第六話
それから一ヶ月が経った頃。いつの間にかゴンゾウは、すっかり街に溶け込んでいた。
「――よっこいしょー！！」
「いやーホント助かるよ！」
体力に自信のあるゴンゾウは、ログハウスがある森の木を伐採して造ったリアカーを使い、街中で配達の仕事をしていた。
ログハウスの生活は快適だ。それでも、レイが残してくれた食糧の備蓄が底を尽きるのは時間の問題。やはり日銭を稼がないと食べてはいけない。
「ゴンゾウさんごめんね！ こんなところまで運んでもらっちゃって……」
「いいってことよ。大したことないから」
飯屋のエレナとも徐々に顔馴染みとなり、ゴンゾウの表情は晴れ晴れとしていた。
「あ、もうこんな時間！ 夕飯まだだよね？ ウチで食べてきなよ！」
今日は街の食料調達部隊の到着が遅くなってしまったため、ゴンゾウの配達も並行して夜になっていた。
気を遣ったエレナの計らいで夕飯をご馳走になったゴンゾウが「ありがとう！」と店を後にしようとすると。
「ゴンゾウさん忘れもの！」
「ぬお、これはいかんな」
エレナから財布を手渡されたゴンゾウは、川へ水汲みに行くという彼女から『手伝って貰えたら嬉しい』と誘われ、快く同行することにした。
川原に到着した二人は、芝生が茂る堤防に腰を下ろしていた。
「――ゴンゾウさんが来てから、なんだか毎日楽しいんだ〜」
急に胸を打つ言葉を耳にしたゴンゾウが動揺する。
「どぅえ……ホント？」
「ホントだよ！ それにゴンゾウさんといると、なんかホッとするし」
「そ、そうか？ ん〜、エレナは毎日笑顔を見ない日がないくらい笑ってるから、褒められてもイマイチ実感湧かないなぁ」
「え〜そうかな。でも……私だってずっと笑ってるワケじゃないんだよ――」
意味深に少し塞ぎ込んだエレナに、ゴンゾウが瞬きを繰り返す。
仮面騎士が現れる前までは――街もそれなりに魔物から被害を受けていた。街中で元気に戯れる子供達の中にも、両親がいない子が数人いる。
そして、エレナもその一人だった。
「――え……じゃあ、お店の厨房にいたオジサンは？」
「あの人は、私を引き取ってくれた叔父なんだ――」
彼女は親のいない子供達に対して、同じ境遇の自分が笑顔でいれば『未来は明るいんだよ』と示せるはずだと思っていた。その心意気に感銘を受けたゴンゾウは、優しい面持ちで静かにその話を聞いていた。
エレナだって寂しい時は沢山あっただろう。この街に住んでなきゃ荒んでしまうくらいに。
ゴンゾウが思う通り、両親を失った当時は幼かったエレナを支えてくれたのは街の人々だ。
血の繋がりがなくても我が子のように接してくれたことで、彼女は悲しみを乗り越えて今を“幸せ”と感じることが出来ている。
「――でも、仮面騎士が来てくれたおかげで魔物被害が激減したから、彼にはホント感謝しなきゃね！」
「そうだよな。しっかしまぁ、こんだけ皆から慕われてんだから、正体なんか隠さんでもいい気がするよ」
不貞腐れるように口を尖らせたゴンゾウが小石を川に“ポチャン“と投げ入れると、エレナは水面を伝う波紋を見つめた。
「照れてるんだよきっと……昔、一緒に遊んでたあの子みたいに」
「あの子？」
「小さい頃、この街に住んでた幼馴染がいたんだ。すごい口数が少なくて物静かな男の子だったんだけど、気付いたら貴族に引き取られて、他の国に移り住んじゃってたみたいで……」
「へぇ〜。もしかしてその幼馴染の名前……『レイ』って名前なんじゃないか？」
適当にそう訊いた途端、エレナが目を見開いてゴンゾウの顔を見遣ってきた。
「待って……どうしてその名前、ゴンゾウさんが知ってるの？」
「あ、いや、な、何となく言ってみただけさ――」
両手を振って誤魔化したゴンゾウだったが、あの仮面騎士がエレナの幼馴染だったことが判明し、面を食らってしまった。
なんでそこまで頑なに正体を隠すんだよ……レイ。
腑に落ちない疑問を抱いたゴンゾウが、夜空に浮かぶ満月を神妙な表情で見上げる。
いつの間にか芝生についていたその手には、エレナの柔らかな手がそっと添えられていた――。
