3 人生相談
たつみ先輩とトイレの前までやって来たとき、『あれこれさすがにマズいんじゃね?』と二人で勘付いて笑い合い、けっきょくガクセカ部に戻ることにした。いやだって、当初の目的はおれの依頼ですからね。おれが学校生活で悩んでいることについて相談しに行くつもりだったのに、どうして俺達は今トイレの前にいるのだろうか。ベリー不思議だ!
「というわけで誠に不本意ながら戻ってきたけどさー、あんたいい加減にしてよね! あ、あんたが不純異性交遊してることはとりあえず置いといてね、後輩にそのことを誇るって問題だから! 反省しろ反省!」
「む、すまん」
「それから神崎くん!」
「はい!」
おれはまさか呼ばれると思っていなかったのでビクッとしてしまう。今日はやけに大声を出す日だな。まぁ久々にこんなにしゃべれて楽しいっちゃっ楽しいんだけど。
「こいつの言うこといちいち聞かなくていいかんね! たしかにここは学園生活改善部だけど、こいつには相談しなくていいからね! わかった!?」
「わかりましたァ!」
そんなことは言われなくても分かっているつもりだ。なんでこんなやりチン赤髪先輩に相談しなくてはならないのだろうか。こんなやりチンに相談するくらいだったら犬っころにでも相談してやる方が親切だね! あぁそうだね!
「ってなわけで神崎くん、相談内容なんだっけ? へへ、悪い悪い! ちょっとあたし記憶力曖昧でさ!」
「あぁえっと、学校生活になじめないってことです……!」
「おれ無視なの……? え、本当に無視なの……?」
「なんか聞こえるけど無視していいからね! あぁうるさいうるさい! マジで死ねばいいのにな!」
「たつみ先輩思いっきり聞こえちゃってますよ!? いいんすか!?」
「んで神崎くんは学校生活で悩んでいると……ふんふん、いやーよくある悩みだなぁ」
「そうなんすか?」
「そりゃそうだよ! ほら、小学校とかでよく不登校になっちゃうことかいんじゃん? そう言うのってべつに高校生になってもおんなじだったりすんだよね~~~……。まぁ小学校よりかは遥かに少ないと思うけど、集団にうまくなじめない人って言うのはたくさんいると思うんだー」
「そうなんすか」
「そーそー。だから神崎くん? べつに悩む必要はないと思うよ? そういう人たくさんいるからねー」
先輩……………………! マジでいい人だ! そこに座っているやりチン野郎よりかは遥かに素晴らしい! いや比べるまでなく素晴らしい! 結婚して下さい!
「ところでさ、なんか神崎くん得意なことってないん……!? たとえば手芸とか、音楽とか、漫画描くとか!?」
「あぁ、ないっすね。特殊な技能に恵まれないまま育ってきちゃったのがおれなんで……」
「あーそっか! でもラノベ一杯読んでんだよね! じゃあラノベ書いたりとかはしてないの?」
「あー、したことはあるんすけど、ほんと恥ずかしくて見せられないッつうか……!」
「うそぉ! 神崎くん小説書いたことあるってこと!? ヤバい! すごい! 今度見せてよ! うわぁ見たい見たい! 神崎くんが書いた小説読んでみたい! なんかめっちゃひねくれぼっち主人公出てきそう!」
「ぐっ……先輩ご名答ですよ!? なんでわかったんすか!?」
「そりゃわかるって! 神崎くんのことはあたしなんでも知ってるんだぜ!」
「嘘ですよ! それはさすがに嘘ですよ! いくら何でもそれはないですよ! だって今日会ったばっかじゃないっすか!」
「わかるよ~~! へへ、神崎くんって、女の子とエッチなことしたことないんでしょ」
ぐはっ! なんでわかんのこの人! なに!? 邪王神眼の使い手なの!? おれ誰にもそういう話したことないのに――って思い返してみたらしてたわさっき! おれ思いっきり自分のこと童○って行ったわ!
