない話題なんだぞ!」

「先輩はうぶな人の中でもかっこいい方だと思います! っていうかぁ、世の中の自称やりチンって女の子のこと絶対考えてないですからねあれ。痛い思いをさせるだけのクズだと思いますよ。まぁ私経験したことないんですけど!」

「ねーのかよ! よかったわ! なんか荒金部長に食われてなくてよかったわ!」

「ケド先輩の初めては男の子がいいんですよね! 私とっておきの男の子知ってますよ!」

「いらん! お前のそのBLネタやめろ! おれが変な奴扱いされるだろうが!」


 現に荒金部長とかあすちゃん先生とかがこっちを変な目で見てきている。うーむ、多少の悪意のこもった視線なら耐えられるおれだけれど、この視線はさすがにキツいかも知れない。


 チョイチョイと裾を引かれる。見れば顔を真っ赤にしたミカエラの姿があった。なんだ、アイスクリームでも頼みたいのか? とおれはミカエラの口元に耳を寄せた。


「僕男の子だから、そういう話止めてよ。なんかみかげが僕のこと狙ってるみたいじゃん……!」

「いや現に狙ってんだよ」

「嘘でしょ!? みかげってあれ冗談でやってるわけじゃないんだ! たまに見せる変な行動も言動も全部あれ本気だったんだ!」

「なんですかせんぱいたち? もしかして痴話げんかですか? 私も混ぜて下さい!」

「ダメに決まってんだろ! それに痴話げんかじゃない! お前が変なこと言い出すせいで、ミカエラが変な勘違いしちまったじゃねーか!」


 おれはずるずるっとつけ麺をすする。なんか喋っていると食べるのを忘れてしまうので、ときどき思い出したようにすすらないと気が済まないのだ。


 おれはグビッと水を飲んでから、


「そもそもだ。男が好きとか女が好きとか関係なくないか? 好きなもんは好きと言え!」


 おれが○野エリカに啖呵を切った弱キャラ○崎くんのような勢いで言うと、きらりんはドン引きしたように身をくねらせた。両腕で体を抱いて、汚物を見るような目でおれを見てくる。その目って男にとってはなによりも耐えがたい。


「先輩って意外と優柔不断なところありますよね。ミカエラ先輩が好きだって言ったり、かと思ったら私のことを性的な目で見たり。きも」

「きも、ってやめて! おれ素直に傷つくから! 気持ち悪いのはわかってるけど、なにもそこまでダイレクトアタックかまさなくてもよくない!?」

「あ! そういえばきらら先輩にたずねたかったんですけど、きらら先輩は男の人と女の人だったらどっちが好きなんですか?」


 ミカエラが質問する。たしかその質問は前にもおれが似たようなことを聞いたはずだ。


「私はふつうに恋するなら男の人がいいなって思います! けど女の子っぽい男の子は対象外ですね~、ごめんなさいミカエラ先輩。ケドそういう男の子がべつの男の子に食われるところは見てみたいかな。ほら、阿部さんみたいな人に」

「阿部さん男の子じゃない! あれもう漢! 阿部さん男の子って言う人初めて見たよ!」

「みかげさっきからうるさいなぁ……! もうちょっと静かに喋ろうよ。他のお客さんの迷惑になるよ?」

「そうですよせんぱーい。もうちょっと楽しく語りましょう。先輩の一人語りじゃないんですから」

「………………悪い。ちょっとさっきから叫びすぎたって部分は否定できない」

「あすちゃん先生はどんな男の人が好きなんですか? 僕、大人の女性がどんな恋愛するのかってちょっと興味あります!」

「わ、私か!? ようやく私に質問が回ってきたのか!? ちょっと待って! 考える時間をくれ!」


 ミカエラに質問されたあすちゃん先生はまるで教師にいきなり指名された生徒のような反応をする。それくらい準備してほしいものだが、あすちゃん先生のことだから仕方ないと言えば仕方ない。なぜかコンパクトケースを取り出して化粧乗りを確認したあと、あすちゃん先生は答えた。今の時間なんだったのだろうか。ツッコんではいけない。


