1 義妹と焼き肉屋
思い返せばなにもない人生だった。おれの人生とてもじゃないが人に話せるようなもんじゃない! でも語る! だってこれは小説なのだから。
思えば小学生。あの頃は無邪気だった……というわけもなく。おれはクラスメイトから完全に無視されていた。友達すらもいなかった。むしろ近寄りがたいと思われていたのかも知れない。ほら……よくあるだろ? 小学生同士で『○○菌』がうつったえんがちょ! みたいな残酷な遊び。おれはそれすらも参加させて貰えなかった。むしろおれは空気だったのかも知れない。
思えば中学生。あの頃は本当にひどかった。なにがひどかったって? なにを隠そう好きな女の子と担任の教師が放課後の空き教室でセックスしてたのである。おれはそれを目撃してしまった。あ~思い出したくもないね! けど書く! だってこれは小説なのだから。
と、とにかくだ、その女の子と担任の教師は空き教室であんなことやそんなことをしていたのだ。忘れ物を取りに行ったときにたまたま通りかかった廊下でなんか生々しい音がするなと思ったら偶然見ちゃったのだ! あの日以降おれはそのことがトラウマになりかけた。なんども自分を慰めた。慰めて慰めて、けっきょく得られたものはなにもない。
そして高校時代だ。おれは高校一年の頃を無為に過ごした。高校デビューって言う奴もしてみたかった。だからそれまで長かった黒髪を一気に後ろに下げていわゆるオールバックって言う髪型にした。鏡で見たおれはめちゃくちゃイケメンだった。そして仕上げとばかりに額にゴーグルを掛けた。いっぱしのイケイケ高校生の誕生である。
しかし――教室での反応はいまいちだった。いいや、この言い方だと語弊があるな。最初の頃はめっちゃかっこいいね! と大絶賛だったものの、よくよく考えればウケていたのはほとんど男子からだった。男子から見てオールバックって言うのは憧れに近い感情を抱くのだが、女子から見ると『怖い』という印象しかなかったらしい。
だがおれは自分を貫いた。なぜならこれが一番かっこいいと思ったからである。そして高校一年間、なぁんもなかった。思っていたことと言えば、『あの子可愛いよな』とか『あー、セックスしてーな! してみてーな! 可愛い彼女に甘えられて、頭撫でてあんなことやそんなことしてみてーな!』と言うことだけだった。おれは脳内でも紳士なのだ!
こうして立派なエロ紳士が誕生した。この世に生まれ落ちたのだ! ま、まぁ、おれだってまだ高校二年生だし、これからいいことあるよな! そうだよな! と期待した。
クラス替えが行われた。みんなはドキドキしている中、おれだけめちゃくちゃ安定した精神状態だった。なぜかわかるだろうか。おれには友達がいないからである。
こうして二年生の大事な時期(?)である四月が終わった。あっという間だった。光陰矢の如しとも言うが、よくよく考えたら矢ってそんなに速くなくね!? とかくだらない戯れ言を考えている間にもすり減っていくくらい時間というのは早かった。
そうして今日――五月の初めだ。おれ――神崎みかげは義理の妹の赤瀬ちなつと一緒に焼き肉屋に来ていた――
ジューッと肉が焦げていく音がする。生肉が焼かれていく瞬間だ。
「兄ちゃん兄ちゃん! これ見ろよ! ネギ塩ライス頼んでもいいか!? な!? いいだろ!」
「あー、好きにしろ」
「む。兄ちゃんなんか乗り気じゃねーな。どうしたんだよ。学校で何かあったのか!?」
「なんだっておれは義理の妹と二人で焼き肉なんかに来てんだろうな、とか思っちまってよ。おれはもうちょっと脈ありな女子と来たかったぜ」
「あはは! 兄ちゃんにそれはむりだと思うぜ!」
「直球だなおい! もうちょっと家族らしく励ましてくれよ!」
「はぁ――? 兄ちゃんはあめーな! もっとこう男ならガツガツ行かねーとダメだぞ! 今の男子は草食系が増えてるって言うからな! ほらもっと肉食えよ肉! お前そんなんだから彼女の一人や二人できねーんだぞ!?」
「二人いたらダメだろ!?」
「わかってねーな、クソ兄貴! とんでもねーくそったれ兄貴だな!」
「お、お前…………。仮にもここ飲食店だぞ?」
「はむ? それがどうしたってんだ!? なにか困ったことあんのかよ」
「大ありだ! 人が飲み食いする場所でクソとか言ってんじゃねーよ!」
「はぁ。兄貴はあれだ。箱入り息子って奴だな! 世間のことをなーんにもしらねーんだ。友達がいないから」
その言葉がおれの胸にグサリと刺さった。うっ! わかっている、わかってはいるのだ! ただ作ろうとすると失敗することがわかりきっているから作らないようにしているのだ。それに人間関係ってのは最初が肝心なのだ。
すでに五月に入っている。詰まるところ教室内でのグループは確定しているも同然だった。
義理の妹――赤瀬ちなつはていねいにタン塩をひっくり返す。うまいもんだなとおれが感心していると、いきなりそれを箸で引っ掴んでおれの口元に近づけてきた。ってちけーよ!
