6. 青い涙!泣きの演技が光る女優!
「わたしが生きてる意味って何?」
わたしは屋上から、下を見つめた。
飛び降りたら楽になれる?
すべてから解放される?
わたしは、塀を越えようと、足をかける。
足がすくんだ。
それは、死への恐怖だけではなかった。
むしろ、それ以上に彼の顔がよぎったからだ。
もう、とっくに忘れていたはずなのに……。
わたしの脳裏で、ライダーが変身した。
「どうして……」
あれはもう、とうの昔に置いてきた、青い涙だというのに。
クリスマスイブ。
テレビをつけると、戦隊モノのヒーローが変身していた。
いつの時代でも、戦隊モノのヒーローが、テレビの中の世界にはいる。
でも、現実の世界にはいないのだ。
わたしを取り巻く人達が、悪の組織だとしても、怪人だとしても、わたしの前にはライダーが現れることはない。
「生きてるだけで素晴らしい」
ボロボロになるまで戦ったライダーが、嘗て言っていた言葉を思い出した。
わたしは戦っただろうか?
でも、もう今のわたしは、戦う気力も持ち合わせていないのだ。
ただ心を無にして、時が経つのを待っているだけだ。
わたしはサンタクロースに手紙を書いた。
『もう一度、ライダーに逢えますように』
「ライダーのクリスマスプレゼント……。わたし、バカみたいね……」
この手紙が誰にも届かないことは分かっていた。
それでも、そう願ってみたいと思った。
× × ×
「そらちゃん、どこかでお芝居やってたの?」
「ん? そらちゃん……?」
神谷さんが話しかけてきた。
「あ、え、いや……」
「この前の、あの泣き叫ぶシーン、見せてもらったんだけど、スゴイよかったよ!」
「それは、どうも、ありがとう……」
褒められた……。
泣きの演技など、当然したことはなかった。
でも、あの瞬間は、何故だか涙が溢れて止まらなかった。
× × ×
橋本そらは、17歳の夏、水無瀬と再会を果たす。
「なんだか、カッコ悪いところ見られちゃったね……。まさか、また逢えると思ってなかったよ」
「俺も」
「助けてくれてありがとう」
「俺も、助けられてよかった」
「え?」
「俺は、ヒーローだから」
「まさか、まだそんなこと、言ってんの?」
わたしは思わず笑った。
「よかった、笑ってくれて」
「!!」
しまった、笑ってしまった! わたしは、もう笑ってはいけないのに……。
わたしの笑った顔は……。
大きな彼の手が、わたしの頭にポンと触れる。
「俺は、その笑顔を見ていたいんだよ」
「へっ……!?」
彼は、あの頃のままで、ヒーローに憧れる青年だった。
でも、身長もすらっと伸びていて、声も変わっていて、イケてるボイスで囁き、わたしを見て微笑んだ。
「ねぇ、どうしてここに?」
「今度は俺が、転校生だから」
「え!?」
「追いかけて来ちゃった。なんてな」
「へっ……」
「転入したから、これからよろしくな?」
「!!」
イケメン、イケボ、成績優秀……。
水無瀬君は、とても、わたしと関わってはいけない人間だった。
けど、彼は、いつもわたしを助けてくれた。
転入生がいじめをなくす!? 水無瀬君は、わたしのヒーローだった……。
× × ×
ドラマ『ライダー物語』のタイアップ曲は『青い涙』に決まった。
そして、『青い涙』は、ドラマと共に大ヒットを遂げる。
わたしは、神谷さんと共に番宣として、テレビに出ることも増えた。
「今話題の『ライダー物語』、街中の声です!」
『そらちゃんを、助けてあげたいと思いました!』
『神谷君がイケメン過ぎて、わたしもヒーローに助けられたいって思いました!』
『毎週、涙なしでは見られないなって、ハンカチを用意して見てます』
『シンガーソングライターでありながら、こんなに演技ができるんだなってびっくりでした』
「佐藤さんは、泣きの演技をさせたら右に出る者はいないということで!」
「いやいや、ちょっと、待ってくださいよ! やめてくださいよ!」
「でも、本当に彼女の泣きの演技は凄いんですよ」
「なるほど、神谷さんから見ても、佐藤さんの泣きの演技は凄いと!」
ドラマに対する反響は、想像以上だった。
笹竹さんも満足そうだった。
そして、音楽番組でも……。
「続いてのゲストは『ライダー物語』で『橋本そら』役を演じている佐藤美空さんです。本日は、先週水曜日に発売となったドラマ主題歌の『青い涙』を披露して頂きます!」
「よろしくお願いします!」
「『青い涙』今週のランキングは、なんと1位ということで、おめでとうございます」
「ありがとうございます。聴いてくださったファンの皆様に感謝しております」
「ドラマの撮影で、一番大変だったのはどんなことですか?」
「やはり、泣くシーンですね。とにかく、橋本そらは泣くシーンがとても多くて、それは大変でしたね」
「世間の声は、泣きの演技が光る女優として注目を集めていますが、いかがですか?」
「いや、ありがたいですけどね。自分ではまだ、実感がないというか、びっくりしてるところですね」
「それでは、歌って頂きましょう。佐藤美空で『青い涙』」
「君が好きだった~ でも、隠していた~ でも、今日でさよなら 短い間だったね 青い涙 こぼれ落ちる時に 青い涙 こぼれ落ちる時に そう青い涙……」
× × ×
水無瀬は、いじめられているそらの腕を掴むと走り出す。
「ちょっと、どこ行くの!?」
「いいから!」
水無瀬君は、自分の自転車の後ろにわたしを乗せる。
「バイクの免許取ったら、一番に乗せてやるよ」
「え?」
「本当のライダーになるんだよ!」
「バッカみたい」
わたしは笑った。
風を切って、二人を乗せた自転車は走り出す。
『ライダー物語』は、もっと見たいと惜しまれながら終わりを迎えた。
えっ?
あの“有明モンタージュ”とわたしが共演!?
笑いの扉がここに開く!
来週に続く