4 西園寺ミカエラ
暗い夜道をとぼとぼと帰った。おかしいじゃないか! どうして友達ができないのかがおれにはよくわからなかった。昨日たつみ先輩に言われたとおりツッコミ役に徹してみたものの、「かんざきくんもしかしてじこけいはつぼんでもよんだの――?」とか言われてしまう始末だ。自己啓発本って……! 自己啓発本なんか読んでねーよこんちきしょう!
おれは悔しくてたまらない。ぼろぼろと涙までこぼしてしまった。電信柱の横っちょについてる街路灯に刃向かっていくカナブンの姿を眺めながら、アァおれってやっぱり無力なんだなと実感した。実力不足。ただその一言だけに尽きるだろう。クソ野郎、うんこ……ゴミムシ………………。
そんなこんなでおれが家に帰って着替えをすませ、さーって今週のサザエさんは……じゃなかった、いつものように文庫本でサンテックスの『人間の大地』を読もうとしたら、ふとチャイムが鳴った。
「だれだ?」
おれは独りごちた。自分の声がまるで自分のものでないような気がする。昨日あんだけたつみ先輩と大はしゃぎしたせいか声が嗄れている。おまけにやけに声がダンディだ。おかしい!
おれの声がこんなにイケメンなわけがない!
そそくさと扉を開くと、そこにはなんと天使が立っていた。
「みかげー、その急に押しかけちゃってごめんね? えと、その……肉じゃが作り過ぎちゃったんだけど、よかったら食べない?」
小首を傾げるそいつはおれのマンションの隣の部屋に住んでいる西園寺ミカエラという男の娘だった。はいどこのラブコメだよって思っただろ!
おれはひとまずこいつの容姿の描写からすることにする。できれば三百ページは欲しい。えーっと、銀髪ロングのストレート。それでいてくりっとしたおめめに、ぽかんと開けられた小さな口。完全に女じゃねぇか! どこをどう見ても女じゃねぇかよ! おかしい! どうしてうちの学校の女子よりも女子力が高いの!?
ミカエラはドイツと日本のハーフである。おれは日本と日本のハーフだから生粋の日本人だぜ!
「どうしたのみかげ? もしかして元気ない?」
首を傾げるな! 可愛い! なんてかわいさだ! こんな奴がおれのマンションの隣の部屋に住んでいるなんて、いまだに信じられないのだが、嬉しいことに現実だった。いやーお隣に天使のような美少女がいるとたまんねーぜ! ひゃっほ~~~~~!
「もしかしてものすごい下品なこと考えてない? みかげいっつも変なこと考えているとき、眉が寄るんだよ? 気づいてた?」
「ん? あぁもちろんだぜ! センキュなミカエラ! お前はおれにとっての天使だぜ!」
「言ってる意味分かんないよぅ」
「わからなくてもいいさ! お前の魅力はおれだけが知ってるんだぜ!」
「だからそれがわかんないんだってば!」
「そうだ! ミカエラ一緒に食おうぜ! どうせなら二人で食った方がご飯うまいだろ! な!」
「い、いいけどさ……………………変なことしない?」
「するかもな!」
「じゃあやだよ! だいたいどうして男の子の僕にそんなエロい目を向けてくるの!? ほんと……いみわかんないよ……………………みかげのばか」
「うわ! 悪い! べつにミカエラを傷付けるつもりじゃなかったんだ! 悪い! この通りだ許してくれ!」
「浮気した主人みたいになってるよ。顔上げてよみかげ」
「みかげって呼ばれた! ミカエラにみかげって呼ばれた! これで明日から頑張れそう!」
「いちいち気持ち悪いんだよ……。もしかしてみかげ今日学校でなんかあったとか?」
「そ、そうなんだよ! いやな! 学園生活改善部ってところに行って、『教室内で友達ができるためのメソッド』って言う奴を教わったんだけどな! それがまったく有効じゃなかったんだ!」
「ふーん、それはそのアドバイスをくれた人がよくなかったのかもね」
「辛辣だなぁ。ちげーよ。おれの努力不足だ」
「なんだみかげ。やけに素直じゃない」
「だろ! 今日のおれはとびっきり素直だぜ!」
「そっかぁ。だから今日のみかげってちょっと気持ち悪かったんだね? ほらクラスでもけっこう気持ち悪がられたよ!」
「なっ! てめぇ見てやがったのか!」
