5 きらりんレボリューション!
あろうことか部室で荒金先輩と二人きりになってしまった。めっちゃヤダ。ヤダけど仕方がない。おれは沈黙をできるだけ保とうとお茶を飲んだり鞄の中身を入れ替える振りをしたりしていたのだが、そんなこともお構いなしに荒金やりチン先輩が喋りかけてきた。って言うかこの人本名なんだったっけ?
「おう、神崎元気してるか?」
「なんすか? 喋りかけないで欲しいんすけど。やりチンウイルスがうつります。できれば視界に入らないでもらっていいですかねぇ! おれからするとあんた目障りなんすよ目障り!」
「ひどくない!? おれの扱いマジでひどくない!? いやそこはたしかにやりチンであることは認めるが、なにもそこまで言われる筋合いなくない!? おれ一応部長だぜ!?」
「部長だからですよ! なんでこんな奴を部長にしたんすか!? ふつーにたつみ先輩でよくないっすか!? マジで最悪っす!」
「む。お前まさか反抗期だな!?」
「あんたおかしいよ絶対! なんであんたに反抗してない時期があったみたいな言い方してんすか! 反抗だらけですよ! 経験人数ゼロ人の僕からすると、あんた相当嫌なやつなんすからね!」
「むぅ。神崎お前、セックスに夢見てるようだから言うけど、けっこう飽きるぞあれ……!」
「死ね! マジで死ね! なにが飽きるだよ! ゼロ回の人間にはわからない世界を当たり前に言うんじゃねーよ! ラノベ読者の夢壊すなよ!」
「だ、だがそんなこと言われてもなぁ……! 神崎を納得させられるほどの材料は他にないからなぁ……!」
「じゃあ話さなくてもいいじゃないっすか! つうかおれあんたと喋りたくない! あれだ! あんたユーチューバーの香りがする! 自分の幸せを他人に見せつけることで満足するタイプの人間特有の香りがする!」
「やめろ! ユーチューバーを馬鹿にするな! お、お前な! ユーチューバーがどれだけの努力を重ねているのか知らないだろ!? 再生回数は伸びないわ、それでショックを受けるわ、伸びなかったら伸びなかったで事務所からやらせ案件来るわでたいへんなんだぞ! おれの親父がやってたからわかる!」
「親父やってたのかよ! ドン引きだわ! まともに教育してねーからこんなやりチン野郎が出来上がるんですよ!」
「お前! 今おれの親父侮辱したな! 父さんにだって侮辱されたことないのに!」
「その父さんが問題なんじゃねーか! あぁくそ、あんたと喋ってると疲れてくる……!」
おれはぜぇはーと呼吸をどうにかして整える。おかしいんだよな絶対。この人どこかで常識というものが欠けている。
「閑話休題と行きましょう。もうこれ以上やりチン話聞かされてるとこっちの身が持ちそうにありません」
「おぉそうか。じゃあなんの話する? トランプでもする?」
「田舎のばあちゃんか! 修学旅行生か! コミュ障か! あんたどんだけずれてんだよ!」
「む。じゃあウノにするか? 二人ウノ!」
「なかなか終わんない奴! ドローカード一杯持ちすぎてお互いにお互いが引かせ合って終わらない奴!」
「じゃあ人生ゲームでもするか!」
「あんの!? 逆にあんの!?」
「あぁ。うちの学校テーブルゲーム部って言うのがあってだな、そこに知り合いがいるんだ」
「そうだったのか……。先輩知り合いいたんすね」
「ぶっ殺すぞてめぇ! おれにだって友達くらいいるわ!」
「って先輩そうじゃないっすよ。その話じゃないっす。おれはべつに遊びたいわけじゃなくて、質問したいだけなんすよ」
「質問?」
「そうです。部長とたつみ先輩以外にも部員っているんすか?」
「お? なんだ神崎入部志望か? 歓迎するぞ!」
「たつみ先輩に歓迎されても、あんたにだけは歓迎されたくない」
「はっはー。またまたー!」
指パッチンしてこちらに指先を向けてくる荒金部長はマジで気持ち悪かった。って言うか人に指向けんな。あんた一体いくつだよ。おれこいつに経験人数負けてるとか死にたくなってくるぜ。
「まぁ入部志望かどうかは置いといて、単純な興味本位ッすよ。他にいないんすか?」