「ほら兄ちゃんくいな! あ~ん!」
「熱い! お前当たってんだよ! おれ唇火傷したじゃねぇか!」
「兄ちゃんの唇はいずれ私のものになるから気にしないでいいぞ!」
「おれが気にするわ! なにその保険!? 誰も安心できねぇよ!」
「おっ、兄ちゃんツッコミがうまくなったんじゃねーか!? よしよし!」
「頭を撫でるな頭を! おれは幼稚園児か!」
「違うのか?」
「ちげーよ! どう考えてもちげーよ! むしろお前の胸の方が幼稚園児だわ!」
「むっか! 兄ちゃんそれは言いすぎだぜ! 女の子の大切なもの傷付けちゃいけないって、教習所で習わなかったのか!?」
「行ってねぇよ……。もうつかれた」
ちなつは黒髪のショートカットを楽しげに揺らしながら、タン塩をぱくつく。っていうかそれおれのじゃなかったんだっけか。まぁ彼女が幸せそうに食べられているのであればそれでもいいか。
ちなつはおれの一個下、つまりは高校一年生だ。見た目は中学生なんだけどな。
なんでも一年生のこの時期からソフトボール部のエースを張っている。いわゆる推薦入学って奴だ。ちなみに運動神経が抜群だから、ソフトボール部以外のスポーツ系部活動に飛び入り参加したりしている。おれとはまったく違う人間だ。
意味ありげにちなつが自分のヘアピンに触れた。エロい! なんだそのエロさは! おれを誘惑しているのか!
「へへ~、今の勝負兄ちゃんの負けだな!」
「なにが!? なんの勝負!?」
「兄ちゃんが私を見てドキッとするかの勝負だぜ!」
ブイっとVサインをしてくるちなつは満面の笑顔だった。くっ、けっこう可愛いなこいつ! しかしおれはぶんぶんと頭を振った。相手は義理とは言え家族なのだ。これで手を出してしまったら目も当てられないだろう。だからグッとおれは性欲を抑えた。
「ん~~、兄ちゃん目がエロいぞ! もしかして私に欲情してんのか!? ほら! ほらほら!」
「やめろよ! おれが迸る欲望を抑えきれなくなる前にやめろよ! 本当にやめろよ! お前はもうちょっと性的な魅力があることに気づけよ!」
「へへっ、兄ちゃんも可愛い男の子だな! あ、すいませ~ん! これ! これこれ! なぁなぁ店員さん! ジンジャーエールのおかわりくれよ!」
「頼み方がふつうじゃねぇんだよな……」
明らかに店員さんの目から?マークが飛び出ている。恐ろしい女だなと思った。こいつは胸がないけど色気があるタイプだ。
「他に食いたいもんねぇのか?」
「ん~、あはは! じゃあ兄ちゃん食っちまおうかな!」
「だからやめろ! おれは食べ物じゃない! 食べればうまいだろうけどな!」
「うわ……兄ちゃんその発言はさすがにドン引きだぜ」
「お、おう……! おれも今喋っててそう思ったわ。と、ところでちなつ、学校には慣れたのか?」
「お? おお!? 兄ちゃんが兄ちゃんらしいことをしてくれるなんてな! ちなつ感激だぜ! ん~~~~! お~~~~~~い、焼き肉屋のみんなぁ――――――っ! 兄ちゃんが立派に大人になったぞ~~~~~~~~っ!」
「ばっかやろ――――――――ぅっ! 叫ぶんじゃねぇよ! アホかてめぇは!」
「いやついな! 兄ちゃんが大人になったんで嬉しかったんだ! 他意はない!」
「大ありだ、アホか! お前はもうちょっと大人しくしてろ! 大人しくしてればモテるから!」
「むー、それ兄ちゃんも周りの人間からよく言われてたよな……!」
く、くそ……! そうだった! おれも「神崎くんって黙ってるとかっこいいよね!」とか女子に言われたりすること何回もあったけど、けっきょく黙ってたら黙ってたでなに考えてるかわからない奴で定着するのである。ふざけんなモテねぇよ!