「うん! すっごく気持ち悪かったよ! なんかふらふらとクラスメイトのところに近付いて話しかけに行くんだもん。べつに悪いことじゃないと思うんだけど、なんかちょっと切羽詰まった感じって言うか、なんか怖さがあったよ」
「はっ!」
「まさか今ごろ気づいたの!?」
そうだったのか……。自分の顔は自分で見られないから、もしかしたら無意識のうちに緊張感を漂わせてしまったのかも知れない。
「みかげってときどきおっちょこちょいだよね」
「そ、そうか? 自分ではそんなつもりなかったんだけどな」
「うん! みかげってときどきドジだよ!」
「似たような意味の言葉を繰り返すな! もうわかったわ! そうなんだな! あぁそうだよ! おれはドジな人間だ!」
「でもみかげ、いっつも僕に喋りかけてくれるよね?」
「それはあれだ! お前がクラスで一番の美少女だから決まってんだろ!」
「だからキモいんだよ! みかげなんで鼻の下伸ばしてんのさ!」
「のびへねーそ」
「伸びてるじゃないか! もういい! みかげと話してるとつかれてくる」
「アァ待て! 行かないでくれ我が天使! お前に伝えておかなければならないことがあるんだ!」
「な、なにかな……?」
なんか期待に満ちた瞳を送ってきてんぞこいつ……。も、もしかしておれに好意があるとかか? な、なんだよミカエラ! お前も年齢的にはおれと同い年だから、そうかやっぱり異性に対する恋心って言うもんがあるんだな! いい傾向だぞ!
「みかげ今めちゃくちゃ失礼なこと考えたよね! 顔があっちの方向向いてたよ! 明後日の方向どころか銀河鉄道見てたよね!」
「みへないそ」
「見てるじゃないか! 何回やるのこのくだり! もういい加減に伝えるべきこと伝えてよ……! じゃないと僕……………………がまんできない」
「ぶはっ!」
「み、みかげ! 大丈夫!?」
「大丈夫じゃない! だ、誰か救急車を………………!」
「みかげが鼻血出して倒れてるー! 誰かー! 誰か救急車ー! 違う! 僕が呼べばいいんだ!」
「(……………………ぐは)」
「みかげしっかりしてよ! みかげ! みかげみかげみかげ! 死んじゃやだよ~~~~~~~!」
「み、みかえら……?」
「な、なにかな? もしかして僕に言いたいことがあるってこと? なに?」
「おれお前を愛してるみたいだ……!」
「それは拒否するよ! さすがに拒否するよ! べつに同性愛を否定するつもりはないけど、みかげの愛情はなんかちょっと怖いんだよ!」
「な………………んだと………………………………がふっ!」
「みかげええええええええええ~~~~~~~~~~~~~~! 死んじゃやだよ~~~~~~~~~ぅ! 戻ってきてええええええええ~~~~~~~~~~~~~!」
「それで? なにか言いたいことは?」
「おれはミカエラと気持ちのいいことがしてみてーな! とてつもなくセックスがしたい! あぁもうセックスしたい! なぁいいだろミカエラ!」
「よくないよ! 男相手なら好き勝手していいとか思ってんでしょ! 僕は男だよ! 君とはせ………………そういうことはできないから!」
「けどおれはミカエラのことが好きだ!」
「え、ええええええ~~~~~~~! そ、そんな!? 僕人生で二回目の告白受けたけど、めちゃくちゃ嬉しくない! どうしよう! 僕の初告白された記念日返してよ! 思い出返してよ! もうヤダよ! どうしてみかげに何回も告白されなくちゃいけないんだよ!」
おれたちはとりあえず居間に移動することにした。ちなみにおれは一人暮らししていて、ミカエラも訳あって一人暮らしだ。っていうか彼の場合は父親がドイツにいるためにこうやって息子一人だけをマンションに棲まわせているらしい。
「そー言うミカエラは好きな人いねーの?」
「まさかの恋バナ? うーん、む、昔はいたかな?」
「ほう。じゃあ今はおれってことだな!」
「なんでよ! だから僕を変なキャラにしないでよ! 食らえジャガイモアタック!」
「ふんごっ!」
おれは盛大に鼻の穴に肉じゃがの主役たるジャガイモを突っ込まれる! って言うかだし多い! 鼻の穴から盛大にだしが漏れ出てくる! け、けどうまいんだよな……ミカエラの肉じゃが!