「んあ、まぁいるな。だが他に部活を兼ねてるために、滅多には来ないけどな」
「へ~、じゃあ幽霊部員ってことッすか。ガクセカ部兼部できるんすね」
「そりゃもちろんだ。とはいっても、兼部してる奴少ねーけどな」
「だいたいどれくらいの頻度で来るんすか? 月一?」
「んにゃ、週一回程度だな」
「幽霊ではないですね……。ちなみになに部なんすか?」
「陸上部のマネージャー。女だぞ。そして可愛い!」
「なんだって!? それは朗報じゃないっすか!? 先輩食ってないっすよね!」
「ばか言うな! はん、おれは年上以外は食わない!」
「よーっし、じゃああんたが五十過ぎてもそれ言えよな! やったぜ! 可愛い女の子がいるとは朗報だぜ! 先輩今から陸上部行ってきます!」
「待て神崎! お前まさかナンパしようとしてないよな!」
「へ? なんでっすか? なにかイケないことでもあるんすか? だって先輩の女じゃないんですよね? 数多くいる女の一人じゃないんすよね? じゃあ僕にだって友達になるくらいの権利はあってもいいんじゃないんすか? それにガクセカ部に色々お世話になるにあたって、挨拶とかもしておきたいですし」
「あぁ。だが先に言っておくぞ。行くのなら気を付けろよ。特に陸上部員にな」
「陸上部員に気を付けるんすか? ……もしかしてアイドル的な存在とか?」
「ま、そんなもんだな。って言うかお前陸上部見たことないのか? 本当に熱狂的なファンがいるんだぞ。ふつうに校庭の周りの舗道歩いてたらわかるレベルだぞ」
「マジッすか……。おれ反対側の門から帰るんで、ほら、正門とは反対側の」
「そうか。じゃあ見たことなくてもしょうがないか……。くれぐれも気を付けるんだぞ」
「はっは! なに言ってるんすか先輩! どんな凶暴な女でも、あんたよりはマシっすよ! 行ってきます!」
「あぁ。本当に気を付けろよ………………」
おれは浮かれ気分で陸上部へと向かうことにした。なんだろう、先輩からの忠告をもっとちゃんと聞いておくべきだったなとあとでものすごく悔やむことになりそうな予感がした。
一応補足しておくと本日は陸上部がグラウンドの半周分を使える日らしい。グラウンドを使う部活は『ソフトボール部』『サッカー部』『野球部』そして『陸上部』である。中学時代の時も思っていたけれども、『陸上部』って外側だけしか使えないのかわいそうだよな……。
なんてことを考えつつグラウンドに向かう。気分は部活動視察を行う生徒会役員だ。「集まれ生徒会役員共、今日は部活動視察を行う!」みたいな気分だ。どんな気分だ。
歩道をてくてくと歩いて行くと、何やら違和感を感じた。違和感って覚えるものだっけ? まぁこの際日本語が間違っているかどうかなんて問題はどうだっていい。
なんか怪しげな宗教団体みたいなところがあるぞ。
見れば朝礼台の上に誰か乗っており、そこの周りを取り囲うように陸上部員が集まっている。陸上部員はしきりに両手を挙げ、メガホン片手に朝礼台の上でなにかを叫ぶ女子高生(見た目は中学生だがうちの制服を着ている)に向かって何やら叫んでいる。
なんだなんだ? とおれが思う間もなく、突如としてコール、
「きらりん! きらりん! きらりん! きらりん! きらりん!」
「きらりん! きらりん! きらりん! きらりん! きらりん!」
「きらりん! きらりん! きらりん! きらりん! きらりん!」
「声が小さいですよ! 先輩方それでもやる気あるんですか! 天下の陸上部員ですか! ほらもっと腹から声だして下さい腹から! あぁ!? 山口! てめぇ口が全然開いてないじゃないっすか! やる気ないんなら帰れよ! かーえーれ!」
「そうだ帰れ!」「ここはお前のいる場所じゃない!」「山口帰れ!」「そうだそうだ!」「きらりんの機嫌を損ねた罰としてもう二度と戻ってくんな!」「しね!」「豚野郎!」
ひどい光景だった。言われ放題の山口くんはしょんぼりした様子で、「……はい。きらりさま の いうとおりに……」とかなんとか呟いている。やばくね? おれは今とんでもないものを目撃してしまっているのではないか!?