「兄ちゃん、ここでしようぜ!」
「なにを!?」
「決まってんだろ! 子作りさ!」
「本気ではっ倒すぞてめぇ! 誰が義理の妹に手を出すかってんだ!」
「え~、私は兄ちゃんの子作りたいぞ!」
「おれは作らない! いやたしかに性欲はあるけど、おれは家族に手を出すほど腐ってない!」
「けっ! 兄ちゃんは飛んだ意気地なしだぜ……! あぁ、じゃあ私は適当な男でも見繕ってやろっかな! お~い、店員さん!」
「呼ぶなアホ! お前どんだけ常識ねーんだよ! そこら辺の大学生を軽く凌駕してんぞ!? せめてそういうのは大人になってからにしろ!」
「え~~~、兄ちゃんのばか!」
「お前酔ってんの!? 軽く酔ってんの!? マジでしらふでそれなら、いざ酒飲んだときどうなんの!? おれ見てみてーわ! 大人になったお前の姿見てみてーわ!」
「そいでさ兄ちゃん!」
「話逸らすの下手かお前は」
「兄ちゃんは彼女できたのか?」
「できねーよるっせーな。そういうお前はどうなんだよ」
「へへっ! 聞いて驚くなよ?」
な、まさかいるというのだろうか。だが疑うまでもないのかも知れない。彼女は超絶美少女なのだ。ちなつという女はそれなりにルックスはいい。落ち着きがないところは玉に瑕だけれども、考えようによっては元気があるとも捉えられる。
「未来の彼氏が今ここにいるからな!」
「おれのこと!? ねぇもしかしておれのことなの!? ごめんお断りだわ! 猛烈にお断りだわ! こんな彼女いたらおれ多分絞め殺されておわりだわ……!」
「むっか! むっかむっか! あ~~、兄ちゃんはそんなこと言うんだな! ふ~~~~ん、わかったぞ」
「な、なにがわかったんだ?」
「兄ちゃんもしかして○○剥いてないな!」
「剥いてるわアホ! だから焼き肉屋でする話じゃねーしとことん下品だわ! もうドン引きだわ。キヨもビックリな下ネタの低レベルさだわ!」
「おっ! 兄ちゃんゲーム実況好きなんだな! 私も好きだぞ! ヒカキン」
「ゲーム実況者だけれども! 色々やってる人! 大枠で言うとユーチューバー!」
「む。ケドキヨだって大枠で言うとユーチューバーだぞ!」
「た、たしかに……!」
おれは納得してしまう。たしかにそうだ。今は垣根を越えたネット活動が主流になっている。日本って進化したんだな……! じゃない!