「んと、私の好みだろ? いやー、これ前にも行ったと思うが、一年六組の髙田くんだろ? それから二年四組の神崎だろ? それから三年四組の浜田とかだな!」

「さらっとおれ入ってる! どや顔でなに言ってんの!? 生徒じゃん! うちの生徒じゃん!」

「む? 生徒と先生同士の恋愛になにか問題があるのか!? 私だってギャルゲーくらいやったことあるからわかるけど、べつにふつうじゃないのか!?」

「ふつうじゃねぇ! あれはあくまでもフィクションだよ!」

「違うぞ神崎! フィクションって言うのはいつの時代だって現実をもとにして描かれるのだ。だから生徒と教師の恋愛は成立する。男女の友情が成立するようにな!」

「男女の友情は成立する! それは間違いない! あり得る話! ケド生徒と教師の恋愛は基本タブーだから! エロゲーにおける妹ルート並みに起こしちゃいけない奴! そして卒業とともに関係性がこじれる奴!」


「そんなことはない! 恋愛なんて楽しみ方は人それぞれだ! ちなみに私は頭の中で彼氏彼女関係を築いている!」

「精神病院行け! あんたそれ妄想癖レベル九十九の奴だよ! 一生恋愛できない奴の考え方始めちゃってんじゃん! 戻ってこい! お願いだから先生戻ってきてよ……!」

「な、ななななんだと神崎! お前はこんな私のことを心配してくれるというのか!? 嬉しいぞ神崎! 私は、私は生きていてこんなに嬉しいことはなかったぞ……!」

「自己肯定感大丈夫か! 先生今までなにあったんすか!? 悩みあるならおれ相談に乗りますよ!? マジで先生の精神状態が不安だから! そのうち引きこもらないでよ!? おれいつだって先生の味方だから!」


「う、うぅ……………………かんざきぃ~~~~~~~! お前ってなんていい奴なんだぁ~~~~~~~!」

「うわひっつくんじゃねぇ――! きたねぇ! 鼻水つけんな! 先生これ制服どうしてくれんすか!」

「ぐす。かんざきぃ~~~~~~~~! もう一杯!」

「酔っ払い! 酔っ払えばすむと思ってるあんたの思考回路! 鼻水ついたシャツどうしてくれんだよちくしょう!」

「まぁまぁ先輩。それくらい許してあげましょうよ! あすちゃん先生だって色々あるんですよきっと。それより先輩、私たちもお酒注文しませんか!?」

「しねーよ。お前あすちゃん先生の扱いひどくない!? この人若干アラサーだよ!? もうすぐで三十になっちゃうんだよ!? かわいそうだよ! おれこの人放っておけないよ! なんかもう今すぐにでも家に連れて帰ってあげたい! 先生本当に大丈夫ッすか!?」


「うぅ~~~~~~~~~、か~~~ん~~~~~ざ~~~~きぃ~~~~~~~~! うえーん、こないだ校長先生に呼び出されて怒られちゃったよぅ~~~~~!」

「よしよし、先生辛いことがあったらそうやって吐き出しちゃって下さい! おれ何でも相談に乗りますからね!」

「ぐすっ……! 神崎大好き! お前って本当にいい男だな! こんなに肌もきれいだし、いいニオイするし、もう私と結婚してくれ~~~~~!」

「先生……! なんでこんなにいい女なのに誰ももらってやらないんだ! ちくしょう! 先生もうおれの嫁になりましょう! おれ働いて稼ぎますから! フリーターでもなんでもいいです! とにかく今から先生を養います!」

「やめときなってみかげ! 先生の同情しすぎだよ! たしかに婚期逃しそうになってる先生を見捨てられないのはわかるけど、だからといって助けるのはどうかと思うよ! だいたい先生まだ二十七だからね! まだまだこれからだよ! ね! だから先生、いったんみかげから離れようよ!」