「山口! あんたにもう一回チャンスをあげます! 二度とはいわないっすからよーっくきいてくださいね! それこそ耳の穴かっぽじって血が出るくらいに!」
「はい おおせの ままに……」
言われた山口くんは仰せのままに耳の穴に小指を突っ込んで――っておいおい、本当に血が流れてんぞ! 笑い事じゃねーよ! 誰か救急車呼べよ!
「よろしい。いいですか山口! あんた二年にもなって、一年生のマネージャーに叱られて悔しくないんすか? えぇ!?」
「すみません なにも きこえません」
鼓膜破れてない!? 本当に大丈夫!? 聞こえないってヤバくない!?
「聞こえないじゃないでしょうが! 私の声が聞こえないって言うんすか!? あぁ!?」
「きこえません」
「って聞こえてんじゃないんすか! あんた佐村河内っスか!? あたしにケンカ売ってるんですか?」
茶髪のセミロングの陸上部マネージャーの怒号が飛ぶ。なるほどあれが噂の学園生活改善部のメンバーか。え? あれが!? 学園生活改善させるどころか悪化させてない!? 大丈夫なのあの人がメンバーで!
「いいっすか! ようく聞いて下さいよ! 分からず屋の先輩に、いっちょ言いたいこと言ってやります! 聞いて下さいね!」
なぜ二回も言ったし。って言うかあの子一年らしいな。マジか。って言うか山口くんそういえば同じクラスだったわ!
「青春は一度きりすよ。諦めたら、あとで諦めたことをものすごく悔やむんです。それでも先輩はいいって言うんすか? 諦めて後悔して、その後悔はもう二度と取り返しのつかないことなんですよ? 今筋トレしておかないと、いずれかっこいい先輩に抱かれることはなくなっちゃうんですよ!?」
なんだろう、決定的なずれを感じた瞬間だった。なんで? 学園生活改善部のメンバーってだいたいこんな感じなの!? 変わり者が多いって言うのはなんとなくわかるけど、ちょっとあの子もおかしいかも知れない。
「あんたのそのぽっちゃり体型で、いい男に出会えると思ってんすか! あんたそれでも男ッすか! 男ならもっとかっこよく、そしてスマートにいって下さいよ! じゃないと憧れの先輩に抱いてもらうことはないんすからね!」
んー、どうしてだろう。山口くん男だよな。だ、抱いてもらうって言うところに引っかかりを覚える。
「じゃないとあんたの心も体も一生開かないままッすよ!」
「ひ、ひえーっ! そんなのやだよーっ! 僕の初めては、大事な人にあげるんだよーっ!」
やだ聞きたくない。山口くんが人間としての尊厳を失った瞬間だった。
って待て待て! おれはなにを聞かされているんだ! そして山口くんホモだったの!? マジでビックリだったんだけど! おれ山口くんのこと、もっと真面目なオタクくんかと思ってたよ!? ねぇ山口くん!
「僕のお尻の穴は、僕の初めては、荒金先輩にあげるんだよーっ!」
とんでもないことを聞いてしまった。おれは慌てて口をふさぐ。もちろん声を漏らさないようにするためだ。
あいつ男も食ってんのかよ! 雑食なのかよ! そして山口くんもそれはそれでどうかと思うよ!
おれのドン引きを他所に、陸上部マネージャー(きらりんだったか?)はうんうんと満足げにうなずいた。うなずいちゃうの!? なんで!?
「よろしいですよ、先輩! それでこそ真の男です! 初めての相手ってとっても大事ッすからね! なるほど、山口先輩は荒金先輩のことが好きなんすね。わかりました。今度ラインを山口くんが交換したがってたってこと、荒金先輩に伝えておくっすから」
「ひゅーひゅー!」「おぉ! 山口やるなぁ!」「こんなとこで愛の告白なんて痺れるぜ!」「まじかっけぇよお前! 真の男だわ!」
くたばれ。
なんやかんやと騒ぎ立てる陸上部員たち。おれはあることに気がついてしまった。
――陸上部よく見たら男しかいねぇ!?
朝礼台の上のきらりんはまっことこの世の至上の喜びを受けたみたいな顔をして、またもや満足げにうなずいた。うなずくな! そしてそんな恍惚とした表情を浮かべんな!