「先輩騙されませんよ! おれさっき童○っていいましたモン!」
「んー、そだっけ? よく覚えてないや」
「まさかのシンプルにチェリボだと思われたパターン!? それはそれでショックです!」
おれは一呼吸置いて、たつみ先輩に禁断の質問をぶつけた。
「先輩は……………………その、したことあんすか?」
「なっ――!」
たつみ先輩が思いっきり動揺した。腕を変な方向に上げて、まるで『シェー』のポーズでおれの方を見つめてきている。顔真っ赤だ。……………………ないんすね。
「ないんだ」
「な、なわけないじゃん!」
「先輩むりしなくていいんすよ」
「むっか! 違うの! これはその、ほらそこにいるあいつのせいだから!」
「あいつって、あぁぶちょーのことッすか!」
「ちょっと待って! 『あぁ』ってなに!? 『あぁ』って!?」
「るっさい」「先輩ちょっと黙っててもらっていいっすか?」
「………………はい」
「……あーつまりあれっすか。ああいう誰にでも体を渡すような人間にはなりたくないってことッすか。反面教師的なことッすか?」
「そそ。だからべつにそういう相手がいないとかじゃないから……! 本当にないんだからね! 神崎くんなにその目ェ!」
「……くく………………いや必死になってるたつみ先輩って結構面白いなって思って……!」
「なっ――! 神崎くんってもしかしてSなの?」
「どっちかって言うとSですね!」
「うわぁ……。神崎くん激しいんだ……!」
「その言い方やめて下さい! べつに激しくはしないですよ!? ポルノに毒されたタイプの人間じゃないですからね! 優しくしますからね!」
「神崎くん的にはあの人どうおもうん? ほらあそこに座ってる人」
「やりチンクソ野郎ですね。それ以外に何とも思いません!」
「だよねー。もうあいつ無視していいからね。女の敵だから」
「ですね。男の敵でもあります」
「んでなんだっけー、本題の話しよっか」
「あぁそうっすね。なんかめっちゃ話題逸れちゃったカンジしますけど、本来ここ学園生活改善部ですよね! 風紀委員でも解決できないことを解決してくれる部活なんすよね! 一番風紀乱してる奴がこの部屋にいるのはおいといて!」
「うおおい! もうこいつリア充だろ! こんなにしゃべれるんだったら友達くらいできんだろ! なにおれ悪者にされてんの!?」
「るっさいですよ先輩! おれは今たつみ先輩と話してるんです」
「いいよ神崎くん! あいつ無視して話そうよ。えっと、友達がいないってことでいいの?」
「そうっすね。友達作ろうとすればするほど、みんな逃げてくって言うか」
「その髪型のせいもあるんじゃないかなー、ってあたしはちょっち思うんだけどなー」
「ん。まぁそれはわかってるんすけど、譲れないものも男の中にはあるんですよ!」
「そか。あたしも神崎くんのその髪型似合ってると思うよ!」
「ですよね!」
「無視されてるとかではないんだよね?」
「無視されることもしばしばあるんですけど、基本的にはそもそも空気扱いって言うか……」
「あーわかるかも! そういう子クラスにいる!」
「へー、たつみ先輩のクラスにもそういう人いるんすか。なんか意外っすね?」
「意外かなー!? べつにふつうのことじゃん?」
「いや、たつみ先輩けっこう色んな人を巻き込むタイプだから、そういう子も巻き込むのかなって思ったんすけど」
「あぁ、ごめんね。オタクな男の子の夢を壊しちゃって悪いんだけど、やっぱりクラスの中だと立場ってものがあるからねー……!」
「あー、そうなんすか。やっぱりたつみ先輩も意識するんすね」
「そそ。あたしってけっこう人気あるから、なんであの子気に掛けんのとか言われるわけ」
「でもいいんすか? だとしたらおれなんかにかかわっちゃうのもたつみ先輩的にはよくないことなんじゃないんすか?」
「ん、ちょっと神崎くん? あたしが神崎くんのこと嫌いだって思ってる?」
「え? いやはい、おれみたいなミジンコの盲腸クラスの人間と、たつみ先輩がかかわってたら問題になるんじゃないかと……」
「んなことないって! もー神崎くん自己評価低すぎ! あたしが嫌いなのは、自分で劣等感を抱いてるのに、そのことを自分でどうにかしようとしない人なの! 神崎くんは違うじゃん!」
「ふっ、一緒ですよ」
「なんで? 神崎くんは悩んでるからここに来たんでしょ? 学園生活改善部に足を運んだんでしょ?」
いきなりたつみ先輩は立ち上がって机越しにおれの手を握ってきた。マジでドキッとした。
「それってすごいことじゃん!」
「いや……でも足を運んだだけッすよ。おれにはなんの取り柄もないですし」
「そうかな。少なくともあたしは神崎くんと話しててめっちゃ楽しいよ!」
「それは……たつみ先輩が話しやすいからですよ。クラスの中にいる人間と喋るときは違います。なんか、萎縮しちゃうんですよ。おれなんかと話してもらっていいのかって」
べちっと、おれは額を叩かれた。痛い!