「関係ねー! 本題とまったく関係ねー! おれたち一体なんの話してたんだっけ!?」
「兄ちゃんに彼氏がいるかって話だな!」
「彼氏!? おれ彼氏はいないよもちろん!? 同性愛者を否定する気はないけど、おれはどっちかというと、いや絶対に女の子の方が好きだからな!」
「じゃあ。………………兄ちゃん今日ホテル行きませんか?」
「本気でぶっ飛ばすぞてめぇ――! いい加減黙りやがれ!」
「兄ちゃんが乱暴するー! ばかー!」
「お前本当に酔ってんだろ! マジで黙れ! 黙れ黙れ黙れ! うるさいうるさいうるさい!」
「兄ちゃんがツンデレと化した!」
「ふぅ。もうお前と話してると疲れてくる。で、お前学校にちゃんと馴染んでんだな」
「おうよ! 馴染みすぎてもはや薄れてきているまであるぜ!」
「困る! 薄れるのはダメ!」
「そういう兄ちゃんこそどうなんだよ。学校で友達できたのか?」
「くっ……、妹にその言い方されるのは癪だが、いねーよ。残念だったな!」
「そっかぁ………………兄ちゃん友達いないんだな。飼育係にでもなれば?」
「おれの友達亀!? 亀なの!? さすがに人間がいいよ!」
おれはだんだんと喉が限界になってきた。あー、カラオケに行って喉潰れるのはわかるけれども、こうやってただ駄弁っているだけで声がおかしくなってくるのって久々だった。久々って言うか、久々なこと自体おかしいんだけどな。
おれが疲れた喉を潤すようにメロンソーダをすすっていると、唐突に、本当に唐突に義理の妹がこんなことを告げてきた。
まったく予想だにしなかった言葉だ。
「じゃあさ、学園生活改善部、ってところに行ってみたらどうだ?」
「がくえん――――――わりぃなんだって?」
「だーかーらー、学園生活改善部!」
学園生活改善部……だと? なんだそのやすっぽいラブコメの主人公がホイホイ行ってしまいそうな部活は! たしかにラブコメには隣○部とか奉○部とか意味のわからない部活動は必須だけれども! なんだその都合の良さそうな名前の部活動は!
「一応聞くけど、なにをする場所なんだ? それしだいだな」
「お! 兄ちゃんが乗ってきたぞ! わーい! 今夜は赤飯だな!」
「話逸らすなよ!? 真面目に聞いてんだよこっちは!」
「なんだそうなのか? 兄ちゃんって意外と素直じゃねーな。ツンデレ?」
「………………」
「わ、悪かったよ。兄ちゃんそんな目をしないでくれよ。んーっとな、まぁ名前の通りらしいぜ。兄ちゃんが困っていることがあったら、そこに行けば解決してくれる、みたいな? っていうか改善するためになにをするべきか教えてくれる的な部活らしいぜ? まぁ私も噂しか聞いたことねーからな!」
「……そんな部活があったのか?」
「さぁ知らねー!」
「知らねーのかよ! なんだったんだよ今の会話!」
「だって私にとって縁遠い場所だろ? そんな噂聞いたってしょうがなくねー?」
「うっ! た、たしかにそうだ……!」
こいつにとっては縁遠いよな。納得だ。
「とにもかくにも、兄ちゃん行ってみればいいんじゃねーの? そこでなにか得られるかも知らねーし、コミュニケーションスキルとか教えてくれるんじゃないかな!」
「……お、おう…………! そんな場所があるんだったらもっと早く知りたかった!」
「なはは! 兄ちゃんは情報弱者だな!」
ちなつの高笑いが店内にこだまする。正直それまでのおれだったらこいつの耳を引っ張ってでもその高笑いを抑え付けただろうけど、それよりも今のおれは胸がとにかく高鳴っていた。なんだ、生徒会の目安箱だけじゃなかったんだな! おれの希望って奴は!
おれは楽しく鼻歌を歌いながら、翌日ちなつにその『学園生活改善部』とやらの活動場所を聞いてそこに向かうことにした。べつになにかを期待してるわけじゃないぞ決してな。おれはただ単に興味本位からそこへ向かうことにしたのだ。本当だぞ! 本当なんだからな! 嘘じゃないんだからな! 決して友達が欲しかったとかそういうわけじゃないんだからな!