きらりんは拳を突如として振り上げて、そして叫んだ。
「お前ら最高だぜ!」
「いえーーーーーーーーーーーーーーーーっい!」
「今日は外周三十周したい気分だぜ!」
「イエスマム! 喜んでええええええええええええええええええ!」
陸上部員たちはそれはそれは元気よく外周へと向かって言った。ねぇ、今日半周使える日じゃなかったのとか言うそんな質問はもはや野暮だ。なぜなら彼らに常識なの通用しないのだから。
朝礼台に一人になったきらりんはポトリとメガホンを置いた。そしてまたもや特有のとろけたような表情で「うへへ、山口×部長とか最高じゃないっすか~~~! でへ、でへでへ!」とか一人ブツブツ言っている。
ち、近付かないようにしよう……。って言うか顧問の先生何やってんの? 女子集めろよ! 男子ばっかでむさ苦しい陸上部とか見たくねーわ!
「あれ、そこのあんたどうしたんすか? あぁ、もしかして入部希望者ですか?」
「やべ」
「ちょっと~~~、ヤバいってないんじゃないんですかせんぱ~~~い! もしかして神崎先輩ですかぁ?」
「なぜおれの名前を知っている!」
「そりゃあ聞きましたよ~~、荒金部長とは長ーい付き合いですからね! 一ヶ月ほどの!」
「みじけぇ! とてつもなくみじけぇ! まぁいいや、おれのこと知ってるんすね?」
「そりゃもちろんですよう! 先輩イケメンッすからね~~! せんぱ~い、男の子好きですか?」
「やめろ! 近寄るな! おれは男の子好きじゃない!」
いや待て! おれはミカエラは好きだぞ! だけど一般的な意味で男の子が好きとかそういうわけじゃない!
「そんなこと言っちゃって~~~、ミカエラ先輩とはお隣同士なんですよねぇ」
「なぜしってんだ! マジでキモい! 個人情報だぞ!」
「そんなこと知ってますよぅ。だって個人情報なんてもんは、学校側が管理してますからね! 担当の先生色仕掛けしちゃえば、ちょちょいのちょいですよ!」
「なにやってんだ教師! 公務員! 税金泥棒! 仕事しろ仕事!」
「先輩は私に個人情報握られてんのいやなんですかぁ?」
あざとい! なんだこいつ! 趣味嗜好はちょっとおかしいかも知れないけど容姿だけは完璧だからなんか色々言えない! 言いづらい! 男心をくすぐるとかもはや反則じゃねぇか!
「あ、先輩もしかして、女の子苦手ですか?」
「に、苦手じゃねぇよ」
「そんなこと言っちゃってぇ。うちの部、どうですかぁ? いい男揃ってますよ!」
「なんか違う! お前の言ってるポイントがなんかずれてる! 男好きじゃねぇっつってんだろ! ぶっ飛ばすぞ!」
「いやん! 先輩が乱暴するぅ! エッチ! ………………ん、………………いきそ………………ぅ」
「やめろ! 妙にリアル! マジでリアル! ちょっと喜んでいた自分の感情もリアル! 黙れもうお前! いい加減黙れよ!」
「そんなぁ。先輩もっと一緒にきららとエロいことしましょうよ!」
「どっちなんだ! お前はホモなのかノンケなのかどっちなんだ!」
「やですね先輩。私の趣味は男の子同士の恋愛を見ることで、私自身は男を好きになりますからね! せんぱ~い、ねぇ本当にうちの男共どうですかぁ」
「いやだよ! おれもう戻る! 荒金先輩に伝えてくる! ガクセカ部には入りませんって伝えてくる!」
「い~~~~や~~~~~で~~~~~~す~~~~~ぅ、先輩と一緒にいたいんですぅ!」
「可愛くったってそうはいかない! おれはおれの道を行くからな!」
「せんぱいの……………………ばか………………………………」
「くはっ! なぜだ! BL好き属性ってラブコメの中だとそんな人気でないキャラの部類ではあるけど、実際に見ると可愛い! おれは理性に抗えない悲しき男だ! 誰か! 誰かおれを殺してくれ!」
「先輩大げさですよう。きらり、そこまで先輩が悪い男だって思ってませんよ? ね、先輩? だから陸上部はいりましょう?」
「入るか! ホモの巣窟! なにされるかわからない! 阿部鬼よりも危険じゃねぇか!」