「お前って和食作んのうめーよな。どこで勉強したんだ?」
「へ、へへ、お隣さんに余った和食お裾分けするのが僕の夢だったんだ」
「そうか。ちっちぇえ夢だな」
「なんだと!? みかげそこは僕に惚れ直すのかと思ってたよ! 誠に不本意ながらも惚れ直すのかと期待してる自分がいたよ! なんだちっちぇえ夢って! ウソップだったら怒ってるぞ!」
「くぅ……! たしかにそうだ! ウソップだったらまず仲間をバカにされたら相手をぼこぼこになるまで殴りつけるだろう……!」
「ウソップってそんなキャラだったっけ!? 僕ワンピース読んだのだいぶ前だからあんまり記憶に残ってないけど、そんなキャラだったっけ!?」
「む。それはそうとミカエラ。お前好きな人いねーの?」
「どうしたの!? みかげ記憶力どうしちゃったの!? さっき聞いたよ!? え!? なにこれループしてんの!? 何回目の夏休みなの!?」
「落ち着けミカエラ。ここは五月だ。八月じゃないぞ。もしエンドレスするとしたら、そうだな、エンドレスゴールデンだな!」
「ダサい……! 盛大にダサいよみかげ……。せめてゴールデンエンドレスとかにしようよ……!」
「なに!? その手があったか! さすがはミカエラだ! 惚れ直したぞ!」
「惚れ直すのそこなの!? めちゃくちゃ嬉しくない! なんで!? みかげに惚れ直されるのはいいんだけど、もっとタイミング選んで!?」
そんなような会話をしながらおれたちは飯を食らう。内容はいたってシンプルだ。おみおつけにたくあん。それとミカエラの作ってくれた肉じゃが。彼女の手料理は天下一品だ。彼女じゃなくて彼だけどな(一応訂正)。
「ミカエラは男が好きなのか? それとも女が好きなのか?」
「僕は生物学的には男だから、女の子の方が好きかなぁ……。ケドときどきマッチョな人見ると、かっこいいなぁって思う。ケドその感情は憧れに近いかもね」
「なるほど、つまりおれだな!」
「どこがだよ。一回洗面台に行って鏡見てきなよ。鼻からだし垂らした人に、少なくともかっこいいと思う人はいないんじゃないかなぁ……」
「違う! これもある種ミカエラのくれたアイデンティティだ!」
「いらないよ! 僕もうほんと帰るよ! そこまで言われちゃうともはや愛が深すぎて怖いよ! ホラーだよ!」
「心配するなミカエラ! おれの愛はチャレンジャー海淵よりも深いぜ!」
「世界一! もう軽く世界一じゃん!」
「マントルまで届きそうだ。あぁくそ! 迸る衝動を抑えきれる自信がねぇ!」
「世界一かっこ悪い厨二病! みかげもう恥ずかしい! 見ていて痛すぎるどころの騒ぎじゃないって!」
「ミカエラ! 結婚しよう!」
「いらない! どうしてその流れでできると思ったの!?」
「ミカエラ! 子ども作ろう!」
「本気で警察呼ぶよ! できないから! 今そういう話題世間厳しくなってるから! ダメだよ、家の外でそんなこと言っちゃ!」
ミカエラに本気で叱られてしまった。たしかにその通りだと思う。昔のラブコメだと同性愛ってネタにしやすかったけど、今のラブコメってそういうの厳しいからな。その代わりと言っちゃなんだが、近年のラブコメってちょっとポルノクサい自称純愛モノって増えてるよな! おれああいうの苦手。
「と、とにかく……みかげがそんな態度とり続けるなら、僕本当に……」
「ミカエラ、今日は一緒に寝ようか」
「もしもし警察ですか――?」
「やめろ! 本当にやめろ! わかった! おれのせいだ! だから許してくれミカエラ!」
「ホントだよ。………………けど、わかってくれたなら許してあげる」
「おーそうか! やっぱりミカエラは器の大きい男だな!」
「(…………………………ぽっ)」
なぜか頬を染めるミカエラくん。どうしてそうなったのかはわからないけれども、か、可愛いから許すぜ! ミカエラって本当に家の置物にしたいくらい可愛い。あれだな。ぬいぐるみとかと同じ類いだ。愛でて愛でて愛でまくりたい! そしていつか手元を離れてしまうときが来る。悲しい宿命だ。ロミオとジュリエットの比じゃない。って言うかあいつらあれだけ早とちりしちゃうって、どんだけコミュニケーション不足なんだよって話だよな。