「うわ~~~~ん、ミカエラちゃんいいこと言うな~~~~! もう私と結婚してくれーーー!」

「この人今度僕を狙い始めたよ!? ね、ねぇみかげどうしよう! 先生もう誰でもいいから結婚したい欲むき出しにしちゃってるよ! もうここまで来ると末期だよ!」

「おれに相談すんな! なんでミカエラと結婚するんだ!」

「すねた!? みかげすねたの!? 先生が僕と結婚したいって言ったから、急に嫉妬しちゃったの!?」

「先輩ワイン来ましたよ、ほら一緒に飲みましょう!」

「あほ! お前自由か!? 自由なのか!? なにしれっと注文してんの!?」

「へへ、注文したのは私じゃありませんよ! 先生が注文したのを私が受け取っただけです。安心して下さい!」

「安心しろっつってもむりだよ! お前飲むなよ! それ絶対飲むんじゃねーぞ!」


「え? なんか言いました?」

「酔ってる! 大丈夫かお前!」

「うえっ!? ひっっく! なんすかぁ? 飲んだわけじゃなくて、匂い嗅いだだけですよ?」

「はえー! ビックリした! 超高速で出来上がってやがる!」

「せんぱ~い! なんか私、眠くなっちゃいましたぁ!」

「よりかかんな! ってワインの香り! お前顔の辺りからワインの芳醇な香りがする! めっちゃエロい!」

「先輩? 私のこと嫌いですか?」

「嫌いじゃないけど、嫌いになりたくないから離れて――! おれはまだそういう準備できてないから離れて!」

「へへ~、先輩こちょこちょ」

「くすぐったい! 脇腹をくすぐるんじゃねぇ!」

「脇腹以外だったら、どこがいいです?」

「どこもくすぐんな! お前それやったらあとでめちゃくちゃ後悔する奴だぞ! おれ知らないからな! おれの理性が吹っ飛んで、後先後悔することになってもおれ知らねーぞ!」


「先輩? ここがいいんですか?」

「どこ触ってんだ! やめろ! やめろやめろ! ちょっとお前! マジでやめろ!」

「うわぁ……」顔を真っ赤にするミカエラ。

「どーですか?」

「エロい! めっちゃいい気分だけど離れろ! おれは今日そういう気分でここに来てない!」 おれの言うことなんてきらりんは聞く気配がなく、彼女は容赦なくおれのアゴに指先を這わせた。おれは「はぅ――っ!」と男にしては情けない声を上げてしまう。くすぐったいからマジでやめて!

「先輩ところでアルキメデスについてどう思います?」

「唐突! 出た! 唐突に話題変える奴! お前この流れでアルキメデス引っ張り出してくる奴初めて見た! って言うかアルキメデスって誰だっけ?」

「へへ、せんぱーい、ユーレカ!」

「ひゃめろ! アホか! やめろ! お前そこはマジでやめろ! そこ攻めるのアウトだから! 太ももは本当にアウト!」


 おれは声を上げ続ける。このままやられ続けると本気でどうにかなってしまいそうだったが、ほっぺたと耳を赤らめたきらりんは正直可愛かったので、おれは引き剥がす気が失せてしまった。そのまま身を委ねることにしよう。どうなっても知らねーぞマジで!


「浮力の原理を見つけた人です。先輩ご存じないんですか?」

「言われれば思いだしたわ! ケド言われないと思い出せないくらいの人だよ! 正直おれ文系だからあんま詳しくねーわ!」

「先輩の浮力はどれくらいですか?」

「なにその哲学的みたいで実はそうでもない質問!? おれの浮力――!? 戦闘力的な奴なの!? 浮力!? 把握してる奴いんの!?」

「じゃあ先輩は軽いんですか?」

「アァなんだ体重のこと? それなら男にしては軽い方だな……!」

「へへ先輩お尻が軽い男なんですね!」

「違う! お尻の重さと浮力あんま関係なくない!? いやありそうだけど、日本語の意味としては絶対に違う!」


「先輩お口直しにデザート頼みませんか? 私ちょっとなんか物足りなくて」

「あぁ、まぁデザートくらいなら注文してもいいんじゃねーの? なにがいいんだ? プリンか?」

「バルーンアート」

「適当に答えてない!? お前やる気ある!? 絶対ねーよな! デザート食べたいって言うのも嘘だろ!」

「嘘じゃありません! む! 先輩私を怒らせましたね! もういいです! ぷんぷん! 私は酔ってません! ところでプルトンはどこにあるんでしょう?」

「知らん! お前クロコダイルか!? おれはコブラじゃねーんだぞ! しらんわ! いやマジで知らん! 尾田先生に聞いて来いよ!」

「先輩は尾田先生と知り合いなんですか!?」

「なぜそこで目を輝かせる!? んなわけねーだろ!? 常識的に考えろ! 天下の尾田先生だぞ!? 顔も知らない!」


「む。先輩役立たずですね! もしかして先輩のあそこも役立たずなんですか?」

「失礼! 極めて失礼! おれのちゃんとしてる! ってつけ麺屋でなに言わすの!? 女子にパンツの色聞くくらい失礼だからな!」

「先輩のセクハラは常習的なので、むしろこれがスタンダードかと」

「おれ後輩にそんなこと思われてたんだ! おれセクハラするタイプの人間だと思われてたんだ! あ! そうなんですね! おれ信頼ゼロじゃん! って言うかこいつらから信頼得てもメリットなさそう!」