「先輩阿部さん好きなんすか!? いやー、私もああいう男の人ってけっこう好きなんすよね~~、見てる分には」
「ほら見ろ! 見てる分にはだろ!」
「でも先輩だって、女の子同士の恋愛ってけっこうイケません?」
「わかる気がする……! めっちゃ説得力ある……! たしかに男からすると男同士の恋愛に対してちょっと違和感って言うかあるけど、女の子同士の恋愛って割と素敵かも知れない……! 美しい………………百合の花……………………うぅ」
「へへっ、先輩って案外チョロいっすね。はい入部届!」
「受け取るか! なにすんなり渡しに来てんだ! 書くかアホ! おれは走るの苦手なんだよ! べつの意味でもな!」
「えぇ……! 先輩なら入部した初日からモテると思いますよ」
「貞操の危機じゃねぇか! やらねぇよ! つかやらせねぇよ! 初めて貞操の危機って言葉使ったかも知れない!」
「でも荒金部長も、けっこうイケるタイプらしいすよ!」
「あいつなんなんだよ! ほんとなんなんだよ! ドン引き通り越して呆れてるわ! 人間としての尊厳ねぇのかよ!」
「荒金先輩のこと嫌いなんですか?」
「いや…………………………、そんなことは………………ごめんやっぱ嫌いだな」
「そうですよね! 私もああいう男の人に抱かれるのってちょっとヤだなって思います!」
「よかった! なんか安心した! お前がちゃんとした貞操観念持っててすごく安心した!」
「だから先輩? 陸上部はいりましょう!」
「入らねぇよ! だから入らねぇんだよ!」
「きらりん終わったよ!」「ふぅ、外周三十周なんておれらにとっては余裕だよな」「そーそー、きらりんのためならいくらでも走れるよな!」「あぁ、ブラジルまで行けるぜ!」
「なにぃ! おれは土星まで行けちゃうもんね!」「っふん、ならおれは銀河鉄道越えられるね!」「なにぃ!?」「んだとぉ!」
ケンカは止めて下さい! お願いだから聞いてるこっちが恥ずかしくなるからケンカは止めて下さい! なにその小学生並みの会話!
「へへ、先輩たちが頑張ってくれて、きらりん嬉しい!」
「うおおおおおおお!」「最高だぜ!」「頑張った甲斐があったなぁ……!」「きらりん結婚してくれぇええええ!」
「きらりん! きらりん! きらりん! きらりん! きらりん!」
「きらりん! きらりん! きらりん! きらりん! きらりん!」
「きらりん! きらりん! きらりん! きらりん! きらりん!」
恐ろしいわ! マジで恐ろしいわ! おれって今こいつらの仲間入りするところだったの!? なんかあれでしょ? 宗教団体と同じように、入る前は変な団体だなと思うけど、入ったら洗脳受けるタイプのあれでしょ!? 怖い! おれはまともな学校生活が送りたい!
「お前らー、声が小せぇぞーーーーー!」
きらりんが叫ぶ。それに呼応するように、
「「「うおーーーーーーーーーーーーーっ」」」
陸上部の大合唱に周りの部活の生徒が引いてる。そりゃもうドン引きのレベルじゃない。もはやゴキブリを見つけたときのような目を陸上部に向けている。いや、だけど一部の生徒は違うな。彼らは一様に朝礼台の上のきらりんを見ている。まぁ容姿だけはいいからな。容姿だけは! 男なんて単純なものである。
「きらりん次の練習メニューは!?」
「え~~~、そ~~~ですねぇ、とりあえず一対一でパートナー組んで、柔軟体操といきましょうか!」
「おっす!」
「それが終わったらあとは好きにしていいですよ! あぁそうそう。べつに乱戦でも構いませんからね~」
いや困るよ! お前は一体なにをやらせようとしているんだ! 聞いてるこっちが今一瞬反応に戸惑うほどのスピードでほざきやがったぞこいつ。
おれはため息をついてからきらりんに言った。
「お前、まさかこんなようなこと毎日やらせてんのか?」
「そりゃもちろんです! ですです! 私から見ればここは楽園ですね楽園!」
「おれにとっては地獄だよ! 一体なにが始まるのかっていますごいドキドキしてるよ! ホントに大丈夫だよなぁ! 乱交パーティー始まったりしねーよな! ここ学校だぞ!」