「なにすんすかたつみ先輩! 痛いじゃないですか!」
「そうやって自分を卑下するの禁止だよ! これからずっとね……。じゃないと神崎くんとこうやって楽しく話してるあたしがばかみたいじゃん……」
たつみ先輩は見るからにしょんぼりしてしまう。おれは自分が失言してしまったことにようやく気づかされた。おれにとっては当たり前のことでも、たつみ先輩にとっては当たり前ではないのかも知れない。そんなことを思ってしまう。
「す、すみません……!」
「だから謝んなっつの! 神崎くんそこがダメ」
「す、すみ……いえ、たつみ先輩の言うとおりです」
「よろしい! それでさ、神崎くん?」
「ん、どうしたんすか?」
「どうしたんすか!? 神崎くんこの詁の流れでどうしたんすかはなくない!? 生粋のコミュ障か!」
「こ、コミュ障で悪かったっすね! どうせおれはコミュ障ですよ! アァそうですよ!」
「ぶはっ! 出たな神崎くんのひねくれ! そこ、けっこう神崎くんの魅力だと思うよ!」
「若干先輩のせいな気がしますけど……。これがっすか? なんか面白いこと言ってます?」
「めっちゃ面白いよ! もう見ててゲラゲラしちゃう! サンドウィッチマンの漫才並みに笑える!」
「そんなに!? エムワン優勝者ッすよ!」
「でも松本人志のボケには負けるかな」
「どんな基準!? 先輩松本人志基準で面白いか面白くないか判断してるんすか!?」
「だからね、神崎くん! そのキャラで行きなよ! そうやってひたすら突っ込んでる神崎くんサンドウィッチマン並みに面白いから!」
「そうなの!? おれ一人でエムワンに匹敵すんの!? 怒られない!? これガチで怒られる奴じゃない!?」
「大丈夫大丈夫! あたしが保証する!」
「不安だらけじゃねぇか! あんたさっきから話してて不安だらけなんすよ! 本当に大丈夫なんすか……!?」
「へーきへーき!」
「本当に大丈夫ッスカねぇ。おれ自信ないっすよ」
「まぁもしクラスになじめないって言うんだったら、いつでもあたしたちのとこきなよ! そしたらアタシ達が話し相手になってあげるからさ!」
「先輩……! めっちゃ優しいんすね!」
「そ、そっかな。へへ、まぁ神崎くんが褒めてくれるんなら、素直にうけとっておくよ! いえい、アタシ達友達!」
「い、いえい……!」
ちょっと恥ずかしいんですけどこの挨拶。でもたつみ先輩は一切恥ずかしがっていなかった。こ、これが陽キャだけが出せるオーラか……。
「せっかくの人生なんだし楽しんだモンがちじゃん? だから今のうちにとことん楽しんでおこうよ! じゃないとあとで絶対後悔する! あのときこうしておけばよかったじゃ遅いからね!」
「先輩…………、そうっすよね! 先輩の言うとおりです! なんか元気でました! ありがとうございます」
「お、おぉ、神崎くん頭下げるのはいいって! なんかこっちが申し訳なくなってくるから!」
「先輩のおかげでおれ明日から友達できそうです! もう百人くらいできちゃう気がします! あ! そうだ! 友達ができたときのために、おれおにぎり握ってきます! ってことで家庭科室に行ってきますね!」
「ちょっ――! 神崎くん、うち家庭科室ないよ! 調理室だよ! 一回の昇降口の横にある教室だからねーーーー! お~~~~~~い、神崎くぅ~~~~~~~~ん!」
後ろからたつみ先輩がなにかを叫んでいたけれど、とことん浮かれきっているおれにはなにも聞こえなかった! 友達! 友達ができたぞ! ひゃっほ~~~~~い! これで放課後遊び放題だ! おれは高鳴る胸を押さえつけるようにシャツの布を思いっきり掴み上げた。
翌日クラス内で友達作りに盛大に失敗して「陰キャ空回り野郎」というなんの捻りもないあだ名をつけられてしまうのは、まぁまた別の話ということで。