「先輩一緒にトイレに行きましょう!」

「行かねーよ!? 出たな女子の定型フレーズランキング第二位! おれ初めて女子の口からそれ聞いた! だいたい女子ってなんでいつもトイレに一緒に行くの!? 一人でいーじゃん!」

「先輩だからそれがセクハラなんですって! どうしてわかんないんですか?」

「一緒にトイレ行きましょうとか言う奴の方がセクハラだ! お前の感性どうなっとん!?」

「先輩私レベルアップしたいです。そしてベギラゴンが使えるようになりたいです!」

「そこはギラグレイドだろ! お前のドラクエいつで止まってんの!?」

「私ファイブしかやったことありません!」

「花嫁! 名作! ちなみにお前はどっち選んだんだ?」


「私は独り身でした!」


「そんなルートはねぇ! お前がやってたのはドラクエ以外のべつのなにかだ!」

「先輩はレベルいくつくらいまで上げました?」

「おれか? まぁやりこんで九十九とかだな。ひたすらメタキン狩ってレベル上げてた」

「ですよね! 私も現実世界でメタキン狩ってレベルアップしたいです!」

「できねーわ! メタキン現実にいねーからな!」

「そんな……! 先輩ひどいです。私メタキン狩りたいです!」

「んなこと言われても困る! お前そろそろ酔い醒ましてこい! だいたい未成年だろ!? 店員から怒られちまえ! 出禁になっちまえ!」


「ひどい……! 先輩ひどすぎます……! これはあれですね、ひどすぎて草はえるって奴ですね!」

「へたくそ! ネット用語使い方へたくそすぎる! 初めて聞いた! その『草はえすぎてもはやアマゾン』とか、そのレベルよりも下!」

「くっ………………くくっ………………先輩なんですかそれ……………………! 草はえすぎてアマゾン……………………!」

「ツボった! マジかよツボった! これで笑うの小学生レベルだぞ!?」

「先輩お茶入れましょうか? 喉渇いてませんか?」

「唐突にいい後輩! お前いくつペルソナ持ってんの!? おれに一つ分けてくれ!」

「へへ、先輩もしかして私が酔っているとでも錯覚しました? ざんねーん、実は酔ってませんでした~!」

「酔ってないであれなの!? 嘘だよな! お前現に顔真っ赤だよ! 大丈夫かって思うくらい真っ赤だよ!」

「そ、それは先輩の体に触れているからですよ、……もうせんぱいのばか」

「おれのせい!? おれのせいなんだ! なんかごめんな! おれが悪かった! 全部おれがいけないんだな! 謝る! キラリンの常識おれには通用しなかった!」




 ばか騒ぎはしばらく続いた。何十分か経ってラストオーダーを迎え、そのときにはすでにきらりんはしらふに戻っていた。どうやら酔いやすいけれども、酔ったら酔ったで立ち直るのも早いタイプらしい。その辺は羨ましい体質というかなんというか(これはあくまでフィクションです。描写したとおり、きらりんはお酒を飲んだわけではなく、匂いを嗅いだだけです)


 けっきょくあすちゃん先生は酔ったままだったので、なぜかおれが介抱することになった。この人路肩に吐いた。おれの服もそのときに汚れてしまい、「もうほんとなんなんだこの教師」とおれが呟いてしまうほどだった。先生としてはいい先生でも、人間としては問題児だな。


 おれたち学園生活改善部の面々は、二次会と称してそれからボウリングやらビリヤードやらで楽しんだ。いやまぁ正直けっこう楽しかったけど、たのしい時間って言うのはあまりにも早く過ぎる。


 帰り際おれはなんとはなしに星を見上げた。解散してまもなくだったので、もしかしたらおれの後ろ姿を誰かが見ていたかもしれないけど、おれはそのときちょっぴり、ほんのちょっぴり、もしかしたらおれはリア充なんじゃないかと思った。まぁ気のせいだと思いたい。こんな奴らとはしゃぐのはもうこりごりだ。



 そんなことはねぇか

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