「へーきですよせんぱ~い! なにをそんなに怯えてるんですか?」
「怯えない方がどうかしてんだよ」
「先生なんてみんな私の味方なんですから、べつに学校でエロいことしたっていいじゃないですかぁ!」
「警察! 警察呼ぶぞ!? お前の腐った倫理観をたたき直してやる!」
「なにを言っちゃってるんですかせんぱーい! もち、先輩も参加ですよ? じゅ、う、な、ん、た、い、そ、う……」
「やめろ! おれを巻き込むな! 巻き込まれるくらいだったら死んだんだ方がマシだ! 身投げしてやる! もういっそのこと身投げしてやる!」
「え? じゃあ先輩私とやりますか? 関節パキパキ言わせて、文字通り骨抜きにしちゃいますよ」
「だからどいつもこいつも! ちなつといいたつみ先輩といい、色仕掛けキャラもういいわ! 飽和状態だわ!」
「じゃあ先輩はどの子がお好みですか? 当店のおすすめはナンバー四十九の山口くんですよ!」
「また山口くん! ねぇ山口くんって荒金先輩のこと好きだったんじゃないの!? いいのおれで! いやべつに指名しないけど! って言うか指名制ってなに!?」
「先輩息切れしてますよ……? そんなんで夜大丈夫なんですか?」
「……一応聞いておく。なんでおれに体力が必要なんだよ」
「先輩は攻めじゃないですか?」
「なんの話だ! 聞かなきゃよかった! おれ今聞かなきゃ幸せだった! おれ攻めなの!? どっちかって言ったら受ける側かと思った!」
「ノンノン。先輩は攻めてナンボです。山口くん呼びましょうか?」
「呼ぶな! そしてお前の立場はなんなんだ!」
「ふふ! 先輩の恋のキューピッドさんです。感謝して下さいね!」
「するか! お前なんなんださっきから! おれをどうしたいんだ!」
「簀巻きにして海に沈めたいです」
「真顔! 急な真顔やめろって! そしてなんでその流れで海に沈めようとする!」
「え? だって先輩今海に身投げしたいって言ったじゃないですか?」
「あ! 言った! おれ言った! ごめんおれ言ったわ! 訂正する! べつに簀巻きにして欲しいとかじゃないから!」
「じゃあ先輩はどんな形で海に飛び込みたいんですか?」
「そうだな。おれはタイタニックのように沈んでいきたい」
「そうですかぁ。じゃあ相手がいないといけないですね。えーっと先輩は攻めだから……あれどっちでしたっけ? 前と後ろ?」
「真面目に考えんな! ネタだよネタ! お前BL好きキャラの中でも最低クラスなこと言ってるぞ! タイタニックの製作会社に怒られる!」
「まぁ私タイタニック見たことないんですけどね」
「ねーのかよ!」
「でもあのシーンは知ってます」
「……あぁ。まぁそれはなんとなく理解できる。って言うか落ち着いて話そうじゃないか。おれは攻めじゃない!」
「ダメです! 先輩には攻めて欲しいんです! オールバックな男の人は攻めって決まってるんです! よっ、先輩男前!」
「おだっ、おだててもなにも出てこねーよこんちきしょーが!」
「あはっ、先輩キモいです!」
「うるせーな! 今の本気で照れてたんだよ! わかれよ! どうして素の自分を出そうとするとキモいって言われんの!?」
「当たり前じゃないですか! 欲望丸出しにしてたら誰だってキモいって思いますよ! だからみんな欲望を隠して他人と接してるんじゃないですか! あんたばかなんですか! 死ねばいいのに!」
「ひどくない!? そこまで言われる筋合いあったかなぁ! なかったよね!」
「でも先輩身投げしたいって言ってましたよね」
「言った――ぁ! おれ言ってたわ! ケドなんか違う! 自分で言うのと他人に言われるのではわけが違う! 法律上問題にならないのとなるレベルで違う!」
「せーんぱい? 私が褒め殺してあげましょうか?」
「いらんわ! お前の褒め言葉はなんか生々しそうなんだよ!」
「先輩の初めては、僕がいただいちゃうよ?」
「唐突なキャラ変! って言うかちょっと可愛かった! そしてそれはミカエラに言われたい!」
「ほら! やっぱり先輩男の人が好きなんじゃないですかぁ!」
