第十五話
エビルオークの体長は人間と比べて五倍近く、棍棒を持つ腕は丸太のようにガッシリと太い。そして、やたら分厚い鎧も身に付けている。
親玉の登場……遅すぎるだろ。
これは死ぬ。
間違いなく俺はここで死ぬ。
エビルオークを見た途端――ゴンゾウは圧倒的な力の差を察して、この先に起こるであろう未来を絶望視した。あれだけ倒したオーク達ですら、最初に広場にいた数より増えている。
だが――“皆を守りたい”という心だけは、まだ折れていない。
こんな怪物を逃したら、それこそ街の人々は一瞬で蹂躙されてしまう。少しでも、皆が逃げる時間をここで稼がなければならない。
「……ぅぉぉおおおらぁぁあああ!!」
右手を庇いすぎて“枝”と化した左腕のみでエビルオークへ剣を振る。
しかし、棍棒で弾かれた剣が手元から飛んでいったかと思いきや――ゴンゾウの体が片手で掴まれ、脚が浮くほど持ち上げられてしまう。
“ボキボキッ”
肋骨が数本折れる音。
それでも、ゴンゾウは激痛に耐えながらも叫ぶことはしなかった。
自分の悲鳴が、民達の耳に入ってはいけない。
“希望の象徴”である守護神が、悲鳴を上げるなど許されないのだ。
エビルオークを相手に、何も出来なかった。
「……ゴフッ」
吐血したゴンゾウは、折れた肋骨が肺に刺さっていることを察知する。
意識が少しずつ薄れていく中でも、エビルオークを睨み続けていた――すると突然、ゴンゾウがエビルオークの腕ごと地面に落下した。
何が起きた。
完全に脱力した手から抜け出たゴンゾウがエビルオークを見遣ると、なぜかあの太い腕が綺麗に切断されている。
そして、エビルオークの目の前には――見慣れない“白と黒の迷彩服”を着た男の後ろ姿が見える。その手には、ゴンゾウが手放した剣が握られていた。
迷彩男がゆっくりと振り向く。
吹く風によって緩やかに靡く金色の髪。
鼻筋の通った端正な顔立ちに澄んだ碧眼。
「いい切れ味だ……さすがゴンゾウの剣だな」
聞き覚えのある低い地声に、仰向けで横になっていたゴンゾウが辛うじて声を漏らす。
「……レ、レイ……なのか……?」
「遅くなってすまなかったな」
迷彩男は――レイだった。
間一髪のところで彼に救われたゴンゾウの元に、紅い長髪をした女性が突如現れた。
「大丈夫ですか!? ひどい怪我だわ……」
絶世の美女とも言える彼女から、心配そうに声をかけられる。
「……あ、あんたは……?」
「私は“女神”のリネットと申します。今から回復魔法をかけますから、安静にしてて下さい……」
リネットが緑に発光する両手をかざすと、ゴンゾウの体が芯から温まる感覚で癒やされていく。
それを見ていたレイが、再びエビルオークへと視線を移した――。