「ミカエラ。明日の授業のこと聞きたいんだけどいいか?」
「ん? あぁ、そういえば明日って体育あったんだっけ? みかげ、一緒にペア組んでくれるよね? あれよくよく考えてみるとみかげって僕って言う友達がクラスにいるよね……」
「お前は友達じゃなく彼女候補筆頭だ! お前の相手はおれしかいねーよ。だから結婚だな!」
「やっぱり清水さんと組もう」
「悪かった! おれと組んでくれ! お願いだから嫌いにならないでくれ! ホントに友達いないから! 清水さんに鼻で笑われたくない!」
「だってみかげ、僕のこと変な目で見る」
「お前の性的魅力がたけーからだよ! って言うかお前知らないのか!? 女子からめっちゃうらやましがられてんだぞ!」
「そ、そうなの!? 初耳だ……! そうなんだ! 僕ってそんなにかっこいい男なんだ!」
「ちげーよ! お前天然なの!? 本マグロ並みに天然なの!?」
「む! 違うよみかげ! シュモクザメだよ!」
「なにが!? シュモクザメ天然物オンリーだから! 水族館にいる奴以外ほぼ天然だから! シュモクザメ養殖してるとこあんの!? おれ知らねーけどさ!」
「ごめん、やっぱりマダコかな?」
「マダコ!? 渋い! マダコ!? マダコなの!? ごめんそれ以外にツッコミ思いつかねーわ!」
「やっぱりカブトムシかも!」
「たしかに天然物今珍しくなってるけど! 話逸れすぎじゃね!? おれらなんの話してんだっけ!?」
「あ! 違うわ! ケツアルコアトルだった!」
「伝説上の生き物! それアステカ王国の神さまだよね!? アステカ王国の人に怒られるよ!? モンテスマ王涙目だよ!」
「けどコルテスは大喜びだよ?」
「知らんがな! そこでアステカ王国滅ぼした張本人の名前を出されてもツッコミ捌ききれねーんだわ!」
「アイアンメイデンっていいよね……」
「ケツアルコアトルとアイアンメイデンなんとなく間違えてない!? さっきの話の流れどこ行った!?」
「ふふ、愛工大名電……!」
「イチローの出身校! お前それイチローの出身校だ! 逸れてる! なんかちょっとずつずれてんだよお前!」
「アイデンティティ」
「だろうな! 次来ると思ったわ! どうせ次はあれだろ!? 三番アイアンとかだろ!?」
「パーソナリティ」
「そっちかよ! そっちにうつんのかよ! アイアンネタ引っ張ってくんのかと思ったわ!」
「ねぇみかげ? なんかさっきから耳の周りがキンキンするんだけど」
「おれがツッコンでるからな! これだけ大声で叫んでるからな!」
「そんなことしたらお隣さんに迷惑だよ?」
「お前だよ! 逆の方空き部屋だから誰もいねーの!」
「でも僕にとっては迷惑だよね? 人に迷惑掛けちゃいけないって学校で習わなかったの?」
「習ったわ! 習ったけどお前がぼけ倒すから、おれがツッコんでやらないといけない状況になっちまったんだろうが!」
「みかげって本当にドジだよねぇ!」
「話が十ページくらい前に戻った! やっぱこれループしてる!?」
埒が明かないのでそれ以降は黙ることにした。黙らないと飯が食えないからである。なんだこの状況……。って言うか飯食うのにどんだけ時間を掛けてしまっただろうか。かれこれ三時間くらいはぶっ続けて話し続けている。あれこれって重複表現?
それからはまぁなんだ、いつものお隣さん同士のやり取りが続けられて、今日はお開きという形になった。
「じゃあまた明日ね。学校でね!」
「おうまたな! ぶわっくちょん! 風邪引かねーよーにな」
「はは。みかげもね。っていうかそんなに寒くないよね?」
「おれにとっては寒いんだ」
「そうなんだ。免疫系の疾患患う人ってけっこういるらしいから、みかげも気を付けてね」
「おう! じゃあまた明日!」