「違う! ミカエラは美少女だ!」
「なんなんですかその気迫! どうしてミカエラ先輩の話題出てきたときだけそんなに元気になるんですか? もしかして特定の相手以外じゃないと興奮しないとか……?」
「やめろ! なんかちょっとお前引いてるけど、べつにそれでいいじゃねぇか! 特定の人だけで興奮してなにが悪い!」
「だからその発言がドン引きなんですよぉ! 先輩私をドン引きさせるレベルって相当ですよ?」
「そうなの!? お前が引くレベルでおれってヤバい奴なの!? やべぇめっちゃ自信なくした!」
ぎゃあぎゃあ騒いでいるとやはり喉がかわく。って言うかなんでおれこいつとこんなに会話盛り上がっているのだろうか。べつに共通の趣味があるわけでもないし、共通のニュースがあるわけでもない。むしろ正反対の二人だ。
おれは「あー」と声を出して、話を切り替えることにした。正直言っていい? おれこいつと話すの超だるいけど楽しいと思ってる。
「そーいやお前、週に一回ガクセカ部に参加してるんだってな」
「うわ。なんで先輩知ってるんですか女子の情報知ってるなんておかしいです性欲強いからですかやっぱりそうなんですね?」
「ちげーよぶっ飛ばすぞ! 性欲は関係ない! 荒金部長から聞いたんだ!」
「先輩?」
「ん?」
「へへ~、四十九の山口くんとかどうですか?」
「だから薦めんな! そして山口くんを商品扱いするな! そしてなぜおれが詳しく知らない世界をお前は知っている!」
「先輩えっちなビデオとか見ないんですか?」
「見るけど! 見るけどさぁ! だいたい途中飛ばして――じゃない! そうか! わかったよ! おれの勉強不足だったな!」
「わかればよろしい」
「なんか無性に腹立ってきた」
「で? 先輩はどうしてこんなところにいるんですか?」
「記憶喪失!? そんな急に話題変える奴があるか!? お前に引き留められてるからだよ! おれさっきガクセカ部に戻るって言ったよねぇ!?」
「いいましたっけ? まぁそんなことは置いといて、今晩空いてます?」
「なぜだろう……! ふつうに女の子に聞かれたら嬉しいだろう言葉なのに、なぜかいやな予感しかしない……!」
「山口くん今晩フリーって言ってました!」
「山口くんもういいよ! そっとしておこうよ! 山口くんをおれどうにかするつもりないからね!?」
「きっと山口くんは乗り気ですよ!」
「さっきから思ってたけど山口くんの扱い雑じゃない!? もうちょっと人権尊重しようよ! 山口くん誰とでもやる人みたいになってるから……! それまるで荒金先輩じゃねぇか! 逆に山口くんなんで荒金先輩好きになっちゃうんだよぉ……! やまぐちく~~~ん」
「なんですか先輩気持ち悪いですよ。山口くんがそんなに哀れに思うのであれば、先輩抱いてあげればいいじゃないですか!」
「きっぱり言うな! べつに山口くんとは友達でもなんでもねーわ!」
「む。先輩それちょっと言い方ひどくないですか?」
「え………………あぁ、ちょっと言い方悪かったけど、でも山口くん本当に友達じゃねーよ! びっくりした! 話し合わせて山口くんと特別な関係性を築かされるところだった!」
「先輩お腹空いた」
「いきなり!? お前の変わり身ヤバくない!?」
「BL要素が足りません……」
「知らん! お前はどんだけおれを疲れさせれば気が済むんだ!」
「先輩の義理の妹さんと私って同じクラスなんですよね」
「そうなの!? それは知らなかった!」
「まぁどうでもいいんですけどね。そんなことよりお腹空いた」
「どうでもよくねーよ! お前の欲望よりも妹の話題の方が気になる!」
「む、なんですか先輩。私のお腹よりもちなっちゃんの方が気になるって言うんですか?」
「そうだよ! 当たり前だろ! 誰がお前のお腹なんか気にすんだよ!」
「むっかー! 先輩そういうことヘーキで言うんですね! 失望しましたよ私! もういいです。先輩なんてほっておいて、温かい自販機のお汁粉でも飲みます」
「腹膨れない奴! それ小豆以外液体! お腹膨れない奴! せめてカロリーメイトとかさぁ! ソイジョイとかさぁ! そういうの常備しようよ! お前のチョイスどうなってんだよ! せめて固形物用意しろ固形物!」
「先輩はやっぱり硬い方が好きなんですね!」
「だ――――――――――ぁっ! もうめんどくせなんだこいつ! 今までで一番面倒くせぇ! おれもう喋らない方がいいのかなぁ! 女子と会話するときなるべく相手に話し合わせた方がいいよって書いてあったあの恋愛指南書どう考えても間違ってるよねぇ! おれもう話止めるよ! 初めてだよ、人と喋るのこんなに面倒に感じたこと!」
「なるほどぉ! つまり先輩は沈黙が合図と捉えるわけですね! そしてゆっくり押し倒すと。顔を赤らめて『すきだよ』とか『あいしてる』とか囁きあって、最終的には二人同時に果てて、『今晩は素敵だったね』とか言っちゃうんですね! もうあんたたちが素敵ですよ!」
「黙れ! お前脳みそ腐りすぎだ! 真冬ちゃんも海老名さんも赤城瀬菜もAクラス木下さんも志熊理科もびっくりだわ! お前の腐り具合ヤバいぞ本当に!」
「誰ですかその人たち。先輩の彼女さんですか?」
「ちげーよ! おれの彼女だったら色々問題になる奴! レーベルの垣根越えちゃってるから本気で訴えられるから……。って言うかお前もう口とじよう! 事務室からガムテープ持ってくっから!」
「先輩乱暴なプレイはきらら望みじゃないですよ」
「じゃあどういうプレイがお好みなんだ?」
「へへっ! 鑑賞専門に決まってんじゃないっすか!」
「ダメだこいつ! 見る専門だった! 鑑賞しながらポテチ食ってるお前の姿がなんか想像できたわ! やだ! 想像できてしまった自分にビックリだわ!」
「というわけで先輩。もう部活終了の時刻なんで、話はまたあとにしましょうか」
「もう!? 嘘だろ! おれの貴重な青春の二時間ここでむだにしたの!? って言うかお前もう部活そっちのけじゃねぇか! おれと会話してばっかで練習全然見てねーじゃねぇか!」
「え? いやですよ先輩。入部希望者と会話するなんてマネージャーとして当たり前のことじゃないですかぁ」
「違うぞ! おれは入部希望してねーぞ!? こんな部活に入りたいと思うやつはそれはそれでいるかも知んねーけど、おれは違うぞ!? か、勘違いすんなよ!」
「え~、せんぱいにゅうぶしてください」
「やだ」
「してよぅ」
「うっ、しないぞおれは! 色仕掛けになんか屈しない! 中学生じゃないんだぞおれは!」
「へ~、でも男の子ってみんな脳内中学生だと思いますけどね。私のことひわーいな目で見てくる子もけっこういますよ?」
「そ、そうなのか? よかったじぇねぇか」
「いえいえ! そんな目で見られて嬉しい女の子はまずいません」
「まぁだろうな。そりゃいい気はしないだろうよ。で、一応聞くが、どんな目で見られたときが一番嬉しいんだ?」
「決まってんじゃないですか! 入部希望の子が来たときです!」
「もうこの陸上部やだ!」
「はい、先輩! 入部届あげるんで、とりあえずサインしちゃいましょう!」
「しねーよ!? おれ入部しないからな!」
グイグイとおれに入部届を押しつけてくるきらりんをおれは押しのける。見回りの先生が「あいつらなにしてんだ……?」という目で見てくるけれども、おれはそれどころではなかった。もしこの入部届を受け取ってしまったら、おれは男としてそれはそれは大切なものを失うことになりそうだ……!
「じゃあわかりました。恥ずかしがり屋な先輩のために私が代わりに名前書いときますね!」
「書くな! 書いたらマジで殺す!」
「ところで先輩、名前なんでしたっけ?」
「神崎みかげだ! いい加減覚えろ!」
「あっ、そうそう、みかげでしたね。すみません下の名前忘れちゃって!」
「しまった! 教えなければよかった!」
おれの絶叫虚しくきらりんは容赦なくおれの名前を陸上部に書いた。マジで書いた。
というわけでおれは男だらけの陸上部に入ることになってしまいました……。
いや絶対に行かねーよ!?